レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』の冒頭で次のような描写があります。
ホールの|奥には|フランス窓があり、|その|先には|エメラルド色の|芝生が|広がって|白いガレージへと|続いていた。||ガレージの|前では|、|細身で|浅黒い|若い|運転手が|ぴかぴかの|黒い|レギンス姿で|、|マルーン色(暗い茶色)の|パッカード・コンバーティブルを|拭いていた。
この場面の挿絵プロンプトを「Claude」に作らせ、「chatGPT」で画像を生成させました。すると、次の二つの画像が候補として生成されました
A

B

大きな違いは、運転手の人種とレギンスの質感です。
「A」は、運転手はおそらくインド系かヒスパニック系?と思われ、訳文の「浅黒い」を表現しています。レギンスも訳文通り「ピカピカ」です。
「B」は、運転手はおそらく黒人に設定して、訳文の「浅黒い」を表現しています。レギンスは「ピカピカ」というよりも、自然な細身のズボンです。
どちらが時代背景として合っているか、Claudeと相談してみました。
Q:1939年のアメリカ、カリフォリニア、黒人が運転手でもおかしくないですか?
1939年のカリフォルニアで、黒人が運転手や召使いの役割を担うことは、全くおかしくありません。むしろ、当時の社会構造を反映した、極めてリアルな設定です。
1930年代のアメリカ南部・西部では、ジム・クロウ法による人種隔離が制度化されており、黒人が職に就ける場は限られていました。家事使用人、運転手、ホテルのポーター、レストランのウェイターといった「サービス職」は、当時の黒人にとって数少ない安定した職業の一つでした。
裕福な白人家庭が黒人の運転手を雇うことは、むしろステータスシンボルでもありました。
PDFを確認すると、スターンウッド家の運転手として登場するのはオーウェン・テイラーという人物で、テキストには「slim dark young chauffeur」(細身の浅黒い若い運転手)と描写されています。また後に「chauffeur to a wealthy family」とも記されています。
チャンドラーはロサンゼルスの富裕層の暮らしを写実的に描いており、運転手の存在はその一部として自然に溶け込んでいます。
Q:「A」は、レギンスが光りすぎのような気がしますが、おかしくないですか?
鋭い観察です!
確かに少し気になる点があります。
小説の描写は「shiny black leggings」なので、光沢があること自体は正しいのですが、この画像のレギンスはラテックスやビニール素材のように見えるほど光りすぎています。
実際の1930年代の運転手のレギンスは、乗馬用革製のゲートル(ライディングブーツ) のような素材で、適度な光沢はあっても、ここまでプラスチッキーな反射はしません。
挿絵として使用するには十分なクオリティですが、レギンスの素材感だけは「shiny」の解釈がやや過剰です。
前の画像(B)の方が、レギンスの質感はより自然でリアルでした。
よって、「B」を採用することにしました。
もちろん、回答が全て正しいとは限りませんが、個人的な歴史観と作品の印象において十分納得できる画像です。
訂正)
その後、第九章において、この運転手は海に飛び込んだ車の中で死体になって発見されます。その時の描写は
「運転手は|まだ|ステアリングポストに|折り重なるように|して、|頭が|肩に対して|不自然な|角度に|なっていた。||細身の|黒髪の|若者(a slim dark-haired kid)で、|つい|最近まで|男前だったはずだ。」
となっています。
このブログで例示した冒頭の運転手の描写 (a slim dark young chauffeur) の “dark” は、本来、黒人やヒスパニックなど「肌が浅黒い」という意味です。
ただし、この物語のその後の文脈では、「黒髪の白人の若者」が正しい運転手の人物像のようです。
また、直前の “slim” と並んでいることを考えると、外見全体を描写しているの「a slim dark ‥‥」を「細身の黒髪の‥‥」訳しても十分自然と考えられます。
よって、本文では「黒髪の」に訂正していますが、本ブログは当時のカリフォルニアでの黒人の雇用とAIによる画像生成の違いを説明することを目的としているので、誤った表現のまま肌が「浅黒い」として掲載しています。

