L’Affaire Saint-Fiacre (Maigret XIII)
3
扉を遠慮がちにかく音1。床に何かを置く音。ひそめた声。

「五時半です!最初のミサの鐘が鳴りました」
メグレは肘をついて上体を起こし、ベッドのばねをきしませた。そして、傾いた屋根に開いた天窓を驚いたように見つめていると、その声がまた言った。

「聖体拝領2をなさいますか」
そのときには、メグレ警部はもう立ち上がっていた。裸足が氷のように冷たい床板に触れていた。彼は扉のほうへ歩いた。その扉は、二本の釘に巻きつけた紐で閉まる仕組みだった。逃げていく足音がした。彼が廊下に出たとき、キャミソールと白いペチコート姿の女の影をちらりと見るのがやっとだった。

そこで彼は、マリー・タタンが持ってきた湯の入った水差しを拾い上げ、扉を閉め、髭を剃るための小さな鏡を探した。
ろうそくはもう数分しかもたなかった。天窓の向こうは、まだ完全な夜だった。冬の初めの冷たい夜だった。広場のポプラの枝には、枯れ葉がいくらか残っていた。
メグレは、屋根が両側から傾いているため、屋根裏部屋の中央でしか立っていることができなかった。寒かった。一晩じゅう、どこから入ってくるのかわからない細いすきま風が、彼の首筋を冷やしていた。

だが、まさにその寒さの質が、彼を乱した。忘れていたと思っていた空気の中へ、彼を沈めていったのだ。
最初のミサの鐘。眠っている村に響く鐘。子供のころ、メグレはこんなに早くは起きなかった。六時十五分前の二度目の鐘を待っていた。そのころは髭を剃る必要がなかったからだ。顔を洗ってさえいたのだろうか。

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子どもの頃のメグレにはお湯を運んでくれる者などいなかった。水差しの水が凍りついていることもあった。やがて彼の靴が凍てついた道の上を鳴り響いた。
今は着替えながら、宿の食堂を行ったり来たりするマリー・タタンの気配が聞こえていた。ストーブの火格子をゆすり、食器をぶつけ合わせ、コーヒーミルを回している。
上着を着込み、外套を羽織った。部屋を出る前に、財布から一枚の紙を取り出した。役所の送り状がピンで留めてあり、こう記されていた。

「ムーラン市警察。パリ司法警察へ参考までに転送。」
続いて方眼紙が一枚。几帳面な筆跡で。
この紙は何日もオルフェーヴル河岸の事務室をたらい回しにされていた。メグレがたまたま目にとめ、首をかしげた。

「サン・フィアクル、マティニョンの近くか」

「たぶんそうでしょう。ムーランからこちらへ回されてきたのですから」
そしてメグレはその紙をポケットに入れた。サン・フィアクル!マティニョン!ムーラン!彼にとってはほかのどんな言葉よりもなじみ深い地名だった。
彼はサン・フィアクルで生まれた。父はその地の城で三十年間、管理人を務めていた。最後にそこへ行ったのは、ちょうど父が死んだ時だった。父は教会の裏手の小さな墓地に葬られた。
『殺人が行われる。第一ミサのあいだに』
メグレは前日に到着していた。泊まったのは村でただ一軒の宿屋、マリー・タタンの宿だった。

彼女はメグレに気づかなかった。だがメグレのほうは、彼女の目のせいですぐにわかった。昔、斜視の小さな女の子と呼ばれていたあの子だった。ひ弱な小娘が、さらに痩せた独身女になり、斜視はますます目立ち、広間で、台所で、兎や鶏を飼っている中庭で、休みなく動き回っているのだった。
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警部は階下へ降りた。下は石油ランプで灯されていた。隅に食事の支度がしてあった。粗い灰色のパン。チコリ入りコーヒーの匂い、煮立った牛乳。


「今日みたいな日に聖体拝領をなさらないなんて、いけませんよ!それもわざわざ第一ミサに行かれるのに。ああ、もう二度目の鐘が鳴っています!」
鐘の声はか細かった。道を歩く足音が聞こえた。マリー・タタンは台所へ駆け込み、黒いワンピースに着替え、糸の手袋5をはめ、まげのせいでまっすぐにかぶれない小さな帽子を被った。

