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「……それに|船長の|給料に|引けを|とらない|貯金が|あるとは|言えないけれど」
メグレは|エトルタ通りの|小さな|家の|玄関先で|ベルナール夫人と|別れた。||五十歳ほどの|年齢より|若く|見える|女性で、|三十分もの|間、|最初の|夫のこと、|下宿人に|なった|ファリュのこと、|二人の|関係について|流れた|うわさ、|そして|ある|見知らぬ女が|間違いなく|「よからぬ女」だ、|ということを|話し続けた。
警部は|家中を|見て|回った。||整頓されているが|趣味の|悪い|ものだらけの|家だった。||ファリュ船長の|部屋は|帰港を|見越して|整えられた|ままに|なっていた。
個人的な|持ち物は|少なかった。||トランクに|入った|衣服、|何冊かの|本、|主に|冒険小説と|船の|写真だった。
すべてが|穏やかで|平凡な|暮らしを|思わせた。

「……はっきり|決まっていた|わけでは|なかったけれど、|お互い|最後は|結婚すると|わかっていました。||わたしは|家と|家具と|リネンを|持ってくる。||何も|変わらずに|静かに|暮らせた。||特に|三、四年後に|恩給が|もらえるように|なれば」
窓から|向かいの|食料雑貨店、|坂道、|子どもたちが|遊んでいる|歩道が|見えた。

「今年の|冬に|あの女と|出会って、|何もかも|おかしくなリました。||あの歳で!||あんな|女に|のぼせあがれる?||それに|秘密にして!||<ル・アーヴル>1か|どこかへ|会いに|行ってたに|違いありません。||一緒に|いるところを|見た者は|いないけど。||何か|あると|感じてました。||より|上質な|下着を|買うようになって。||一度など|絹の|靴下まで!||二人の間には|何も|なかったから、|わたしには|関係ないけど。||自分の|利益を|守ろうと|しているように|見られたくもなかった」
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ベルナール夫人との|会話は、|死んだ男の|人生の|一側面を|照らし出していた。||漁から|帰港するたびに、|中年の|小柄な男が、|冬の間は|ここで|良き|市民として|暮らし、|いずれ|結婚しようと|待っている|ベルナール夫人に|世話を|してもらっていた。
金髪の|口ひげを|蓄えた|最初の|夫の|肖像画が|掛かった|食堂で、|彼女と|食事を|共にした。||食後は|自室に|引きこもって|冒険小説を|読んだ。
ところが|その|平和が|乱された。||別の女が|現れた。||ファリュ船長は|たびたび|ル・アーヴルへ|出かけ、|身なりに|気を|配り、|より|念入りに|ひげを|剃り、|絹の|靴下まで|買って、|下宿の|女主人に|隠していた。
独身で|何の|約束も|していなかった。||自由な身|だったのに、|フェカンで|その|見知らぬ女と|一緒に|いるところを|一度も|見せなかった。
遅い|恋に|芽生えた|大きな|情熱、|大きな|冒険だったのか?||それとも|やましい|関係だったのか?
メグレが|浜辺に|着くと、|妻が|赤い|縞模様の|デッキチェアに|座っていた。||そのそばで|マリー・レオンネクが|裁縫を|していた。
日差しを|浴びた|白い|小石の浜に|何人かの|海水浴客。||穏やかな|海。||そして|桟橋の|向こうに|オセアンが|係留されていて、|タラの|荷降ろしが|まだ|続き、|無口で|ぶっきらぼうな|船乗りたちが|いた。
メグレは|妻の|額に|キスをした。||若い女に|軽く|会釈し、|問いかけるような|彼女の|目に|答えた。

「特に|何も|なし!」
妻が|心配そうな|声で|言った。

「レオンネク|嬢から|一部始終を|聞いたわ。||あの|若者が|本当に|そんなことを|したと|思う?」
三人は|ゆっくりと|ホテルへ|向かった。||メグレが|二つの|折り畳み椅子を|抱えていた。||昼食の|テーブルに|着こうとしたとき、|制服姿の|警官が|やってきて|警部を|探していた。

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「これを|お見せするように|言われました。||一時間ほど前に|届いて」
封を|切られた|黄色い|封筒を|差し出した。||宛名は|なかった。||中に|一枚の|紙があり、|小さくて|きっちりした|几帳面な|字で:

