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いつものように、|メグレは|朝八時には|もう|起きていた。||外套の|ポケットに|両手を|入れ、|パイプを|歯に|くわえ、|橋の|前で|かなり|長いあいだ|動かずに|立っていた。||荒れ狂う|川を|見たり、|通行人の上に|視線を|巡らせたり|していた。
風は|前の日と|同じくらい|強かった。||パリより|ずっと|寒かった。
だが、|いったい|何によって|国境を|感じるのか。||ベルギー風の|重苦しい|褐色の|煉瓦造りの|家並み、|それだけなのか?||切り石の|敷居と、|ブロンズの|鉢植えで|飾られた|窓によってか。
ワロン人の|より|硬く、|より|深く刻まれた|顔立ちによってか。||ベルギー税関吏の|カーキ色の|制服によってか。||それとも、|店で|二つの国の|通貨が|通用していることによってか。

いずれにしても、|その特徴は|はっきりしていた。||ここは|国境だった。||二つの|民族が|隣り合っていた。
メグレは|河岸の|ビストロに|入り、|グロッグを|飲んだとき、|これまで以上に|そのことを|強く|感じた。||フランス人の|ビストロだった。||色とりどりの|食前酒が|ずらりと|並んでいる。||鏡で|飾られた|明るい|壁。||立ったまま|朝の|白ワインを|ぐっと|飲み干す|人々。

2隻の|引き船の|船長たちを|囲んで|十人ほどの|船乗りが|集まっていた。||それでも|何とか|川を|下れないものかと|話し合っていた。
「ディナン1の|橋の下を|通るのは|無理だ!||たとえ|通れるとしても、|一トンにつき|十五フランは|荷主に|請求しなきゃならん。||それは|高すぎる。||その値段なら、|待ったほうが|ましだ」
そして|人々は|メグレを|見ていた。||一人が|別の男を|肘で|つついた。||警官だと|ばれていた。
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「フランドル人が|一人、|明日|出ていくと|言っている。||エンジンなしで、|流れに|運ばれるままに|下るつもりらしい」
カフェの中に|フランドル人は|いなかった。||彼らは|ペーテルスの|店を|好んでいた。||黒ずんだ|木の|内装に、|コーヒーと、|チコリ、|シナモン、|ジュネヴァの|匂いが|漂う店。||彼らは|何時間も|カウンターに|肘をつき、|のんびりした|会話を|引きのばしながら、|明るい|目で、|扉の|透明な|広告を|見ているのだろう。
メグレは|周りの|会話に|耳を|傾けていた。||フランドル人の|船のりたちが|嫌われているのは、|その|性格というより、|むしろ|強力な|エンジンを|積んだ|船を、|台所の|鍋釜のように|手入れして、|フランス人と|競争し、|ばかげた|安値で|荷物を|引き受けるからだと|わかった。

「それで|今度は、|娘まで|殺すと|きた!」
人々は|メグレのために|話していた。||横目で|彼を|見ながら。
「警察は|いったい|何を|待っているんだろうな。||ペーテルス一家を|逮捕すれば|いいのに!||金が|ありすぎるから、|ためらって|いるのかも|しれないな」
メグレは|そこを|出て、|なお|数分、|河岸を|歩き回り、|木の枝を|押し流していく|茶色い|水を|眺めた。|左手の|細い路地に、|アンナが|教えた|家が|見えた。

その朝の|光は|暗く、|空は|一面の|灰色だった。||人々は|寒さに|震える、|通りに|長くは|とどまらなかった。
警部は|敷居に|近づき、|呼び鈴の|紐を|引いた。||八時十五分を|少し|過ぎていた。||扉を|開けた|女は、|大掃除の|最中らしく、|濡れた|エプロンで|手を|拭いていた。


