テールヌヴァの溜まり場|第四章 苛立ちの中で

テールヌヴァの溜まり場

『Brille Editor System ver.8』用の『BESファイル』を、ZIPファイルに圧縮して公開しています。(2026年4月1日現在 作成中)

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「わたしは」と|フェカンの|警察署長が|青い鉛筆を|削りながら|言った。
「正直、|あまり|期待して|いない。||船乗りの|事件が|解決されることは|めったに|ない!||港で|毎日のように|起きる|ありふれた|けんかの|真相を|突き止めようとしてみてくれ。||部下が|到着するころには|取っ組み合いを|している。||制服を|見たとたんに|今度は|みんな|一致団結して|こちらに|向かってくる!||聴取してみると、|みんな|嘘をつく!||食い違う!||あまりにも|うまく|かき乱すので、|最後には|諦めるしかない」


四人が|すでに|煙草の煙で|充満した|執務室で|くゆらせていた。||夜だった。||捜査を|正式に|担当している|ル・アーヴル|機動捜査班の|警部1が、|若い刑事を|連れて|来ていた。

メグレは|個人的な|立場で|出席していた。||隅の|テーブルの|端に|座って、|まだ|何も|言っていなかった。


「でも|単純じゃないですか!」と|刑事が|上司の|顔色を|うかがいながら|口を|挟んだ。「犯行の|動機は|盗みでは|ない。||だとすると|恨みだ。||航海中に|船長が|最も|手ひどく|扱ったのは|誰ですか?」


しかし|ル・アーヴルの|警部は|肩を|すくめ、|刑事は|赤くなって|黙った。


「でも」


「いや、|違う!||ほかに|何かある。||まず|あなたが|見つけた|女だ、|メグレ。||見つけ出せるよう|憲兵隊に|手配しましたか?||どうも|女の|役割が|つかめない。||船は|三か月|出ていた。||荷降ろしの|ときも|誰も|見ていない。||無線係は|婚約者が|いる。||船長の|ファリュも|浮いた話の|ない|男だと|言われていた。||それなのに|殺される|少し前に|遺言状を|書いている」


「その|遺言状を|誰が|ここに|届けたかも|気に|なります」と|メグレは|ため息を|ついた。
「ベージュの|レインコートを|着た|若い記者が|いますが、|ルーアンの|エクレール紙に|オセアンは|タラ漁以外の|別の|任務を|帯びていたと|書いています」


「毎回|そういう話が|出る!」と|フェカンの|署長は|ぶつぶつ|言った。


会話は|だれていた。||長い|沈黙の中で|メグレの|パイプが|ぷつぷつ|いう音が|聞こえ、|彼は|立ち上がった。

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「この事件の|特徴を|一言で|言えと|言われたら、|怒りの|もとに|ある事件だと|答えます。||トロール船から|来るもの|すべてが|険悪で、|張りつめていて、|荒れている。||テール=ヌーヴァの|集合場所では|乗組員が|酔って|けんかする。||婚約者を|連れて|行った|無線係は|苛立ちを|抑えられず、|あまり|うれしそうな|顔も|しない。||余計な|お世話だと|言わんばかりで!||イポールでは|主任機関士が|妻を|どなりつけ、|おれを|犬のように|迎えた。||さらに|同じように|苛立っている|二人を|見つけた。||アデル|という女と|その連れで、|浜辺で|口論して、|仲直りしたと|思ったら|消えてしまった」


「それで|どう|結論づけますか?」と|ル・アーヴルの|警部が|聞いた。


「私は|結論を|出さない!||ただ|気の荒れた|連中の中を|うろついている|気がするだけです。||では|これで。||私は|休暇で|来ているだけなので!||女房が|ホテルで|待っています。||イポールの|女と|灰色の車の|男が|見つかったら|知らせてください、|署長」

「わかった!||それでは!」

メグレは|町の中を|横切らずに、|両手を|ポケットに|突っ込み、|パイプを|くわえたまま|埠頭沿いを|歩いた。||船渠は|黒い|四角形で、|まだ|荷降ろしを|続けている|オセアンの|ランプだけが|光っていた。

