『Brille Editor System ver.8』用の『BESファイル』を、ZIPファイルに圧縮して公開しています。(2026年4月19日現在未作成)
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スターンウッド邸の|脇扉の|細い|格子窓の|向こうに、|かすかな|明かりが|あった。||ポルト・コシェール1の|下に|パッカードを|止め、|座席に|ポケットの|中身を|空けた。||娘は|片隅で|いびきを|かいていた。||帽子が|鼻の上に|傾いで、|手は|レインコートの|ひだの中に|だらりと|垂れていた。||車を|降りて|ベルを|押した。||足音が|ゆっくり|近づいてきた。||遠い|うんざりするほど|遠い|場所から|やってくるような。||扉が|開いて、|背筋の|伸びた、|白銀の|執事が|顔を|出した。||廊下の|明かりが|彼の|髪に|後光を|作っていた。


「こんばんは」と|丁寧に|言って、|パッカードに|目を|やった。||それから|私の|目を|見た。

「リーガン夫人は|おられますか」

「いらっしゃいません」

「将軍は|もう|お休みで?」

「はい。|夕方が|一番よく|おやすみになる|時間でして」

「リーガン夫人の|女中は?」

「マチルダで|ございますか?|こちらに|おります」

「呼んで|きてください。|女の|手が|要る|仕事なんで。|車を|見れば|わかります」
彼は|車を|見た。||戻ってきた。

「わかりました。|マチルダを|参らせます」

「マチルダなら|ちゃんと|やってくれますね」

「みんな|ちゃんと|やろうとしています」

「慣れているんでしょうね」
彼は|それには|答えなかった。

「それでは|これで。|あとは|お任せします」

「かしこまりました。|タクシーを|お呼びしましょうか?」

「けっこうです。|それに|実を|言うと、|私は|ここには|いないことに。||幻でも|見ているんでしょう」
彼は|微笑んだ。||軽く|頭を|下げ、|私は|振り返って|車道を|歩いて|門を|出た。

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雨に|洗われた|曲がりくねった|通りを|十ブロック。||木々から|絶えず|雫が|滴り、|幽霊屋敷のような|広大な|敷地に|建つ|大邸宅の|窓に|明かりが|灯り、|丘の|中腹に|軒や|切妻や|灯りの|ついた|窓が|ぼんやりと|かたまって|浮かび、|森の中の|魔女の|家のように|遠く、|近づきがたかった。||
やがて、|むだに|輝きまくる|ガソリンスタンドに|出た。||白い|帽子に|紺の|ウィンドブレーカーを|着た|退屈そうな|係員が、|湯気で|曇った|ガラスの|内側で|丸椅子に|かがんで|新聞を|読んでいた。||入ろうとしたが、|やめて|通り過ぎた。||どうせ|これ以上|濡れようが|なかった。||こんな|夜に|タクシーを|待てば、|ひげが|生えてくる。||タクシーの|運転手は|覚えている。
きびきびと|歩いて|三十分あまりで|ガイガーの|家に|戻った。||誰も|いなかった。||通りには|車が|一台も|なく、|隣の|家の|前に|私の|車だけが|あった。||迷い犬のように|みじめな|姿だった。

||グローブボックスから|ライ麦ウイスキーの|瓶を|取り出し、|残りの|半分を|喉に|流し込んだ。||車に|乗り込んで|タバコに|火を|つけた。||半分|吸って|捨て、|また|車を|降りて|ガイガーの|家へ|下りた。||鍵を|開けて|中に|入り、|まだ|温もりの|残る|闇の中に|立って、|床に|静かに|雫を|落としながら|雨の音を|聞いた。||手探りで|ランプを|見つけて|灯した。
最初に|気づいたのは、|壁の|刺繍の|絹が|二枚|なくなっていることだった。||数えては|いなかったが、|茶色い|漆喰の|壁が|むきだしに|目立っていた。||もう|少し|進んで|別の|ランプを|つけた。||トーテムポールを|見た。||その|足元、|中国絨毯の|縁を|越えた|床の上に、|別の|絨毯が|敷かれていた。||さっきは|なかった。||さっきは|ガイガーの|死体が|あった。||ガイガーの|死体が|消えていた。

