大いなる眠り|第三章 リーガン夫人

大いなる眠り

『Brille Editor System ver.8』用の『BESファイル』を、ZIPファイルに圧縮して公開しています。(2026年4月9日現在未作成)

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部屋は|広すぎた。||天井は|高すぎた。||扉は|大きすぎた。||壁から|壁まで|敷き詰められた|白い|カーペットは、|レイク・アロウヘッド1に|降り積もった|新雪のように|見えた。||いたるところに|全身鏡と|クリスタルの|装飾品が|あった。||アイボリーの|家具には|クロームが|施され、|巨大な|アイボリーの|カーテンが|窓から|一ヤードほど|離れた|白い|カーペットの|上に|乱れて|広がっていた。||白は|アイボリーを|汚く|見せ、|アイボリーは|白を|色あせて|見せた。||窓は|暗くなりつつある|丘陵地帯を|向いていた。||もうすぐ|雨が|降りそうだった。||空気には|すでに|重さが|あった。

私は|深くて|柔らかい|椅子の|端に|腰を|下ろし、|リーガン夫人を|見た。||見る|価値が|あった。||厄介な|女だった。||彼女は|スリッパを|脱いで|モダンな|シェーズロング2に|横たわっていた。||私は|彼女の|足に|目が|いった。||極めて|薄い|シルクの|ストッキング越しに、|見せるために|整えられたような|足だった。||膝まで|見えていて、|片足は|それより|ずっと|先まで。||膝には|えくぼが|あり、|骨ばって|鋭くは|なかった。||ふくらはぎは|美しく、|足首は|長く|細く、|詩を|書けるほどの|線を|持っていた。||背が|高く、|しなやかで|強そうだった。||頭は|アイボリーの|サテンの|クッションに|もたれていた。||髪は|黒く|コシが|あり|真ん中で|分けられ、|ホールの|肖像画と|同じ|熱い|黒い|目を|していた。||口元と|顎は|整っていた。||唇には|不機嫌な|たるみが|あり、|下唇は|豊かだった。

彼女は|ドリンクを|持っていた。||一口|飲んで、|グラスの|縁越しに|冷たく|真っ直ぐな|目で|私を|見た。


「あなたが|私立探偵|なのね」と|彼女は|言った。||「本当に|いるとは|思わなかった。||本の|中にしか|いないか、|でなければ|ホテルを|嗅ぎ回る|脂ぎった|小男3だと|思ってたわ」


私には|返す|言葉も|なかったので、|流れに|任せた。||彼女は|グラスを|シェーズロングの|平らな|肘掛けに|置き、|エメラルドを|きらりと|光らせながら|髪に|触れた。||ゆっくりと|言った。


「パパは|どうだった?」


「気に入りました」と|私は|言った。


「パパは|ラスティが|好きだったのよ。||ラスティが|誰か|ご存知よね?」


「ええ」

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「ラスティは|時に|粗野で|下品だたけど、|本物だったわ。||パパには|楽しい|存在だった。||あんな|ふうに|いなくなるべきでは|なかった。||パパは|ひどく|気にしているのに、|口には|しないけどね。||パパは|何か|言ってた?」


「少し」と|私は|言った。


「あまり|饒舌では|ないのね、|マーロウさん。||でも|パパは|彼を|見つけたいと|思っているんでしょう?」


私は|間を|置いて|礼儀正しく|彼女を|見つめた。


「そうだとも、|そうでないとも」と|私は|言った。


「それは|答えとは|言えないわ。||見つけられると|思う?」


「見つけようとは|言っていません。||なぜ|行方不明者局に|頼まないんですか?||組織が|ある。||一人で|できる|仕事じゃない」


「パパは|警察を|関わらせるなんて|絶対に|しないわよ」


彼女は|また|グラス越しに|滑らかな|目で|私を|見て、|グラスを|空けて|ベルを|鳴らした。||サイドドアから|メイドが|入ってきた。||長い|黄色みがかった|穏やかな|顔に|長い|鼻、|顎が|なく、|大きな|潤んだ|目の|中年女性だった。||長年の|奉仕を|終えて|牧草地に|放された|おとなしい|老いた|馬のような|女だった。||リーガン夫人が|空の|グラスを|振ると、|メイドは|新しい|ドリンクを|作って|渡し、|一言も|言わず、|私には|目も|くれずに|部屋を|出ていった。

