大いなる眠り|第六章 銃声

大いなる眠り

『Brille Editor System ver.8』用の『BESファイル』を、ZIPファイルに圧縮して公開しています。(2026年4月18日現在未作成)

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雨が|溝を|満たし、|舗道から|膝の|高さまで|跳ね上がった。||ピカピカの|銃身のような|光沢の|レインコートを|着た|大きな|警官たちが|笑い声を|上げる|女の子たちを|水浸しの|場所を|越えて|抱えて|渡り、|大いに|楽しんでいた。1||雨は|車の|屋根を|激しく|叩き、|バーバンク2の|幌が|漏り始めた。||床に|水が|溜まって|足を|浸す|羽目に|なった。||秋に|しては|早すぎる|雨だった。||私は|トレンチコートに|もぐり込んで|一番|近い|ドラッグストアへ|走り、|ウィスキーを|一パイント3|買った。||車に|戻って|暖を|取り、|興味を|保つのに|十分な|量を|飲んだ。||駐車は|とっくに|時間を|超えていたが、|警官たちは|女の子たちを|運んだり|笛を|吹いたりで|それどころでは|なかった。

雨に|もかかわらず、|いや|むしろ|雨の|せいか、|ガイガーの|店は|繁盛していた。||上等な|車が|店の|前に|止まり、|上品な|格好の|人々が|包みを|持って|出入りした。||男ばかりでは|なかった。

四時ごろ|彼が|現れた。||クリーム色の|クーペが|店の|前に|止まり、|太った|顔と|チャーリー・チャンの|口髭が|一瞬|見えた。||彼は|店へ|飛び込んだ。||帽子を|かぶらず、|ベルト付きの|緑の|革の|レインコートを|着ていた。||その|距離では|義眼は|見えなかった。||ジャーキンを|着た|背の|高い|美男子の|若者が|店から|出てきて|クーペに|乗り、|角を|曲がって|歩いて|戻ってきた。||雨に|濡れた|黒い|髪が|べったりと|貼りついていた。

さらに|一時間が|過ぎた。||暗くなり、|雨に|霞んだ|店の|灯りが|黒い|通りに|吸い込まれていった。||路面電車の|ベルが|苛立たしく|鳴り響いた。||五時十五分ごろ、|ジャーキン4の|長身の|若者が|傘を|持って|ガイガーの|店から|出て|クリーム色の|クーペを|取りに|行った。||クーペを|店の|前に|着けると|ガイガーが|出てきて、|若者は|ガイガーの|帽子の|ない|頭に|傘を|差しかけた。||傘を|たたんで|振って|車の|中に|渡した。||店に|駆け戻った。||私は|エンジンを|かけた。

クーペは|大通りを|西へ|走り、|私は|左折を|余儀なくされ、|路面電車の|運転手に|頭を|出して|怒鳴られるなど、|多くの|人の|反感を|買った。||流れに|乗る|前に|クーペから|二ブロック|遅れた。||ガイガーが|家に|向かっている|ことを|祈った。||二、三度|彼の|姿を|捉え、|ローレル・キャニオン・ドライブを|北へ|曲がるのを|見た。||坂の|途中で|左に|曲がり、|ラヴァーン・テラスと|呼ばれる|曲がりくねった|濡れた|コンクリートの|道に|入った。||片側に|高い|土手が|あり、|反対側には|斜面に|建てられた|小屋のような|家が|点在していて、|屋根は|道路より|ほとんど|高くなかった。||前面の|窓は|生垣と|低木で|隠されていた。||びしょ濡れの|木々が|あたり|一面に|雨を|滴らせていた。

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ガイガーは|ライトを|つけていたが、|私は|つけていなかった。||カーブで|速度を|上げて|追い抜き、|通り過ぎながら|家の|番号を|確認して|ブロックの|端で|折り返した。||彼は|すでに|止まっていた。||車の|ライトが|正方形の|ボックス生垣で|玄関を|完全に|隠した|小さな|家の|ガレージに|向いていた。

||彼が|傘を|さして|ガレージから|出て|生垣の|中に|入るのを|見た。||尾行されているとは|思っていない|様子だった。||家の|中に|明かりが|ついた。||私は|一軒|上の|家の|前に|車を|滑り込ませた。||空き家のようだったが|空き家の|表示は|なかった。||駐車して|コンバーティブルの|空気を|入れ替え、|ボトルから|一口|飲んで|座って|待った。||何を|待っているのか|わからなかったが、|何かが|待てと|告げていた。||また|のろのろとした|時間が|過ぎた。