「わたしの死|について|誰も|責めないでほしい。||わたしの|行為を|理解しようとも|しないでほしい。||これが|わたしの|遺言である。||持っているものは|すべて|いつも|よくしてくれた|ベルナール未亡人に|遺す。||ただし|ベルナール夫人には|二つの|お願いが|ある。||金の|クロノメーター2を|彼女も|面識のある|甥に|送ること、|そして|フェカンの|墓地の|母の|そばに|埋葬されるよう|取り計らうこと」
メグレは|目を|丸くした。

「オクターヴ・ファリュの|署名だ!」と|小声で|言った。
「この手紙は|どうやって|警察署に|届いたんだ?」

「わかりません。||郵便受けに|入って|いました。||本人の|筆跡に|間違いないようで。||警察署長が|すぐに|検察に|知らせました」

「それでも|絞め殺されていた!||自分で|首を|絞めることは|できない!」と|メグレは|ぶつぶつ|言った。
そばでは|テーブルドート3が|にぎやかだった。||小皿に|ピンクの|ラディッシュが|あった。

「少し|待って|くれ、|この手紙を|写させてくれ。||持って|帰るんだろう?」

「特別な|指示は|ありませんが、|おそらく」

「そうだな。||記録に|加えなければ|ならない」
しばらくして、|メグレは|写しを|手に、|料理を|待つのに|一時間も|かかりそうな|食堂を|苛立たしく|見渡した。||マリー・レオンネクは|その間|ずっと|彼を|観察していたが、|不機嫌な|物思いを|邪魔しようとは|しなかった。||メグレ夫人だけが|薄い|エスカロープ4の|前で|ため息を|ついた。

「アルザスの|方が|よかったわね」
メグレは|デザートの|前に|立ち上がり、|口を拭いて、|早く|トロール船と|港と|船乗りたちに|会いに|行きたかった。||歩きながら|ぶつぶつ|言った。
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「ファリュは|死ぬことを|知っていた!||だが|殺されると|わかっていたのか?||あらかじめ|犯人を|かばおうとしたのか、|それとも|自殺したかっただけなのか?||そもそも|黄色い|封筒を|警察署の|郵便受けに|入れたのは|誰だ?||切手も|宛名も|なかった!」
知らせは|すでに|広まっていたらしく、|メグレが|トロール船の|そばに|着くと、|モリュ・フランセーズの|社長が|攻撃的な|皮肉を|込めて|声を|かけてきた。

「どうやら|ファリュは|自分で|首を|絞めたそうだな?||誰が|そんなことを|思いついたんだ?」

「それより|オセアンの|士官5(幹部船員)で|まだ|船に|いるのは|誰ですか?」

「誰も|いない!||二等航海士は|パリで|羽目を|外しに|行った。||主任機関士は|イポール6の|自宅に|いて、|荷降ろしが|終わるまで|戻らない」
メグレは|もう一度|船長の|船室を|調べた。||狭い|船室。||汚れた|キルトの|かかった|寝台。||仕切り壁に|備えつけの|戸棚。||防水クロスを|敷いた|テーブルの上に|青い|ホーローの|コーヒーポット。||隅に|作業用長靴。
薄暗くて|べとべとして、|船全体に|漂う|刺激臭が|染みついていた。||青い|縞模様の|セーターが|甲板で|乾いていた。||魚の|内臓で|ぬるぬるした|タラップを|渡るとき、|メグレは|危うく|転びそうに|なった。

「何か|見つかったかね?」
警部は|肩を|すくめ、|もう一度|暗い顔で|オセアンを|眺め、|税関員に|イポールへの|行き方を|聞いた。

イポールは|フェカンから|六キロほどの|崖の下の|小さな|村だった。||漁師の|家が|いくつか、|周囲に|農家。||夏の間は|ほとんどが|貸別荘として|使われる|ヴィラが|あり、|ホテルが|一軒。
浜辺では|また|水着姿の人々、|子どもたち、|編み物や|刺繍に|励む|お母さんたち。

「<ラベルジュ>さんの|家は|どこですか?」
「オセアンの|主任機関士の?||それとも|農家の?」

「機関士の方だ」
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小さな|庭に|囲まれた|小さな家を|教えてもらった。||緑色に|塗られた|扉に|近づくと、|中から|口論の|声が|聞こえてきた。||男の声と|女の声。||言葉は|聞き取れなかったが、|ノックした。
すべてが|静まった。||足音が|近づいた。||扉が|開き、|背が|高くて|痩せた|男が|顔を|出した。||疑い深く|不機嫌な|顔つきだった。

