メグレとフランドル人たち|第二章 エトワール・ポレール(北極星号)

メグレとフランドル人たち

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マルグリット・ヴァン・デ・ウェールトは|何かを|見せたくて|たまらない様子で、|ハンドバッグの中を|せわしなく|探っていた。


「まだ|『ジヴェ通信』を|受け取って|いないわよね?」


そして|彼女は|新聞の|切り抜きを|アンナに|差し出した。||唇には|控えめな|微笑が|浮かんでいた。||アンナは|その紙を|メグレに|渡した。


「誰が|その考えを|あなたに|教えたの?」


「私よ。||昨日、|たまたま|思いついたの」


それは|ただの|広告だった。

一月三日夜、|ムーズ河岸道路を|通過した|オートバイの方は、|名乗り出てください。||相応の|謝礼あり。||連絡先、|ペーテルス食料品店。


「自分の|住所を|出す勇気は|なかったけれど」


メグレには、|アンナが|少し|いらだちを|にじませて|いとこを|見ながら、|つぶやいたように|思えた。


「一つの|考えでは|あるわね。||でも|誰も|来ないわ」


マルグリットは|あれほど|胸を|高鳴らせて、|ほめられるのを|待っていたのに!


「どうして|来ないの?||もし|オートバイが|通ったのなら、|来ない|理由は|ないでしょう。||ジョゼフでは|ないのだから」


扉は|開いていた。||台所の|やかんで、|湯が|音を|立てはじめていた。||ペーテルス夫人は|夕食の|食卓を|整えていた。||店の|敷居の|あたりから|話し声が|聞こえてきた。||そのとたん、|二人の|若い娘は|耳を|そばだてた。


「お入りください。||私から|申し上げることは|何も|ありませんが」


「ジョゼフ!」


マルグリットは|立ち上がりながら、|そう|呟いた。

その声には|愛情よりも、|むしろ|崇拝が|こもっていた。||彼女は|それで|すっかり|別人のように|輝き出した。||もう一度|腰を|下ろすことも|できず、|息を|止めるようにして|待っていた。||その様子は、|まるで|ある種の|神でも|現れるかのように|思われた。

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声は|今度は|台所の方から|聞こえてきた。


「やあ、|母さん」


そして、|メグレの|知らない|別の声が|した。


「失礼します、|マダム。||いくつか|確認したいことが|ありまして、|ご子息が|通りかかったついでに|伺わせて|いただきました」


やがて|二人の|男が、|食堂の|ほうを|向いて|立った。||ジョゼフ・ペーテルスは|ごくわずかに|眉を|ひそめ、|困るほど|やわらかな|声で|つぶやいた。


「やあ、|マルグリット」


彼女のほうは、|彼の|手を|自分の|両手で|包みこんだ。


「あまり|疲れていない、|ジョゼフ?||気持ちは|大丈夫?」


だが|アンナは、|もっと|落ち着いていて、|もう一人の|人物に|向かい、|メグレを|紹介した。


「メグレ警部です。||ご存じのはずですが」


「マシェール警部補です」と、|相手は|手を|差し出して|言った。||「たしかに、|あなたが」


しかし、|扉と|まだ|食卓の|片づいていない|テーブルとの|あいだで、|全員が|立ったまま、|こんなふうに|話を|続けることは|できなかった。


「俺は|ここに|まったく|非公式の|立場で|来ているだけだ」と、|メグレは|低く|言った。||「とくに、|俺が|いないものとして|やってくれ」


誰かが|彼の|腕に|触れた。


「弟の|ジョゼフです。||こちらが|メグレ警部」


そして|ジョゼフは、|長く|骨ばった|冷たい手を|差し出した。||身長一メートル八十の|メグレより、|彼は|頭半分ほど|高かった。||だが|あまりに|細かったので、|二十五歳に|なっているにも|かかわらず、|まだ|成長が|終わっていないような|印象を|与えた。