「どなた?」
廊下の奥には、|台所が|見えた。||その|真ん中に、|バケツと|ブラシが|あった。

「ムッシューピエドブフは|いるか?」
女は|警戒するように、|彼を|頭から|足まで|見た。

「父親のほうですか?||それとも|息子のほう?」

「父親だ」

「警察の方ですよね?||それなら|ご存じのはずですが。||この時間には|寝ています。||夜警ですから、|朝の|七時前に|帰ることは|ありません。||それでも|お上がりに|なるなら」
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「その必要は|ない。||息子のほうは?」

「十分ほど前に|勤め先へ|出ました」
台所で、|スプーンの|落ちる音が|した。||メグレは|子供の|頭の|一部を|ちらりと|見た。


「ひょっとして、|あれは」と、|彼は|言いかけた。

「かわいそうな|ジェルメーヌの|息子です、|ええ!||入るなら|入ってください。||出るなら|出てください!||家じゅうが|冷えてしまいます」
警部は|中へ|入った。||廊下の|壁は、|大理石模様に|塗られていた。||台所は|散らかっており、|女は|バケツと|ブラシを|拾い上げながら、|何やら|ぶつぶつ|言っていた。
テーブルには|汚れた|カップと|皿。||二歳半の|男の子が|一人で|座って、|半熟卵を|ぎこちなく|食べながら|黄身だらけに|なっていた。
女は|四十歳くらいだった。||痩せていて、|修道女のように|厳しい|顔を|していた。

「あなたが|育てているのか?」

「あの人たちが|母親を|殺してから、|たいていは|私が|面倒を|見ています、|ええ!||お爺さんは|昼間の|半分は|眠らなければ|なりません。||この家には|ほかに|誰も|いません。||それで|私が|お産の|世話に|行くときは、|近所の人に|預けなければ|ならないんです」


「お産の|世話?」

「私は|資格のある|助産婦です」
彼女は|格子柄の|前掛けを|外していた。||それが|自分の|威厳を|損なうものだと|言っているかのように。

「怖がらなくて|いいのよ、|小さな|ジョジョ!」と、|彼女は|訪問者を|見つめ、|食べるのを|やめていた|子供に|言った。
ジョゼフ・ペーテルスに|似ているのか。||それは|判断しにくかった。||いずれにしても、|弱々しい|子供だった。||顔立ちは|不ぞろいで、|頭は|大きすぎ、|首は|細く、|とりわけ|口が|細く|長かった。||少なくとも|十歳の|子供の|口のように|見えた。
視線は|メグレから|離れなかったが、|何も|表現|していなかった。||助産婦が|やや|芝居がかった様子で|抱きしめ、|こう|叫んでも|表情一つ|変えなかった。


「かわいそうな子!||卵を|お食べ、|坊や」
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彼女は|メグレに|座るようには|勧めなかった。||床には|水が|こぼれており、|ストーブの上には|スープが|かかっていた。

「パリまで|呼びに|行かれたのは、|きっと|あなたなんでしょうね」
声は|まだ|攻撃的では|なかったが、|親しげとは|ほど遠かった。

「どういう|意味だ?」

「ここでは、|隠し立てしても|むだです!||何もかも|知れ渡ります!」

「説明してくれ」

「あなたも|私と|同じくらい|よく|ご存じでしょう!||ずいぶんな|仕事を|引き受けましたね!||でも、|警察は|いつだって|金持ちの|味方なんでしょう?」
メグレは|眉を|ひそめていた。||その|根拠のない|非難のためでは|なく、|助産婦の|言葉が|明かした|このような話の|ためだった。

「フランドル人たち自身が|みんなに|言って回ったんです。||今は|自分たちが|疑われても|しかたがないが、|それは|長くは|続かない。||パリから|どこかの|警部が|来れば、|事態は|変わると!」
彼女は|意地の悪い|笑みを|浮かべた。