「何の用だ?」
エプロン姿の|女が|急いで|乱れた|髪を|整えていた。

「司法警察だ。||聞きたいことが|ある」

「入れ!」
子どもが|泣いていて、|父親が|乱暴に|隣の部屋へ|押しやった。||ベッドの|足が|見えた。

「あっちへ|行ってろ!」と|ラベルジュは|妻に|言った。
妻も|目が|赤かった。||食事の|最中に|口論に|なったらしく、|皿に|料理が|半分|残ったままだった。

「何が|知りたい?」

「フェカンへ|最後に|行ったのは|いつだ?」

「今朝だ。||自転車で|行ってきた。||女房が|一日中|わめいているのは|たまらないから。||何か月も|海で|くたくたになって|働いて。||それで|戻ってきたら」
まだ|怒りが|収まっていなかった。||酒の|においも|ぷんぷん|していた。

「どいつも|こいつも|同じだ!||嫉妬と|あれこれ!||女を|見に行くことしか|頭にないと|思っていやがる。||聞いてくれ!||あの女、|今ごろ|子どもを|殴って|憂さを|晴らして|いるぞ!」
確かに|隣の部屋で|子どもの|泣き声が|上がり、|女の声が|続いた。

「黙れ!||黙れって|言ってるだろ!」
ピシャリ!||ゴツン!と|いう音が|一緒に|聞こえて、|泣き声が|一段と|激しくなった。

「まったく|ひどい|生活だ」

「ファリュ船長から|何か|悩みを|打ち明けられたことは|あるか?」

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相手は|横目で|メグレを|見て、|そばの|椅子を|ひとつ|ずらした。

「なぜ|そんなことを|聞く?」

「長い間|一緒に|航海|していたんだろう?」

「五年だ」

「船では|一緒に|食事を|していたな」

「今回だけ|違った!||船長が|船室で|ひとりで|食べると|言い出して。||あんな|ひどい|航海の|話は|もう|したくない!」

「事件が|起きたとき、|どこにいた?」

「ほかの連中と|カフェにいた。||聞いているはずだが」

「無線係が|船長を|襲う|理由が|あったと|思うか?」
突然、|ラベルジュは|怒り出した。

「何が|言いたいんだ?||おれに|何を|言えというんだ?||警察の|まねを|するよう|頼まれていたわけじゃ|ない!||もう|うんざりだ!||この件も|何もかも!||次の|航海に|出るかどうかも|考えているくらいだ!」

「確かに|今回は|散々だったな」
またラベルジュは|鋭い|目で|メグレを|見た。

「どういう|意味だ?」

「何もかも|うまく|いかなかった。||ボーイが|死んだ。||いつもより|事故が|多かった。||漁も|よくなくて|タラは|腐って|フェカンに|着いた」

「おれの|せいか?」

「そうは|言ってない。||あんたが|目撃したことの|中に|船長の|死を|説明できる|ものが|あるか|聞いているだけだ。||穏やかで|きちんとした|生活を|していた男だったのに」
機関士は|鼻で|笑ったが、|何も|言わなかった。

「女性関係は|知らないか?」


「何も|知らないと|言ってるだろう!||もう|うんざりだ!||おれを|訴えようと|しているのか?||何の用だ、|お前は?」
妻に|言ったのだった。||部屋に|戻ってきて、|こげた|においがする|鍋の|置いてある|コンロの方へ|向かっていた。
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女は|三十五歳くらいで、|きれいでも|なく|醜くも|なかった。
「少し|待って。||犬の|えさが」と|彼女は|恐縮しながら|言った。

「早くしろ!||まだ|終わらないのか?」
そして|メグレに言った。

「正直なことを|言おうか?||この件は|ほっておけ!||ファリュは|今いる場所で|よかったんだ!||話せば|話すほど|ろくなことは|ない!||おれは|何も|知らない。||一日中|聞かれても|これ以上|一言も|言わない。||汽車で|来たか?||あと|十分で|出る|汽車に|乗らなければ、|夜の|八時まで|ない」
扉を|開けた。||部屋に|陽の光が|差し込んだ。

「奥さんは|誰に|嫉妬しているんだ?」と|メグレは|玄関先で|静かに|聞いた。
ラベルジュは|歯を|食いしばって|黙っていた。

「この女を|知っているか?」
メグレは|顔の部分を|親指で|隠して、|赤インクで|塗りつぶされた|写真を|差し出した。||絹の|胸元だけが|見えた。
相手は|素早く|一瞥して、|写真を|つかもうとした。


