ゲ・ムーランの踊り子|第四章 パイプを吸う男たち

ゲ・ムーランの踊り子

『Brille Editor System ver.8』用の『BESファイル』を、ZIPファイルに圧縮して公開しています。(2026年4月19日現在未作成)

37 第四章 パイプを|吸う|男たち ― 連行


 広々とした|部屋に|四人が|いた。||吸取紙を|敷いた|テーブルが|机の|代わりだった。||ランプには|緑の|厚紙の|笠が|ついていた。||ドアは|開いたままで、|その|向こうは|がらんとした|部屋だった。

 夜だった。||待っているのは|司法警察の|者だけで、|みな|パイプを|くわえていた。||大柄な|赤毛の|男、|<デルヴィーニュ>警部が|テーブルの|端に|腰かけ、|ときどき|口ひげを|ひねっていた。||若い|刑事が|吸取紙に|落書き1していた。||しゃべっているのは|小柄な|がっしりした|男で、|明らかに|田舎から|出てきたばかりで、|頭の|てっぺんから|つま先まで|農夫のままだった。


「一本|七フランだぞ、|十二本|まとめて|買えば!||どの店でも|二十フランは|する|パイプが。||傷一つ|ない。||義兄が|アルロンの|工場に|いるんでな」


「二十四本、|警官|全員分を|頼めばいい」


「それを|義兄に|書いた。||ところで、|あいつが|業界の|人間なんで、|パイプの|くすべ方の|すごい|コツを|教えてくれた」


 警部は|宙に|足を|ぶらつかせていた。||全員が|熱心に|話を|聞いていた。||全員が|パイプを|吸っていた。||むき出しの|ランプの|光の|なかで、|青みがかった|煙の|雲が|のびていくのが|見えた。


「適当に|詰めるんじゃなくて、|こうやって|ボウルを|持って|……」


 ドアが|開いた。||一人の|男が|別の|男を|前に|押しやりながら|入ってきた。||警部は|新入りたちに|ちらりと|目を|やった。

38 取調べの開始 ― パイプの煙の中で


「ペロネか?」


「そうです、|警部!」


 パイプの|専門家に|向かって|言った。


「早くしてくれ」


 入ってきた|若者は|ドアの|そばに|立たされたまま、|パイプの|くすべ方の|講釈を|最後まで|聞かされた。


「お前も|一本|どうだ、|ペロネ?||ヘザーの|根の|本物の|パイプが|七フランだぞ、|アルロンで|職長を|している|俺の|義兄の|おかげでな」


 警部は|場所を|変えずに|言った。


「少し|前に|出なさい」


 ジャン・シャボだった。||血の気が|なく、|神経発作を|起こすかと|思われるほど|目が|固定していた。||他の者たちは|パイプを|吸いながら、|まだ|二言三言|言葉を|交わしながら、|彼を|眺めていた。||冗談に|笑い声も|上がった。


「どこで|引っ張った、|ペロネ?」


「ゲ・ムーランで。||しかも|ちょうど|いい|タイミングで!||百フラン紙幣を|便所に|捨てようと|していた|ところで」


 誰も|驚かなかった。||警部は|あたりを|見まわした。


「調書を|書いてくれる者は?」


 最年少の|者が|テーブルに|つき、|書式の|印刷された|紙を|取り出した。


「氏名、|年齢、|職業、|住所、|前科。||さあ、|答えなさい」


「シャボ、|ジャン=ジョゼフ=エミール、|事務員、|ロワ通り|五十三番地」


「前科は?」


「ありません!」


 言葉が|締めつけられた|喉から|なかなか|出てこなかった。


「父親は?」


「シャボ、|エミール、|経理係」

「前科なし?」

「なし!」

「母親は?」

「エリザベート・ドワイヤン、|四十二歳」


 誰も|聞いていなかった。||これは|取調べの|事務的な|部分だった。||赤毛の|口ひげの|警部は|ゆっくりと|泡石の|パイプに|火を|つけ、|立ち上がり、|部屋を|行ったり|来たりしながら、|誰かに|聞いた。


「コロンメーズ河岸の|自殺の件は|手配したか?」

39 五つの視線 ― 真実と嘘のあいだ


「ゲルベルが|行っています!」


「よし!||では、|君の|番だ。||いいことを|教えてあげよう、|賢こぶるのは|やめなさい!||昨夜、|ゲ・ムーランに|デルフォスとかいう|男と|一緒に|いたね。||そいつの|ことは|後で|聞く。||二人とも|飲み代を|払う|金が|なかったし、|前からも|ツケが|あった。||そうだね?」


