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電話が鳴った。レオンが飛んでいき、すぐにメグレを呼んだ。

「もしもし!」と受話器の向こうから面倒くさそうな声がした。
「メグレ警部ですか?警察署の書記です。ホテルに電話したら、テール=ヌーヴァ=溜まり場にいるかもしれないと言われて。邪魔してすみません。三十分も電話にかかりっきりで。署長にはつながらず、機動捜査班の警部もフェカンを出たかもしれなくて。ところが今し方、変な二人組が来まして、緊急の証言があるというんです。男と女で」

「灰色の車か?」

「そうです。あなたが探していた人たちですか?」
十分後、メグレが警察署に着いた。窓口の仕切り板で二つに分かれた受付以外はがらんとしていた。書記が煙草を吸いながら書き物をしていた。ベンチにひじを膝についてあごを両手に乗せた男が待っていた。
女はハイヒールで床を踏み鳴らしながら行ったり来たりしていた。
警部が入ってくるなり、女は歩み寄った。同時に男が安堵のため息とともに立ち上がり、歯の間から呟いた。

「やっと来た」
イポールのあのカップルだった。メグレが目撃した夫婦喧嘩の時より、さらにぎすぎすしていた。

「となりの部屋に来てくれ!」

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メグレは二人を署長室に通し、署長の椅子にどかっと座ってパイプに煙草を詰めながら二人を観察した。

「座ってくれ!」

「結構よ!」と二人の中で明らかにより神経質な女が言った。
「長くはかからないから」
強い電灯の光で正面から照らされた彼女が見えた。長く見る必要もなかった。胸元しか残っていないあの写真で十分だった。
いわゆる水商売的向きの美人だった。魅力的な体つき、健康な歯、挑発的な笑み、いつも輝いた目。
もっと正確に言えば、色気を振りまいて食欲旺盛で、騒ぎを起こしても大笑いしてもかまわない肉感的な女だった。
ピンクの絹のブラウスに、五フラン銅貨ほどの大きな金のブローチをつけていた。

「まず申し上げたいのは」

「ちょっと待て!」とメグレは遮った。「言った通り座ってくれ。こちらの質問に答えてもらう」
彼女は眉をひそめた。口元が意地悪くなった。

「ちょっと!こっちは自分の意思で来ているのよ!」

連れの男はうんざりした顔をした。二人はよく似合いのカップルだった。彼はまさにそういう女とよくいるタイプの男だった。
人相は悪くなかった。服装はまあまあだが趣味が悪かった。指に大きな指輪、ネクタイに真珠のピン。それでも全体的にどこか不安な感じがした。おそらく社会のどの階層にも属していない感じがするからだった。
カフェやビアホールでいつでも見かけるタイプで、女と一緒に発泡ワインを飲んで三流ホテルに泊まる男だった。

「お前から聞く。名前、住所、職業!」
男は立ち上がろうとした。

「座っていろ!」
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「説明させてくれ」

「いらない!名前は?」

「ガストン・ビュジエ。今は別荘の売買と賃貸をやっています。主にル・アーヴルのアニョー・ダルジャン・ホテルに泊まっています」

「不動産業者か?」

「いや。でも」

「代理店に勤めているのか?」

「つまり」

「わかった!ひとことで言えばなんでも屋だ。前は何をしていた?」

「自転車メーカーの外交員でした。農村でミシンを売っていたこともあります」

「有罪判決は何回?」

「答えないで、ガストン!いい加減にしてよ!こっちは自分から来たのよ!」

「黙ってろ!二回です。一回は執行猶予で、不渡り小切手の件。もう一回は二か月で、別荘の手付金をもらって大家に払わなかった件。ほんの些細なことですよ」

警察に慣れていることがにじみ出ていた。平然としていて、目にわずかな悪意があった。

「次はおまえの番だ!」とメグレは女の方を向いた。

「アデル・ノワロム。ベルヴィル1生まれ」

「登録娼婦2か?」

「五年前にストラスブールで登録させられた。旦那を横取りしたと恨んでいた女がいて。でもそれ以来」

「警察の管理を逃れていた!結構!オセアンに乗り込んだのは何の資格で?」

「まず説明させてくれ!ここに来たのはやましいことがないからだ。イポールで、あんたが彼女の写真を持っていてきっと逮捕されると言った。まず逃げようとした。面倒は御免だから。でもエトルタで遠くから憲兵が見張っているのが見えて、追われるとわかった。だから自分から来ることにした」

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「あんたに聞いてる!トロール船で何をしていた?」

「簡単よ!愛人を追いかけていたの!」

「ファリュ船長か?」

「そう、船長よ!去年の十一月ごろから一緒にいた。ル・アーヴルのカフェで出会って。彼が恋に落ちた。週に二、三回来るようになった。最初は何もしないから変人かと思った。違った。本気だった!きれいな家具つきの部屋を借りてくれて、うまくやれば結婚できると思った。船乗りは金持ちではないけど定収入があって、恩給もあるし」