小鼻の|締まった|鼻。||疲れた|目。||ひどい|隈。||短く|切った|金髪。||視力が|悪いのだろう。||ランプの|光から|逃げるように、|まぶたが|絶えず|瞬いていた。


「お目に|かかれて|光栄です、|警部さん。||恐縮です」


彼は|上品でさえ|なかった。||脂じみた|レインコートを|脱いでいたが、|その下に|着ていたのは、|何の|特徴もない|仕立ての、|くすんだ|灰色の|背広だった。

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「橋の|近くで|彼に|会いましてね!」と、|マシェール警部補が|言った。
「それで、|オートバイの|後ろに|乗って、|ここまで|連れてきて|もらったんです」


ついで|彼は|アンナのほうを|向いた。||それからは|彼女に|話しかけた。||まるで|彼女こそが|この家の|本当の|女主人であるかのようだった。||ペーテルス夫人も、|台所の|籐椅子に|沈みこんだ|夫も、|姿は|見えなかった。


「屋根へは|簡単に|上がれるんでしょうか?」


みなが|顔を|見合わせた。


「屋根裏の|天窓からです」と、|アンナが|答えた。
「ご覧に|なりますか?」


「ええ!||上を|ちょっと|見ておきたいんです」


それは|メグレにとって、|家の中を|見て回る|いい機会に|なった。||階段は|ニス塗りで、|丁寧に|磨かれた|リノリウムが|敷かれていたので、|滑らないように|注意しなければ|ならなかった。

二階には、|踊り場があり、|三つの|部屋の|扉が|並んでいた。||ジョゼフと|マルグリットは|下に|残っていた。||アンナが|先頭で|歩き、|警部は|彼女が|腰を|わずかに|降りながら|歩くのに|気づいた。


「お話ししなければ|ならないことが|あります、|警部」と、|警部補が|低い声で|言った。


「あとだ!」


そして|彼らは|三階に|着いた。||片側には、|屋根裏部屋が|あり、|寝室に|改造されていたが、|使われては|いなかった。||反対側には、|梁が|むき出しの|広大な|屋根裏倉庫が|あり、|商品を|詰めた|箱や|袋が|積み上げられていた。||天窓に|辿り着くには、|マシェールは|二つの|箱の上に|登らなければ|ならなかった。


「明かりは|ないんですか?」


「懐中電灯が|あります」


若い|丸顔の男で、|陽気で|休みなく|動きまわっていた。||メグレは|屋根には|登らず、|天窓から|外を|のぞいた。||風が|激しく|吹きつけていた。||川の|うなりが|聞こえ、|夜の闇の中で|波立つ|水面が|見えた。||その水面には、|いくつかの|ガス灯が|点々と|光を|落としていた。

左手の|軒先の上には、|亜鉛製の|貯水槽が|あった。||少なくとも|二立方メートルは|ありそうで、|警察官は|ためらわずに|そちらへ|向かった。||雨水を|溜めるためのものに|違いなかった。

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マシェールは|身を|乗り出したが、|がっかりした|様子だった。||それから|なお|しばらく|屋根の上を|歩き回り、|何かを|拾おうとして|かがんだ。

アンナは|何も言わず、|暗がりの中で、|メグレの|後ろに|待っていた。||ふたたび|警部補の|脚が|見え、|ついで|胴体が|見え、|最後に|顔が|現れた。


「隠し場所です。||今日の午後、|私の|泊まっている|ホテルの|連中が|雨水しか|飲まないと|気づいて、|ようやく|思いついたんです。||しかし、|死体は|ありません」