「苛立ちの中で!」と|ひとりごとを|言った。

誰も|気に|しなかった。||船に|乗り込むと、|甲板を|あてもなく|歩き、|前甲板の|ハッチから|明かりが|見えた。||身を|かがめると、|顔に|熱気が|当たり、|兵舎と|食堂と|魚屋を|一緒に|したような|においが|漂ってきた。

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鉄の|階段を|降りると、|三人の男が|膝の上に|置いた|トレイで|食事を|していた。||灯りは|ジンバル2に|取り付けられた|石油ランプ。||部屋の|真ん中には|垢に|まみれた|鋳鉄の|ストーブ。

仕切り壁沿いに|四段の|寝台が|並んでいた。||藁が|残っているものも|あれば、|空のものも|あった。||長靴や|黄色い|防水帽が|ぶら下がっていた。

三人の中で|プチ・ルイだけが|立ち上がった。||他の|二人は|ブルトン人と|裸足の|黒人だった。


「ご飯は|うまいか!」と|メグレは|ぶっきらぼうに|言った。


うなり声が|返ってきた。


「仲間は|どこだ?」


「家に|決まってるだろ!」と|プチ・ルイが|言った。
「行くところが|なくて|一文なしじゃなきゃ、|航海|していないときに|こんなところに|いるやつは|いない」


薄暗さと|とりわけ|においに|慣れる|必要が|あった。||四十人の男が|身動きするたびに|誰かに|ぶつかるような|狭さで|生活していたときの|様子が|想像できた。

四十人の|男が|長靴を|はいたまま|寝台に|転がり込み、|いびきを|かき、|たばこを|かみ、|煙草を|吸って|いたのだ!


「船長が|ここに|来ることは|あったか?」


「一度も|ない」


エンジンの|息づかい、|石炭の|におい、|煤、|熱で|焼ける|金属の|壁、|海の|うねりが|叩きつける|音が|想像された。


「一緒に|来い、|プチ・ルイ!」


メグレは|プチ・ルイが|後ろで|他の|二人に|向かって|見得を|切るような|仕草を|するのを|見とがめた。

しかし|甲板に|上がると、|影に|包まれた|その場で|強がりは|すっかり|消えていた。


「何なんだ?」


「別に。||待て。||仮に|航海中に|船長が|死んだとしたら、|誰かが|船を|港に|戻せたか?」


「無理かもな。||二等航海士は|位置測定が|できない。||もっとも|無線装置を|使えば|無線係が|いつでも|位置を|確認できると|言うやつも|いるが」

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「無線係と|よく|会っていたか?」


「全然!||今みたいに|船の中を|自由に|行き来できると|思わないでくれ。||持ち場は|それぞれ|決まっていて、|何日も|何日も|自分の|持ち場に|いる。||ずっと|そこに|いるんだ」


「主任機関士とは?」


「あいつとは|毎日のように|会っていた」


「どんな様子だった?」


プチ・ルイは|急に|そわそわ|しだした。


「知るもんか!||何が|わかるというんだ?||あなたも|見てみろ、|何もかも|うまく|いかなくて、|ボーイが|海に|落ちて、|蒸気の|継手が|飛んで、|船長が|魚も|いない|場所で|トロール網を|引かせ続けて、|一人が|壊疽3に|かかって、|何もかも|ひどい目に|あったら、|神様に|向かっても|罵倒|するだろう!||ちょっとしたことで|誰かの|顔に|拳を|くらわせたくなる!||おまけに|船長が|おかしくなったと|言われたら!」


「おかしく|なっていたのか?」


「直接|聞きに行った|わけじゃない。||それに」


「それに?」


「どうせ|誰かが|話すだろう。||上の方で|三人が|拳銃を|手放さなかったらしい。||三人が|互いに|監視し合い、|怖がり合っていた。||船長は|ほとんど|船室から|出なかった。||海図、|コンパス、|六分儀など|すべて|船室に|持ち込んで」


「それが|三か月|続いたのか?」

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「そうだ!||まだ|聞くことが|あるか?」

「ありがとう。||行って|いいぞ」

プチ・ルイは|名残惜しそうに|離れ、|しばらく|ハッチの前に|立って|パイプを|ゆっくり|くゆらせている|警部を|眺めていた。

開いた|船倉から|アセチレンランプの|灯りの中で|タラの|荷降ろしが|まだ|続いていた。||しかし|メグレは|貨車も|荷役人夫も|埠頭も|桟橋も|灯台も|忘れたかった。