 ジャン・シャボは|口を|開きかけて、|何も|言わずに|閉じた。


「親は|裕福じゃない。||給料も|安い。||それでも|放蕩三昧だ。||あちこちに|借金が|ある。||そうだね?」


 シャボは|頭を|下げ、|五人の|視線が|自分に|突き刺さるのを|感じ続けた。||警部の|口調は|見下したような、|軽蔑の|混じった|ものだった。


「タバコ屋にも|あった!||昨日も|まだ|払っていなかった。||よくある|話だ!||身の|丈に|合わない|遊びを|したがる|若者。||父親の|財布から|何度|くすねた?」


 シャボは|真っ赤に|なった。||その|一言は|平手打ち|より|ひどかった。||そして|最も|つらいのは、|それが|正しくも|あり、|正しくも|なかったことだ。

 警部が|言っていることは|根本的には|すべて|真実だった。||しかし|これほど|むき出しに、|何の|ニュアンスも|なく|提示された|真実は、|もはや|ほとんど|真実では|なかった。

 シャボが|最初に|ペリカンで|友人たちと|ビールを|飲み|始めたのは|ごく|自然な|ことだった。||毎晩|飲むように|なったのも、|みんなが|集まる|場所が|そこで、|温かい|仲間意識が|生まれたからだ。

 一人が|一杯|おごれば、|もう一人が|返す。||一回|六から|十フランの|おごり合いだ。

 なんと|心地よい|時間だったことか!||事務所での|一日の|後、|事務長からの|小言の|後、|街一番の|豪華な|カフェで|ポン・ダブロワ通りを|行き交う|人々を|眺め、|握手を|交わし、|ときには|同じ|テーブルに|来て|座る|きれいな|女たちを|見る。

40 タバコの吸い殻 ― 罠の証拠


 リエージュ全体が|二人のものでは|なかったか?

 デルフォスは|懐に|一番|金が|あったので、|他の者より|多く|おごった。


『今夜、|ゲ・ムーランに|行かないか?||すごい|ダンサーが|いる』


 さらに|陶酔的だった。||えんじ色の|ソファ。||重く|温かく|香り|立つ|空気、|音楽、|ヴィクトールの|馴れ馴れしさ、|そして|なにより|肩を|むき出しにして|ストッキングを|はくために|スカートを|たくし上げる|女たちの|馴れ馴れしさ。

 そして|少しずつ、|それが|必要に|なっていった。||一度だけ、|たった|一度、|いつも|他の者に|払わせるのが|嫌で、|ジャンは|家からではなく|小口現金から|金を|取った。||書留郵便の|料金を|少し|多めに|計上した。||わずか|二十フランだった。



「父親から|盗んだことは|一度も|ない」


「まあ|確かに、|盗むものも|たいして|なかろう!||昨夜の|話に|戻ろう。||二人とも|ゲ・ムーランに|いた。||一銭も|持っていない。||それでも|ダンサーに|おごっている!||タバコを|出しなさい」


シャボは|意味も|わからず|タバコの箱を|差し出した。


「コルクフィルター|付きの|ルクソール2だな。||そうだろう、|デュボワ?」


「その通りです!」


「よし!||店のなかに|金持ちそうな|男がいた。||シャンパンを|飲んで、|財布が|うなっているはずだ。||君たちは|いつもと|違って、|裏口から|出た。||ところが|今日、|その|出口に|近い|地下室の|階段で|タバコの|吸い殻が|二本と|足跡が|見つかった。||本当に|出たのではなく、|そこに|隠れていたことを|示している。||外国人は|殺された。||ゲ・ムーランか|どこかで。||財布が|盗まれた。||金の|タバコ入れも|同様に。||今日、|借金を|払っている!||今夜は|追い詰められたと|感じて、|君は|便所に|紙幣を|捨てようとした!」


 警部は|この件を|ほとんど|真剣に|取り合って|いないかのように|無関心な|口調で|これだけ|喋った。


「どうだ、|坊主、|これが|道を|踏み外すという|ことだ!||白状しなさい!||それが|一番|得策だ。||情状酌量も|あるかも|しれない」

41 崩壊 ― 神経発作


電話が|鳴った。||受話器を|取った|デュボワ刑事|以外は|全員|黙った。


「もしもし!||はい。||わかった!||護送車が|後で|行くと|伝えてくれ」


 受話器を|置いてから|他の者に、


「自殺した|女中の|件です。||主人が|早く|遺体を|運び出したいと」


 シャボは|汚れた|床を|じっと|見つめていた。||歯を|食いしばり、|ナイフの|刃でも|こじ開けられないほどだった。


「グラフォプロスを|どこで|襲った?||店の|なかか?||出口か?」


「違う!」|とジャンは|うめいた。
「父の|命に|かけて|誓います」


「いい|加減に|しなさい!||お父さんは|そっとしておけ!||あの人も|すでに|十分|つらい|立場だ」


 その|言葉が|引き金に|なり、|けいれんするような|震えが|走った。||ジャンは|恐怖に|目を|見開いて|あたりを|見まわした。||今|初めて|自分の|状況が|わかった。||一時間か|二時間後には|両親に|知られる!


