テール・ヌーヴァの溜まり場|第一章 ガラスを食べる男

テールヌヴァの溜まり場

『Brille Editor System ver.8』用の『BESファイル』を、ZIPファイルに圧縮して公開しています。(2026年5月2日現在 作成中)

『あの子は|この|地方で|一番の|良い子で、|一人息子を|持つ|母親は|悲しみのあまり|死んでしまいそうです。||ここの|みんなと|同じく、|わたしも|あの子が|無実だと|確信しています。||しかし|話を|聞かせた|船乗りたちは、|民事裁判所は|海のことを|何も|わかっていないから|きっと|有罪になると|言うのです。||自分のことだと|思って、|できる限り|力を|貸してください。|新聞で|読みましたが、|君は|司法警察の|要職に|就いたそう』」

六月の|朝、|リシャール=ルノワール大通り1の|アパルトマンでは|窓という窓が|開け放たれ、|メグレ夫人は|大きな|籐のトランクに|荷物を|詰め込んでいた。||メグレは|カラーなしで、|手紙を|小声で|読んでいた。


「誰からの|手紙?」


「ジョリッサンから。||一緒に|学校に|通った男で、|クアンペル2で|小学校の先生に|なった。||ところで、|アルザスで|八日間の|休暇を|過ごすことに|こだわっているか?」


妻は|意味が|わからず|夫を|見た。||あまりにも|唐突な|質問だった。||二十年間、|二人は|決まって|フランス東部の|村の|親戚の|家で|休暇を|過ごしていた。


「海へ|行かないか?」


メグレは|手紙の|一節を|小声で|読み直した。

『君の方が|わたしより|正確な|情報を|得やすい|立場にいる。||要するに、|わたしの|教え子だった|二十歳の|若者、|ピエール・ル・クランシュが、|三か月前に|ニューファンドランドで|タラ漁を|する|フェカンの|トロール船、|オセアン3に|乗り込んだ。||船は|おとといの|港に|戻った。||その|数時間後、|船長の|遺体が|船渠で|発見され、|すべての|状況が|犯罪を|示していた。||そして|逮捕されたのは|ピエール・ル・クランシュだった』

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「フェカンで|休暇を|過ごしても|悪くは|ないだろう」と|メグレは|気のない|ため息を|ついた。


メグレ夫人には|抵抗が|あった。||夫人は|アルザスでは|親族に|囲まれ、|プラムの|ジャムや|果実酒を|作るのを|手伝っていた。||海辺の|ホテルで|パリっ子たちと|過ごすという|考えは|彼女を|不安に|させた。


「一日中|何を|すれば|いいの?」


結局、|彼女は|裁縫と|かぎ針編みの|仕事を|持ってきた。


「とにかく、|海水浴だけは|しないでね!|今から|言っておくわ」


二人は|五時に|プラージュ・ホテルに|着き、|メグレ夫人は|すぐに|部屋を|自分好みに|整え始めた。||それから|夕食を|とった。

そして|今、|メグレは|ひとりで、|港の|カフェの|すりガラスの|扉を|押した。||店の名は|<テールヌーヴァの|溜まり場>(ニューファンドランド|漁師たちの|集合場所)4

ちょうど|トロール船|オセアンの|正面で、|船は|貨物車の|列の|そばに|係留されていた。||アセチレンランプが|船の|ロープに|吊るされ、|人々が|まばゆい|灯の中で|動き回り、|タラを|手から手へと|渡しながら|重さを|量って|貨車に|積み込んでいた。

多くの|男女が、|垢にまみれ、|ぼろをまとい、|塩に|浸かりきって|働いていた。||台はかりの|前では|身なりの|整った|若い男が、|麦わら帽子を|耳の上に|傾け、|手帳を|持って|重量を|記録していた。