「何を|拾った?」


「ハンカチです。||女物の|ハンカチです」


彼は|それを|広げ、|電灯で|照らし、|頭文字を|探したが、|見つからなかった。||その|汚れた|ハンカチは、|長いあいだ|雨風に|さらされていた。


「これは|あとで|調べましょう!」


警部補は|そう|ため息を|つき、|扉の|ほうへ|歩いていった。

ふたたび|食堂の|暖かな|空気の中へ|入ると、|ジョゼフ・ペーテルスは|ピアノの|丸椅子に|腰かけ、|マルグリットが|いま|見せた|広告を|読んでいた。||彼女は|彼の|前に|立っていた。||つばの|広い|帽子と、|小さな|フリルで|飾られた|外套が、|彼女の|ふわりとした|ところを|いっそう|目立たせていた。


「今夜、|ホテルへ|俺に|会いに|来てくれるか?」と、|メグレは|若い男に|言った。


「どの|ホテルですか?」


「ムーズ・ホテルです!」と、|アンナが|口を|はさんだ。
「もう|お帰りですか、|警部さん?||夕食に|お引き止めしたかったのですが」


メグレは|台所を|横切っていた。||ペーテルス夫人は|驚いたように|彼を|見た。


「お帰りに|なるのですか?」


老人のほうは、|目が|うつろだった。||海泡石の|パイプを|くわえ、|ほかのことは|何も|考えていないようだった。||挨拶さえ|しなかった。

外には、|風があり、|増水した|ムーズ川の|水音があり、|横に|並んで|係留された|船同士の|ぶつかる音が|していた。||マシェール警部補は、|メグレの|右側に|出てしまったため、|急いで|位置を|変えた。1

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「彼らは|無実だと|お思いですか?」


「知らん。||タバコは|持っているか?」


「安物しか、|パイプ用は|持っていません。||ナンシーでは|あなたのことが|ずいぶん|話題に|なっているんです。||それが|私には|気がかりでして。||というのも、|あの|ペーテルス家は」


メグレは|船の|前で|足を|止め、|その上に|視線を|漂わせていた。||ジヴェは、|航行を|止めている|増水の|おかげで、|大きな|港のように|見えた。||ライン川の|平底船が|何隻も|あり、|千トン級で、|全体が|黒い|鋼鉄で|できていた。||その|そばでは、|木造の|北部地方の|はしけが、|ニスを|塗った|玩具のように|見えた。


「帽子を|一つ|買わなきゃならん!」と、|山高帽を|押さえていなければ|ならない|警部が|ぶっきらぼうに|言った。


「いったい|何を|聞かされたんです?||彼らは|無実だ、|もちろん|そうでしょう!」


風の|轟音のために、|大声で|話さなければ|ならなかった。||五百メートル先の|ジヴェは、|明かりの|集まりに|すぎなかった。||フランドル人たちの|家は、|荒れた|空を|背景に|輪郭を|浮かべ、|柔らかな|光で|黄色く|染まった|窓を|見せていた。


「彼らは|どこの|出身だ?」


「ベルギーの|北部です。||ペーテルスの|父親は、|リンブルフ2の|さらに|上のほう、|オランダ国境で|生まれました。||妻より|二十歳|年上ですから、|いまでは|八十歳くらいに|なります。||籠職人でした。||数年前までは、|家の|裏にある|作業場で、|四人の|職人を|使って、|まだ|その仕事を|していました。||今では|すっかり|ぼけています」


「金持ちなのか?」


「そう|言われています!||家は|彼らの|ものです。||船を|買いたがっていた|貧しい|船頭たちに、|金を|貸したことさえ|あります。||わかりますか、|警部、|われわれとは|考え方が|違うんです。||ペーテルスの|婆さんは|何十万フランも|持っているのに、|店に出て|客に|『ちょっと一杯』を|出している。||彼らは|そういう|言い方を|するんです。||ただ、|息子は|弁護士に|なる。||長女は|ピアノを|習った。||もう一人は|ナミュールの|大きな|修道院学校で|レジャンテ3を|しています。||小学校教師より|上です。||いわば、|リセの|教師みたいなものです」