扉が|閉まると|リーガン夫人は|言った。


「で、|どうやって|進めるつもりなの?」


「どうやって、|いつ、|彼は|消えたんですか?」


「パパから|聞かなかったの?」


私は|首を|傾けて|にやりとした。||彼女は|顔を|赤らめた。||熱い|黒い|目が|怒りで|輝いた。


「何を|そんなに|秘密にする|必要が|あるのよ」と|彼女は|かみついた。||「あなたの|態度、|嫌いだわ」


「私も|あなたの|態度は|好きじゃない」と|私は|言った。||「私は|会いに|来てくれと|頼んだわけじゃない。||あなたが|呼んだんだ。||偉そうに|されても|構わない。||スコッチで|昼飯を|済ませても|構わない。||足を|見せてくれても|構わない。||すごく|いい|足だ、|お目にかかれて|光栄です。||私の|態度が|嫌いでも|構わない。||確かに|悪い。||長い|冬の|夜に|反省|しているくらい|悪い。||だが|私を|尋問|しようとしても、|時間を|無駄に|使うだけだ」

彼女は|グラスを|強く|叩きつけた。||アイボリーの|クッションの|上に|中身が|こぼれた。||足を|床に|下ろして|立ち上がった。||目に|火花が|散り、|鼻孔が|広がっていた。||口が|開いて|白い|歯が|むき出しに|なった。||拳の|関節が|白くなっていた。

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「私に|そんな|口を|きく|人は|いないわ」と|彼女は|かすれた|声で|言った。


私は|座ったまま|にやりと|した。||彼女は|ゆっくりと|口を|閉じ、|こぼれた|酒を|見下ろした。||シェーズロングの|端に|腰を|下ろし、|片手で|顎を|支えた。


「まあ、|大きくて|黒くて|ハンサムな|野蛮人!||ビュイック4を|投げつけてやりたいわ」


私は|親指の|爪で|マッチを|擦った。||珍しく|一発で|ついた。||煙を|吐いて|待った。


「威張り散らす|男が|大嫌い」と|彼女は|言った。||「ほんとに|嫌いなの」


「何が|怖いんですか、|リーガン夫人?」


彼女の|目が|白くなった。||それから|暗くなり、|瞳孔だけに|なったように|見えた。||鼻孔が|きゅっと|狭まった。


「パパが|あなたに|頼んだのは|ラスティの|ことじゃ|なかった。||そうなのね?」と|彼女は|怒りの|かけらが|残る|緊張した|声で|言った。


「将軍に|聞いてください」


彼女は|また|怒りで|燃え上がった。


「出て行って!||出て行ってよ!」


私は|立ち上がった。


「座って!」と|彼女は|怒鳴った。||私は|座った。||指を|手のひらに|弾いて|待った。


「お願い」と|彼女は|言った。||「お願いします。||ラスティを|見つけられるはずよ、|パパが|望めば」


それも|効かなかった。||私は|うなずいて|聞いた。


「いつ|消えたんですか?」


「一ヶ月ほど|前の|ある|午後。||何も|言わずに|車で|出て行ったきり。||車は|どこかの|民間の|ガレージで|見つかったわ」


「誰が|見つけた?」


彼女は|狡猾な|顔に|なった。||全身が|だらりと|なった|ようだった。||それから|愛想よく|微笑んだ。


「じゃあ|パパは|話さなかったのね」と|彼女は|ほとんど|喜ぶような|声で|言った。


まるで|私を|出し抜いたかのように。||そうかもしれなかった。


「将軍は|リーガンの|ことを|話しました。||でも|私に|頼んだのは|そのことではない。||それを|言わせようと|していたんですか?」


「あなたが|何を|言おうと|どうでもいいわ」


私は|また|立ち上がった。


「では|失礼します」


彼女は|何も|言わなかった。||私は|入ってきた|高い|白い|扉に|向かった。||振り返ると、|彼女は|唇を|歯で|挟んで、|絨毯の|縁を|咥えた|子犬のように|噛んでいた。

