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雨は|正午ごろから|降り始めていた。||夕暮れには|石畳の上で|いっそう|激しく|はじいていた。||八時には|土砂降りに|なっていた。

ジヴェの通りは|人気が|なかった。||はしけが|岸壁に沿って|光っていた。||メグレは|外套の|襟を|立てて|フランドル人の家へ|突き進み、|扉を|押して|すっかり|馴染んだ|呼び鈴を|鳴らし、|食料品店の|温かい|匂いを|吸い込んだ。
一月三日に|ジェルメーヌ・ピエドブフが|店に|入った|時刻だった。||それ以来、|誰も|彼女を|見ていない。
警部は|初めて|気づいた。||台所と|店を|隔てているのは|ガラス扉|だけだと|いうことを。||扉には|レースの|カーテンが|かかっていて、|人影が|ぼんやりと|透けて|見えた。
誰かが|立ち上がった。

「おかまいなく!」と|メグレは|叫んだ。
台所に|入ると、|日常の|様子が|そのまま|あった。||ペーテルス夫人が|店に|向かおうと|立ち上がったところだった。||夫は|籐の|肘掛け椅子に|座り、|相変わらず|ストーブに|ぴったり|くっついていて、|燃え出すのでは|ないかと|思うくらいだった。||長い|サクランボ材の|柄の|海泡石の|パイプを|手に|持っていたが、|もう|吸っては|いなかった。||目は|閉じられていた。||半開きの|唇から|規則正しい|寝息が|もれていた。

アンナは|砂で|磨かれ|長年|使い込まれて|つやの出た|白木のテーブルに|向かって|座り、|小さな|手帳に|計算を|していた。

「アンナ、|警部さんを|食堂に|案内して」

「いや、|結構です」と|メグレは|手を振った。
「ちょっと|寄っただけですから」
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「外套を|どうぞ」
メグレは|ペーテルス夫人の声が|美しい低音で、|深みがあり|温かみが|あることに|気づいた。||フランドル語の|わずかな|なまりが|それを|いっそう|味わい深く|していた。

「コーヒーを|一杯|いかがですか?」
彼女が|来る前に|何を|していたか|見たかった。||彼女の|席には|スチール製の|眼鏡と|今日の|新聞が|あった。
老人の|寝息が|家の|暮らしに|拍子を|刻んでいるようだった。||アンナは|手帳を|閉じ、|鉛筆に|キャップを|はめて|立ち上がり、|棚から|カップを|取った。

「失礼します」と|彼女は|つぶやいた。

「お姉さんの|マリアに|会えると|思っていたのですが」
ペーテルス夫人は|悲しそうに|首を|振った。||アンナが|説明した。

「数日は|お会いできません。||ナミュールに|会いに|行かれる|なら|別ですが。||ジヴェに|住んでいる|同僚の|先生が|さっき|来て。||今朝、|マリアが|列車を|降りた|とき|足首を|捻挫して」

「今は|どこに?」

「学校に。||先生には|部屋が|あてがわれているので」
ペーテルス夫人は|首を|振り|続けながら|ため息を|ついた。

「神様に|何か|悪いことを|したのでしょうか!」

「ジョゼフは?」

「土曜まで|戻りません。||もう|明日ですね」

「いとこの|マルグリットは|来ませんでしたか?」

「いいえ。||夕べの礼拝で|会いました」
沸きたての|コーヒーが|カップに|注がれた。||ペーテルス夫人が|出ていって、|小さな|グラスと|ジュネヴァの|瓶を|持って|戻った。

「古い|スキーダム1です」

メグレは|腰を|下ろした。||何も|得られるとは|思っていなかった。||ここに来たのは|半分は|事件と|無関係な|理由から|かも|しれなかった。
この家は|オランダで|行った|捜査(『オランダの殺人』)を|思い出させた。||違いは|あるのだが、|うまく|言葉に|できなかった。||同じ|静けさ、|同じ|空気の|重さ、|同じ感覚——空気が|流動的でなく、|動くと|壊れそうな|固い|塊に|なっているような。
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老人が|動かないのに|籐の椅子が|ときどき|きしんだ。||そして|彼の寝息が|相変わらず|この家の|生活と|時を|刻んでいた。
アンナが|フランドル語で|何か|言った。||デルフゼイル2で|少し|覚えた|メグレには|大体|わかった。