「まったく!||あの人たちには、|嘘を|用意する|時間が|たっぷり|与えられたわけです!||ジェルメーヌの|死体が|絶対に|見つからないことを、|あの人たちは|よく|知っているんです!||食べなさい、|坊や。||心配しなくて|いいのよ」
そして|彼女は、|スプーンを|空中に|持ったまま、|メグレから|目を|離さない|子供を|見つめて、|まぶたを|濡らしていた。

「特に|何か|教えてくれることは|ないのか?」と、|警部は|尋ねた。

「何も|ありません!||ペーテルスの人たちが、|あなたの|欲しい|情報は|みんな|教えたでしょうし、|子供は|あそこの|ジョゼフの|子では|ないとまで|言ったでしょうから!」
食い下がる|意味が|あるだろうか?||メグレは|敵だった。||貧しい|家の中には、|憎しみの|空気が|漂っていた。

「それで、|もし|ピエドブフに|会いたいなら、|正午ごろに|戻ってくれば|いいでしょう。||その時間なら|彼が|起きますし、|ジェラールも|勤め先から|戻ってきます」
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彼女は|メグレを|廊下づたいに|送っていき、|彼の|後ろで|扉を|閉めた。||二階では、|日よけが|下ろされていた。
メグレは|フランドル人たちの|家の|近くで、|マシェール警部補を|見つけた。||彼は|二人の|船乗りと|話していたが、|警部を|見ると、|彼らから|離れた。


「何を|言っていた?」

「エトワールポレールのことを|話していたんです。||彼らは|覚えているような|気がすると|言っています。||一月三日、|その船の|親方が、|八時ごろに|船頭カフェを|出たこと、|そして|いつもの晩のように、|酔っていたことを。||この時間なら、|まだ|寝ています。||いま|船に|上がってきましたが、|私に|気づきもしませんでした」
食料品店の|ガラス越しに、|ペーテルス夫人の|白い頭が、|警察官たちを|見ているのが|見えた。
会話は|とりとめが|なかった。||二人の|男は|あたりを|見回していたが、|特に|何かを|調べているわけでは|なかった。
片方には、|堰を|流された|川があり、|時速九キロの|速さで|漂流物を|押し流していた。
もう片方には、|ペーテルスの家が|あった。

「入口は|二つあります!」と、|マシェールが|言った。
「私たちが|見ている|この入口と、|建物の|裏に|もう一つ。||中庭には|井戸が|あります」
彼は|あわてて|つけ加えた。


「井戸は|探りました。||すべて|調べたと|思っています。||それなのに、|なぜか|わかりませんが、|死体は|ムーズ川には|投げ込まれていないような|気がするんです。||女物の|ハンカチが|屋根の上に|あったのは、|どういう|ことなんでしょう?」

「オートバイの|男が|見つかったのは|知っているか?」

「知らせは|受けました。||ですが、|それで|ジョゼフ・ペーテルスが|その晩|ここに|いなかったという|証明には|なりません」
たしかに!||有罪の|証拠も、|無罪の|証拠も、|何も|なかった!||まともな|証言さえ|一つも|なかった!
ジェルメーヌ・ピエドブフは|八時ごろ、|店に|入った。||フランドル人たちは、|彼女が|数分後に|出ていったと|主張している。||だが、|ほかの|誰も|彼女を|見ていなかった。||それだけだった!
ピエドブフは|告発し、|三十万フランの|損害賠償を|求めていた。
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船乗りの|妻たちが|二人、|食料品店に|入ってきて、|呼び鈴が|鳴った。

「それでも|まだ|そう|お考えですか、|警部」

「俺は|何も|考えちゃいないよ、|君!||また|あとでな」
メグレも|店に|入った。||二人の|客は|彼に|場所を|あけるために|身を|寄せた。||ペーテルス夫人が|叫んだ。