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私は|外に|出て、|タイル張りの|階段を|下りて|ホールへ|向かった。||執事が|どこからともなく|現れ、|私の|帽子を|手に|持っていた。||彼が|扉を|開ける|間に|帽子を|被った。

「あなたは|間違いを|犯しました」と|私は|言った。||「リーガン夫人は|私に|会いたくなかった」


執事は|銀色の|頭を|傾けて|丁寧に|言った。


「申し訳ございません。||私は|よく|間違いを|犯します」


彼は|私の|背中で|扉を|閉めた。


私は|玄関の|段に|立ち、|煙草の|煙を|吸いながら|眼下に|広がる|段々の|テラスを|眺めた。||花壇と|刈り込まれた|木々が|続き、|その|先に|金色の|槍飾りの|ついた|高い|鉄の|柵が|屋敷を|囲んでいた。||曲がりくねった|私道が|擁壁の|間を|下り、|開いた|鉄門へと|続いていた。||柵の|向こうは|丘が|何マイルも|斜面を|下っていた。||この|低い|場所から|かすかに、|遠くに、|スターンウッドが|財を|成した|油田の|古い|木製の|やぐらが|いくつか|見えた。||油田の|ほとんどは|今は|公園に|なっていて、|将軍が|整備して|市に|寄付したものだ。||でも|一部は|まだ|稼働していて、|井戸が|集まって|一日|五、六バレルを|汲み上げていた。||スターンウッド家は|丘の|上に|引っ越して、|もはや|古い|汚水の|臭いや|石油の|匂いは|嗅がずに|済む。||でも|表の|窓から|自分たちを|金持ちに|した|ものを|見ることは|できた。||望めば。||望まないだろうが。

私は|テラスから|テラスへと|煉瓦の|小道を|歩き、|柵の|内側を|たどって|門を|出た。||通りの|ペッパーツリー5の|下に|停めた|車まで|歩いた。||丘陵地帯で|今や|雷が|とどろき、|空は|紫がかった|黒に|染まっていた。||激しい|雨が|降りそうだった。||空気は|雨の|湿った|予感を|帯びていた。||ダウンタウンへ|向かう|前に|コンバーティブルの|幌を|上げた。

彼女には|素晴らしい|足が|あった。||それは|認めよう。||彼女も|父親も、|なかなか|したたかな|人間だ。||将軍は|おそらく|私を|試していただけだろう。||与えられた|仕事は|弁護士の|仕事だ。||アーサー・グウィン・ガイガー、|希少本と|高級版本の|男が|脅迫師だとわかっても、|やはり|弁護士の|仕事だ。||表面に|見えている|以上の|何かが|なければ。||ちらりと|見た|限りでは、|それを|突き止めるのが|かなり|面白そうだと|思った。

