大いなる眠り|第七章

大いなる眠り

『Brille Editor System ver.8』用の『BESファイル』を、ZIPファイルに圧縮して公開しています。(2026年4月18日現在未作成)

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部屋は|広く、|家の|幅全体を|占めていた。||低い|梁の|天井と|茶色の|漆喰の|壁には|中国の|刺繍の|帯と、|木目の|額縁に|入った|中国と|日本の|版画が|飾られていた。||低い|本棚が|あり、|ピンクがかった|厚い|中国の|絨毯が|敷かれていた。||毛足が|深くて|モグラが|一週間|隠れていても|鼻先も|出ないほどだった。||床には|クッションが|置かれ、|珍しい|絹の|切れ端が|あちこちに|投げてあった。||住んでいる|人間が|手を|伸ばせば|いつでも|触れる|場所に|絹が|なければ|ならないかのように。||古い|ローズ色の|タペストリーの|幅広く|低い|長椅子が|あった。||その|上には|衣類が|山と|なっていて、|ライラック色の|絹の|下着も|あった。||台座に|載った|大きな|彫刻入りの|ランプと、|翡翠色の|傘に|長い|房飾りが|ついた|スタンドランプが|二つあった。||四隅に|ガーゴイルの|彫刻が|施された|黒い|机が|あり、|その|後ろには|彫刻入りの|肘掛けと|背もたれの|磨かれた|黒い|椅子に|黄色い|サテンの|クッションが|置かれていた。||部屋には|様々な|臭いが|混じっていたが、|その|中で|最も|強烈なのは|火薬の|刺激臭と|エーテルの|むかつくような|香り1だった。

部屋の|一端の|低い|台の|上に|高い|背もたれの|チーク材の|椅子が|あり、|そこに|カーメン・スターンウッドが|フリンジの|ついた|オレンジ色の|ショールの|上に|座っていた。||彼女は|非常に|まっすぐに|座り、|両手を|椅子の|肘掛けに|置き、|膝を|閉じ、|エジプトの|女神のような|ポーズで|体を|硬直させ、|顎を|水平に|保ち、|わずかに|開いた|唇の|間から|小さく|白い|歯が|光っていた。||目は|大きく|見開かれていた。||虹彩の|濃い|スレートグレーが|瞳孔を|飲み込んでいた。||狂った|目だった。||意識が|ないようにも|見えたが、|無意識の|人間の|ポーズでは|なかった。||頭の|中で|何か|とても|重要な|ことを|して|うまく|やり遂げているかのように|見えた。||口から|は|ブリキのような|くすくす笑いが|漏れていたが、|表情を|変えることも|唇を|動かすことも|なかった。

彼女は|長い|翡翠の|イヤリングを|していた。||上品な|イヤリングで、|おそらく|二百ドルは|したはずだ。||それ以外は|何も|身につけていなかった。

美しい|体だった。||小さく、|しなやかで、|引き締まり、|張りが|あり、|丸みを|帯びていた。||ランプの|光に|照らされた|肌は|真珠のような|輝きを|放っていた。||脚は|リーガン夫人の|脚ほど|奔放な|優雅さは|なかったが、|十分に|美しかった。||私は|恥ずかしさも|欲望も|なく|彼女を|見た。||裸の|女として|彼女は|その|部屋に|存在していなかった。||彼女は|ただの|薬物中毒者|だった。||私には|いつも|そうとしか|見えなかった。

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私は|彼女から|目を|離し、|ガイガーを|見た。||彼は|中国の|絨毯の|端を|越えた|床に|仰向けに|倒れ、|トーテムポール2のような|ものの|前に|あった。||鷲の|横顔のような|形を|していて、|その|丸く|広い|目は|カメラの|レンズだった。||レンズは|椅子の|裸の|女に|向けられていた。||黒く|焦げた|フラッシュバルブ3が|トーテムポールの|脇に|挟まれていた。||ガイガーは|厚い|フェルトの|靴底の|中国の|スリッパを|はき、|足は|黒い|サテンの|パジャマで、|上半身は|中国の|刺繍入りのコートを|着ていたが、|前面は|ほぼ|血に|染まっていた。||義眼が|明るく|輝いて|私を|見上げていた。||彼の|体で|最も|生き生きして|見えるものだった。||一目で|わかった。||聞こえた|三発の|銃弾は|一発も|外れていなかった。||完全に|死んでいた。

フラッシュバルブが|私の|見た|稲妻だった。||狂ったような|悲鳴は|薬を|盛られた|裸の|女の|フラッシュへの|反応だった。||三発の|銃声は|誰かが|この|状況に|新たな|ひねりを|加えようとした|アイデアだった。||裏の|階段を|駆け下りて|車に|飛び乗り|走り去った|若者の|アイデアだ。||彼の|見方には|一理|あると|思った。

黒い|机の|端の|赤い|漆塗りの|盆の|上に、|金の|筋が|入った|繊細な|グラスが|二つと、|茶色い|液体の|入った|丸みを|帯びた|大きな|瓶が|あった。||栓を|抜いて|嗅いだ。||エーテルと|何か|別のもの、|おそらく|ローダナム4の|匂いが|した。||その|混合物は|試した|ことが|なかったが、|ガイガーの|住まいには|よく|合っているようだった。