そう言って、|マシェールは|はしけを|指さした。

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「あの船の中の|半分は|フランドル人です。||習慣を|変えるのが|好きではない|連中です。||ほかの者は|橋の|近くにある|フランス人の|ビストロへ|行き、|ワインや|食前酒を|飲みます。||だが|フランドル人は、|ジュネヴァが|飲みたい。||自分たちの|言葉を|わかる者が|欲しい。||そういう|すべてが|欲しいんです。||どの船も|一週間分、|それ以上の|食料を|買います。||密輸の|話は|まだ|していませんよ!||あそこは|密輸には|もってこいの|場所ですから」

外套は|体に|張りついていた。||水の|ぶつかる音が|あまりに|激しく、|積み荷を|載せた|はしけの|甲板に|水が|跳ね上がっていた。


「あの連中は|われわれの|考え方とは|違います。||彼らにとって、|あれは|ビストロでは|ないんです。||カウンターで|酒を|出してはいても、|あくまで|食料品店です。||女たち自身も、|買い物を|しながら|一杯|飲みます。||それが|いちばん|儲かるらしいです」


「ピエドブフは?」と、|メグレが|尋ねた。


「庶民です。||工場の|守衛。||娘は|同じ|会社で|タイピストを|していました。||息子は|今も|そこで|働いています」


「まじめな|若者か?」


「そうとは|言えません。||あまり|働きません。||市役所前カフェで|ビリヤードを|するほうが|好きなんです。||いい男で、|本人も|それを|わかっています」


「娘は?」


「ジェルメーヌですか?||恋人は|いました。||わかるでしょう、|警部。||夜になると、|暗がりの|隅で、|男と|一緒に|いるような|娘の|一人です。||それでも、|子供は|やはり|ジョゼフ・ペーテルスの|子です。||私は|見ました。||似ています。||少なくとも|否定できないのは、|一月三日、|夜の|八時少し過ぎに、|彼女が|あの家に|入ったことです。||そして|それ以来、|誰も|彼女を|見ていません」


マシェール警部補は|はっきりと|話していた。


「私は|すべて|見て回りました。||建築士の|助けを|借りて、|現場の|詳しい|見取り図まで|作りました。||ただ|一つだけ|忘れていたものが|ありました。||屋根です。||ふつう、|屋根に|死体を|隠せるとは|考えませんからね。||さっき|そこへ|行ってきました。||ハンカチを|見つけましたが、|それだけです」


「ムーズ川は?」

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「そのことです!||ちょうど|お話ししようと|思っていました。||ご存じでしょうが、|溺死者は|たいてい|堰で|見つかります。||ここから|ナミュールまでに|八箇所|あります。||ただ、|犯行の|二日後、|川が|あまりにも|増水して、|堰が|流されてしまいました。||毎冬|起きることです。||ですから、|ジェルメーヌ・ピエドブフは|オランダまで、|いや|海まで|流されたとしても|不思議では|ありません」


「ジョゼフ・ペーテルスは|その晩、|ここには|いなかったと|聞いたが」


「知っています!||本人は|そう|言い張っています。||彼のと|よく似た|オートバイを|見た|証人が|います。||彼は|自分では|ないと|誓っています」


「アリバイは|ないのか?」


「あるとも|言えますし、|ないとも|言えます。||私は|そのために|わざわざ|ナンシーへ|戻りました。||彼は|家具付きの|部屋に|住んでいて、|下宿の|女主人に|見られずに|帰ることが|できます。||そのうえ、|学生たちが|毎晩|集まる|カフェや|バーに|出入りしています。||彼が|そういう|バーの|一つで|夜を|過ごしたのが、|三日だったのか、|四日だったのか、|五日だったのか、|はっきり|覚えている者は|いません」