「食べ終わったらドアに鍵をかけてください」

「いや、もう準備できています」

女は男性と連れ立って歩くことを恥ずかしく思っていた。パリから来た男性と!彼女は小柄で前屈みになりながら、冷たい朝の空気の中をちょこちょこと歩いた。枯れ葉が舞って地面に散った。その乾いたかさこそいう音が夜の間に霜が降りたことを告げていた。

ほかにもいくつかの人影がうっすらと明かりのともる教会の扉に向かって集まっていた。鐘はまだ鳴り続けていた。低い家々の窓にいくつかの明かり。早朝ミサに間に合わせようと急いで着替える人々だ。
メグレは昔の感覚を取り戻していた。冷気、ひりひりする目、凍えた指先、コーヒーの後味。そして教会に入ると、温かい空気と柔らかな光がどっとあふれ、ろうそくと乳香の匂いが漂った。

「お先にごめんなさい。私の祈禱台6がありますから」と彼女は言った。
メグレは赤いビロードのひじ掛けのついた黒い椅子を見て、斜視の少女の母親である年老いたタタン婆さんのものだと気づいた。
鐘つき係が放したロープが教会の奥でまだ揺れていた。世話役はろうそくに火を灯し終えようとしていた。

眠そうな顔ばかりのこの幽霊のような集まりには何人いるのだろう。せいぜい十五人ほどだ。男は三人しかいなかった。世話役と鐘つき係とメグレだけだ。
「犯行に及ぶ。」
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ムーランでは警察は悪質ないたずらだと思い、気にかけなかった。パリでは警部が出かけていくのを見て、不思議がられていた。
メグレには祭壇の右手にある扉の向こうで物音が聞こえていた。そしてそこで何が起きているかを一秒ごとに思い描くことができた。聖具室、遅れてきた侍者の少年、一言も言わずに祭服をまとい、両手を合わせ、祭壇へ向かう司祭。その後ろには法衣に足を取られながらついていく少年がいた。
少年は赤毛だった。彼が鈴を鳴らした。典礼の祈りの低い声が始まった。
「第一のミサのあいだに」
メグレは影のような人影を一人ずつ見ていた。年老いた女が五人、そのうち三人は自分専用の祈禱台を持っていた。太った農婦が一人。もっと若い農村の女たちと、子どもが一人。
外で自動車の音がした。車の扉がきしむ音。小さく軽い足音。そして喪服の婦人が教会の中を端から端まで横切った。

奥には城の人々のために取ってある一列の聖職者席があった。よく磨かれた古い木の、硬い席だった。女はそこへ音もなく腰を下ろした。農村の女たちの視線がその姿を追っていた。
『永遠の安息を彼らに与えたまえ、主よ』
メグレはまだ司祭に応答することもできたかもしれない。昔はほかのミサよりも死者のためのミサのほうが好きだったことを思い出して、彼は微笑んだ。祈祷文が短いからだった。十六分で終わったミサのことまで覚えていた。
だがもう彼はゴシック風の席に座った女から目を離せなくなっていた。横顔がかろうじて見えるだけだった。彼はそれがサン・フィアクル伯爵夫人なのかどうか、ためらっていた。

『怒りの日、その日は』
やはり彼女だった。しかし彼が最後に見たとき、彼女は二十五、六歳だった。背が高く、ほっそりした、もの悲しげな女で、庭園の遠くにその姿を見かけることがあった。
そして今ではもう六十歳をとうに過ぎているはずだった。彼女は熱心に祈っていた。こけた顔をしていた。長すぎるほど細い手で、祈祷書を強く握りしめていた。

7
メグレは藁敷きの椅子の最後列に陣取っていた。大ミサでは五サンチーム取られるが、低ミサでは無料の席だ。
「……第一ミサのあいだに……」
最初の福音書の朗読で皆と一緒に立ち上がった。あちこちの細かいものが目に入り、次々と昔の記憶がよみがえった。ふと思った。
「死者の日には同じ司祭が三回ミサを行う」
かつては二回目と三回目の間に司祭館で食事をとったものだ。半熟卵と山羊のチーズ!
ムーランの警察が正しかったのかもしれない!犯罪など起きるはずがない!世話役は伯爵夫人から四席ほど離れた聖歌隊席の端に腰を下ろしていた。鐘つき係は自分の出し物を見届けようとしない興行主のように、重い足音を立てながら立ち去っていた。
男はもうメグレと司祭しかいなかった。若い神秘主義者のような燃える目をした司祭だった。メグレが知っていた老司祭とは違い、急ぎもせず、詩節を半分省略することもしなかった。
ステンドグラスが白んできた。外では夜が明けていた。農場から牛の鳴き声が聞こえた。
やがて全員が聖体奉挙7に向かって頭を垂れた。侍者の細い鈴がチリンと鳴った。