酸っぱく|むかつくような|臭いが、|離れても|薄れることなく、|熱気に|包まれて|さらに|こもった|感じで、|酒場の中に|漂っていた。

メグレは|空いている|隅の|ベンチに|腰を|下ろした。||喧騒と|ざわめきの|中に|入り込んだ。||立っている男、|座っている男、|大理石の|テーブルの上の|グラス。||船乗りばかりだった。


「何に|しますか?」


「生ビールを|一杯」

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店主が|ウェイトレスの|そばへ|やってきた。


「となりに|観光客用の|部屋が|ありますよ。|ここは|うるさくて!」


店主は|ウインクを|ひとつ|した。


「三か月も|海に|出ていたんですから、|しかたないですよね!」


「オセアンの|乗組員ですか?」


「ほとんどは|そうです。||ほかの船は|まだ|戻っていなくて。||気にしないで|ください。||三日も|酔っぱらいっぱなしの|連中も|いますから。||ここに|いますか?||絵描きさんでしょう、|きっと。||たまに|スケッチを|しに|来る人が|いるんですよ。||ほら、|あそこに|カウンターの|上に|おれの顔を|描いた人が|いましてね。||あれを|見てください」


だが|警部は|あまりにも|無愛想で、|店主は|気を|削がれ、|離れていった。


「二スー銅貨を|持ってる奴は|いないか!||二スー銅貨を!」と、|十六歳の|子どもほどの|背丈と|体格しかない|船乗りが|叫んだ。


その顔は|老けていて、|目鼻立ちは|でたらめだった。||歯が|何本も|欠けていた。||酔いが|目を|輝かせ、|不精ひげが|頬を|おおっていた。

誰かが|銅貨を|渡した。||彼は|それを|指の力で|二つ折りにし、|歯に|くわえて|噛み切った。


「次は|誰だ?」


彼は|大見得を|切っていた。||自分が|みんなの|注目の的だと|感じていて、|そのままでいるためなら|何でも|やってみせた。

太った|機関士が|銅貨を|つかもうとすると、|彼は|割って入った。


「待て!|これも|やってみせなきゃな」


空のグラスを|取ると、|思い切り|噛みつき、|グルメが|美食を|味わうような|顔つきで|ガラスを|かみ砕いた。


「ハハ!|できるもんなら|やってみろ!||レオン、|一杯|くれ!」


彼は|あたりを|見回し、|その目が|メグレの|上で|止まった。||そして|眉を|ひそめた。

一瞬、|途方に暮れたような|顔をした。||それから|近づいてきたが、|酔いが|ひどくて|テーブルに|つかまらなければ|ならなかった。


「おれに|用か?」と、|彼は|強がって|聞いた。


「落ち着け、|プチ・ルイ!」

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「財布の|件か?||みんな|聞いてくれ!||さっきおれが|ラップ通りの|話を|したとき、|信じなかっただろう。||ところが、|わざわざ|おれのために|高い地位の|刑事が|来てくれたんだぞ。||一杯|飲んでいいか?」


今や|みんなが|メグレを|観察していた。


「ここへ|座れ、|プチ・ルイ!|馬鹿なまねを|するな!」


すると|相手は|吹き出した。


「一杯|おごってくれるか?||そりゃ|ないだろ!||みんなも|そう|思うだろ?||警部さんが|おれに|飲ませてくれるんだぞ?||レオン、|ストレートを|一杯!」


「オセアンに|乗っていたか?」


がらりと|変わった。||プチ・ルイは|酔いが|醒めたかと|思われるほど|急に|暗い顔に|なり、|警戒しながら|少し|後ずさった。


「それが|どうした?」


「別に。||乾杯しよう。||三日も|酔っていたのか?」


「上陸してから|三日間|騒ぎっぱなしだ!||金は|レオンに|預けた。||九百フランちょっとな。||あるだけ|使う|主義だ!||レオン、|このごろつき、|いくら|残ってる?」