「ジェルメーヌ・ピエドブフが|自殺した|可能性は?」


「あの女は|そういう|女では|ありませんでした。||体は|弱く、|品行も|あまり|よくない|小柄な女でしたが、|息子を|かわいがっていました」


「別の|暴行の|被害に遭った|可能性も|ある」


このとき、|マシェールは|黙りこみ、|岸から|数メートルのところに|小島のように|集まっている|船のほうへ|視線を|漂わせた。


「それは|考えました。||船頭を|一人ひとり|調べました。||大半は|まじめな|連中で、|家族や|子供たちと|船の上で|暮らしています。||気になったのは|エトワール・ポレール|だけです。||上流側の|いちばん|端にある|船です。||いちばん|汚れていて、|いまにも|沈みそうに|見える|あの船です」


「何者だ?」


「リエージュ近くの|ティルール出身の|ベルギー人の|船です。||強制わいせつで|二度|訴追されたことのある|年寄りの|荒くれ者です。||船は|手入れされていません。||保険会社も|引き受けを|拒んでいます。||女や|少女がらみの|話が|山ほど|ありました。||しかし|なぜ|そいつが|やったと|いえますか?」


二人の|男は|ふたたび|橋の|ほうへ|歩き出した。||近づくにつれて、|町の|街灯の|光の中へ|入っていった。||右手には|ビストロが|見えた。||自動ピアノが|けたたましく|鳴っている、|フランス人の|ビストロだった。

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「そいつの|見張りは|つけています。||それでも、|オートバイに|ついての|証言が」


「君は|どの|ホテルに|泊まっている?」


「駅前ホテルです」


メグレは|手を|差し出した。


「また|会おう、|君。||もちろん、|捜査を|続けるのは|君だ。||俺は|ここでは|素人に|すぎん」


「どうしろと|おっしゃるんです?||死体が|見つからなければ、|証拠は|何も|ありません。||そして、|もし|水に|投げこまれたのなら、|もう|見つかりません」


メグレは|ぼんやりと|彼の|手を|握り、|二人が|橋に|着いたところで、|ムーズ・ホテルに|入った。

メグレは|夕食を|とりながら、|手帳に|書きつけていた。


ペーテルスに|ついての|意見。

マシェール。||『彼らは|店を|ビストロだとは|思っていない』

ホテルの|主人。||『あれは|大ブルジョワ気取りの|連中ですよ。||自分の|息子を|弁護士に|しようなんて|考えますか?』

船頭。||『フランドル地方では、|みんな|あんなもんだ!』

別の|船頭。||『あいつらは|フリーメーソンみたいに、|仲間内で|固まっている!』


そして、|町から、|つまり|ジヴェの|中心に|あたる|橋から、|フランドル人たちの|ほうを|眺めるのは|奇妙だった。||こちらは|フランスの|町だった。||小さな|通り。||ビリヤードや|ドミノ好きで|いっぱいの|カフェ。||アニスの|食前酒の|匂いと、|全体に|ただよう|親しげな|空気。

それから、|川の|一角。||税関の|建物。||そして、|いちばん|奥、|田園の|はずれに、|フランドル人たちの|家が|あった。||商品が|ぎっしり|つまった|食料品店。||ジュネヴァを|飲む者たちのための|小さな|亜鉛張りの|カウンター。||台所と、|ストーブに|ぴったり|寄せた|籐椅子に|座る、|すっかり|ぼけた|主人。||食堂と、|ピアノ、|ヴァイオリン、|座り心地のよい|椅子、|手作りの|タルト、|アンナと|マルグリット、|格子柄の|テーブルクロス。||そして|周囲の|称賛の|中を|バイクで|現れる|ひょろりと|背が|高く|やつれた|ジョゼフ!