彼は|鉄板の|世界の上に|立ち、|目を|細めて、|大海原を|思い浮かべていた。||船首が|休みなく|切り裂いていく|うねりの|平原、|一時間ごと、|一日ごと、|一週間ごとに|続く。

『今みたいに|自由に|行き来できると|思わないでくれ』

機関室の|男たち。||前甲板の|男たち。||そして|後甲板に|ほんの|一握りの|人間:|船長、|二等航海士、|主任機関士、|無線係。

羅針盤を|照らす|小さな|照明灯。||広げられた|海図。

三か月!

帰港したとき、|ファリュ船長は|自らの|命を|絶つ|意思を|示した|遺言状を|書いていた。

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着岸から|一時間後、|彼は|絞め殺されて|船渠に|投げ込まれた。

ベルナール夫人は|これで|釣り合いの|取れた|結婚が|できなくなったと|嘆いていた!||主任機関士は|妻に|怒鳴り散らしていた!||アデルという女は|見知らぬ男に|食ってかかっておきながら、|メグレが|赤インクで|塗りつぶされた|自分の|写真を|突きつけた|とたんに|その男と|一緒に|逃げ出した!

無線係の|ル・クランシュは|牢屋の中で|険悪な|顔を|していた!

船は|ほとんど|揺れなかった。||胸が|静かに|上下するような|微かな|動き。||前甲板の|三人の|うちの|一人が|アコーディオンを|弾いていた。

メグレは|振り返ると|埠頭に|二つの|女の|シルエットを|見つけ、|急いで|タラップを|渡った。


「ここで|何を|している?」


語気が|荒かったことに|彼は|赤くなった。||この|劇の|登場人物全員を|とりつかせている|狂気に、|自分も|引きずられて|いることを|意識したからだった。


「船を|見たくて」と|メグレ夫人は|

|おとなしく|言った。


「わたしが|無理に|誘ったんです!」と|マリー・レオンネクが|口を|挟んだ。


「まあ|いい!||夕食は|済んだか?」


「もう|十時よ。||あなたは?」


「ああ。||ありがとう」


テール=ヌーヴァの|集合場所だけが|まだ|明かりを|ともしていた。||桟橋に|数人の|シルエットが|見えた。||真面目に|夜の|散歩を|している|観光客たちだった。


「何か|わかりましたか?」と|ル・クランシュの|婚約者が|聞いた。


「まだだ!||たいして|わかっていない!」


「お願いが|あるんですが、|言いにくくて」


「言って|みなさい!」


「ピエールの|船室を|見たい。||いいですか?」


メグレは|肩を|すくめながら|彼女を|連れて|行った。||メグレ夫人は|タラップを|渡るのを|断った。

金属の|箱のような|部屋だった。||無線装置、|鉄板の|テーブル、|ベンチ、|寝台。||仕切り壁に|ブルターニュの|衣装を|着た|マリー・レオンネクの|写真。||床に|古い|靴、|寝台に|ズボンが|置いて|あった。

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若い女は|好奇心と|喜びの|まざった|気持ちで|その|雰囲気を|吸い込んでいた。

「そうか!||想像していたのと|少し|違う。||靴が|一度も|磨かれていない。||ほら!|いつも|このグラスで|飲んでいたんですね、|洗わずに」


変わった|女だった!||内気さ、|弱さ、|きちんとした|育ちと、|一方では|強さと|大胆さが|入り混じっていた。||彼女は|ためらった。


「船長の|船室も|見せて|もらえますか?」


メグレは|かすかに|微笑んだ。||心の底では|何か|発見しようと|期待しているのが|わかったからだ。||彼女を|連れて|行き、|甲板にあった|ランタンも|取ってきた。


「こんな|においの中で|どうやって|生活できるんでしょう?」と|彼女は|ため息を|ついた。


あたりを|注意深く|見回した。||恥ずかしそうに|もじもじしながら|口を|開いた。


「なぜ|ベッドが|高く|なっているんですか?」


メグレは|パイプの火が|消えた。||鋭い|観察だった。||乗組員は|みんな|船の|構造の|一部のような|寝台に|寝ていた。||船長だけが|鉄製の|ベッドを|持っていた。