「アンナ!」
そして|彼女は|せわしなく|動き、|台所の|ガラス戸を|開けた。

「お入りください、|警部さん。||アンナは|すぐに|参ります。||部屋を|片づけています」
彼女は|ふたたび|客たちの|相手に|戻り、|警部は|台所を|横切って、|廊下へ|入り、|ゆっくりと|階段を|上がっていった。
アンナには|聞こえて|いなかったようだ。||扉の|開いた|部屋の中で|物音が|しており、|メグレは|突然、|頭に|ハンカチを|結んだ|若い娘が、|男物の|ズボンを|ブラシで|払っているのを|見えた。

彼女は|鏡の中に|訪問者を|見つけ、|すばやく|振り向き、|ブラシを|落とした。

「いらしてたんですか?」
朝の|くつろいだ|服装で|いても、|彼女は|同じだった。||育ちのよい|若い娘の|少し|距離を置いた|雰囲気を、|そのまま|保っていた。

「失礼。||上にいると|聞いた。||ここは|弟さんの|部屋か?」

「はい。||今朝|早く、|戻っていきました。||試験は|とても|大変なのです。||これまでと|同じように、|最優秀で|合格したいと|言っていました」
飾り戸棚の上には、|明るい色の|ドレスを|着て、|イタリア麦わらの|帽子を|かぶった、|マルグリット・ヴァン・デ・ウェールトの|大きな|写真が|あった。
そして|若い娘は、|細長く|尖った|筆跡で、|『ソルヴェイグの歌』の|冒頭を|書いていた。
冬は|過ぎ去ってもよい。
いとしい春は。
流れ去ってもよい。
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メグレは|写真を|手に|持っていた。||アンナは|じっと|見つめていた。||微かな|警戒心も|にじんでいた。||まるで|笑われるのを|恐れるように。

「イプセンの詩です」と|彼女は|言った。

「知っている」
そして|メグレは|詩の|末尾を|朗読した。
私は|ここで|あなたを|待っています。
ああ、|私の|美しい|婚約者よ。
私の|最後の日まで。
それでも|思わず|微笑みそうに|なった。||アンナが|手放していない|ズボンを|見たからだ。
学生部屋の|暗い|たたずまいの中に|こうした|英雄的な|詩句が|あるのは、|思いがけず、|ちぐはぐで、|あるいは|心を|打つものだった。
ジョゼフ・ペーテルス。||長身で|痩せ、|服装は|ぱっとせず、|整髪料でも|寝かせきれない|金髪、|不釣り合いに|大きな|鼻、|近眼の|目。
ああ、|私の|美しい|婚約者よ。
そして|ほんわかとした|可愛らしさの|田舎娘の|写真!
そこは|イプセン劇の|壮麗な|舞台では|なかった。||彼女は|星々に|自分の|信念を|叫んでいるのでは|なかった!||いかにも|プチブルジョワらしく、|写真の下に|詩句を|書き写していた2。
私は|ここで|あなたを|待っています

そして|彼女は|本当に|待っていた!||ジェルメーヌ・ピエドブッフにも|めげずに!||子供にも|めげずに!|歳月にも|めげずに!
メグレは|漠然とした|居心地の|悪さを|感じた。||緑の|吸い取り紙で|覆われた|机が|あった。||そこには、|贈り物らしい|銅の|インク壺と、|ガラライト3の|ペン軸が|あった。
何気なく|整理棚の|引き出しを|開けると、|蓋の|ない|段ボール箱に|アマチュアの|写真が|入っていた。

「弟は|カメラを|持っています」
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学生帽を|かぶった|若者たち。||オートバイに|またがる|ジョゼフ。||いまにも|猛然と|発進するかのように、|手を|アクセルレバーに|かけている。||ピアノの|前の|アンナ。||もう一人の|若い娘。||もっと|細く、|もっと|悲しげだった。

「妹の|マリアです」
そして|突然、|小さな|証明写真が|出てきた。||白と黒の|対照が|強すぎるために、|この種の|写真が|みな|そうであるように、|陰気な|写真だった。

