ゲ・ムーランの踊り子|第七章 風変わりな旅

ゲ・ムーランの踊り子

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「新聞記者が|押しかけて|来ることは|ないだろうな?||鍵を|かけてくれ、|いいか?||静かに|話すほうが|いい」


デルヴィーニュ警部は、|同業者を|見つめていた。||それは、|地方で、|とりわけ|ベルギーでは、|パリから|来た者に|向けられる、|あの|無意識の|敬意だった1。||さらに、|彼は|さっき|自分が|しでかした|失態に|気まずさを|感じていて、|弁解|しようとした。


「そんな|ことは|ない」|メグレが|言い切った。
「私は|ぜひとも|逮捕される|必要があった。||もっと|言うと、|これから|君は|私を|牢に|送る。||そして、|必要な間は、|私は|そこに|いるつもりだ。||君の|部下たちにも、|私の|逮捕が|本当だと|信じてもらう|必要がある」


ベルギー人の|顔つきが|あまりに|おかしかったので、|彼は|抑えきれず、|思わず||吹き出してしまた。||相手は、|上目づかいに|メグレを|見て、|どういう|態度を|取るべきか|考えていた。||自分が|滑稽に|見えることを|恐れているのが|分かった。||そして、|相手が|冗談を|言っているのか|どうかを|見極めようと|していたが|無駄だった。

メグレの|笑いが、|相手の|笑いも|引き出した。


「おやおや、|なかなか|面白いことを|言うじゃないですか。||あなたが|牢に|入るだって!|ははは!」


「本気で|そうしたいんだが」


「ははは!」


彼は、|長いあいだ|冗談だと|思っていた。||そして、|相手が|本気で|話していると|分かったとき、|さすがに|動揺した。

二人は、|いま、|向かい合って|座っていた。||書類で|いっぱいの|机が、|そのあいだを|隔てていた。||ときどき、|メグレは|同僚の|泡石の|パイプ2に、|いまだに|感心した|まなざしを|向けていた

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「すぐに|分かりますよ。||もっと|早く|事情を|話さなかったことは|お詫します。||しかし|あとで|分かると|思いますが|それは|不可能だったです。||犯行は|水曜日に|起きた、|そうですね?||よし。||さて|その前の|月曜日、|私は|<オルフェーブル河岸>の|自分の|執務室に|いたんですよ。||そこへ|<グラフォプロス>」という|男の|名刺が|回されてきた。||

||いつものように、|面会する|前に|外国人係へ|電話して|そいつの|身元を|当たらせた。||だが、|何も|出てこない。||実は|グラフォプロスは|パリに|着いたばかりだったのです。||執務室で|会ってみると、|そいつは|一時的に|動揺|している男|という|印象だった。||彼は|自分は|各地を|旅している、|命を|狙われている|心当たりが|あると|言う。||そして|最後に、|刑事を|一人|昼夜|つけてもらうと|いくらかかるかと|聞いてきた。||よくある|話だ3。||私は|料金を|伝えた。||そいつは|腕のいい者を|強く|望んだが、|自分が|どんな|危険に|さらされているのか、|敵が|誰なのかについては、|はっきり|答えなかった。||グラン・ホテルの|住所を|聞き、|その日の|夜のうちに|希望どおりの|刑事を|送り込んだ。||翌朝、|私は|改めて|身元を|調べた。||ギリシャ大使館からの|返答では、|そいつは|アテネの|大銀行家の|息子で、|ヨーロッパ中を|遊び歩く|貴族気取りの|生活を|している|男だという。||君も|どうせ|ただの|遊び人だと|思っただろう」


「そのとおりです。||しかし、|本当に|間違いないのですか…」


「ちょっと待て。||火曜の|夜、|その|グラフォプロスを|護衛していた|刑事が、|驚いた|様子で|報告してきた。||あの男は|道々、|ずっと|自分を|まこうと|していたというんだ。||出入口が|二つある|家を|使ったり、|タクシーを|何度も|乗り継いだり、|誰でも|知っている|小細工ばかりだ。||しかも|水曜の|朝の|ロンドン行きの|飛行機の|切符を|買っているという。||正直に言うと、|仕事で|ロンドンへ|ひとっ走り、|それも|飛行機で|というのは、|悪くないなと|思った。||そこで|私が|直接|尾行を|引き受けた。||そして|水曜の|朝、|グラフォプロスは|グラン・ホテルを|出た。||だが|ル・ブルジェ4へは|向かわず、|北駅へ|行き、|ベルリン行きの|列車の|切符を|買った。||

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||同じ|サロン車5に|乗っていた。||向こうが|私に|気づいたかどうかは|分からない。||いずれにせよ、|話しかけては|こなかった。||リエージュで|あいつは|降り、|私は|そのあとを|降りた。||オテル・モデルに|部屋を|取り、|私は|その|隣の|部屋を|選んだ。||王立劇場の|裏手の|レストランで|食事を|した」