「もっと|大きい|グラスに|すれば|よかったのに」
ときどき|木靴を|履いた|男が|岸壁を|通った。||店の|窓ガラスに|雨の|はじく音が|聞こえた。

「あの夜も|雨だったと|おっしゃいましたね?||今日と|同じくらい|強く?」

「ええ。||たぶん」
二人の|女性は|また|腰を|下ろして、|メグレが|グラスを|手に|取り|口元に|運ぶのを|眺めていた。
アンナには|母のような|繊細な|顔立ちも|やさしい|微笑みも|なかった。||いつものように、|目を|メグレから|離さなかった。
部屋から|写真が|なくなっているのに|気づいただろうか?||おそらく|気づいていない。||気づいていれば|動揺して|いたはずだ。

「ここに|来て|三十五年に|なります、|警部さん」と|ペーテルス夫人が|言った。
「主人は|最初|かご職人として|ここに|腰を|落ち着けました。||この同じ家に|後から|二階を|足しただけなんです」
メグレは|別のことを|考えていた。||五年|若いアンナが|ジェラール・ピエドブフと|ロシュフォールの洞窟に|行ったことを。||何が|彼女を|その男の|腕の中に|押し込んだのか?||なぜ|身を|任せたのか?||その後|どんなことを|考えたのか?

それが|彼女の|生涯で|唯一の|冒険だったに|違いない。||もう|二度と|こういうことは|ないだろうと|思った。
この家の|生活の|リズムは|人を|魔法に|かけるようだった。||ジュネヴァが|じわじわと|メグレの頭に|回ってきた。||あらゆる|小さな音が|聞こえた。||椅子の|きしみ、|老人の|いびき、|窓の|出っ張りに|当たる|雨粒。

「今朝|弾いてくれた|曲を|また|弾いてくれますか?」と|彼は|アンナに|言った。
アンナが|ためらうと、|母親が|勧めた。

「そうよ!||上手でしょう?||ジヴェで|一番いい|先生に|週三回、|六年間|習ったんですよ」
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若い女は|台所を|出た。||彼女と|家族との|間の|扉が|二枚とも|開いたままだった。||ピアノの|蓋が|バタンと|開いた。
右手で|のんびりと|何音か。

「歌えば|いいのに」と|ペーテルス夫人が|つぶやいた。
「マルグリットの方が|歌は|上手で。||音楽院に|通わせようという|話まで|あったんですよ」
音符が|がらんとした|よく|響く|家の中に|散っていった。||老人は|目を|覚まさなかった。||夫人は|パイプを|落とさないか|心配して、|そっと|手から|取って|壁の釘に|かけた。
メグレは|なぜ|まだ|ここに|いるのか?||得られることは|何も|なかった。||ペーテルス夫人は|新聞を|手に|取り直す|勇気も|なく、|ただ|耳を|傾けていた。||アンナは|少しずつ|左手も|加えていった。||いつもは|マリアが|この同じ|テーブルで|生徒たちの|宿題を|添削していると|わかった。
それだけだ!
ただ|町中が、|こんな夜に|ジェルメーヌ・ピエドブフを|殺したと|ペーテルス一家を|非難していた!
店の呼び鈴の音に|メグレは|はっと|した。||一瞬、|三週間前に|若返ったような|気がした。||ジョゼフの|愛人が|入ってきて、|毎月|子供の|養育費として|払われる|百フランを|請求するのでは|ないかと。

雨合羽を|着た|船乗りが|小さな|瓶を|ペーテルス夫人に|差し出し、|夫人が|ジュネヴァを|満たした。

「八フランです!」
「ベルギーフランで?」

「フランスフランです!||ベルギーフランなら|十フラン」
メグレは|立ち上がり、|店を|通り抜けた。

「もう|お帰りですか?」

「明日|また|来ます」
外に|出ると、|船乗りが|自分の船に|戻っていくのが|見えた。||振り返ると|店の|明かりのついた|ショーウィンドウが、|流れ続ける|甘く|感傷的な|音楽と|相まって、|まるで|劇場の|舞台の|背景画のようだった」