そして|足の|それぞれに|木の|角材が|置かれていた。


「おかしいと|思いませんか?||まるで」


「それで!」


不機嫌さが|すっかり|消えていた。||メグレは|若い女の|青ざめた|顔が|考えと|喜びで|引きつるのを|見ていた。


「まるで、|笑わないで|ください!||ベッドの下に|誰かが|隠れられるように|高く|してあるみたいで。||木の|角材が|なければ|スプリングが|低すぎて|入れない。||でも|これだと」


メグレが|止める|間もなく、|汚れた|床なのに|かまわず|彼女は|ベッドの下に|もぐり込んだ。


「入れます!」と|彼女は|言った。


「そうか。||出て|来い!」


「ちょっと|待ってください。||ランタンを|貸してもらえますか、|警部さん?」


黙った。

メグレは|中で|何を|しているのか|わからず、|じりじり|してきた。


「どうだ?」


「ちょっと|待って!」


突然|出てきた。||グレーの|スーツが|汚れだらけで、|目が|興奮で|輝いていた。


「ベッドを|引いて|みて!||見えますよ!」

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声が|かすれていた。||手が|震えていた。||メグレは|乱暴に|ベッドを|隔壁から|引き離して|床を|見た。

「何も|見えない」


彼女が|答えないので|振り返ると、|泣いていた。


「何を|見たんだ?||なぜ|泣いている?」


「ここを。||読んで!」


かがんで|ランタンを|床に|ぴったり|当てなければ|ならなかった。||すると|針か|釘のような|もので|木に|刻まれた|文字が|見えた。

ガストン|―|オクターヴ|―|ピエール|―|アン……

最後の|言葉は|途中で|終わっていた。||しかし|急いで|書いたものでは|なかった。||ある文字は|一時間以上|かかったに|違いない!||退屈しのぎに|引くような|飾り罫や|線が|あった。


おかしみを|添えていたのは|「オクターヴ」という|名前の|上に|描かれた|鹿の角が|二本だった。

若い女は|部屋の|真ん中に|引き出された|ベッドの|端に|座って、|まだ|黙って|泣いていた。


「妙だな!||もし|わかれば」と|メグレは|ぶつぶつ|言った。


すると|彼女は|勢いよく|立ち上がった。


「そうよ!||そういうことなんです!||ここに|女が|いた!||隠れていた。||それでも|男たちが|会いに|来ていた!||ファリュ船長の|名前は|オクターヴじゃ|ないですか?」


警部は|めったに|ないほど|困った。


「あまり|急いで|結論を|出すな!」と|彼は|言ったが、|まるで|説得力が|なかった。


「でも|書いてある!||すべての|話が|ここに!||四人の男が!」


どう|言えば|落ち着かせられるか?


「刑事事件では|判断する前に|必ず|待たなければ|ならない!||昨日|君は|ル・クランシュが|人を|殺せる人間では|ないと|言っていた」


「そう!||そう思います!||そうですよね?」


それでも|彼女は|希望に|しがみついていた。


「彼の名前は|ピエールです!」

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「知っている。||それで?||船乗りの|十人に|一人は|ピエールという名で、|乗組員は|五十人いた。||ガストンや|アンリという名も|ある」


「どう|思いますか?」


「何も!」

「予審判事に|見せますか?||わたしが|見つけたと|思うと」


「落ち着け!||ベッドが|何らかの|理由で|高くして|あったこと、|誰かが|床に|名前を|書いていたこと、|それだけで|まだ|何も|わかっていない!」


「女が|いたんです!」


「なぜ|女と|わかる?」


「でも!」


「来なさい!||メグレ夫人が|埠頭で|待っている!」


「そうですね」


素直に|彼女は|涙を|拭って|鼻を|すすった。


「来るべきじゃ|なかった。||期待していたのに。||でも|ピエールが|そんなことを|するとは|思えない!||できるだけ|早く|会わせてください!||二人きりで|話します。||手配して|もらえますか?」