雨が|屋根と|北側の|窓を|叩く|音を|聞いた。||それ以外の|音は|なかった。||車も、|サイレンも、|ただ|雨の|音だけだった。||長椅子に|近づいて|トレンチコートを|脱いで|女の|衣類を|探った。||ハーフスリーブの|薄い|緑色の|ざっくりした|ウールの|プルオーバードレスが|あった。||なんとか|着せられると|思った。||下着は|パスする|ことに|した。||繊細な|気持ちからでは|なく、|パンツを|はかせて|ブラジャーを|留める|自分の|姿が|想像できなかったからだ。||ドレスを|持って|台の|チーク材の|椅子に|近づいた。||スターンウッドお嬢さんからは|数フィート|離れていても|エーテルの|匂いが|した。||ブリキのような|くすくす笑いが|まだ|続き、|口から|少し|泡が|あごを|伝っていた。||私は|彼女の|頬を|叩いた。||彼女は|まばたきして|笑いを|止めた。||もう一度|叩いた。

「さあ」と|私は|明るく|言った。||「いい|子に|して。||服を|着よう」


彼女は|私を|じっと|見た。||スレートグレーの|目は|仮面の|穴のように|空洞だった。


「ぐぐごてれる5」と|彼女は|言った。

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  1. エーテルの|匂いが|する理由は、|その場で|カルメン・スターンウッドに|薬物を|吸わせていた、または|飲ませていたからです。
    つまり、|ガイガーは|カルメンを|麻薬または|鎮静剤で|朦朧状態にし、|裸で|座らせ、|写真撮影して|恐喝材料を|作っていたのです。||
    エーテルは|当時、|麻酔・鎮静・意識混濁を|起こす薬品として|知られていました。|この場面の|匂いは、|単なる背景描写ではなく、|カルメンが|自分の意思で|そこに|いたのではなく、|薬で|操作されていたことを|示す重要な手掛かりです。
    ↩︎
  2. トーテムポール(totem pole)とは、アメリカ先住民(ネイティブアメリカン)の文化に由来する木製の柱です。
    太平洋岸北西部のトリンギットやハイダなどの先住民族が、先祖の霊や神話上の動物などを彫刻した高い木の柱で、家の前や墓地に立てられました。鷲、熊、鮭などの動物の顔が縦に積み重なるように彫られているのが特徴です。
    ガイガーの部屋にあるのは本物のトーテムポールではなく、トーテムポールのような形をした撮影装置です。鷲の横顔のような彫刻が施され、その「目」の部分にカメラのレンズが仕込まれていました。つまり被写体に気づかれにくいよう、東洋趣味の装飾品に偽装した隠しカメラです。
    ガイガーがカーメンを薬で朦朧とさせ、裸の写真を撮って脅迫する道具として使っていたわけです。部屋全体の東洋的な装飾と合わせて、ガイガーの退廃的で犯罪的な趣味を象徴するアイテムです。 ↩︎
  3. フラッシュバルブ(flash bulb)とは1930年代の写真撮影に使われた一回限りの閃光装置です。
    現代のカメラのストロボ(電子フラッシュ)の前身で、マグネシウムなどの金属線を封入したガラス球です。電流を流すと内部の金属が一瞬燃焼して強烈な白い光を発し、暗い場所での写真撮影を可能にしました。一度使うと黒く焦げて使えなくなるため、撮影のたびに新しいものに交換する必要がありました。
    マーロウが「黒く焦げたフラッシュバルブ」を発見したことで、ガイガーがすでに一枚写真を撮ったことがわかります。つまりマーロウが見た「夏の稲妻のような強烈な白い光」はこのフラッシュバルブが発した光だったわけです。
    カーメンが薬で朦朧とした状態で叫んだのも、この突然の強烈な閃光への反応だったということが、この発見によって明らかになります。
    ↩︎
  4. ローダナム(laudanum)とは、アヘンをアルコールに溶かした液体薬です。
    19世紀から20世紀初頭にかけて広く使われた鎮痛・鎮静剤で、アヘンチンキとも呼ばれます。当時は薬局で普通に販売されており、咳止め、下痢止め、鎮痛剤として一般家庭でも使われていました。
    しかし強い依存性と毒性があり、20世紀に入ると規制が強化されました。1930年代のアメリカではすでに違法薬物に近い扱いになっていました。
    エーテルとローダナムの混合物は非常に強力な意識混濁剤で、ガイガーがカーメンに飲ませて朦朧とさせ、抵抗できない状態にして写真を撮るために使ったわけです。当時の脅迫・犯罪にこうした薬物が使われることは実際にありました。
    メグレの作品にもアヘン窟や薬物絡みの事件がしばしば登場しますが、1930年代のロサンゼルスでもこうした退廃的な薬物文化が裏社会に存在していたことをチャンドラーはリアルに描いています。
    ↩︎
  5. 「Gugugoterel」は、薬物で朦朧とした状態のカーメンが、まともに言葉を発せない状態を表しています。
    原文では意味のない音の羅列として書かれており、特定の言葉を意図したものではありません。エーテルとローダナムで完全に意識が混濁した状態の人間が発する、ろれつの回らない音声を文字で表現したものです。
    強いて解釈するなら「Go to hell(地獄へ行け)」や「Get away from me(あっちへ行って)」などを言おうとしたが、薬のせいで全くうまく発音できなかった、という可能性が最も高いと考えられています。
    チャンドラーらしい細部へのこだわりで、薬物中毒の状態をリアルに描写するための表現です。翻訳では「ぐぐごてれる」としましたが、「うごごてれ」「ぐごごてれ」など、意味不明なろれつの回らない音として表現するのが適切です。 ↩︎