「ベカス6だな!」|と|デルヴィーニュが|口を|はさんだ。||「あそこは|うまい!」


「とくに|リエージュ風の|腎臓料理7は|いい、|確かに。||だが|私の|感じでは、|グラフォプロスは|リエージュに|来たのが|初めての|ようだった。||駅で|オテル・モデルを|教えられ、|ホテルで|ベカスを|勧められた。||さらに|べカスの|ウェイターから|ゲ・ムーランの|話を|聞いた」


「つまり、|偶然|そこへ|流れ着いたわけだな」|と|デルヴィーニュが|夢見るように|言った。



「偶然か|そこまでは|分からない。||私は|少し|あとから|キャバレーに|入った。||店の|踊り子が|すでに|彼の|テーブルに|ついていたが、|それ自体は|珍しくない。||正直|ひどく|退屈だった。||私は|ああいう|夜の|店が|嫌いでね。||最初は|女を|連れて|出るだろうと|思った。||だが|女が|一人で|帰る|様子だったので、|少し|一緒に|歩いて|二、三|聞いてみた。||女は、|あの|外国人に|会うのは|初めてで、|約束は|されたが|行くつもりはないと|言った。||それに、|退屈な|男だ|とも|付け加えた。||それだけだった。

||私は|引き返した。||店の|主人が|ウェイターと|いっしょに|外へ|出ていくところだった。||そのすきに|あいつは|店を|出たのだろうと|思い、|近くの|通りを|少し|探した。||ホテルへ|行って、|戻っていないことを|確かめた。||ゲ・ムーランへ|戻ると、|扉は|もう|閉じられていて、|中にも|明かりは|なかった。||要するに、|これ以上|ないほど|空振りだ。||とはいえ、|深刻に|考えていた|わけでもない。||巡査に|ほかに|開いている|店がないか|聞いて、|四つか|五つ|教えられたので、|順に|回ってみたが、|あの|ギリシャ人は|見つからなかった」

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「それは、|たいした|ものだ」と、|デルヴィーニュ警部は|つぶやいた。

「まあ|待て。||私は|君たちに|名乗り出て、|リエージュ警察と|協力して|捜査を|続けることも|できた。||だが、|私が|ガイ・ムーランに|いたことを|見られていた|以上、|犯人に|警戒させるのは|避けたかった。||要するに、|犯人の|可能性は|ごく|限られている。||私は|まず、|あの|二人の|若者に|目を|つけた。||あの|落ち着きのなさは|見逃さなかった。||そこから|アデルへ、|そして|被害者の|煙草入れへと|つながった。

 君たちは|事を|急ぎすぎた。||ジャン・シャボの|逮捕、|デルフォスの|逃亡、|一斉の|対決――|そうした|ことは、|私は|新聞で|知っただけだ。

 その|ついでに、|私自身が|有力な|容疑者として|捜されている|ことも|知った。

 それだけだ。||だから、|それを|利用した」

「利用した|だと?」

「まず|一つ|聞きたい。||あの|二人の|若者が|有罪だと|思うか?」

「正直に|言えば……」

「いい。||やはり|信じていないな。||誰も|信じていない。||そして|犯人も、|それを|よく|分かっている。||いつかは|別の|方向を|探られると|感じている。||だから|用心している。||軽率な|行動は|期待できない。

 その|代わり、|新聞が|書き立てている|『肩幅の|広い|男』に|強い|嫌疑が|かかっている。

 そこで、|その|『肩幅の|広い|男』は|芝居がかった|状況で|逮捕された。||世間では、|今夜、|真犯人が|捕まったと|思われている。

 この|印象を|強める|必要がある。||明日には、|私が|サン=レオナール|刑務所に|いる|こと、|そして|まもなく|自白が|得られると|期待されている|ことが|伝わるだろう」