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ムーズ・ホテルは|商用旅行者向けの|ホテルだった。||主人は|客の顔を|全員|知っていた。||彼らには|それぞれ|自分の|ナプキンリング4が|あった。

ジョゼフ・ペーテルスは|九時ごろ、|よそ者のように、|気後れしながら|そこへ|入ってきて、|警部の|ほうへ|まっすぐ|近づき、|口ごもった。


「新しい|情報です!」


ただ、|みんなが|二人を|見ていたので、|メグレは|その若い男を|自分の|部屋へ|連れていくことにした。


「何だ?」


「広告のことは|ご存じですね?||オートバイの男が|名乗り出ました。||ディナンの|自動車修理工で、|あの晩、|八時半ごろ、|家の|前を|通ったそうです」


メグレの|鞄は|まだ|開けられていなかった。||警部は|ベッドの|端に|腰かけ、|一つしかない|肘掛け椅子を|訪問者に|譲っていた。


「君は|本当に|マルグリットを|愛しているのか?」


「はい。||つまり」


「つまり?」


「彼女は|僕の|いとこです!||妻に|したいと|思っていました。||ずっと|前から|決まっていたことです」


「それでも、|君は|ジェルメーヌ・ピエドブフに|子供を|産ませた」


沈黙が|あった。||それから、|かすかに|口ごもるような、|弱々しい|声が|した。


「はい」


「彼女を|愛していたのか?」


「わかりません!」


「彼女と|結婚する|つもりだったのか?」


「わかりません」


メグレは|明るい|光の中で、|痩せた|顔、|疲れた|目、|力のない|顔立ちの|ジョゼフを|見ていた。||ジョゼフ・ペーテルスは|メグレを|正面から|見ることが|できなかった。


「どうして|そうなった?」


「ジェルメーヌと|僕は、|つき合っていました」


「マルグリットは?」


「違います!||あれは|別のことでした」


「それで?」


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「彼女が|子供が|できたと|知らせてきました。||僕は|もう|どうしていいか|わからなくなって」


「そこで|君の|母親が」


「母と|姉たちです。||彼女たちは|僕に|証明してみせました。||僕が|最初では|なかったこと、|ジェルメーヌには|ほかにも」


「男が|いた?」


窓は|川に|面していた。||ちょうど|水が|橋脚に|ぶつかって|砕ける|場所だった。||絶え間ない、|力強い|轟音が|していた。


「君は|マルグリットを|愛しているのか?」


若い男は|立ち上がった。||不安そうで、|落ち着かなかった。


「どういう|意味ですか?」


「マルグリットを|愛しているのか、|それとも|ジェルメーヌか?」


「僕は。||つまり」


額には|汗の|しずくが|浮かんでいた。


「どうして|僕が|わかっていると?||母は|もう|ランスに、|僕のための|弁護士事務所を|押さえました」


「君と|マルグリットのためにか?」


「わかりません。||あの女とは|ダンスホールで|知り合いました」


「ジェルメーヌか?」


「行っては|いけないと|言われていた|ダンスホールです。||彼女を|家まで|送っていきました。||その途中で」


「それで|マルグリットとは?」


「それとは|違います。||僕は」


「一月三日から|四日に|かけての夜、|君は|ナンシーを|離れていないのか?」


メグレには|もう|十分|わかった。||彼は|扉の|ほうへ|歩いていった。||この男を|見きわめることが|できた。||骨ばった|大柄な|青年だが、|性格は|弱く、|姉たちと|いとこからの|崇拝によって、|自尊心を|支えられている|男だった。


「その後は|何をしている?」


「試験の|準備を|しています。||最後の|試験です。||アンナが|あなたに|会いに|行くようにと|電報を|くれました。||それで」


「もういい!||用は|済んだ!||ナンシーへ|帰っていい」


メグレが|忘れることのない|顔だった。||不安のために|赤く|縁取られた|大きな|明るい|目。||まっすぐすぎる|上着。||膝に|ポケットの|ついた|ズボン。

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同じ|服装のまま、|ただ|レインコートを|羽織っただけで、|ジョゼフ・ペーテルスは|規定速度を|超えることもなく、|オートバイで|ナンシーへ|戻っていくことだろう。