「朝まで|みんなに|おごれる分は|ありませんよ!||五十フランが|いいところ。||警部さん、|これは|みじめですよ!||明日には|一文なしで、|ボイラー係として|どんな船にでも|乗らなきゃ|ならなくなる。||毎回|こうなんですよ!||もっとも、|おれは|飲ませるように|けしかけている|わけじゃない。||むしろ|逆ですよ!」


「うるさい!」


ほかの連中は|元気を|なくし、|小声で|話しながら|絶えず|警部の|テーブルの|方を|振り返った。


「全員|オセアンの|乗組員か?」


「赤帽を|かぶった|太っちょは|水先案内人で、|赤毛は|船大工です」


「何が|あったか|話してくれ」


「何も|言わない」


「気をつけろ、|プチ・ルイ!||バスティーユで|ガラスを|食べる|芸をやって、|財布を|すった件を|忘れるな」


「それでも|三か月の|刑にしか|ならない。||ちょうど|休みたかったんだ。||望むなら|今すぐ|行ってもいい」

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「機関室で|働いていたか?」


「もちろん!||いつもどおりだ!||二等ボイラー係だった!」


「船長とは|よく|会ったか?」


「全部で|二回くらいだ!」


「無線係とは?」


「知らない!」


「レオン!|グラスに|注いでくれ!」


プチ・ルイは|軽蔑した|笑いを|浮かべた。


「泥酔しても|言いたいことは|言わない。||だが、|せっかくだから|仲間にも|一杯|おごってくれ。||あんな|ひどい|漁から|戻ってきたんだ!」

二十歳にも|なっていない|船乗りが|こっそり|近づき、|プチ・ルイの|袖を|引っ張った。||二人は|ブルターニュ語で|話し始めた。


「何と|言っているんだ?」


「寝る時間だと」


「友達か?」


プチ・ルイは|肩をすくめ、|相手が|グラスを|取ろうとすると、|反発心から|一気に|飲み干した。

そのブルトン人5は|太い眉毛を|持ち、|波打つ黒髪を|していた。


「一緒に|座れ」と|メグレは|言った。


だが|返事も|せずに、|船乗りは|別の|テーブルへ|行き、|二人の男から|目を|離さなかった。

空気は|重く、|潮の|においが|した。||隣の部屋では|観光客が|ドミノを|しているのが|聞こえ、|こちらより|明るくて|きれいな|部屋だった。


「タラは|大漁だったか?」と|メグレは|機械式ドリルの|ように|容赦なく|聞き続けた。


「最低だ!||半分|腐ってきたた」


「なぜだ?」


「塩が|多かったか、|少なかったか。||とにかく|最低だ!||来週|再出港|しても、|乗組員の|三分の一も|乗らないだろう」


「オセアンは|また|出るのか?」


「そりゃ|そうさ!||蒸気機関が|あるんだから!||帆船は|二月から|九月まで|一回しか|出ないが、|トロール船は|バンク(魚場)6に|二回|行けるんだ」7

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「また|漁場に|行くか?」


プチ・ルイは|床に|唾を|吐き、|疲れたように|肩を|すくめた。


「フレーヌ刑務所8の|方が|ましだ。||最低だよ!」


「船長は?」


「何も|言わない!」


彼は|残っていた|葉巻の|吸いさしに|火を|つけたが、|吐き気を|もよおして|通りへ|飛び出した。||歩道の|縁で|ブルトン人が|そのあとを|追った。


「まったく|もったいない!」と|店主は|ため息を|ついた。
「おとといは|千フラン近く|持っていたのに!||今じゃ|ほとんど|払えない。||牡蠣と|ロブスターを|食べて、|みんなに|おごりまくって、|お金の|使い道が|わからないみたいだ」


「オセアンの|無線係を|知っていたか?」


「ここに|泊まっていました!||ほら、|この|テーブルで|食事をして、|隣の部屋で|静かに|書き物を|していた」


「誰に|書いていたんだ?」


「手紙だけじゃなく、|詩とか|小説みたいなものを。||教養が|あって、|きちんとした|若者で。||あなたが|警察だと|わかった|今は、|逮捕は|間違いだと|はっきり|言えます」