聖体拝領に進まなかったのはメグレだけだった。女たちは全員手を組み合わせ、無表情の顔で拝領台へと進み出た。ホスチア8はあまりにも白く、非現実的に見えるほどだった。一瞬司祭の手に渡ってから消えていった。
ミサは続いた。伯爵夫人は両手で顔を覆っていた。
天にましますわれらの父よ……
われらを誘惑に陥れることなく……
老婦人の指がゆっくりと開き、やつれた顔が現れ、祈祷書が開かれた。

あと四分!祈祷、最後の福音書!そうすれば退出だ!犯罪など起きなかったことになる!
予告状には確かにこう書いてあった。第一ミサのあいだに、と。
もう終わりだという証拠に、世話係が立ち上がり、聖具室へと入っていった。
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サン=フィアクル伯爵夫人は再び両手で顔を覆っていた。動かなかった。ほかの老婆たちも同じように身動き一つしなかった。
『ミサは終わりました』
その時になって初めて、メグレは自分がどれほど緊張していたかを感じた。ほとんど気づかぬうちに。思わず深いため息が漏れた。最後の福音書が終わるのを焦れながら待った。外の新鮮な空気を吸い、人々が動き回り、とりとめない話し声を聞きたかった。
老婆たちが一斉に目覚めた。教会の冷たい青いタイルの上で足が動いた。農家の女が一人出口へ向かい、また一人が続いた。世話役が消し棒を持って現れ、ろうそくの炎が消えて青い煙の細い筋が立ち上った。
夜が明けた。灰色の光が隙間風とともに中央通路へ差し込んだ。
残る人影が三人、二人、椅子が動いた。もう伯爵夫人しか残っていなかった。メグレの神経が焦れて張り詰めた。
仕事を終えた世話役がサン=フィアクル夫人を見た。一瞬躊躇の色がその顔に浮かんだ。同じ瞬間、警部が進み出た。
二人は彼女のすぐそばで、その微動だにしない姿を不審に思いながら、組み合わせた手に隠された顔を見ようとした。メグレはおそるおそる肩に触れた。すると体がかすかな均衡を失ったように揺れ、床に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

サン=フィアクル伯爵夫人は死んでいた。
遺体は聖具室に運ばれ、三脚の椅子を並べた上に横たえられた。世話役は村の医者を呼びに走って出ていった。
メグレは自分の存在が場違いであることを忘れていた。若い司祭の燃えるような目に疑念の色が宿っているのに気づくまでしばらくかかった。

「あなたは何者ですか?なぜ」

「司法警察の警部メグレです。」

彼は司祭の顔を正面から見た。三十五歳ほどの整った顔立ちだが、その厳しさは昔の修道士の激しい信仰を思わせた。
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深い動揺が彼を揺さぶっていた。さっきより力のない声がつぶやいた。

「まさか、そんなことをおっしゃるのでは?」
まだ誰も伯爵夫人の服を脱がせる勇気はなかった。唇に鏡を当ててみたが、無駄だった。心臓の音を聞いたが、もう打っていなかった。

「傷は見えん」
メグレはそう答えるだけだった。
そして彼はあたりを見まわしていた。三十年がたっても、何ひとつ細部の変わっていない、動かぬままのその光景を。ミサ用の小びんは同じ場所にあり、次のミサのために用意された祭服も、侍者の長衣と白衣もそこにあった。
尖頭窓から入ってくるくすんだ朝の光が、油ランプの光を薄めていた。
そこは暑くもあり、寒くもあった。司祭は恐ろしい考えに責め立てられていた。
惨事だ!メグレには最初、その意味がよくわからなかった。しかし子どものころの記憶が、空気の泡のように次々と浮かび上がってきた。
『罪が犯された教会は、司教によってもう一度清められなければならない』
どうして殺人などありえたのか?銃声は聞こえなかった!誰も伯爵夫人に近づかなかった!ミサの間じゅう、メグレはほとんど彼女から目を離さなかったのだ!
しかも血は流れていない。見える傷もない!