「フェカンに来たことはあったか?」

「一度もない!来るなと言われていた。彼が向こうへ来ていた。やきもち焼きで。五十歳になっても女に関しては中学生みたいに初心な人で、あまり経験がなかったのね。でも一度はまったら!」

「ちょっと待て、おまえはすでにガストン・ビュジエの愛人だったろ?」

「もちろん!でもガストンを弟と言ってファリュに紹介した」

「わかった!つまり二人とも船長の金で生活していた!」

「おれは働いていた!」

「そんなのはよく知っている!毎週土曜の午後だけな!船に乗ろうと言い出したのは誰だ?」

「ファリュよ!航海中ずっとわたしを一人にしておくのが心配でたまらなかった。一方で規則違反を恐れていた。規則にうるさい人だったから。ぎりぎりまで抵抗してた。でも最後に迎えに来て、出港前夜に自分の船室に入れた。わたしは気晴らしになると思って楽しみにしていたけど、実際がどんなものか知っていたらすぐに断っていたわ!」


「ビュジエは反対しなかったのか?」
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「迷ってた。老人の意向には逆らえないでしょ。航海の後すぐ引退して結婚すると約束していたし。いい生活が用意されていたわ!魚臭い船室に一日中閉じ込められて!誰かが入ってくるとベッドの下に隠れなきゃいけない!出航してすぐファリュは連れてきたことを後悔し始めた。あんなに怖がりな男は見たことがない。一日に十回も扉がちゃんと閉まっているか確かめに来る。少し声を出すと聞こえるからと黙らせる。不機嫌で張りつめていた。海に投げ込んで厄介払いしようかという誘惑にかられているような目で長い間わたしを見ることがあった」

彼女は甲高い声で身振り手振りを交えてしゃべっていた。

「しかもますますやきもちを焼くようになったわ!過去を探ろうとして。三日間も口をきかずに敵のように見張っていたかと思えば、突然また情熱が戻ってくる。怖いと思ったこともあった」

「乗組員の中で誰がおまえを見た?」

「四日目の夜だったわ。甲板で空気を吸いたくて。閉じ込められるのが嫌で。ファリュが誰もいないか確かめに行った。やっと五歩ほど歩かせてもらえただけ。彼が一瞬船橋に上がったときに無線係が来て話しかけてきた。すっかりあがっていたけど興奮していた。翌日、彼はわたしの船室に入り込んできた」


「ファリュは気づいたか?」

「気づかなかったと思う。何も言わなかったから」

「ル・クランシュと関係をもったのか?」
彼女は答えなかった。ガストン・ビュジエがにやりとした。

「認めろよ!」と意地悪い声で言った。

「わたしには自由があるでしょ?あなただってわたしがいない間女に不自由しなかったくせに。フルール荘のあの子!ポケットから出てきたあの写真!」
メグレは仏頂面を崩さなかった。
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「無線係と関係を持ったか聞いている!」

「知らない!」
彼女は挑発するように潤んだ笑みを浮かべた。自分が魅力的だとわかっていた。肉厚の唇と豊かな体を武器にしていた。

「機関長にも見られたな」

「彼が何か言っていたの?」

「何も。整理しよう。船長はあんたを自分の船室に隠していた。ピエール・ル・クランシュと機関長が交互にこっそり会いに来ていた。ファリュは気づいていたのか」

「いいえ」

「それでも疑っていた。あなたの周りをうろつき、どうしても必要な時しかそばを離れなかった

「なぜ知っているの」

「まだ結婚の話をしていたのか」

「わからない」
メグレはトロール船を思い浮かべた。船倉に孤立した火夫たち、船首楼にひしめく男たち、無線係の船室、そして船尾の船長室、かさ上げされたベッド。
漁期は三ヶ月も続いた。
その間、三人の男がこの女の閉じ込められた船室のまわりをうろついていたのだ。


「とんでもない馬鹿をしたわ」と彼女は言い捨てた。
「もう一度同じことになったらと思うと。結婚をちらつかせるうぶな男には気をつけなきゃ」

「おまえが俺の言うことを聞いていれば」とガストン・ビュジエが割り込んだ。

「黙って。あなたの言う通りにしていたら、今ごろどんな場所にいるかわかったものじゃない。ファリュの悪口は言いたくない、死んだ人だから。でもおかしくなっていたのは確かよ。妄想を抱いて、規則を破っただけで自分が汚れたと思い込むような人だった。それがどんどん悪くなって、八日もすると口をきかなくなった。喧嘩をしかけるか、船室に誰かが入らなかったか確かめに来るかだけ。
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とくにル・クランシュにやきもちやいていた。よくこう言っていたわ。『若い男の方がいいんだろ。認めろ。俺がいない間に入ってきたら断らないだろ』そして笑うんだけど、ぞっとするような笑い方だった」