「そんな!||違う!||嫌だ!」|と|叫んだ。


「落ち着きなさい!」


「嫌だ!||嫌だ!||嫌だ!」


 彼は|ドアとの|あいだに|いた|刑事に|体当たりした。||格闘は|短かった。||ジャンは|自分が|何を|したいのかも|わかっていなかった。||我を|忘れていた。||叫び、|しゃくり上げ、|そして|うめきながら|腕を|よじり、|ついに|床に|倒れた。

 他の者たちは|パイプを|吸いながら、|目配せを|交わしながら|眺めていた。


「デュボワ、|水を!||タバコを|持っている者は|いるか?」


 水の|入った|グラスが|シャボの|顔に|かけられた。||神経発作は|号泣に|変わった。||指が|自分の|喉に|食い込もうとした。


「違う!||違う!」


 警部は|肩を|すくめ、|ぼそりと|言った。


「みんな|同じだ、|この|ろくでなしの|ガキどもは。||そのうち|父親と|母親を|呼ばなきゃならん!」

42 崩れた抵抗 ― 父の心臓病


 その|雰囲気は、|死に|抗う|患者を|囲む|医師たちの|病院の|それにしか|例えられなかった。

 五人が|一人の|若者、|一人の|子供を|取り囲んでいた。||壮年の|五人の|男たちは|修羅場を|くぐってきており、|動揺を|見せまいと|していた。


「さあ、|立ちなさい!」|と|警部が|苛立たしげに|言った。


 シャボは|おとなしく|従った。||抵抗は|砕けていた。

 発作で|神経が|ぷつりと|切れていた。||戦いを|諦めた|獣のように、|恐怖に|目を|見開いて|あたりを|見まわした。


「勘弁|してください」


「それより|金が|どこから|きたか|言いなさい!」


「わかりません。||誓います。||僕は……」


「そう|何度も|誓うな!」


 黒い|スーツは|埃だらけだった。||汚れた|手で|顔を|拭うと、|頬に|灰色の|筋が|ついた。


「父が|病気なんです。||心臓病で。||去年|発作を|起こして、|医者から|興奮しないよう|言われています」


 単調な|声で|しゃべっていた。||茫然自失していた。


「馬鹿なことを|するからだ!||今は|素直に|話す|ほうが|いい。||やったのは|誰だ?||お前か?||デルフォスか?||あいつも|ろくな|ことに|ならないと|思っていたよ!||どちらか|一人を|重く|罰するなら、|おそらく|あいつのほうだ」


 新しい|警官が|入ってきて、|陽気に|挨拶して|自分の|テーブルに|座り、|書類を|めくり|始めた。


「僕は|殺していない。||知らなかったんです」


「よし!||お前は|殺していないとしよう」


今は|ジャンを|『お前』呼ばわり|するようになり、|警部は|なだめるような|口調に|変えていた


「だが|何か|知っているはずだ。||金は|勝手に|ポケットに|入らない。||昨日は|一文も|なかったのに、|今日は|ある。||椅子に|座らせてやれ」


 シャボが|ふらふらしているのが|誰の|目にも|明らかだったからだ。||もう|立っていられなかった。||藁の|座面の|椅子に|どさりと|座り、|両手で|頭を|抱えた。

43 希望の閃き ― 肩幅の広い男が犯人?


「急いで|答えなくて|いい。||ゆっくり|考えなさい。||それが|一番|うまく|切り抜ける|方法だ。||それに|お前は|まだ|十七に|なっていない。||少年審判に|かけられるだけだ。||せいぜい|少年院どまりだ」


 ある考えが|シャボの|頭をよぎり、|目の|濁りが|少し|晴れて|あたりを|見まわした。||一人ずつ、|自分を|責めている|男たちを|見た。||肩幅の|広い|男に|似た者は|誰も|いなかった。

 あの|男に|ついて、|自分は|間違っていたのか?||あの|謎の|男は|本当に|警察の|人間なのか?||むしろ|彼こそが|殺人犯では|ないか?||前夜、|ゲ・ムーランに|いた。||二人の|若者の|後まで|残っていた!