「二度目のミサは七時だったな?」
医者の重い足音が聞こえてきたとき、それは救いだった。血色のよい男で、その場の空気に圧倒され、警部と司祭をかわるがわる見た。

「死んでいるのか?」と彼は尋ねた。

それでも医者はためらわず、司祭が顔をそむけるあいだに、胴着の留め具を外した。教会の中には重い足音が響いた。それから鐘つきが鐘を動かし始めた。七時のミサの第一鐘だった。

「考えられるのは塞栓ぐらいです。私は伯爵夫人のかかりつけ医ではありませんでした。夫人はムーランの同業者に診てもらうほうを好んでいましたから。だが、二、三度、城館へ呼ばれたことはあります。心臓はひどく悪かったのです」
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聖具室は狭かった。三人の男と死体だけで、そこはいっぱいだった。七時のミサは大ミサだったので、二人の侍者の少年がやってきた。

「夫人の車は外にあるはずだ!」とメグレは言った。城へ運んでやれ」
そして彼は司祭の不安に満ちた視線が、まだ自分に重くのしかかっているのを感じていた。司祭は何かを察したのだろうか?いずれにせよ、聖具係が運転手の助けを借りて遺体を車へ運んでいるあいだに、司祭は警部のそばへ近づいてきた。


「本当に大丈夫なのですか。私にはまだ二つのミサをあげなければなりません。今日は死者の日で、信者たちが」
伯爵夫人が塞栓症で亡くなったのなら、司祭を安心させる権利がメグレにあったのではないだろうか?

「医者の言葉を聞いたでしょう」

「でもあなたは今日ここへ、よりによってこのミサに来た」
メグレは動揺を見せまいと努めた。

「偶然です。父があなたの教会の墓地に眠っているので。」
そして彼は車のほうへ足を速めた。それは古い型のクーペで、運転手がクランクを回していた。医者はどうしたらよいのかわからずにいた。広場には何人か人がいて、何が起きているのか理解できずにいた。

「一緒に来てください」
しかし車内は死体でいっぱいだった。メグレと医者は座席の横に身を寄せ合った。


「私の言ったことに驚いておいでのようですね」とまだすっかり落ち着きを取り戻していない開業医がつぶやいた。「事情をご存じなら、たぶんおわかりになるでしょう。伯爵夫人は」
彼は黒いお仕着せ姿の運転手が、うつろな顔で車を走らせているのを見て、口をつぐんだ。車は傾斜した大広場を横切っていた。一方には土手の上に建てられた教会があり、もう一方にはその朝、毒を帯びたような灰色をしていたノートルダム池があった。
マリー・タタンの宿屋は右手にあった。村の最初の家だった。左手には樫の並木道があり、そのいちばん奥には城館の暗いかたまりが見えた。
空は一面に同じ色で、スケート場のように冷たかった。


「これからいろいろもめますよ。司祭があんなひどい顔をしているのは、そのせいです」
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医者のブシャルドンは農民の生まれで、父も農民だった。茶色の狩猟服に長いゴム長靴をはいていた。

「池へ鴨を撃ちに出かけるところでした」

「ミサには行かないのですか?」
医者は片目をつぶってみせた。

「それでも、前の神父さんとは仲よくやっていたんですよ。だが、今度の神父さんは」
車は庭園へ入っていった。いまでは城の細部が見分けられた。鎧戸でふさがれた一階の窓、建物のうち古い部分として残っている二つの隅の塔。
車が玄関前の石段のそばに停まると、メグレは地面すれすれの鉄格子つきの窓から中をのぞきこんだ。すると、湯気でいっぱいの台所と、山鶉の羽をむしっている太った女の姿が見えた。運転手はどうしてよいのかわからず、クーペの扉を開ける勇気もなかった。

「ジャンはまだ起きていないはずです」

「誰でもいいから呼びなさい。この屋敷にはほかに召使いはいるのか」
メグレの鼻はつんと冷えていた。本当に寒かった。彼は中庭に立ったまま、パイプに煙草を詰めはじめた医者と一緒に待っていた。