「本当に|刑務所へ|行く|つもりか?」

「なぜ|いけない?」

デルヴィーニュ警部は、|その|考えに|どうしても|なじめなかった。

「もちろん、|行動の|自由は|保障されるが……」

「いや、|それでは|困る。||むしろ、|いちばん|厳しい|待遇に|してもらいたい」

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  1. 当時の一般的な傾向として、そうした空気はあったと考えられます。
    19世紀から20世紀前半にかけて、Parisはフランス語圏における政治・文化・行政の中心であり、地方都市や隣国のフランス語圏――たとえばリエージュ(Liège)のような地域――から見ると、強い影響力を持つ存在でした。とくに行政や警察の分野では、パリは制度や人材の中枢であり、そこから来た人物は「中央のやり方を知っている者」と見なされやすかったのです。
    そのため、地方の警察官がパリから来た同業者に対して、意識せずとも一種の敬意や遠慮を示すという描写は、当時の感覚として不自然ではありません。これは単なる個人の性格ではなく、中央(パリ)と地方の距離、経験や情報の集中、権威の象徴としての首都といった背景から生まれるものです。
    ただし、それは制度上の上下関係ではなく、あくまで心理的・文化的な序列感です。この場面でも、デルヴィーニュがメグレに対して感じているのは、命令に従う義務ではなく、無意識に生じる「中央から来た人間への構え」と言えます。
    ↩︎
  2. 「泡石のパイプ」とは、海泡石という鉱物で作られたパイプのことです。フランス語の pipe d’écume に対応する表現で、この「écume(泡)」は、白く軽い見た目から海の泡にたとえられた名称です。海泡石は非常に細かい多孔質の素材で、煙をまろやかにする性質があり、昔から上質なパイプの材料として知られていました。
    使い込むうちに色が白から琥珀色へと変わっていくのも特徴で、持ち主の使い方によって風合いが育っていきます。そのため単なる喫煙具というより、持ち主の趣味や品の良さを感じさせる道具でもあります。
    ↩︎
  3. この場面でメグレが「よくある話だ」と言っているのは、当時の警察実務の感覚として、こうした依頼自体が特別なものではなかったという意味です。
    1930年代のフランスでは、公式の捜査とは別に、一定の条件のもとで警察官が個人の護衛につくことがあり、とくに外国人や裕福な人物が「身の危険」を理由に申し出るケースは珍しくありませんでした。
    ただし、それが本当に切迫した危険に基づくものかというと、必ずしもそうとは限りません。不安や疑心から来るものや、体裁として護衛をつけたがるような場合も含まれており、現場の警察官にとっては「またか」という程度の出来事だったわけです。
    現在は警察の役割がより明確に区分されていて、警察官が特定の個人のために常時護衛を行うのは、政治家や証人保護の対象者など、公的に必要と認められた場合に限られます。個人が不安だからといって費用を払って警察官をつけてもらう、という運用は基本的には行われていません。
    その代わりに、同じような需要は民間の警備会社が担っています。
    ↩︎
  4. ル・ブルジェ(l’avouer)とは、パリの北東にある飛行場の名前で、当時はパリの主要な空港として使われていました。現在のシャルル・ド・ゴール空港ができる以前、国際線の発着はこのル・ブルジェ空港が中心でした。
    1920年代から30年代にかけては、まだ航空機による移動が珍しく、飛行機に乗ること自体が特別な体験とされていた時代です。そのため「ル・ブルジェへ行く」というのは、単に移動するという以上に、「飛行機で国外へ向かう」という意味合いを持っていました。
    ↩︎
  5. サロン車とは、。通路をはさんで座席が並び、乗客が同じ空間を共有する、 ↩︎
  6. リエージュ王立劇場の|裏手に|かつて|「La Bécasse(ラ・ベカス)」という|レストランが|あった可能性はあります。
    実在を|証明する|確実な|史料は|見つかって|いませんが、|根拠となる|資料には|ジョルジュ・シムノンの|自伝的|小説|「血統(Pedigree)」や|リエージュ市の|観光ガイド|「シムノン・ルート(Parcours Simenon)」が|あります||
    シムノンの|作品には|彼が|十代の|頃に|記者として|活動していた|リエージュの|実在の|風景が|色濃く|反映されて|います||リエージュの|王立劇場の|裏に|あった|「La Bécasse」は|彼が|若き|日に|通った|場所の|一つであり|作中では|記者が|集まる|たまり場として|描かれて|います||
    また|リエージュ市|公式の|シムノンゆかりの|地を|巡る|マップや|研究者による|「シムノンの|リエージュ」に|関する|文献でも|この|レストランの|存在が|記録されています||当時の|新聞記者たちが|議論を|交わした|歴史的な|場所として|言及されて|いることが|多いです||
    ↩︎
  7. 腎臓料理とは、牛や子牛などの腎臓(内臓)を使った料理のことです。フランス語の rognons がそれにあたり、当時のヨーロッパではごく普通に食べられていた食材です。
    腎臓は独特の香りとコクがあり、下処理をしてからバターやワイン、マスタードなどで調理されることが多く、濃厚で力強い味になります。日本ではあまり一般的ではありませんが、フランスやベルギーでは伝統的な料理の一つです。
    ここで出てくる「リエージュ風の腎臓料理」は、その土地の名物のような位置づけで、デルヴィーニュがすぐに店の名前を出すのも、それがよく知られた料理だからです。単なる食事の描写というより、その町らしさや空気を伝える細部になっています。
    ↩︎