アンナの|声が|混じっていないだろうか?
でも|あなたは|戻ってくる ||愛しき|あなた
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メグレは|泥の中を|歩いていた。||雨が|あまりに|激しくて|パイプの|火が|消えた。

今や|ジヴェ全体が|劇場の|舞台の|背景のように|感じられた。||船乗りが|船に|戻ってしまうと、|外には|人影が|なかった。||いくつかの|窓に|薄明かりが|あるだけ。||増水した|ムーズ川の|音が|ピアノの|歌声を|少しずつ|かき消していった。
二百メートル|歩くと、|奥に|フランドル人の家、|手前に|ピエドブフ一家の家が|同時に|見えた。
二階に|明かりは|なかった。||しかし|廊下は|明るかった。||助産婦が|一人で|子供と|いるに|違いない。
メグレは|気が|重かった。||これほど|努力の|むなしさを|感じたのは|まれだった。
そもそも|ここで|何を|しているのか?||正式な|任務でも|ない!||フランドル人が|若い女を|殺したと|人々は|言っている。||しかし|彼女が|死んでいるか|どうかさえ|確かでは|ない!
ジヴェの|みじめな|生活に|嫌気が|さして、|ブリュッセルか、|ランスか、|ナンシーか、|パリで、|行きずりの|友人たちと|ビールでも|飲んでいるのでは|ないか?
たとえ|死んでいたとしても、|殺されたのか?||食料品店を|出た後、|がっかりして|濁った|川に|引き寄せられたのでは|ないか?
証拠|なし!|手がかり|なし!||マシェールは|懸命に|動いているが|何も|見つからない|だろう。||そうなれば|検察も|いつか|事件を|棚上げに|するだろう。
では|なぜ|メグレは|この|見知らぬ|舞台で|ずぶ濡れに|なっているのか?

正面の|ムーズ川の|対岸に|電灯一つで|照らされた|工場の|庭が|見えた。||門の|すぐそばに|明かりの|ついた|詰め所が|あった。
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父ピエドブフは|勤務に|ついていた。||あそこで|一晩中|何を|しているのだろう?

気がつくと、|なぜか|わからないまま、|警部は|両手を|ポケットに|突っ込んで|橋の方へ|向かっていた。||朝に|グロッグを|飲んだ|カフェでは|船乗りや|引き船の|船長たちが|十数人、|岸壁まで|聞こえるほどの|大声で|話していた。||しかし|立ち止まらなかった。
風が|戦時中に|壊された|石橋の|代わりに|架けられた|鉄橋の|桁を|震わせていた。
対岸の|岸壁は|石畳さえ|敷かれていなかった。||泥の中を|歩かなければ|ならなかった。||うろついていた|犬が|石灰で|塗られた|壁に|身を|寄せた。
閉まった|鉄柵に|小さな|通用口が|あった。||するとすぐ、|ピエドブフが|詰め所の|窓ガラスに|顔を|くっつけてくるのが|見えた。


「ボンソワール!」
男は|黒く|染めた|古い|軍の|上着を|着ていた。||彼も|パイプを|くわえていた。||部屋の|中央には|小さな|ストーブがあり、|煙突が|二度|曲がって|壁に|消えていた。


「ここには|入れないはずですが」

「夜は|入っては|いけないんだろ!||わかった!」
木の長椅子。||藁の|座面の|椅子。||メグレの|外套が|もう|湯気を|立て始めていた。

「一晩中|この部屋に?」

「いいえ!||庭と|工場を|三回|見回りに|出ます」
遠くからは|太い|灰色の|口ひげで|立派に|見えたが、|近くで|見ると|内気で|引っ込み思案な|男だった。||自分の|身分の|低さを|この上なく|わきまえていた。||メグレが|怖かった。||何を|言えば|いいか|わからなかった。