「ジャンとは誰だ?」
ブシャルドンは肩をすくめ、妙な笑みを浮かべた。

「じきにお会いになりますよ」

「いいから、誰なんだ?」

「若い男です。感じのいい若い男ですよ」

「親類か?」

「そうお思いなら。彼なりにはね。まあ、最初から言ってしまったほうがいいでしょう。伯爵夫人の愛人です。表向きは秘書ということになっています」
メグレは医者の目を見つめていた。彼と一緒に学校へ通っていたことを思い出していたのだ。ただし、誰もメグレだとは気づかなかった。彼は四十二歳になっていた。体にも肉がついていた。
城のことなら、メグレは誰よりもよく知っていた。とくに付属建物を。ほんの数歩歩けば、自分が生まれた管理人の家が見えるはずだった。

そして、彼をこれほど動揺させていたのは、たぶんそうした記憶だった。なかでも、彼が知っていたサン=フィアクル伯爵夫人の記憶だった。当時の彼女は、庶民の子どもだった少年メグレにとって、女性らしさのすべて、優美さのすべて、気高さのすべてを一身に表した若い女だった。
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彼女は死んでいた!まるで物のようにクーペに押し込まれ、足を折り曲げなければならなかった!胸元のボタンさえ留め直されず、白い肌着が喪服の黒からはみ出していた!
「犯行に及ぶ」
だが医者は塞栓症だと言い張っている!いったい何者がそんなことを予見できたのか?そしてなぜ警察を呼んだのか?

城の中では人が走り回っていた。ドアが開いては閉まった。半分しか制服を着ていない執事が正面玄関を少し開け、踏み出すのをためらっていた。その後ろにパジャマ姿の男が現れた。髪は乱れ、目は疲れていた。

「何事だ?」
彼は、そう叫んでいた。

「ひも野郎です」
皮肉屋の医者がメグレの耳にぼそりと言った。
料理女にも知らせが届いていた。地下の窓から黙って外を見ていた。屋根裏の使用人部屋の天窓がいくつか開いた。

「伯爵夫人を寝室に運ばないか!何をぐずぐずしている!」
メグレは憤慨して怒鳴った。何もかもが冒涜に思えた。子どもの頃の記憶とあまりにかけ離れていたから。道義的な不快感だけでなく、体が拒絶反応を起こすほどだった。
「犯行に及ぶ」

ミサの二度目の鐘が鳴っていた。人々は急いでいるはずだ。遠くから馬車で駆けつけた農民もいた!墓地の墓前に供える花を持って。
ジャンは近づく勇気がなかった。ドアを開けた執事は茫然と立ち尽くすだけでそれ以上何もしなかった。

「奥様……奥様が……」
執事が口ごもった。

「いつまでもそこに置いておくつもりか!」

なぜ医者が皮肉な笑みを浮かべているのか。メグレは有無を言わさず命じた。
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「さあ!二人、来い!お前だ!」
運転手を指さした。