二台の|車が|丘を|上がって|頂上を|越えた。||とても|静かな|通りだった。||六時を|少し|過ぎたころ、|明るい|ライトが|土砂降りの|雨の|中を|揺れながら|近づいてきた。||すでに|真っ暗だった。

||一台の|車が|ガイガーの|家の|前に|引きずるように|止まった。||ライトの|フィラメントが|かすかに|輝いて|消えた。||扉が|開いて|女が|降りた。||バガボンドハット5を|かぶり、|透明な|レインコートを|着た|小柄で|細身の|女だった。||生垣の|迷路を|通って|中へ|入った。||ベルが|かすかに|鳴り、|雨を|通して|光が|見え、|扉が|閉まり、|静寂。

私は|車の|ポケットから|懐中電灯を|取り出して|坂を|下り、|車を|調べた。||マルーンか|濃いブラウンの|パッカード・コンバーティブルだった。||左の|窓が|開いていた。||車検証の|ホルダーに|手を|伸ばして|光を|当てた。

「カーメン・スターンウッド、|ウェストハリウッド、|アルタ・ブレア・クレセント3765番地」

と|あった。||車に|戻って|また|座り続けた。||幌から|膝に|水が|滴り、|ウィスキーで|胃が|焼けた。||丘を|上る|車は|もう|なかった。||駐車している|家の|窓にも|明かりは|つかなかった。||悪い|習慣を|持つのに|いい|近所のようだった。

七時二十分、|ガイガーの|家から|夏の|稲妻のような|強烈な|白い|光が|一閃した。||闇が|戻って|それを|飲み込むと、|か細い|金属的な|悲鳴が|響き渡り、|雨に|濡れた|木々の|中へ|消えていった。||余韻が|消える|前に|私は|車を|飛び出して|走っていた。

悲鳴に|恐怖は|なかった。||半ば|快楽的な|驚きの|響き、|酔いの|アクセント、|純粋な|白痴の|色調が|あった。||いやな|音だった。||白衣の|男たちと|鉄格子の|窓と、|手首と|足首に|革の|拘束帯が|ついた|狭く|硬い|寝台を|思わせた。

||生垣の|隙間に|飛び込んで|玄関を|隠す|角を|回ると、|ガイガーの|隠れ家は|完全な|静寂に|戻っていた。||扉には|ライオンの|口に|くわえさせた|鉄の|輪が|ノッカーとして|ついていた。||手を|伸ばして|握った。||まさにその|瞬間、|誰かが|合図を|待っていたかのように、|家の|中で|三発の|銃声が|轟いた。||長く|荒い|ため息のような|音が|した。||それから|柔らかく|ぐちゃりとした|鈍い|音。||そして|家の|中から|遠ざかる|急ぎ足の|足音。

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扉は|家の|壁と|土手の|端の|隙間に|架かった|歩道橋のような|狭い|通路に|面していた。||ポーチも|なく、|足場も|なく、|裏へ|回る|道も|なかった。||裏口は|下の|路地のような|通りから|上がる|木製の|階段の|上に|あった。||それが|わかったのは、|階段を|降りる|足音が|聞こえたからだ。||それから|エンジンが|かかる|轟音が|聞こえた。||音は|すぐに|遠ざかって|消えた。||もう一台の|車の|音が|聞こえた|気がしたが、|確かでは|なかった。||目の|前の|家は|地下室のように|静まり返っていた。||急ぐ|必要は|なかった。||中に|あるものは|中に|ある。

私は|通路の|脇の|柵を|またいで、|カーテンが|かかった|網戸の|ない|フランス窓に|身を|乗り出し、|カーテンが|合わさる|隙間から|中を|のぞいた。||壁に|映る|ランプの|光と|本棚の|端が|見えた。

通路に|戻り、|助走を|つけて|生垣の|一部ごと|玄関の|扉に|体当たりした。||これは|愚かだった。||カリフォルニアの|家で|足で|蹴破れない|ほぼ|唯一の|部分が|玄関の|扉だ。||肩が|痛くなり、|腹が|立つだけだった。

また|手すりを|乗り越えて|フランス窓を|蹴破り、|帽子を|手袋代わりにして|下部の|小さな|ガラスを|ほとんど|引き出した。||これで|手を|伸ばして|窓を|枠に|固定している|ボルトを|引くことが|できた。||あとは|簡単だった。||上の|ボルトは|なかった。||錠が|外れた。||中に|入って|顔に|かかった|カーテンを|払いのけた。