「つまり|いつも|一人で。||夜は|ここ、|朝は|自分の|ベッド。||午後は?」

「庭仕事です!」

「助産婦さんの|庭か?」

「ええ。||野菜を|分けっこして」
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メグレは|灰の中に|丸い形を|見つけた。||火かき棒の先で|かき回すと、|皮を|むいていない|ジャガイモが|出てきた。||合点が|いった。||男が|一人で、|夜中に、|虚しい空を|眺めながら|ジャガイモを|食べている姿が|目に|浮かんだ。


「息子さんは|工場に|会いに|来ないのか?」

「来ません!」
ここでも|雨粒が|一つずつ|扉の前に|落ちて、|生活に|不規則な|リズムを|刻んでいた。

「娘さんは|本当に|殺されたと|思っているのか?」
男は|すぐには|答えなかった。||どこに|目を向けていいか|わからなかった。

「ジェラールが|そう|言っているから、|自殺は|しなかったはずです。||出て行きも|しなかった」
思いがけない|悲しさだった。||男は|無意識に|パイプに|タバコを|詰めていた。

「あの連中が|やったと|信じなければ」

「ジョゼフ・ペーテルスを|よく|知っていたのか?」
ピエドブフは|顔を|そむけた。

「結婚しないと|思っていました。||金持ちですから。||それに|私たちは」
壁には|立派な|電気時計が|かかっていた。||この|詰め所の|唯一の|ぜいたく品だった。||向かいには|黒板があり、|チョークで|こう|書かれていた。
『求人なし』
扉の|そばには|大きな|回転車で|従業員の|出退勤を|記録する|複雑な|機械が|あった。

「見回りの|時間です」
メグレは|この男の|生活に|もっと|踏み込むために|一緒に|回ろうかと|思いかけた。||ピエドブフは|踵まで|届く|だぼだぼの|雨合羽を|羽織り、|隅から|すでに|火の|ついた|嵐よけランタンを|手に|取り、|芯を|上げるだけで|よかった。

「なぜ|私たちに|敵対するのか|わかりません。||まあ|仕方ない|かも|しれませんが。||ジェラールが|言うには」
しかし|庭に|出たところで|雨が|遮った。||ピエドブフは|客を|鉄柵まで|案内し、|見回りの前に|閉めようとした。
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また|一つ|驚きが|あった。||そこから|鉄格子で|等間隔に|切り取られた|風景が|見えた。||対岸に|係留された|はしけ船、|明かりの|ついた|ショーウィンドウの|フランドル人の家、|五十メートルおきに|電灯が|光の輪を|描く|岸壁。
税関の建物も、|カフェ・デ・マリニエも|よく|見えた。
特に|よく|見えたのは|路地の角で、|左から|二軒目が|ピエドブフ一家の家だった。
一月三日。3

「奥さんが|亡くなって|長いのか?」

「来月で|十二年に|なります。||肺で|逝きました」

「今ごろ|ジェラールは?」
ランタンが|ピエドブフの|腕の先で|揺れていた。||すでに|大きな|鍵を|錠前に|差し込んでいた。||遠くで|列車が|汽笛を|鳴らした。


「街に|いると|思います」

「どの辺か|わかるか?」

「若い連中は|市役所前の|カフェに|よく|集まっています!」
メグレは|また|雨と|暗闇の中に|踏み込んだ。||捜査でも|何でも|なかった。||出発点もなく、|土台も|なかった。
風に|吹き|さらされた|小さな|町で、|一握りの|人間が|それぞれの|生活を|送っているだけだ。||みんな|本当のことを|言っているかも|しれない!||しかし|その中の|一人が|苦しみ|おびえた|魂を|隠しているかも|しれない。||その夜、|通りを|歩き回る|大きな|人影を|思うだけで、|極度に|おびえている|魂を。
メグレは|自分の|ホテルの前を|通り過ぎた。||窓ガラス越しに、|マシェール警部補が|主人も|交えた|一団の中で|演説しているのが|見えた。||四杯目か|五杯目の|アルコールの|雰囲気だった。||主人が|自分の|おごりで|一杯|やろうとしていた。
マシェールは|非常に|興奮して、|身振りを|交えながら、|おそらく|こう|言っていた。