タラップを|渡る前に、|彼女は|憎しみを|込めた|目で|黒い船を|見た。||女が|船に|隠れていたと|わかった|今、|もう|前の|船では|なかった。

メグレ夫人が|好奇心|いっぱいに|彼女を|見た。


「泣かないで!||きっと|うまく|いきますよ!」


「いいえ!|いいえ!」と|彼女は|首を|振りながら|絶望的に|言った。


言葉が|出なかった。||息が|詰まっていた。||もう一度|船を|見たかった。||何も|わからない|メグレ夫人が|目で|夫に|問いかけた。


「ホテルへ|送って|やってくれ。||落ち着かせてくれ!」


「何かあったの?」


「はっきりしたことは|何も。||おれは|だいぶ|遅くなる」


二人が|遠ざかるのを|見送った。||マリー・レオンネクは|何度も|振り返り、|メグレ夫人が|子どもを|引っ張るように|連れていかなければ|ならなかった。

メグレは|もう一度|船に|戻りかけた。||しかし|のどが|渇いていた。||テール=ヌーヴァ=溜まり場には|まだ|明かりが|ともっていた。

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あるテーブルでは|四人の|船乗りが|カードを|していた。||カウンターの|そばでは|若い|見習い船乗りが|ウェイトレスの|腰に|腕を|回し、|彼女は|ときどき|小さな|笑い声を|上げていた。

店主は|カードゲームを|見ながら|助言を|与えていた。


「おや!||来ましたか!」と|メグレを|迎えながら|言った。


しかし|あまり|うれしそうでは|なかった。||むしろ|どこか|ばつが悪そうだった。


「さあ、|ジュリー!||警部さんに|何か|出して。||何に|しますか?」


「何も|いらない!||普通の|客として|飲ませてもらえれば」


「気を悪く|しないでください。||おれは|ただ」


今日という日は|怒りの|もとに|終わるのだろうか?||船乗りの|一人が|ノルマンディー方言で|何か|ぼそぼそ|言い、|メグレは|だいたい|こんな意味だと|理解した。

「また|ろくでもない|ことに|なりそうだ!」


警部が|目を|向けると、|相手は|赤くなって|どもった。

「クラブの|切り札!」


「スペードを|出せば|よかった!」と|レオンが|話を|ごまかすように|言った。


  1. 1931年当時のフランスでは、司法警察(Police Judiciaire)はパリにしかありませんでした。地方には司法警察の出先機関はなく、代わりに**機動捜査班(Brigade mobile)**が地方の重大事件を担当していました。
    つまり:
    パリ:司法警察→メグレが所属
    地方(ル・アーヴルなど):機動捜査班→地方の重大事件を担当
    各地の町:地元警察→日常的な治安維持
    フェカンで殺人事件が起きたため、管轄であるル・アーヴルの機動捜査班が正式な捜査担当として派遣されてきたわけです。
    メグレは司法警察の警部ですが、パリから個人的な立場で来ているだけなので、正式な捜査権限はル・アーヴルの機動捜査班警部にあります。メグレが「個人的な立場で出席していた」「隅に座って何も言わなかった」のはそのためです。 ↩︎
  2. ジンバル(cardan)とは、船が揺れても常に水平を保つように設計された支持装置のことです。
    二重または三重のリング状の枠組みで、内側の枠が外側の枠に対して自由に回転できる仕組みになっています。船が傾いても、中に取り付けられた物体(この場合は石油ランプ)が常に垂直を保ちます。
    船の上ではコンパス・ランプ・羅針盤などをジンバルに取り付けることで、波に揺れても安定して使えるようにしていました。
    わかりやすく「揺れ止めに取り付けられた石油ランプ」と言い換えることもできます。 ↩︎
  3. 壊疽(えそ)とは、体の組織が死んで腐敗する病気のことです。
    血液の供給が止まったり、細菌感染が起きたりすることで、皮膚や筋肉などの組織が黒く変色して腐っていきます。
    当時の船上では:
    ・適切な医療設備がない
    ・傷口が不衛生な環境にさらされる
    ・治療が遅れる
    といった理由から、ちょっとした傷でも壊疽になることがあり、最悪の場合は切断手術が必要になる非常に恐ろしい病気でした。
    この場面では、航海中の過酷な環境を表現するためにプチ・ルイが挙げた数々のひどい出来事のひとつとして登場しています。 ↩︎