若い娘だった。||だが|あまりに|か弱く、|あまりに|小柄なので、|少女のように|見えた。||大きな|目が|顔全体を|占めていた。||ばかげた|帽子を|かぶり、|おびえたように|カメラを|見ているようだった。

「ジェルメーヌだな?」
息子は|彼女に|似ていた。

「病気だったのか?」

「結核を|患いました。||体が|あまり|丈夫では|なかったんです」
アンナには|それが|あった!||大柄で、|しっかりした|体つきで、|何よりも|人を|戸惑わせるほどの|肉体と|精神の|均衡を|持っていた。||彼女は|ようやく、|キルトの|掛かった|ベッドの上に|ズボンを|置いた。

「彼女の|家へ|行ってきた」

「何と|言っていました?||きっと|あの人たちは」

「助産婦と、|子供にしか|会わなかった」
彼女は|慎みからか、|それ以上|尋ねなかった。||その|態度には|どこか|控えめな|ところが|あった。

「あなたの|部屋は|隣か?」

「はい。||私の|部屋で、|同時に|妹の|部屋でも|あります」
連絡扉が|あり、|警部は|それを|開けた。||隣の|部屋のほうが|明るかった。||窓が|河岸に|面していたからである。||ベッドは|もう|整えられていた。||ごく|わずかな|乱れもなく、|家具の上には|衣類も|一枚も|なかった。
ただ、|二枚の|寝間着が、|二つの|枕の上に|きちんと|畳まれている|だけだった。


「二十五歳か?」

「二十六です」
メグレは|あることを|尋ねたかった。||だが、|どう|切り出せばよいのか|わからなかった。

「婚約したことは|一度も|ないのか?」
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「一度も」
だが、|彼が|本当に|尋ねたかったのは、|それとは|少し|違っていた。||彼女は|メグレに|強い|印象を|与えていた。||とりわけ、|いま|彼女の|部屋を|見てからは|そうだった。||彼女は|謎めいた|彫像のような|印象を|彼に|与えていた。||彼は|考えていた。||この|魅力に|乏しい|肉体が、|これまでに|震えたことが|あるのか。||彼女は|献身的な|姉であり、|模範的な|娘であり、|家の|女主人であり、|ペーテルスの|一員である以上の|何か|なかったのか。||つまり、|この|外見の下に、|女が|いるのか!
そして|彼女は|視線を|そらさなかった。||逃げようとも|しなかった。||メグレが|顔立ちだけでなく、|体の|線まで|見ていることを、|彼女は|感じていたに|違いない。||だが|彼女は|ぴくりとも|体を|動かさなかった。

「ヴァン・デ・ウェールトの|いとこたち以外、|私たちは|誰とも|付き合いが|ありません」
メグレは|ためらい、|言葉が|少し|不自然に|なりながら|言った。

「一つ|実験に|付き合って|もらいたい。||食堂へ|下りて、|私が|呼ぶまで|ピアノを|弾いてくれ。||できるだけ、|一月三日と|同じ|曲を。||誰が|弾いていた?」

「マルグリットです。||彼女は|弾きながら|歌います。||歌の|レッスンも|受けています」

「曲は|覚えているか?」

「いつも|同じです。||『ソルヴェイグの歌』です。||でも、|私には、|わかりません」

「ただの|実験だ」
彼女は|後ずさりするように|出ていき、|扉を|閉めようとした。

「いや。||開けておけ」
しばらくすると、|指が|ぞんざいに|ピアノの上を|走り、|ほとんど|つながらない|和音を|こぼしはじめた。||そして|メグレは|時間を|無駄にせず、|若い娘たちの|部屋の|戸棚を|開けていた。