部屋の|中の|二人は|私の|入り方に|まったく|注意を|払わなかった。||もっとも|一人は|死んでいたが。

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  1. 警官が女性を抱えて渡るという慣習について、直接の記録は見つかりませんでした。ただし以下のことが言えます。
    当時について
    1930年代のアメリカでは「レディファースト」の紳士的慣習が強く、男性が女性を助けることは当然とされていました。警官が市民を助けることも職務の一部として自然に行われていました。チャンドラーがこの場面をリアルに描いているところを見ると、実際に目撃した光景をもとにしている可能性が高いです。
    現在について
    現代では男女平等の観点から、警官が特定の性別だけを助けるという行為は適切ではないとされています。また職務上の中立性や liability(法的責任)の問題から、こうした個人的な親切は控えられる傾向があります。
    つまりこの場面はチャンドラーが1930年代のロサンゼルスの雰囲気をリアルに描いた描写であり、現代では見られなくなった光景と言えます。 ↩︎
  2. バーバンク「Burbank top」とは当時のコンバーティブルカーに使われた布製の折りたたみ式幌のことで、バーバンク社製または同地で作られた幌を指す俗称です。
    マーロウのコンバーティブルの幌が激しい雨で漏り始めたという描写で、安物の幌では土砂降りに耐えられないというユーモラスな場面です。当時のコンバーティブルの幌は防水性が完全ではなく、大雨では室内に水が入ってくることがよくありました。
    ↩︎
  3. パイント(pint)はアメリカのヤードポンド法(imperial system)の液量単位です。
    1パイントは約473ミリリットルで、日本の一般的なビール瓶(633ml)より少し小さいサイズです。ウィスキーのボトルとしては小瓶に相当します。
    つまりマーロウは雨の中、長時間の張り込みで体が冷えたため、ドラッグストアで小瓶のウィスキーを買って車の中で飲みながら暖を取っていたわけです。
    当時のアメリカのドラッグストアはただの薬局ではなく、酒類や食料品、日用品なども売る便利な小売店でした。禁酒法が廃止された後の1930年代後半には酒類も普通に販売されていました。
    マーロウが「暖を取り、興味を保つのに十分な量を飲んだ」という表現も、飲みすぎず仕事に支障をきたさない程度に飲んだというプロの探偵らしい自制心を示しています。
    ↩︎
  4. ジャーキン(jerkin)1930年代に流行した男性用の上着です。
    袖なしまたは半袖の革製や布製のベスト・ジャケットで、体にぴったりとフィットするデザインが特徴です。中世ヨーロッパの労働者や兵士が着ていた衣服が起源で、1930年代のアメリカでは若い男性の間でカジュアルな上着として流行していました。
    キャロル・ランドグレンが着ているジャーキンは革製のものと思われ、若くてワイルドな印象を与えるアイテムです。ガイガーの店員兼運転手という立場の若者にふさわしい、動きやすくカジュアルな服装です。
    現代で言えばライダースジャケットやレザーベストに近いイメージです。 ↩︎
  5. バガボンドハット(vagabond hat)とは、19世紀末から20世紀前半に流行した男性用のフェルト帽の一種です。丸みのあるクラウン(頭頂部)と、やや下向きに反った中くらいのつばが特徴で、柔らかく上品な印象があります。
    「放浪者・旅人」を意味する vagabond に由来するとされ、少し無造作で洒落た雰囲気を持つ帽子として知られました。探偵物やノワール映画に出てくるような、都会的でクラシックな装いによく合います。
    現在では一般的な名称ではありませんが、フェドラ帽やソフトハットに近い系統のクラシック帽子として理解すると分かりやすいです。
    女性がかぶっている場合のバガボンドハットは、男性用よりも少し柔らかく、洒落た印象で使われることが多いです。基本形は同じくフェルト製で、丸みのあるクラウンと中くらいのつばを持ちますが、女性用はつばが広めだったり、角度をつけて斜めにかぶったり、リボンや飾りが付くこともあります。
    1930年代風の装いでは、自立した都会的な女性、ミステリアスな女性、旅慣れた女性などを演出する帽子としてよく似合います。フェドラ帽を女性らしくアレンジしたクラシックハット、と考えると近いです。 ↩︎