「わかるのか?」

「わかるわけないだろ?」
メグレが|写真を|ポケットに|しまう|間も、|相手は|手を|伸ばしたままだった7。

「明日|フェカンに|来るか?」

「わからない。||おれに|用があるのか?」

「いや。||念のため|聞いただけだ。||話してくれて|感謝する」

「何も|話して|いないだろ!」
メグレが|十歩も|行かないうちに、|扉が|蹴り閉められ、|家の中から|また|怒鳴り合う|声が|聞こえてきた。
主任機関士は|本当のことを|言っていた。||フェカンへの|汽車は|夜の|八時まで|なく、|手持ち無沙汰の|メグレは|浜辺に|流れ着いて、|ホテルの|テラスに|腰を|落ち着けた。
あたりは|ありきたりの|バカンスの|雰囲気だった。||赤い|パラソル、|白い|ワンピース、|フランネルの|ズボン、|そして|小石浜に|引き上げられる|漁船を|見ようと|集まった|野次馬たち。
左右に|明るい|断崖。||前には|白く|縁取られた|淡い|緑色の|海、|そして|岸辺に|寄せる|さざ波の|規則正しい|ざわめき。

「ビールを|一杯!」
日差しが|強かった。||隣の|テーブルでは|家族が|アイスクリームを|食べていた。||若い男が|コダックで|写真を|撮っていて、|どこかから|若い女たちの|甲高い|笑い声が|聞こえてきた。
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メグレは|目を|景色に|さまよわせ、|思考が|ぼんやりと|漂い始め、|頭が|うとうとと|白昼夢に|落ちていった。||その夢は|ますます|実体を|失っていく|ファリュ船長を|めぐって|漂っていた。

「どうも|ご苦労様!」
この|二言が|頭の中に|刻み込まれた。||言葉の|意味からでは|なく、|警部の|後ろに|いた|女が|それを|ぶっきらぼうに、|辛辣な|皮肉を込めて|言ったからだった。

「だから|言ってるだろう、|アデル!||行くぞ!」

「うるさいわね!」

「また|その|繰り返しか?」

「私は|好きにするわ!」
まったく|口論づくしの|一日だった!||朝から|モリュ・フランセーズの|社長という|とげとげした|男に|出くわした。
イポールでは|ラベルジュ家の|夫婦げんか。||そして|今度は|テラスで|見知らぬ|カップルが|険悪な|言葉を|交わしていた。

「少し|考えたら|わかるだろ?」

「うるさいったら!」

「そんな|答えが|賢いとでも|思っているのか?」

「うるさいったら|うるさい!||いい加減に|してくれない?||ウェイター!||このレモネード|ぬるいわよ!||新しいのを|持ってきて!」
その|口調は|下品で、|女は|わざと|周りに|聞こえるように|大声で|しゃべっていた。

「いいかげん|腹を決めて|行くぞ!」」と|男が|続けた。

「ひとりで|行けば!||そう|言ってるのよ!||放っておいて!」

「自分が|何を|しているか|わかっているのか?」

「あんたこそ|どうなのよ?」

「おれが?||よくも|そんなことが|言えるな!||いいか!||ここじゃなければ|どうなっていたか|わからないぞ!」
女は|笑った。||あまりにも|大きな|笑い声で!

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「頼むから|静かに|してくれ!」

「まあ|かわいい!||なぜ|静かにしなきゃ|いけないの?」

「とにかく!」

「なんて|賢い|お返事だこと」

「じゃあ、|黙ってるつもりか?」

「気が|向いたらね」

「アデル、|いいか!||これ以上は|ただでは|すまないぞ!」

「何をするって?||みんなの前で|恥を|かかせるつもり?||そんなことして|何になるの!||もう|聞かれてるじゃない!」

「少し|頭を|冷やせば|わかるはずだ。||もう|行った方が|いい!」
女は|もう|うんざりした|様子で|ばっと|立ち上がった。||メグレは|背を|向けていたが、|テラスの|石畳に|その影が|大きく|伸びるのが|見えた。
それから|彼女が|後ろ向きに|海の方へ|歩いていくのが|見えた。||逆光の中、|赤みを|帯びた|空を|背に|シルエットだけが|浮かんでいた。||メグレは|彼女が|かなり|きちんとした|服装で、|海水浴の|格好ではなく、|絹の|ストッキングと|ハイヒールを|はいているのに|気づいた。
小石の上を|渡るとき、|そのせいで|歩きにくく|ぎこちない|足取りになった。||一歩ごとに|足首を|くじきそうに|なった。
それでも|彼女は|怒りに|任せて、|頑なに|前へ|進んでいった。