最初の|戸棚は|衣類用だった。||きちんと|積まれた|シャツ、|ズボン、|よく|アイロンの|かかった|ペチコート。
和音は|つながっていった。||旋律が|わかるように|なった。||そして|メグレの|太い|指は、|白い|麻の|下着の|あいだを|行き来していた。
もし|目撃者が|いれば、|彼を|恋する男と|見たかもしれない。||いや、|それ以上に、|隠された|情欲を|満たしている|男と|見たかもしれなかった。
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丈夫で|飾り気の|ない|しっかりした|下着類。|二人の|姉妹の|ものが|混じっている|はずだった。
次は|引き出しだった。||ストッキング、|ガーター、|ヘアピンの箱。||白粉は|ない。||香水も|ない。||ただし、|ロシア風の|オーデコロンの|瓶が|一本あり、|それは||特別な|日にしか||使われないものに|違いなかった。
音は|大きくなっていった。||家じゅうが|音楽で|満たされていた。||そして|少しずつ、|一つの|声が|ピアノに|重なり、|やがて|前へ|出てきた。
私は|ここで|あなたを|待っています。
ああ、|私の|美しい|婚約者よ。

歌っているのは|マルグリットでは|なかった!||アンナ・ペーテルスだった!||彼女は|一つ一つの|音節を|はっきり|切って、|ある|フレーズには、|懐かしむように|哀愁を|込めて。
メグレの|指は|なおも|動いていた。||布地を|探っていた。
下着の|山の中で、|麻の|音とは|違う|こすれる音が|した。|紙の|音だった。
また|一枚の|肖像写真だった。|||セピア色の|アマチュア写真。|巻き毛の|若い男。|繊細な|顔立ち。|上唇を|わずかに|前に|突き出して、|自信に|満ちた、|少し|皮肉めいた|微笑みを|浮かべていた。
誰に|似ているか|メグレには|わからなかった。|しかし|誰かに|似ていた。
セピア色の|素人写真だった。||巻き毛の|若い男で、|顔立ちは|繊細、|上唇は|自信ありげな|微笑の中で|少し|突き出ており、|その笑みには|わずかに|皮肉な|ところが|あった。
メグレには|それが|誰を|思い出させるのか|わからなかった。||だが、|何かを|思い出させた。
私の|最後の日まで。
低い声だった。||ほとんど|男の声のような|声が、|ゆっくりと|消えていった。||そして|呼びかける声が|した。

「続けたほうが|いいですか、|警部?」
彼は|戸棚の|扉を|閉め、|写真を|上着の|ポケットに|入れ、|すばやく|ジョゼフ・ペーテルスの|部屋へ|入った。

「もう|いい」
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戻ってきた|アンナが、|前より|青ざめているのに、|彼は|気づいた。||あまりに|心を|こめて|歌ったからだろうか。||彼女の|視線は|部屋の中を|調べていたが、|そこに|変わったところは|何も|見つけなかった。


「わかりません。||ひとつ|お尋ねしたいのです、|警部さん。||昨夜、|ジョゼフに|お会いになりましたね。||彼のことを|どう|思われましたか?||彼に|そんなことが|できると|お思いですか」
下で|頭の|ハンカチを|外してきたようだった。||手も|洗ってきたような|気さえした。

「どうしても|必要なんです。||わかってください。||みんなに|ジョゼフの|無実を|認めて|もらわないと!||かれには|幸せに|なってもらう|必要が|あるんです!」

「マルグリット・ヴァン・デ・ウェールトと?」
彼女は|何も|言わなかった。||ため息を|ついた。

「姉の|マリアは|いくつだ?」

「二十八です。||いずれ|ナミュールの|学校の|校長に|なるだろうと、|誰もが|言っています」
メグレは|ポケットの中の|肖像写真に|手を|触れた。

「恋人は|いないのか?」
答えは|すぐに|返ってきた。

「マリアが?」
それは|こういう|意味だった。
『マリアに|恋人?||彼女を|知らないから|そんなことを!』

「捜査を|続ける!」と、|メグレは|踊り場のほうへ|向かいながら|言った。

「もう|何か|結果が|出たのですか?」

「わからない」
彼女は|階段で|彼の|あとに|続いた。||台所を|横切るとき、|彼は|ペーテルス爺さんが|籐椅子に|座っているのを|見た。||老人は|メグレに|気づきもしなかったらしい。