どこかの|生活に|困った|老夫人の|家の、|小さな|学生部屋。||一度も|休んだことのない|講義。||昼の|カフェ。||夜の|ビリヤード。


「必要に|なったら、|連絡する」


一人に|なったメグレは|窓に|肘を|ついた。|谷から|吹き|つける|風を|受けながら、|ムーズ川が|平野へ|向かって|流れ下るのを|見ていた。|遠くに|小さな|かすかな|灯りが|見えた。|フランドル人の|家だ。

暗がりの中には、|船の|ぼんやりした|かたまり、|帆柱、|煙突、|はしけの|丸い|船首が|見えた。

先頭には|エトワール・ポレール。

彼は|パイプに|タバコを|詰めながら、|外へ出た。||外套の|ビロードの|襟を|立てたが、|風は|あまりに|強く、|あの|大きな|体格でも|踏ん張らなければ|吹き飛ばされそうだった。

  1. フランスの警察の階級上の礼儀です。
    フランスでは|上位の人物は右側に立つのが|礼儀です。
    つまり、メグレ(上位)→ 右側、マシェール(下位)→ 左側
    マシェールは|うっかり|上官であるメグレの|右側に|立ってしまい、|気づいて|あわてて|左側に|移った、ということです。
    ↩︎
  2. リンブルフとペーテルス家
    ペーテルスは|ベルギー北東部の|リンブルフ州、|オランダとの|国境付近の|生まれです。リンブルフは|典型的な|フラマン語圏で、|平坦な|農村地帯が|広がる|地方です。そこから|はるばる|フランスの|国境の町|ジヴェまで|移り住み、|かご職人として|身を|起こし、|食料雑貨店を|営むまでに|なりました。
    つまり|ペーテルスは|オランダ、|ベルギー、|フランスという|三つの国の|国境地帯を|またいで|生きてきた|一家です。どの国にも|完全には|属さず、|どこへ行っても|よそ者である。|この「どこにも|属さない」という|宿命が、|ペーテルスの|出身地から|すでに|始まっていたのです。|そしてそれが|ジヴェの町で|疑惑の目を|向けられる|遠因にも|なっています。
    ↩︎
  3. ナミュール(Namur)
    ベルギー南部の都市で、|フランス語圏(ワロン地方)の|主要都市です。ムーズ川と|サンブル川の|合流点に|位置し、|ジヴェから|川沿いに|約五十キロ|上流にあたります。ベルギーの|ワロン地方の|行政の中心地で、|教育機関も|多く|集まっていました。マリアが|ウルスラ修道院系の|学校で|教えているのが|ここです。
    レジャント(Régente)
    フランス語の|「régente」は、|ベルギー独自の|教員資格・称号です。
    日本語に|訳しにくいのですが:
    小学校教師より|上位、中等教育(中学・高校相当)を|担当できる|上級教員、ベルギーでは|régent(e) の資格は|専門の|師範学校で|取得する
    マシェールが「普通の小学校教師より格上、フランスのリセ(高校)の教師みたいなもの」と説明しているのは|そのためです。マリアが|ナミュールの|名門修道院系学校で|レジャントとして|働いているのは、|ペーテルス家が|いかに|子供たちの|教育に|力を|注いできたかを|示しています。
    ↩︎
  4. ナプキンリングとは、布製の|テーブルナプキンを|丸めて|通しておく|輪っか状の|リングです。
    ムーズ河畔ホテルは|商用客向けの|ホテルで、主人は|顔なじみの客全員を|知っていました。常連客には|それぞれ|自分のナプキンリングが|用意されていました。
    ナプキンリングには、番号や名前が|入っており、常連であることの|証でした。
    ジョゼフが|よそ者のように|気後れしながら|入ってきたのは、そういう|常連たちの|視線の中でした。
    スキャンダルで|騒がしい町で、疑惑の一家の息子が|パリから来た警部に|会いに来た——それだけで|十分な|見世物なのです。
    ↩︎