「でも|船長は|殺されたんだ!」


店主は|肩を|すくめて、|メグレの|前に|座った。||プチ・ルイが|戻って|カウンターへ|向かい、|一杯|注文した。||そのそばで|仲間が|ブルターニュ語で|まだ|落ち着くよう|話しかけていた。


「陸に|上がると|こうなるんです。||飲んで、|騒いで、|けんかして、|ガラスを|割る。||でも|船に|乗ると|よく|働く!||プチ・ルイでさえ!||オセアンの|主任機関士が|昨日|言っていましたよ。||あいつは|二人分の|仕事を|するって。||海では|蒸気の|継手が|飛んだことが|あった。||危険な|修理で|誰も|やりたがらなかった。||プチ・ルイが|引き受けた。||飲ませさえしなければ」


レオンは|声を|落として、|疑い深そうに|客たちを|見回した。


「今回は、|あいつらが|あんなに|飲んでいるのには、|別の|わけが|あるかもしれない。||あなたには|何も|話さないでしょう。||海の|人間じゃ|ないから。||でも|俺には|聞こえてくる。||俺は|もと|水先案内人だから。||何か|あるんですよ」

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「何か|とは?」


「説明するのは|難しいんですが。||フェカンは|トロール船が|多くて|地元の|船乗りだけでは|足りないから、|ブルターニュから|呼んでくるんです。||あの連中は|あの連中で|独自の|考え方が|あって、|迷信を|信じやすい」


さらに|声を|落として、|ほとんど|聞こえないほどの|声で|言った。


「今度の|航海には|祟りが|あったようです。||出港した|時から|もう|始まっていた。||荷物用マストに|登って|奥さんに|手を|振っていた|船乗りが、|つかまっていた|ロープが|切れて|デッキに|落ち、|脚を|複雑骨折|した!||小舟で|陸に|送り返さなきゃ|ならなかった。


乗りたくなくて|泣きわめいていた|若い|ボーイも|いた。||三日後に|大波に|さらわれたと|電報が|来た!||十五歳の|子どもですよ!||ほとんど|女の子みたいな|名前で、|<ジャン・マリ>と|いった。


それはともかく、|カルバドス9を|くれ、|ジュリー!||右の|瓶だ。||そっちじゃない、|ガラスの|栓の|瓶だ!」


「祟りは|続いたのか?」


「詳しくは|わかりません。||みんな|話すのを|恐れているようで。||でも|無線係が|逮捕されたのは、|航海中ずっと|彼と|船長が|口を|きかなかったと|警察が|聞き込んだから|だそうです。||犬猿の仲みたいに!」


「ほかには?」


「いろいろと|ありますよ。||たいしたことでは|ないかも|しれませんが。||ほら、|タラなんか|いるはずも|ない|場所で|トロール網を|引かせた|船長。||漁労長10が|命令を|断ると|怒鳴りつけた。||拳銃まで|取り出す|始末で!||二人とも|まるで|気が|狂ったみたいだった!||一か月間、|魚が|一トンも|取れなかった。||それが|急に|大漁に|なった。||でも|タラは|処理が|悪かったから|半値でしか|売れなかった。||何もかも|そんな|調子で!||入港の時も|操船を|二度も|誤って、|ボートを|一艘|沈めた。||まるで|呪いでも|かかっているようで!||そして|その夜、|船長は|全員を|上陸させて、|見張りを|一人も|残さずに、|ひとりで|船に|残った。