「あの人は|もう|何も|わかっていないのです」と、|アンナは|ため息を|ついた。
食料品店には|三、四人の|客が|いた。||ペーテルス夫人は|ジュネヴァを|グラスに|注いでいた。||彼女は|瓶を|手放さないまま、|上体を|かがめて|挨拶し、|それから|フラマン語で|話し続けた。
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ペーテルス夫人は|訪問者が|パリから|来た|警部だと|説明していたに|違いなかった。||というのも、|船乗りたちが|敬意を|こめて|メグレのほうを|向いたからである。
外では、|マシェール警部補が、|ほかより|地面の|柔らかい|一角を|調べていた。

「何か|新しいことは?」と、|警部は|尋ねた。

「わかりません!||まだ|死体を|探しているところです!||というのも、|それを|見つけないかぎり、|あの連中を|捕まえることは|できませんから」
そして|彼は|ムーズ川のほうを|向いた。||まるで、|死体は|あちらへは|行かなかったと|言うような|様子だった。
- ディナン(Dinant)とは、ベルギー南東部、ナミュール州の都市で、ムーズ川が造った断崖絶壁の下に中世の街並みが広がる美しい町です。高さ約100メートルの断崖の上には11世紀に築かれた城塞(シタデル)がそびえています。
サクソフォン発祥の地としても知られ、芸術と音楽、宗教建築が調和した雰囲気が魅力です。
ジヴェから|ムーズ川を|約25キロ|下流(ベルギー側)、切り立った|岩壁に|挟まれた|渓谷の中の町で、ムーズ川が|最も|狭く|流れが|速い|地点の一つです。
ディナンの橋は、川幅が|狭い|渓谷に|かかっているので、洪水時には|水位が|上がって|橋と水面の|隙間が|なくなり、大きな|引き船や|はしけが|橋の下を|通れなくなるのです
ノートルダム教会は|断崖絶壁の麓にあり、|玉ねぎ頭の塔が|目印の|ゴシック様式の建物です。シムノンが|描いた|1930年代も|今も|変わらぬ|絵のような|町です。
↩︎ - 写真の余白に|詩を|書き写すという|行為が|小市民らしいのです。
イプセンの劇の中では
ソルヴェイグは|山小屋で|何十年も|待ち続ける。|その|愛は|壮大で|劇的です。|星に向かって|叫ぶような|激しさがある。
マルグリットの場合
同じ詩を|引用しながら|やっていることは、恋人の|写真の|余白に、詩を|書き写すだけ
なぜ小市民らしいか
感情の|表現が|こぢんまりしているからです。
叫ばない、行動しない、ただ|写真帳に|詩を|書き写すだけ
壮大な|愛の詩を|借りながら、|その表現が|日常の小さな|仕草に|とどまっている。|英雄的な|言葉と|平凡な|行為の|落差が|「小市民らしい」という|メグレの|観察です。
↩︎ - ガラライト(Galalithe)とは、牛乳のタンパク質(カゼイン)から|作られた|初期の|プラスチック素材です。
1900年代初頭に|発明され、象牙や|べっ甲の|代用品として|使われた、艶やかで|滑らかな|手触りで、黒や|茶色、|べっ甲柄などが|多く、熱に|弱く|水にも|弱い。
1930年代には|まだ|万年筆が|高級品だったので、|つけペンと|ガラライトの|ペン軸は|学生の|標準的な|筆記具でした。
銅の|インク壺と|あわせて、|贈り物として|贈られた|上品な|文房具セットという|雰囲気です。|おそらく|マルグリットからの|贈り物でしょう。
↩︎