「パリから|来た|警部というのは|自分が|思うに」
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そして|フランドル人の|話に|なっていた!||ぼろくそに|言われていた!
細い路地の|突き当たりに|かなり|広い|広場が|ある。||角に|白い|外壁の|カフェ、|よく|照らされた|三つの|ショーウィンドウ。||カフェ・ド・ラ・メリー。

扉を|開けると|どよめきが|迎えた。||亜鉛の|カウンター。||テーブル。||赤い|クロスの上で|カードに|興じる|客。||パイプと|煙草の|煙、|ぬるく|なった|ビールの|酸っぱい|匂い。

「ビールを|二杯!」
レジの|大理石の上で|コインが|鳴る音。||白い|エプロンの|ウェイター。

「こちらへ!」
メグレは|手近な|テーブルに|座り、|まず|曇った|鏡の中に|ジェラール・ピエドブフを|見つけた。||彼も|マシェール同様、|ひどく|興奮していた。||警部に|気づくと|ぴたりと|口を|閉じ、|足で|連れの|足を|突いたに|違いない。
連れは|一人の男と|二人の女。||四人で|同じ|テーブルに|いた。||若い男たちは|同じくらいの|年齢だった。||女たちは|おそらく|工場の|女工だろう。
全員が|黙った。||ほかの|テーブルの|カード遊びの|客も|声を|落として|点数を|告げ、|視線が|新参者に|向けられた。

「ビールを|一杯!」
メグレは|パイプに|火を|つけ、|水滴の|したたる|山高帽を|茶色い|モレスキンの|長椅子に|置いた。

「ビール|一杯!」
ジェラール・ピエドブフは|皮肉な|侮蔑の|笑みを|浮かべ、|低い声で|ぼやいた。

「フランドル人の|お友達だ」
彼も|飲んでいた。||瞳が|ギラギラしすぎていた。||紫の|唇が|青白い|顔色を|際立たせていた。||ひどく|興奮しているのが|わかった。||周りを|見渡し、|女たちを|驚かせることを|言おうと|探していた。

「ニニー、|わかるか、|金持ちに|なれば|警察なんか|怖くない」
連れの|男が|黙らせようと|肘で|突いたが、|かえって|逆効果だった。
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「何が悪い?||思ったことを|言っちゃいけないのか?||繰り返すが、|警察は|金持ちの|味方だ。||貧乏人は」
顔が|青ざめていた。||内心では|自分の|言葉に|怯えていたが、|この|態度が|与えてくれる|輝きを|手放したくなかった。
メグレは|グラスの|泡を|かき分けて|ビールを|ぐっと|飲んだ。||沈黙を|破ろうと|カード遊びの|客が|つぶやくのが|聞こえた。
「テルス」
「ジャックの|フォーカード」
「あなたの|番!」
「切ります!」
二人の|若い|女工は|警部の方を|振り返る|勇気も|なく、|鏡越しに|何とか|見ようと|していた。

「フランスで|フランス人で|あることが|罪だと|言わんばかりだ!||おまけに|貧乏となれば|なおさら」
レジで|主人が|眉を|ひそめ、|若い男が|酔っているのを|わかってほしいと|言わんばかりに|メグレの方を|向いたが、|メグレは|見ていなかった。
「スペードだ!||またスペードだ!||これは|予想外だろう!」

「密輸で|稼いだ連中だ!」と|ジェラールは|店全体に|聞こえるように|続けた。
「ジヴェじゃ|誰でも|知っている!||戦前は|葉巻と|レースだった。||今は|ベルギーで|酒が|禁止されているから、|フランドル人の|船乗りに|ジュネヴァを|出している。||おかげで|息子を|弁護士に|できる!||ははは!||自分の弁護に|いずれ|使うことに|なるだろう!」
メグレは|一人で|テーブルに|座り、|客全員の|視線を|浴びていた。||外套も|脱いでいなかった。||肩が|雨で|光っていた。
主人は|そわそわして、|事件が|起きると|感じて|警部に|近づいた。