「お勘定!」

「まだ|奥様の|レモネードを|お持ちして|いないんですが」

「かまわない!||いくらだ?」
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「九フラン五十サンチーム。||夕食は|いかがですか?」

「わからない」
メグレは|振り返って|その男を|見た。||まわりの客に|全部|聞かれていたと|わかっているらしく、|ばつの悪そうな|顔を|していた。||背が|高くて|怪しげな|洒落た|格好で、|目は|疲れていて、|顔全体が|極度の|苛立ちを|表していた。
立ち上がって|どちらへ行くか|迷った末、|何食わぬ顔を|装いながら、|今は|海岸線に|沿って|歩いている|女の方へ|向かっていった。
「また|内縁の夫婦の|痴話げんかね!」と|かぎ針編みを|していた|三人の女の|テーブルから|誰かが|言った。
「こんなところで|やらなくても!||子どもに|見せる|ものじゃないわ!」
二つの|シルエットが|水辺で|合流した。||言葉は|聞こえなかったが、|様子から|場面は|想像できた。
男は|懇願し、|脅した。||女は|頑として|聞かなかった。||ある瞬間、|男が|女の|手首を|つかんで、|取っ組み合いに|なりそうだった。
しかし|そうは|ならなかった!||男は|踵を|返して|大股で|近くの|通りへ|向かい、|小さな|灰色の車を|走らせた。

「ビールを|もう一杯!」
メグレは|若い女が|テーブルに|ハンドバッグを|忘れていったことに|気づいた。||クロコダイル|模様の|合成皮革の|バッグで、|ぱんぱんに|詰まった|新品だった。
地面に|影が|近づいた。||顔を|上げると、|バッグの|持ち主が|テラスに|戻ってくるのが|正面から|見えた。
警部は|思わず|はっとした。||鼻孔が|微かに|震えた。

確かめようも|なかった。||確信より|印象に|近かった。||しかし|目の前に|いるのが|顔のない|肖像写真の|本人に|違いないと|思った。
メグレは|さりげなく|ポケットから|写真を|取り出した。||女は|座り直していた。

「ウェイター、|レモネードは?」

「旦那様が|いらないと|おっしゃって」

「わたしが|注文したのよ!」
確かに|少し|太めの|首の|ライン、|豊かで|張りのある|官能的な|胸元だった。
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同じ着こなし、同じ光沢の|鮮やかな|絹好みだった。
メグレは|写真を|隣の女が|見えるように|わざと|落とした。
彼女は|確かに|見た。||記憶を|探るような|目で|警部を|見た。||動揺したとしても、|それは|表情に|出なかった。
五分、|十分が|過ぎた。||遠くから|エンジンの|音が|聞こえてきて、|だんだん|大きくなった。||灰色の|小型車が|テラスの|方へ|戻ってきて、|止まり、|また|走り出した。||運転手が|完全に|立ち去る|決断が|できないでいる|ようだった。

「ガストン!」
彼女は|立ち上がって|仲間に|合図した。||今度は|バッグを|つかんで、|すぐに|車に|乗り込んだ。
かぎ針編みを|していた|三人の女が|非難がましい|目で|見送った。||コダックの|若い男8が|振り返った。
灰色の車は|エンジンの|唸りとともに|すでに|消えていた。

「ウェイター!||車は|どこで|借りられる?」

「イポールでは|難しいと|思いますよ。||フェカンや|エトルタまで|送ってくれる車が|一台|あるんですが、|今朝|イギリス人を|乗せて|出かけてしまって」
警部の|太い指が|テーブルを|せわしなく|叩いた。