九時ごろだったと|思います。||みんな|ここで|飲んでいた。||無線係は|自分の|部屋に|上がった。||それから|外に|出た。||船に|向かうのが|見えた。

そのときに|起きた。||港の|奥で|出港の|準備を|していた|漁師が|何かが|水に|落ちる音を|聞いた。||途中で|会った|税関員と|一緒に|走った。||ランタンに|火を|ともした。||オセアンの|錨の鎖に|引っかかった|体が|あった。
船長だ!||引き揚げたが|死んでいた!||人工呼吸を|した。||十分も|水の中に|いなかったのに|なぜ|死んでいるのか|わからなかった。
医者が|説明しました。||水に|落とされる前に|絞め殺されていたんだと。||わかりますか?||そして|無線係が|煙突の|後ろにある|自分の|船室で|見つかった。||ほら、|ここから|見えますよ。||警察が|来て|部屋を|捜索し、|燃やされた|書類を|発見した。||いったい|何が何やら!||カルバドスを|二つ、|ジュリー!||お互いの|健康を|祝って!」」

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プチ・ルイは|ますます|興奮して、|水夫たちの|輪の|真ん中で|椅子を|歯で|くわえ、|横向きに|持ち上げながら|メグレを|にらみつけた。


「船長は|地元の人か?」と|警部は|聞いた。


「そうです!||変わった|男でして!||プチ・ルイと|同じくらいの|背と|体格なのに、|いつも|礼儀正しくて|愛想が|よかった!||身なりも|きちんと|していた!||カフェに|来たのを|見た者は|いない。||独身で、|エトルタ通りの|税関員の|未亡人の|家に|下宿していた。||最後には|結婚する|という|うわさも|あった。||十五年間|ニューファンドランドに|行っていた。||いつも|同じ|会社で。||モリュ・フランセーズ。||船長の|名前は|ファリュ。||今は|オセアンを|漁場に|送り出すのに|困っています。||船長がいない!||乗組員の|半分が|再契約を|したがらない!」


「なぜだ?」


「そういうことは|考えても|しかたがない!||祟りです。||さっきも|言ったように。||船を|来年まで|係留する|話が|出ています。||おまけに|警察が|乗組員に|待機するよう|求めていますから」

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「無線係は|まだ|牢屋に?」


「そうです!||その晩|すぐに|手錠を|かけて|連れていった。||おれは|入口に|立っていた。||正直に|言うと、|うちの|女房は|泣いていた。||おれも|そうだ。||特別な|客というわけじゃ|なかったけれど。||安くしていた。||ほとんど|飲まない人で」


突然の|騒ぎで|話が|中断した。||プチ・ルイが|ブルトン人に|飛びかかった。||飲むのを|止めようと|するからだろう。||二人は|床に|転がった。||ほかの者は|離れた。

メグレが|二人を|引き離した。||文字どおり|一人ずつ|片手で|持ち上げて。

「何をしてる!||噛みつくつもりか?」


事件は|すぐに|終わった。||両手が|空いていた|ブルトン人が|ポケットから|ナイフを|取り出したが、|警部は|ちょうど|間に合って|踵で|蹴り飛ばし、|二メートル先に|転がした。

靴が|あごに|当たり|血が|出た。||するとプチ・ルイが|ふらつきながら、|まだ|酔ったまま、|仲間に|飛びついて|泣きながら|許しを|乞うた。

レオンが|時計を|手に|メグレに|近づいた。


「閉店の|時間です!||でないと|警官が|来る。||毎晩|こうなんです!||追い出せない!」


「オセアンで|寝るのか?」


「そうですよ。||昨日みたいに|二人が|溝に|転がって|いることも|あるが。||今朝|雨戸を|開けたら|いましたよ」


ウェイトレスが|テーブルの上の|グラスを|片づけていた。||男たちは|三、四人ずつ|引き上げていった。||プチ・ルイと|ブルトン人だけが|動かなかった。


「お部屋は|いりますか?」と|レオンが|メグレに|聞いた。


「ありがとう!||プラージュ・ホテルに|泊まっています!」


「ちょっと、|いいですか」


「何だ?」

ページ12の翻訳です。


「余計な|お世話かも|しれませんが。||おれは|口を|挟む|立場じゃない。||ただ、|無線係には|みんな|好意を|持っていたから。||小説に|あるように、|女を|探すと|いいかも|しれない。||そんなことが|ひそひそ|話されているようで」