体が|凍りついた。||歯を|むき出して、|トーテムポールの|ガラスの|義眼を|にらみつけた。||もう一度|家の中を|調べた。||何もかも|前と|まったく|同じだった。||ガイガーは|フリル飾りの|ベッドにも、|その下にも、|クローゼットにも|いなかった。||台所にも|浴室にも|いなかった。
||残るは|廊下の|右側の|鍵の|かかった|扉だった。||ガイガーの|鍵の|一本が|合った。||中は|興味深い|部屋だったが、|ガイガーは|いなかった。||興味深かったのは、|ガイガーの|部屋と|あまりに|違っていたからだ。||磨かれた|板の間に、|インディアン柄の|小さな|敷物が|二枚、|木目の|濃い|暗い色の|タンスに|男物の|洗面道具と|足の高さが|三十センチほどの|真鍮の|燭台に|立てた|黒い|蠟燭が|二本。||ベッドは|狭く、|硬そうで、|マルーン色の|ろうけつ染めの|カバーが|かかっていた。

||部屋は|冷えていた。||また|鍵を|かけ、|ハンカチで|ノブを|拭いて、|トーテムポールの|ところへ|戻った。||膝を|ついて、|絨毯の|毛並みに|沿って|玄関扉の|方向を|すかして|見た。||かかとで|引きずったような|二本の|平行した|溝が|その方向に|向かっているような|気がした。||やった奴は|本気だった。||死人は|折れた|心より|重い。
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警察じゃ|なかった。||警察なら|まだ|そこに|いただろう。||ちょうど|準備が|整ってきたところだ。||糸と|チョークと|カメラと|指紋粉と|安タバコを|持って。||まず|間違いなく|そこに|いた。||殺し屋でも|なかった。||あいつは|逃げるのが|速すぎた。||娘を|見たはずだ。||娘が|自分を|見たかどうか、|確信が|持てなかっただろう。||遠い|場所へ|向かっているはずだ。||答えは|わからなかったが、|誰かが|ガイガーを|ただ|殺すだけでなく、|行方不明に|したかったのなら、|それで|構わなかった。||カーメン・スターンウッドを|外して|話を|まとめられるか、|試す|機会が|できた。

||もう一度|鍵を|かけ、|車を|エンジンが|かかるまで|なだめすかして、|家に|向かった。||シャワーを|浴びて、|乾いた|服に|着替えて、|遅い|夕飯を|食った。||そのあとは|アパートで|ぶらぶらして、|ホットトディ2を|飲みすぎながら、|ガイガーの|青い|索引付き|手帳の|暗号を|解こうとした。||確かなのは、|おそらく|客の|名前と|住所の|一覧だということだけだった。||四百人以上|いた。||たいした|商売だ。||ゆすりの|要素は|言うまでもなく、|そっちも|たっぷり|あったはずだ。||リストの|名前が|誰でも|殺し屋の|候補に|なりうる。||警察に|この仕事が|回ってきたとしたら、|同情するだろう。

ウイスキーと|苛立ちで|腹を|満たして|床に|就き、|夢を|見た。||血まみれの|中国風の|上着を|着た|男が、|長い|翡翠の|イヤリングをした|裸の|女を|追いかけ、|私は|その後ろを|走りながら、|空の|カメラで|写真を|撮ろうとしていた。
- ポルト・コシェール(porte-cochère)とは、馬車や車が建物の中まで乗り入れられるように、建物の壁に設けられた大きなアーチ型の通路、またはその上に屋根がついた車寄せのことです。
雨に濡れずに馬車や車から降りられるよう、玄関の前に張り出した屋根つきの空間で、格式ある邸宅やホテルに見られます。フランス語で「馬車の門」という意味です。
日本語では「車寄せ」が最も近い訳語です。スターンウッド邸のような大邸宅にはよく備わっており、マーロウがパッカードをその屋根の下に止めたことで、雨の夜でも車を降りるときに濡れずに済んでいます。
↩︎ - ホットトディ(hot toddy)とは、ウイスキーにお湯、砂糖、レモン汁などを加えた温かい飲み物です。
風邪の民間療法としても知られており、雨に濡れて疲れ果てたマーロウが体を温めながら飲む場面にぴったりの一杯です。
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