「それとお前!」
別の使用人を指さした。

「夫人を寝室に運べ!」
二人がクーペの方にかがみ込むと、玄関ホールで電話が鳴り響いた。

「電話だ!こんな時間に妙だな!」
ブシャルドンがぼやいた。
ジャンは出ようとしなかった。茫然自失の様子だった。メグレが中に駆け込み、受話器を取った。


「もしもし!ああ、城だ」
すぐそこからかけているようなはっきりした声が聞こえた。
「母をお願いします。ミサから戻っているはずで。」

「どなたです?」
「サン=フィアクル伯爵だ。そんなことはどうでもいい。母を出してくれ」

「ちょっと待て。どこからかけているか言ってくれますか?」
「ムーランだ!だから、くそっ、いいから早く」

「すぐに来なさい!その方がいい。」
メグレはそれだけ言って電話を切った。
そして壁に背を押しつけ、二人の使用人が遺体を運んで通り過ぎるのを待った。

- 扉をかくとは、フランスでは|他人の部屋を訪ねる際に、|特に|使用人が主人の部屋を訪ねる時など、|目下の者が|遠慮がちに存在を知らせる作法として、|ドアを|ノックするのではなく|爪で軽くひっかくことがありました。
ノックよりも|はるかに|小さく|控えめな音で、|起こしてしまうかもしれないという|遠慮が|滲み出ている動作です。
↩︎ - 聖体拝領とは、カトリックの|ミサにおける|最も重要な儀式です。||イエス・キリストの|「最後の晩餐」に|由来するもので、|信者が|祭壇に進み出て、|司祭から|ホスチア(小麦粉で作った|薄い白い円形のパン)を|受け取ります。
カトリックの信仰では、|このパンは|キリストの体に|変化していると|されます(化体説)。
マリー・タタンが|早朝に|メグレに囁いた
「聖体拝領を|受けられますか?」
という問いかけは、|死者の日の|早朝ミサで|信者が|拝領するかどうかを|確認するもので、|当時の|フランス農村では|ごく自然な|朝の挨拶でした。
↩︎ - サン=フィアクルは架空の村です。||しかしモデルとなったのは|実在するパレ=ル=フレジル村(Paray-le-Frésil)で、|ムーランの|北東約20キロに|位置する|アリエ県の村です。||まさにこの村にある城で|シムノンは|メグレという|キャラクターを|創り上げました。
シムノンは|1922〜23年、|トラシー侯爵の|秘書として|パレ=ル=フレジルに|滞在しました。
侯爵を|「第二の父」と|呼ぶほど|深く影響を受け、|その|土地と|城での生活の|知識が|後に|この小説の|舞台として|よみがえりました。
つまり作中の|ジャン・メタイエ(伯爵夫人の秘書兼愛人)は|シムノン自身が|投影された|人物です。
この|ブルボネ地方での|短い滞在が|シムノンに|決定的な|影響を与えました。||「存在すら|知らなかった世界の|啓示を受けた」と|後に語り、|農民の行動、|状況、|会話、|そして|ブルボネ地方の|凍えるような|風景を|スポンジのように|吸収した、と|記録されています。||この体験を経て|作家として|生きる|決意を|固めました。
つまりこの小説は|シムノン自身の|青春の記憶を|メグレに|重ね合わせた、|きわめて|私的な|作品でもあります。
↩︎ - 万霊節は、カトリックで、亡くなったすべての信者の霊のために祈る日です。
フランス語では Jour des morts、または Commémoration des fidèles défunts と言います。日付は通常、11月2日です。
前日の 11月1日 は 万聖節、つまり Toussaint で、すべての聖人を記念する日です。これに対して、万霊節は、聖人に限らず、亡くなった人々、特に死者の霊のために祈る日です。
↩︎ - filは|「糸」「綿糸」を意味し、|gants de filは|木綿糸や|麻糸で|編んだ|薄手の手袋のことです。
当時のフランス農村では、|ミサや|日曜礼拝など|正装が必要な場面に|女性が|身につける|礼儀作法の小物でした。||革手袋ほど|高価ではなく、|庶民の|女性が|「よそ行き」として|持つ|手袋です。
マリー・タタンにとっては|おそらく|唯一の外出用手袋で、|黒いワンピースと|傾いた小帽子とともに|「精一杯の正装」を|表しています。||彼女の|つつましく|貧しい|暮らしぶりが|にじみ出る|小道具です。
↩︎ - 私の祈祷台とは、教会での「専用席」です。
当時の|フランス農村の|教会では、|地主・貴族・有力者の家が|代々決まった席と|祈り台を|持つ慣習がありました。||賃貸料を|教会に|払って|確保する|「席の権利」(droit de banc)という|制度です。
マリー・タタンが|持つ|祈り台は|母親の代から受け継いだもので、|「年老いたタタン婆さんの|赤いビロードの|ひじ掛けのついた|黒い椅子」と|原文に|描写されています。
↩︎ - 聖体奉挙(せいたいほうきょ)élévation(エレヴァシオン)は、司祭が|パンとぶどう酒を|キリストの体と血に|変える瞬間です。||司祭が|ホスチア(薄いパン)を|高く|掲げ、|信者は|頭を|垂れて|礼拝します。||侍者が|小さな鈴を|鳴らして|その瞬間を|知らせます。
つまり|信者が|受け取る前の|準備段階です。
聖体拝領(せいたいはいりょう)communion(コミュニオン)は、信者が|祭壇の|拝領台へ|進み出て、|司祭から|ホスチアを|直接|受け取る儀式です。||口を|開けて|舌の上に|置いてもらうのが|当時の作法でした。
↩︎ - ホスチア(Hostia)とは、ラテン語で|「いけにえ」を|意味します。||小麦粉と|水だけで|作った|薄くて|丸い|白いパンで、|直径は|数センチほどの|小さなものです。
聖体拝領では、司祭が|ミサの中で|これを|キリストの体に|変え(聖体奉挙)、|信者の|舌の上に|直接|置きます。||当時は|手で|受け取ることは|許されていませんでした。
↩︎