私は|ハリウッドの|公共図書館へ|車を|走らせ、|「著名な|初版本」という|退屈な|本で|軽く|調べ物を|した6。||三十分も|すると|昼飯が|必要に|なった。

  1. レイク・アロウヘッド(Lake Arrowhead)カリフォルニア州南部のサンバーナーディーノ山地にある高原の湖です。
    ロサンゼルスから車で約2時間ほどの山岳リゾート地で、冬には雪が積もることで知られています。1930年代当時はハリウッドのスターや富裕層が別荘を持つ高級リゾートとして有名でした。
    つまり「レイク・アロウヘッドに降り積もった新雪のような白いカーペット」という表現は、ロサンゼルスの富裕層なら誰でもイメージできる比喩で、純白で贅沢な雰囲気を一言で伝えるチャンドラーらしい表現です。ヴィヴィアンの部屋の過剰なほどの白さと豪華さを鮮やかに描写しています。
    ↩︎
  2. シェーズロング(chaise-longue)フランス語で「長い椅子」という意味の家具です。
    背もたれがあり、足を伸ばして横になれる長椅子で、現代のリクライニングソファに近いイメージです。貴族や富裕層の応接間や寝室に置かれる優雅な家具で、1930年代のハリウッドでも上流階級の象徴的なインテリアでした。
    ヴィヴィアンがスリッパを脱いで足を伸ばしながら横たわっているという描写は、彼女の奔放で贅沢な性格と、マーロウに対して最初から優位に立とうとする態度を示しています。メグレの事件でもパリの富裕層の部屋にしばしば登場する家具です。
    ↩︎
  3. このヴィヴィアンの「ホテルを嗅ぎ回る脂ぎった小男」は、当時の私立探偵に対する一般的な偏見・蔑視を表した言葉です。浮気調査などでホテルを張り込む安っぽい探偵のイメージです。
    クリスティのエルキュール・ポアロを意識した表現かどうかは不明ですが、面白い一致があります。ポアロは確かに小男で、油を塗った口髭を持ち、ホテルに滞在することが多い探偵です。チャンドラーがアガサ・クリスティを意識してこの描写を書いた可能性はゼロではありません。
    実際にチャンドラーはクリスティ流の「安楽椅子探偵」や「謎解きパズル型」のミステリを公然と批判しており、ポアロのような探偵像を軽蔑していたことは有名です。マーロウという「本物の男」の探偵像は、ポアロのような「頭だけで解く小男の探偵」への対抗意識から生まれたとも言えます。
    ↩︎
  4. ビュイックはアメリカの自動車ブランドです。
    ゼネラルモーターズ(GM)傘下の中高級車ブランドで、1930年代当時はキャデラックに次ぐ格式ある高級車として知られていました。パッカードほどではないにしても、裕福な家庭が乗る車のイメージです。
    「ビュイックを投げつけてやりたいわ」というヴィヴィアンのセリフは、「重くて大きいものを叩きつけてやりたいほど頭にきた」という怒りの表現です。高級車を投げつけるというあり得ない比喩で、彼女の激しい怒りとユーモアを同時に表しています。スターンウッド家の富裕さを自然に示している表現でもあります。
    ↩︎
  5. ペッパーツリー(pepper tree)は、カリフォルニアでよく見られる街路樹です。
    正式名称はペルー産のコショウボク(Schinus molle)で、南米原産ですが19世紀にカリフォルニアに持ち込まれ、ロサンゼルスの街路や庭園に広く植えられました。細長い葉が風に揺れて柳のように垂れ下がり、赤い小さな実をつけるのが特徴です。
    1930年代のロサンゼルスの住宅街には欠かせない木で、チャンドラーの作品にもたびたび登場します。マーロウが車をペッパーツリーの下に停めているという描写は、当時のロサンゼルスの風景をリアルに伝えています。メグレ作品でパリのマロニエの木が街の風景を作るのと同じように、ペッパーツリーはチャンドラーのロサンゼルスを象徴する木と言えます。 ↩︎
  6. この調べ物は、ガイガーの正体を調べるためです。
    将軍から渡された名刺には「希少本と高級版本」と書かれていました。マーロウはガイガーが本当に正規の古書商なのか、それとも偽の看板を掲げているだけなのかを確かめようとしました。
    初版本や希少本の世界に詳しければ、ガイガーの店が本物かどうかを見分けられるからです。結果として三十分で昼飯が必要になったというのは、調べ物が退屈で役に立たなかった、あるいはガイガーについて有益な情報が得られなかったというマーロウらしい皮肉な表現です。
    ↩︎