『2スーの居酒屋』——にせの田舎の結婚式

友人たちが集まって花嫁・義母・花婿の友人・村長などの役を割り振り、本物の田舎の結婚式のように仮装して騒ぐというブルジョワの週末の悪ふざけです。
1920〜30年代のフランスのブルジョワ層では非常に一般的な娯楽でした。
当時は「guinguette」(ギャングエット)文化の全盛期で、パリ近郊のセーヌ川やマルヌ川沿いの安い居酒屋・野外酒場に、週末になると中産階級が押し寄せていました。そこでの娯楽は飲酒・ダンス・ボート遊びに加え、こうした集団での仮装や寸劇でした。
「にせの結婚式」は特に人気の出し物で、役割分担を決め、衣装を用意し、本物の式さながらに演じるというものです。参加者全員が知り合いで、毎週末同じ顔ぶれが集まるコミュニティだからこそ成立する遊びでした。
印象派の絵画――ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」やモネの川辺の絵――が描いたのもまさにこの文化で、シムノンはその享楽的な明るさの裏側に潜む人間の暗部を描く舞台としてギャングエットを選んでいます。
メグレにとってはただの偶然の居合わせですが、ルノワールが死の直前に告げた「2スーの居酒屋」がまさにここだったという衝撃的な気づきが、この賑やかな場面の裏側に静かに走っています。タイトル「2スーの居酒屋」自体がこの文化そのものを指しています。


『2スーの居酒屋』で、生成した挿絵画像は、印象派の絵画よりも階級が下の仲間が集まった雰囲気になってるかもしれません。これはギャングエットがもともと貧しい労働者の集まりから、中産階級、ブルジョワまで広がったということで、こんなもんかと・・・。
ギャングエット(guinguette)
パリ郊外の川沿いや森の近くにあった庶民的な野外酒場・ダンス場のことです。
起源と全盛期
18世紀末から19世紀にかけて生まれ、1880〜1930年代に全盛期を迎えました。パリ市内では酒税が高かったため、税の及ばない郊外に安い酒場が自然発生したのが起源です。
特徴
川沿いのテラス、ダンスホール代わりの木造の小屋、手回しオルガンや後にはピアノ、安いワインやペルノ(アニス酒)、ボート遊び、釣り、仮装パーティーなどが定番でした。入場料や音楽代として2スー(わずかな硬貨)を払うのが慣わしで、まさにこの小説のタイトルの由来です。
社会的な意味
当初は頬を寄せ合う若い恋人・テーブルへの視線
Hyper-realistic photographic color image, France 1932, the garden of the guinguette à deux sous at night. A young factory worker and a beautiful girl in rose silk dance cheek to cheek in the lamplight — but their eyes are not on each other. Both gaze sideways toward the noisy tables where the costumed bourgeois party is in full swing. Longing, fascination, the invisible boundary between two social worlds. Warm amber pools of light, deep garden shadows. 1930s cinematic realism. 16:9 horizontal.でしたが、やがて中産階級・ブルジョワ層も週末に押し寄せるようになりました。モネ、ルノワール、スーラといった印象派の画家たちが好んで描いた場所でもあり、「生きる喜び」の象徴として当時のフランス文化に深く根付いていました。
衰退
1936年に有給休暇制度が導入され、人々がより遠くへ旅行できるようになったこと、自動車の普及などにより、1940年代以降急速に衰退しました。
シムノンはこの文化の最後の輝きの時期を舞台に選んだことになります。
戦間期フランスの「狂騒の時代」

1920年代のフランスは「狂騒の年代」(les Années folles)と呼ばれ、確かに表面上は繁栄していました。第一次大戦の勝利、アメリカ資本の流入、消費文化の爆発的な拡大です。ギャングエット文化の全盛もこの流れと重なります。
別の側面もある
戦争の傷跡からの逃避という側面が大きくあります。フランスは勝ったとはいえ、140万人以上の戦死者を出した国です。生き残った世代には「とにかく今を楽しむ」という強迫的な享楽主義が広まりました。
またギャングエットはもともと庶民の逃避の場でした。都市の喧騒と貧しさから週末だけ逃れ、川沿いで踊り飲む――それが中産階級にも広がったという流れです。
シムノンの視点
この小説でシムノンが描いているのは、まさにその享楽の裏側です。笑い騒ぐ人々の中に殺人犯がいる、という構造は、戦間期フランスの表面的な明るさと、その下に潜む暗部を象徴しています。
ちなみにこの小説は1931年に執筆されており、すでに1929年の世界恐慌の影がフランスにも及んでいた時期です。「狂騒の時代」はすでに終わりかけていました。