「ピエール・ル・クランシュに|女が|いたのか?」


「彼が?||まさか。||故郷に|婚約者が|いて、|毎日|六ページの|手紙を|書いていた」


「じゃあ、|誰が?」


「わかりません。||もっと|複雑な|話かも|しれない。||それに」


「それに?」


「何でもない!||プチ・ルイ、|いい加減に|しろ!||もう|寝ろ!」


だが|プチ・ルイは|あまりにも|酔いが|進んでいた。||泣き続けて、|まだ|あごから|血を|流している|仲間に|しがみつき、|許しを|乞うていた。

メグレは|両手を|ポケットに|突っ込み、|夜風が|冷たいので|衿を立てて|外へ出た。

プラージュ・ホテルの|ロビーに|入ると、|藤椅子に|座っている|若い女が|いた。||別の|椅子から|男が|立ち上がり、|少し|ばつの悪そうな|顔で|笑った。

クアンペルの|小学校の先生、|ジョリッサンだった。||メグレとは|十五年ぶりで、|相手は|『お前』と|呼んでいいか|迷っていた。


「すまない、|あの、|その、|たった今|着いたんだ。||マドモワゼル・レオンネクと|ふたりで。||ホテルを|回ったら、|お前が|もうすぐ|戻るとのことで。||ピエール・ル・クランシュの|婚約者だ。||どうしても|来ると|言って|聞かなくて」


少し|青ざめた、|少し|内気な|大柄な|若い女だった。||メグレが|握手すると、|ぎこちない|おしゃれをした|小さな|地方娘の|外見の|裏に、|強い|意志が|あることを|感じた。

彼女は|黙っていた。||緊張していた。||ジョリッサンも|同じで、|かつての|友人が|司法警察の|要職に|就いているのに|圧倒されていた。


「さっき|サロンで|奥さんを|見かけたんだが、|声を|かける|勇気がなくて」


メグレは|彼女を|見た。||きれいでも|なく、|醜くも|なかったが、|その|飾り気のなさが|何か|心を|動かした。

「彼が|無実だと|わかって|いただけますよね?」と|彼女は|誰とも|目を|合わせずに|やっと|言った。


門番は|また|寝る|機会を|待っていた。||もう|上着の|ボタンを|外していた。


「明日|また|話しましょう。||部屋は|取れましたか?」


「お前の|隣の部屋だ!」と|クアンペルの|先生は|顔を|赤くして|どもった。「レオンネク|嬢は|上の|階に。||おれは|明日|発たなきゃ|ならない、|試験が|あって。||どう|思う?」