 もし|あの男が|二人を|尾行していたとしたら、|それは|まさに|自分の|代わりに|二人を|逮捕させようとしていたから|では|ないか?


「わかった!」|と|希望に|あえぎながら|叫んだ。「犯人を|知ってます。||とても|背が高く、|がっしりしてて、|綺麗に|髭を剃った|顔の|男です!」


 警部は|肩を|すくめた。||しかし|シャボは|ひるまなかった。


「トルコ人の|少し|後に|ゲ・ムーランに|入ってきました。||一人でした。||今日、|また|見かけました。||尾行|されてたんです。||八百屋で|僕の|ことを|聞きまわって!」


「何を|言っている?」


 ペロネ刑事が|ボソボソ|言った。


「詳しくは|わかりません。||でも|確かに|昨夜、|ゲ・ムーランに|誰も|知らない|客が|いました」


「いつ|出た?」


 警部は|希望を|取り戻しつつある|シャボを|じっと|見てから、|もう|彼には|構わず|他の者たちに|向いた。


「結局、|店を出た|正確な|順序は?」


「まず|二人の|若者。||もっとも|見せかけだけで、|地下室に|隠れていたことは|確認済みです。||次に|ダンサーと|楽団員。||閉店の|準備中に|その男が|店の女|アデルを|連れて|出ました」

44 希望と待機 ― パイプの注文と電話


「残ったのは|店主と|グラフォプロスと|二人の|ウェイターか」


「失礼、|ウェイターの|一人、|ジョゼフと|呼ばれる男は|バンドマンたちと|一緒に|帰っています」


「では|店主と|給仕一人と|ギリシャ人か」


「それと|地下室の|二人の|若者」


「店主は|何と|言っている?」


「客は|その時間に|出て行き、|ヴィクトールと|一緒に|灯りを消して|ドアを閉めたと」


「シャボが|言っている|もう一人は|その後|見ていないのか?」


「ええ。||背が高く|肩幅が|広い|男だと。||フランス人らしく、|こちらの|なまりが|なかったようです」


 警部は|あくびをして、|パイプの|灰を|かき出す|手つきに|苛立ちを|見せた。


「ゲ・ムーランに|電話して、|ジラールに|様子を|聞いてくれ」


 シャボは|不安に|待ち続けた。||さっきより|さらに|つらかった。||今は|希望の|光が|見えているからだ。||しかし|間違っているのでは|ないかと|恐れていた。||その|恐れが|痛かった。||テーブルの|縁を|握りしめた。||視線が|あちこちを|さまよい、|特に|電話機に|向かった。


「もしもし!||ゲ・ムーランを|お願いします」


 パイプの|刑事は|他の者たちに|聞いた。


「では、|義兄に|頼むことに|しよう!||ところで、|ストレートと|カーブド、|どちらが|いい?」


「ストレートで!」|と|警部が|答えた。


「では|二十四本、|ストレート。||もう|私は|いらないですか?||息子が|はしかで……」


「帰っていい」


 帰り際に、|パイプの|刑事は|ジャン・シャボに|最後に|ちらりと|目を|やり、|上司に|小声で|聞いた。


「留置しますか?」


 ジャンは|聞こえていて、|全神経を|研ぎ澄ませて|答えを|聞き取ろうと|していた。

45 希望の消滅 ― 夜明け前の待機


「まだわからない。||とにかく|明日まで。||検察が|決める」


 すべての|希望が|消えた。||ジャンの|体から|力が|抜けた。||明日|釈放されても|遅すぎる。||両親は|知ってしまう!||今この|瞬間も|待ちながら、|心配しているはずだ!

 しかし|もう|泣けなかった。||体全体が|だらりと|崩れた。||電話の|会話が|ぼんやりと|聞こえた。


「ジラール?||で、|あっちは|どうだ?||何?||泥酔?||こっちには|まだいる。||いや!||当然|否認している!||待て、|部長に|聞いてみる!」


 警部に|向かって、


「ジラールが|どうすべきか|聞いています。||若い方が|泥酔していて、|ダンサーと|シャンパンを|飲んでいます。||ダンサーも|大差ないようで。||逮捕しますか?」


 警部は|ため息を|つきながら|ジャンを|見た。


「一人|いれば|十分だ。||そっとしておけ。||向こうが|失策を|犯すかも|しれない。||ジラールを|離すな!||後で|電話させろ!」


 メグレは|部屋唯一の|肘掛け椅子に|腰を|落ち着け、|目を|閉じて|眠っているように|見えた。||しかし|パイプから|細く|立ち上る|煙が|そうでないことを|証明していた。