「ル・クランシュには何度会ったんだ」とメグレがゆっくり尋ねた。

「まあ、しかたなく、一度だけ。四日目に。どうなったのか自分でもよくわからない。その後はもう無理だった。ファリュが監視を強めたから」

「主任機関士は」

「ないわ。近づこうとしたけど。舷窓からこちらを覗いていた。その顔が真っ青で。これが生活と言えますか。まるで檻の中の獣だった。波が荒れると船酔いするのに、ファリュは看病もしてくれなかった。何週間も触れもしない。かと思えば急に来て、噛みつくみたいにキスする。締め殺すかのように抱きしめる」
ガストン・ビュジエは煙草に火をつけ、皮肉な顔つきで吸っていた。

「警部さん、俺には関係ないことはわかってもらえますよね。その間、俺は働いていた」

「お願いだから黙って」と彼女は苛立った様子で言った。

「帰港の時はどうだった。ファリュは自殺するつもりだとか言っていたか」

「まさか。港に着いた時、もう十五日も口をきいていなかった。誰とも話していなかったと思う。何時間もぼんやり前を見つめていた。もう別れようと決めていた。うんざりしていたから。飢え死にしても自由の方がまし。岸壁に着いたと聞こえた。彼が船室に入ってきて、一言だけ言った。『迎えに来るまで待っててください』』

「ちょっとまて、最後はタメ口じゃなかったのか」

「最後はそう」

「続けて」
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「ほかには何も知らない。いや、残りはガストンから聞いた話よ。この人は埠頭にいたんだから」

「話せ」とメグレは男に向かって言った。

「こいつの言う通り、埠頭にいました。水夫たちがカフェに入っていくのを見ました。アデルを待っていたんです。暗かった。そのうち、船長が一人で上陸してきた。停車している貨車がありました。奴が数歩歩いたところで、男が飛びかかってきた。何が起きたか正確には分かりませんが、体が水に落ちる音がしました」

「その男を見分けられるか」

「無理です。暗くて、貨車がほとんど遮ってたから」

「どっちの方角に逃げた」

「埠頭沿いに行ったと思います」

「無線係の姿は見えなかったか」

「分かりません。知らない人だし」

「じゃあ、あんたはどうやって船から出た」


「鍵のかかった船室の扉を誰かが開けた。ル・クランシュだった。そしてこう言った。『早く逃げろ!』」

「それだけか」

「聞き返そうとしたら、埠頭を走る人の音と、灯りを持ったボートが船溜まりに進んでくる音が聞こえたわ。彼は『逃げろ!』と繰り返して、タラップに押し出された。みんなよそを見てたから、誰も気にしなかった。何かまずいことが起きたとは思ったけど、さっさと立ち去った。少し先でガストンが待ってたから」

「それからどうした」

「ガストンは真っ青だった。居酒屋でラム酒を飲んで、<シュマン・ド・フェール・ホテル>に泊まった。翌日、どの新聞もファリュの死を伝えてた。それでとにかくル・アーヴルに逃げた。この厄介事に巻き込まれたくなかったから」

「それでもこいつはこの辺をうろつきたがってたんですよ!」とガストンは畳みかけた。
「無線係のためなのかそれとも……」

53ページの翻訳です。

「うるさいわね!いい加減にして!このことが気になってたのは確かよ。だからフェカンに三回来たのよ。目立たないようにイポールに泊まって」

「主任機関士に会わなかったか」

「なんで分かるの?一日、イポールで。あいつが投げてよこした目つきが怖かった。しばらくつけてきたし」


「なぜ、ガストンと喧嘩してたんだ」
アデルは肩をすくめた。

「なんとなく!まだ分からないの?あいつは、わたしがル・クランシュに惚れてると決めつけてる。無線係がわたしのために殺しをやったとかなんとか。さんざんごねて、やきもちばかり焼いて。もううんざり。あのろくでもない船でいやな思いはたっぷりしてきたんだから」

「テラスであんたの写真を見せたときは」

「もちろん!刑事だってすぐ分かったわよ!ル・クランシュがしゃべったんだと思って、怖くなってガストンに逃げようって言った。でも途中で、逃げても無駄だし、どこかで捕まると思って。それにポケットには二百フランしかなかったし。どうする気?刑務所には入れられないでしょ?」