「明日!|また|明日!」と|メグレは|繰り返した。


そして|床に|ついたとき、|半分|眠りながら|妻が|つぶやいた。


「電気を|消すのを|忘れないで」

  1. リシャール=ルノワール大通り(Boulevard Richard-Lenoir)は、パリ11区にある実在の大通りです。
    シムノンはメグレの自宅をこの大通りに設定しており、シリーズを通じてメグレ夫妻が暮らすアパルトマンの住所として登場します。パリのバスティーユ広場の近くに位置する、庶民的な雰囲気の通りです。
    ↩︎
  2. クアンペル(Quimper)は、フランス北西部のブルターニュ地方にある都市です。
    ブルターニュ地方の中心的な都市のひとつで、独自の文化と言語(ブルトン語)を持つ地域の中核都市です。パリから約500キロ離れた、大西洋に面した地方都市で、伝統的な漁業や農業が盛んな地域です。
    この物語では、ジョリッサンが小学校教師として勤める町として、またマリー・レオネクの故郷として登場します。フェカンとは離れた地方の町同士ですが、どちらもブルターニュやノルマンディーという海に縁の深い地域です。
    ↩︎
  3. オセアンとは、フランス語で「océan(大洋・海)」という意味です。
    つまり「大洋丸」「海丸」に相当する船名です。ニューファンドランド沖の大西洋まで遠征するトロール船にふさわしい名前といえます。
    ↩︎
  4. Au Rendez-Vous des Terre-Neuvasは、この物語の舞台となるカフェの名前です。
    直訳すると「ニューファンドランド漁師たちの集合場所」という意味です。
    Rendez-Vous(ランデブー):集合場所、待ち合わせ場所
    Terre-Neuvas(テール=ヌーヴァ):ニューファンドランド漁師たちのこと。「Terre-Neuve(テール=ヌーヴ)」はニューファンドランド島のフランス語名で、そこへ漁に行く船乗りたちを「Terre-Neuvas」と呼びます。
    つまりこのカフェは、ニューファンドランド漁に出る船乗りたちが帰港のたびに集まる行きつけの店、という意味合いの名前です。この小説のタイトルにもなっています。
    ↩︎
  5. ブルトン人とは、フランス北西部のブルターニュ地方出身の人のことです。
    ブルターニュはフランス語とは別のブルトン語という独自の言語を持つ地域で、独特の文化と気質を持つ人々として知られています。頑固で無口、迷信深いという性格でよく描かれます。
    この小説では、フェカンのトロール船にはブルターニュから出稼ぎに来た船乗りが多く乗っており、このブルトン人の若い船乗りもその一人です。プチ・ルイと母国語のブルトン語で話しているのはそのためです。
    ↩︎
  6. バンクとは、漁場(ぎょじょう)のことです。
    具体的にはニューファンドランド島(テール=ヌーヴァ)沖のグランドバンクスという浅瀬の海域を指します。寒流と暖流がぶつかる場所で、タラが大量に生息する世界有数の好漁場として知られています。フェカンのトロール船はここまで遠征してタラ漁をしていました。
    ↩︎
  7. 「蒸気機関を積んでいるんだから、当然また出港するだろう」という意味です。
    当時の漁船には帆船と蒸気機関船(トロール船)がありました。帆船は季節が限られ年一回しか漁に出られませんが、蒸気機関を持つトロール船は天候や季節に左右されにくく、年に二回バンク(漁場)へ行ける、とプチ・ルイが皮肉まじりに言っている場面です。
    つまり「せっかく機関船なんだから使わない手はない、当然また出るさ」というニュアンスです。
    ↩︎
  8. フレーヌ刑務所(Prison de Fresnes)は、パリ郊外のフレーヌ市にある実在のフランスの刑務所です。
    パリ中心部から南に約10キロのところにあり、フランスで最も有名な刑務所のひとつです。1898年に建設された歴史ある施設で、現在も使用されています。
    この場面では、プチ・ルイが「漁場に戻るくらいなら、フレーヌ刑務所に入る方がましだ」と言っており、それほど今回の航海が過酷でひどいものだったという気持ちを表しています。
    ↩︎
  9. カルバドス(Calvados)は、ノルマンディー地方特産のリンゴを原料とした蒸留酒(ブランデー)です。
    フランス語で「カルヴァドス」とも呼ばれ、ノルマンディー地方のカルバドス県が名前の由来です。リンゴのシードル(発泡酒)をさらに蒸留して作る強い酒で、アルコール度数は40度前後あります。
    この物語の舞台フェカンもノルマンディー地方にあるため、カフェでカルバドスが飲まれているのは非常に自然な描写です。店主のレオンが「カルバドスを二つ、ジュリー!」と注文する場面が何度も登場します。
    ↩︎
  10. 漁労長(ぎょろうちょう)とは、船における漁の作業全般を指揮する責任者。船長が航海・操船・船全体の指揮を担当するのに対し、漁労長はどこで網を下ろすか、どう引くかなど、実際の漁の判断と指揮を担当する。トロール船では特に重要な役職で、豊富な経験と海域の知識が求められる。
    ↩︎