「どうか|気にしないでください。||飲んでいるんです。||それに|悲しみも|あって」
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「帰ろう、|ジェラール!」と|隣の|小さな女が|怯えて|ささやいた。

「帰れば|俺が|ビビっていると|思われるだろう?」
彼は|相変わらず|メグレに|背を|向けていた。||二人は|鏡越しにしか|見ていなかった。
ほかの|客たちは|格好だけで|カードを|続け、|スレートに|点数を|つけるのも|忘れていた。

「ブランデーを|一杯!||テイスティング!」4
主人は|断りかけたが、|メグレが|相変わらず|気づかない|ふりを|していたので|断り切れなかった。

「ひどいことだ!||そういうことだ!||あいつらは|俺たちの|娘を|手に|入れて、|飽きたら|殺す。||それで|警察は」
警部は|黒く|染め直した|軍服を着た|老人|ピエドブフが、|嵐よけランタンを|手に|工場の|作業場を|見回って、|温かい|自分の居場所に|戻って|ジャガイモを|食べている姿を|思い浮かべていた。
向かいには|ピエドブフ一家の家。||助産婦は|子供を|寝かしつけて、|新聞か|編み物で|寝る時間を|待っているだろう。
そして|もっと|先には|フランドル人の|食料品店。||老ペーテルスが|起こされて|寝室に|連れて|いかれ、|ペーテルス夫人が|鎧戸を|下ろし、|アンナが|一人で|自分の部屋で|着替えている。
眠るように|係留された|はしけたち。|流れに|引っ張られた|もやい綱が|ぴんと|伸びきり、|舵を|きしませ、|小舟どうしを|ぶつけ合わせていた。


「もう|一杯!」
メグレの声は|穏やかだった。||ゆっくりと|煙草を|吸い、|天井に|向かって|煙を|吐いていた。

「みんな|見てくれ、|あいつは|俺を|からかっている!||そうだ、|からかっているんだ!」

主人は|途方に暮れて、|手の打ちようが|なかった。||騒ぎに|なっていた。||最後の|言葉と|ともに|ジェラールが|立ち上がり、|メグレの方を|向いた。||顔は|こわばり、|唇は|怒りで|ゆがんでいた。
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「あいつは|俺たちを|からかいに|来ただけだと|言ってるんだ!||見ろよ!||グラス|一杯|飲んだからって|馬鹿にしてやがる。||いや、|むしろ|俺たちが|貧乏だからだ」
メグレは|動かなかった。||呆気に|とられるほどだった!||テーブルの|大理石と|同じくらい|微動だにしなかった。||手は|グラスの上に。||相変わらず|煙草を|吸っていた。
「ダイヤの切り札!」と|誰かが|善意で、|場を|和まそうとして|言った。
すると|ジェラールは|その|カード遊びの|客の|テーブルから|カードを|つかんで|店中に|投げつけた。

たちまち|客の|半数が|立ち上がった。|まだ|前には|出られないが、|いつでも|割って|入れるように。
メグレは|座ったまま。||パイプを|吸ったまま。

「見ろよ!||からかっているんだ!||俺の|妹が|殺されたのを|わかっているくせに!」
主人は|どこに|いれば|いいか|わからなかった。||ジェラールの|テーブルの|二人の|小さな女たちは|顔を|見合わせて|怯え、|すでに|扉までの|距離を|測っていた。

「何も|言えないんだ!||口が|開けられないだろう!||怖いんだ!||そうだ、|真実が|明るみに|出るのが|怖いんだ!」

「飲んでいるんです、|お願いです!」と|主人は|メグレが|立ち上がるのを|見て|叫んだ。
遅かった!||この場で|一番|怖かったのは|おそらく|ジェラールだった。
ずぶ濡れの|黒い|大きな|影が|自分に|向かってくる。
彼は|素早く|右手を|ポケットに|入れた。||その動作と|同時に|女の|大きな|叫び声が|上がった。
若い男が|取り出したのは|拳銃だった。||しかし|警部の手が|空中で|それを|ひったくっていた。||同時に|前に|踏み出した|足で|ジェラールを|つまずかせた。

