『プロヴィダンス号の馬曳き』は、ジョルジュ・シムノンのメグレ警部シリーズでは、怪盗レトンなどに続く極めて初期の作品です。
フランスのマルヌ運河をゆっくりと進む曳舟《ラ・プロヴィダンス》。
1930年代のフランスで、馬と人の力だけを頼りに曳舟道で荷を運んだ、最後の時代の記録です。
この作品では、水路沿いの村々、曳舟の生活、馬曳きの仕事、そしてそこに生きた人々の息づかいを、作品の本文・翻訳・資料・挿絵によって丁寧に再構成しています。メグレが歩いた土手道、冷たい朝の霧、馬の吐く白い息、船底に響く水音──そうした細部を大切にし、歴史的背景と文学的描写の両面から読み解いていきます。
曳舟文化そのものや、シャレティエ（馬曳き）の労働環境、当時の運河交通の仕組みなど、一般には忘れられた情景も、現代に日本人にもその時代の雰囲気を味わってもらえるように、翻訳は本文に括弧書きで注釈を入れ、点字作品化に向けたリズムと語法にも配慮しています。
メグレ自身、馴染みのない地方の運河での謎の殺人事件を、その土地の雰囲気と船乗りたちの慣習に自ら身を置いて、足（今回は自転車）使って解決する捜査手法は刑事ドラマ的でもあり、他の正統派ミステリーには見られないシムノン独自の作品の醍醐味が味わえます。