 一人の|刑事が|ジャン・シャボの|調書を|清書していた。||もう一人が|三時に|なれば|寝られると|いらいらしながら|部屋を|行ったり|来たりしていた。

 冷えてきた。||煙まで|冷たく|感じられた。||ジャンは|眠れなかった。||思考が|もつれていった。||両肘を|テーブルに|ついて、|目を|閉じ、|また|開き、|また|閉じた。||まぶたを|開けるたびに、|美しい|英語体の|文字で|書かれた|同じ|レターヘッドの|紙が|目に|入った。

「フレマル=オート|在住、|日雇い労働者、|ジョゼフ・デュムロワ|に対し、|……の|被害に|係る|ウサギの|窃盗|容疑で|調書を|作成した」

 残りは|下敷きで|隠れていた。

 電話が|鳴った。||歩きまわっていた|刑事が|受話器を|取った。

46

夜明けの電話 ― 父の通報


「はい。||わかった。||了解!||伝えます!||向こうは|退屈しない|ようだな!」


 上司に|近づいた。


「ジラールです。||デルフォスと|ダンサーが|タクシーで|レジャンス通り3の|アデルの|部屋に|行った。||二人で|入った。||ジラールが|見張っています」


 脳を|侵す|赤みがかった|靄の|なかで、|ジャンは|アデルの|部屋を|想像した。||乱れたままの|ベッド、|服を|脱ぐ|ダンサー、|アルコールコンロに|火を|つける|姿。


「まだ|何も|言うことは|ないか?」|と|警部が|肘掛け椅子から|動かずに|聞いた。


 答えなかった。||そんな|力も|なかった。||自分に|言われていることすら|かろうじて|わかる|程度だった。

 警部が|ため息を|ついて、|刑事に|言った。


「帰っていい!||タバコを|少し|置いていってくれ」


「何か|引き出せると|思いますか?」


 視線が|テーブルに|折り重なって|倒れている|ジャンの|黒い|シルエットを|示した。

 また|肩を|すくめた。

 そして|シャボの|記憶に|大きな|空白が|生まれた。||黒い|穴、|暗い|影が|うごめき、|赤い|火花が|何も|照らさずに|飛び散っていた。

 しつこく|鳴り続ける|電話の|音で|体を|起こした。||三つの|大きな|薄白い|窓、|黄色みがかった|ランプ、|目を|こすりながら|無意識に|テーブルの|消えた|パイプを|つかみ、|足を|引きずりながら|電話に|向かう|警部が|見えた。


「もしもし!||はい!||司法警察です!||いや、|いるよ。||何?||会いたければ|来ればいい」


 警部は|口の|なかが|ねばつく|まま|パイプに|火を|つけ、|苦い|煙を|何口か|吸ってから|シャボの|前に|立った。


「お前の|父親が|第六分署に|行方不明の|届けを|出した。||来るようだ」


 突然、|隣の|屋根から|陽光が|差し込み、|窓ガラスの|一枚を|燃えるように|照らした。||清掃員たちが|バケツと|ブラシを|持って|やってきた。

47


二百メートル先の|市庁舎の|前で|開かれている|市場の|ざわめきが|聞こえてきた。||最初の|路面電車が|鈴を|鳴らしながら|走り、|まるで|街を|起こす|使命を|帯びているかのようだった。

 ジャン・シャボは|濁った|目で、|ゆっくりと|髪に|手を|通した。

  1. フランス語の「buvard」(吸取紙)は、当時の事務所では当たり前に机の上に敷いてあるものです。インク式のペンで書いた文字を乾かすために使う大きな紙です。
    落書きについては、取調べを待ちながら手持ち無沙汰の若い刑事が、目の前にある吸取紙にぼんやりと落書きをしている、という場面です。日本でも会議中にメモ帳に落書きするのと同じ感覚で、特に珍しい行為ではありません。 ↩︎
  2. コルクフィルター付きのルクソール(Luxor)は、当時のベルギーで売られていたタバコの銘柄です。警部がこのタバコの銘柄に注目しているのは、地下室の階段で見つかったタバコの吸い殻の銘柄と一致するかどうかを確認しているからです。ジャンのタバコがその証拠と結びつく重要な場面です。
    ↩︎
  3. レジャンス通り「rue de la Régence」は、リエージュ市内に実在する通りです。
    市内中心部に位置する通りで、アデルが部屋を借りている建物の住所として登場します。ゲ・ムーランから近い距離にあることが、物語の展開上重要です。デルフォスがタクシーでアデルをそこまで連れていったのも、土地勘があったからです。
    ↩︎