何が|起きたか|理解した|客は|三人に|一人も|いなかっただろう。||それでも|今や|全員が|立ち上がっていた。||拳銃は|メグレの手の中に。||ジェラールは|立ち直ったが、|顔は|険しく、|負けた|屈辱に|まみれていた。
警部が|全く|自然な|落ち着いた|仕草で|拳銃を|ポケットに|しまう間、|若い男は|息を|切らして|言った。

「逮捕するんだろう!」
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まだ|立ち上がれていなかった。||両手を|ついて|体を|起こしていた。||哀れな|姿だった。

「帰って|寝ろ!」と|メグレは|ゆっくりと|言った。
相手が|わかっていない|ようだったので|付け加えた。

「扉を|開けろ!」
息の|詰まるような|空気の中に|冷たい|外気が|ひとすじ|入った。||メグレは|ジェラールの|肩を|つかんで|歩道に|押し出した。


「帰って|寝ろ!」
扉が|閉まった。||店の中から|一人|減っていた。||ジェラール・ピエドブフ。

「完全に|酔っぱらいだ!」と|メグレは|飲みかけの|ビールの前に|腰を|下ろしながら|ぼやいた。
客たちは|どうすれば|いいか|まだ|わからなかった。||何人かは|席に|戻っていた。||ほかの人は|迷っていた。
メグレは|ビールを|一口|飲んでから|ため息を|ついた。

「大したことでは|ない!」
それから|隣の客に、|その客には|何のことか|さっぱり|わからなかったが、|こう|付け加えた。

「ダイヤの切り札と|言ってたな」
- スキーダム(Schiedam)とは、オランダの|ジュネヴァ(ジン)の一種です。
オランダの|スキーダム市(ロッテルダム近郊)で|盛んに|製造されていた|ことから|この名が|つきました。
・ジュネヴァより|モルト(麦芽)の風味が強い
・どっしりとした|重厚な味わい
・色は|透明または|わずかに|黄みがかっている
・「古い(vieux)スキーダム」は|長期熟成したもので|上質とされる
ペーテルス夫人が|「古い|スキーダムです」と|出してくるのは|上等なもてなしの|証です。|店で|船乗りたちに|出す|普通の|ジュネヴァとは|別の|大切に|取っておいた|一本です。
メグレへの|特別な|敬意と|信頼を|示す|さりげない|場面です。
↩︎ - デルフゼイル(Delfzijl)とは、オランダのフローニンゲン州にある町で、エムス川三角州の左岸に位置し、ドイツと境を接しています。
メグレが初めて登場する作品は、シムノンがオランダのデルフゼイル近辺を航海中に書かれたものと考えられており、メグレが初めて書かれた場所であることを記念してデルフゼイルにはメグレの像が建てられています。
メグレシリーズ「オランダの犯罪」の舞台がデルフゼイルで、フランスの犯罪学の教授が殺人事件に巻き込まれたため、メグレが非公式にオランダへ派遣されます。
この場面では、メグレが|「デルフゼイルで|フランドル語を|少し|覚えた」と|言っているのは、|オランダでの|以前の|捜査を|指しています。|フランドル語と|オランダ語は|非常に|近い言語なので、|オランダで|覚えた言葉が|役に立ったわけです。
↩︎ - 一月三日」という唐突な一行の意味
メグレが|工場の|鉄格子越しに|見た|風景から|気づいたことです。
そこから|見えたのは:
・フランドル人の家(ペーテルス一家)
・ピエドブフ一家の路地の角
・カフェ・デ・マリニエ
・岸壁
つまり|一月三日の夜、ジェルメーヌが失踪した夜の|すべての舞台が|一望できる場所だったのです。
↩︎ - カフェでの「dégustation」
フランスの|カフェでは|試飲用の小さいグラスで|出すことが|あり、|通常の一杯より|少量で安いという|意味合いが|あります。
つまりジェラールの意図
「ブランデーを|一杯!||試飲サイズでいい!」
→|少量だから|安い|→|貧乏な|俺でも|払える
主人が|断りかけた理由
酔っているのに|さらに|強い酒を|出すのは|危険
しかし|「試飲サイズ」と|言われると|断りにくい
↩︎