「道路地図を|持ってきてくれ!||それと|フェカンの|警察署に|電話を|つないでくれ。||あのカップルを|見たことが|あるか?」

「口論していた|二人ですか?||今週は|ほぼ|毎日|来ています。||昨日も|昼食を|食べていきました。||ル・アーヴルの|方だと|思いますが」
浜辺には|家族連れだけが|残り、|夏の夕べの|柔らかな|空気に|包まれていた。||黒い船が|水平線を|ゆっくりと|移動して、|太陽の中に|入り、|反対側に|抜けていった。||まるで|紙の輪を|くぐり抜けるように。
- ル・アーヴル(Le Havre)は、フェカンから南西に約40キロほどの場所にあるフランス北部の大きな港湾都市です。
ノルマンディー地方最大の都市で、セーヌ川の河口に位置しています。フェカンからは海岸沿いに道路でつながっており、当時は汽車でも行き来できました。
ファリュ船長が「こっそりル・アーヴルへ会いに行っていた」というのは、フェカンから近すぎず遠すぎない、知り合いに見つかりにくい隣町として都合がよかったからだと思われます。大きな港町なので人目につきにくかったのでしょう。
↩︎ - クロノメーター(chronomètre)とは、非常に精密な時計のことです。
特に航海用の高精度の時計を指し、船が海上で正確な位置を測定するために使われていました。船長にとっては職業上の必需品であり、誇りの象徴でもありました。
金製のクロノメーターは非常に高価で、船長としての長年のキャリアを象徴する大切な形見の品です。ファリュ船長が甥に残したいと思ったのも、そのためでしょう。
↩︎ - テーブルドート(table d’hôte)とは、定食形式の食事のことです。
ホテルや旅館で、あらかじめ決められた献立を全員が同じものを食べる共同の食卓のことを指します。現代の「ランチセット」や「コース料理」に近いイメージです。
この場面では、ホテルのダイニングルームで他の宿泊客たちが同じテーブルで賑やかに食事をしている様子が描かれています。メグレ夫妻とマリー・レオネクもその席に着いていたわけです。
↩︎ - エスカロープ(escalope)とは、薄く切った肉のソテーのことです。
主に仔牛肉(ヴィール)を薄くスライスして、バターやクリームソースで炒めたフランス料理の定番料理です。
この場面では、メグレ夫人が「薄いエスカロープ」の前でため息をついており、ホテルの料理が期待外れだったことを示しています。アルザスの親戚の家で食べるような家庭料理と比べて、物足りなかったのでしょう。 ↩︎ - オセアンの士官とは、船の中で指揮系統に属する上級職員のことです。一般の船乗りとは区別されます。
この物語に登場するオセアンの士官は以下の通りです。
・船長(ファリュ):船全体の最高責任者。すでに死亡
・漁労長:漁の指揮を担う幹部船員。船長と対立した
・二等航士:船長の補佐役。パリへ遊びに行っている。一等航士は登場せず、二等航士が副船長の役割を担っています。
・主任機関士(ラベルジュ):エンジン室の最高責任者。イポールの自宅にいる
・無線係(ル・クランシュ):厳密には士官ではないが上級職員。逮捕されている
一般の船乗りであるプチ・ルイ(二等ボイラー係)や、ブルトン人の船乗りたちとは立場が異なります。
メグレが「士官はまだ船にいるか?」と聞いたのは、事件について詳しく知っていそうな上級職員に話を聞きたかったからです。
↩︎ - イポール(Yport)は、フェカンから南西に約6キロの小さな漁村です。
ノルマンディーの海岸沿いにある、崖の下に位置する小さな集落で、本文にも「崖の下の村」と描写されています。漁師の家が数軒と農家、夏の間だけ貸別荘として使われるヴィラ、ホテルが一軒という小さな村です。
主任機関士のラベルジュがここに住んでいて、メグレが会いに行く場面で登場します。 ↩︎ - ラベルジュが写真をつかもうとしたのは、写真の女性を知っていたからだと考えられます。
つまり:
メグレが顔を隠して見せたにもかかわらず、胸元や体つきだけで誰だかわかった
思わず反射的に手を伸ばしてしまった
しかしすぐに「どうやってわかるんだ?」と白を切った
この仕草はラベルジュが嘘をついていることを示しています。メグレもそれを見逃さなかったはずです。
またラベルジュの妻が嫉妬していた相手と、この写真の女性が同一人物である可能性も示唆されています。つまりラベルジュ自身も、この謎の女性と何らかの関係があったかもしれません。 ↩︎ - コダックの若い男とは、先の場面で登場したコダック(Kodak)のカメラで写真を撮っていた若い男のことです。
コダックは当時の代表的なカメラメーカーで、「コダックのカメラを持った若い男」というのは、バカンスを楽しむ一般的な観光客の描写です。
つまりこの男は事件とは無関係のただの観光客で、アデルとガストンの派手な口論と、アデルが急に車に乗り込んで去っていく様子を、野次馬として振り返って見ていただけです。
シムノンがバカンス地の日常的な雰囲気を描くために登場させた背景人物です。 ↩︎