「無線係士が殺したと思うか」

「あたしに分かるわけないじゃない」

「黄色い靴を持っているか」とメグレはガストン・ビュジエにぶっきらぼうに聞いた。

「え……ああ……なんで?」

「別に。ただの確認だ。船長の殺した奴を本当に見分けられないんだな」

「影が見えただけだし」

「ピエール・ル・クランシュも貨車の陰にいた。そいつは犯人が黄色い靴をはいていたと言っている」
男ははじかれたように立ち上がり、目を険しくして唇をゆがめた。


「そいつがそう言ったのか!確かなのか!」
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怒りが込み上げて言葉がどもった。もはや別人だった。拳が机を叩きつけた。

「ふざけるな!あいつをここに連れてこい!話をつけなきゃ気が済まない!どっちが嘘をついてるか見てやる!黄色い靴だと?俺が犯人だとでも?俺の女を奪ったのはあいつだ!船から連れ出したのもあいつだ!それでよくも……」

「落ち着け」
息ができなくなって、やっと口を開いた。

「聞いてるか、アデル?お前の男ってのはみんなこんなもんだ!あの無線係もな!」
目から怒りの涙があふれ、歯がカチカチ鳴った。


「冗談じゃない!俺が……ハ!ハ!映画より面白い!前科が二つあるから、どうせ信じてもらえるのはあいつの方だ。俺がファリュ船長を殺した!嫉妬したからかな?ついでに無線係まで殺したとでも?」
興奮して髪をかき乱した。ますますやつれて見えた。目のくまが濃くなり、顔色がくすんだ。

「さっさと逮捕すればいいだろ!」

「喋らないで!」と愛人はどなった。
だが彼女も動揺していた。それでも男に鋭い視線を送り続けた。疑っているのか?それとも芝居なのか?


「逮捕するなら今すぐしてくれ!あいつと対決させてほしい。どっちが本当のことを言っているかはっきりする!」
メグレは電気ベルを押した。署長付の巡査が不安そうな顔をのぞかせた。


「判事が決定を下すまで、明朝までお二人を留めておくように」

「このクズ!」とアデルは地面に唾を吐いて怒鳴った。
「正直に話したらどういう目にあうか、よく分かったわ。わたしがしゃべったことは全部でたらめよ!調書には署名しない!勝手にすれば!」
そして情人の方に向き直った。

「心配しないで、ガストン!こっちが有利よ。最後にはわたしたちが勝つわ。でも風紀台帳に名前が載った女は、ぶち込まれてもしょうがないってことね。まさかわたしが船長を殺したとでも言うつもり?」

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メグレはそれ以上聞かずに部屋を出た。外で海の空気を胸いっぱいに吸い込み、パイプの灰をはたいた。十歩も行かないうちに、警察署の中からアデルが警官たちに向かって語彙の中でもっとも下品な言葉を浴びせる声が聞こえてきた。
夜中の二時だった。夜は不思議なほど静かだった。満潮で、漁船の帆柱が家々の屋根より高く揺れていた。
絶え間なく波が砂利浜を打つ規則的なざわめきがすべてを包んでいた。
オセアン号のまわりには煌々と灯りがともっていた。昼も夜も荷おろしが続き、人夫たちは体を踏んばりながらタラの満ちた貨車を押していた。
テール=ヌヴァの待合所は閉まっていた。プラージュ・ホテルでは、ドアマンがねまきの上にズボンをはいたまま警部に扉を開けた。

ホールには電灯が一つしかともっていなかった。そのためメグレは籐椅子に座った人影にすぐには気づかなかった。
マリー・レオンネクだった。頭を肩にもたせかけて眠っていた。

「お待ちの方がいらっしゃいますよ」とドアマンがそっと言った。
顔色が悪かった。貧血気味なのが見てとれた。唇に色気がなく、まぶたのくまが疲れを物語っていた。息が足りないかのように口を半開きにして眠っていた。
メグレはそっと彼女の肩を叩いた。彼女ははっとして身を起こし、彼を見てきまり悪そうな顔をした。

「眠ってしまってたわ。あら!」

「なぜ寝ていないんだ?妻が部屋まで付き添わなかったのか?」

「ええ、でもこっそり下りてきたんです。知りたくて。あの……」
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眠っていたせいでいつもより顔色が悪かった。肌がじっとりしていた。額の真ん中に虫刺されの赤い痕があった。
丈夫なサージ地で自分で仕立てたらしいワンピースはしわだらけだった。

「何か新しいことが分かりましたか?いいえ?聞いてください。ずっと考えていたんです。うまく言えないんだけど……明日ピエールに会う前に、あなたから先に話してほしいんです。あの女のことは全部知っている、でも恨んでいないって。彼が罪を犯していないことは確かです。でもわたしから先に言ったらかえって困らせてしまう。今朝も見たでしょう。あんなに苦しんでいる。船に女がいたとしたら、彼が……」
だがもう限界だった。泣き崩れた。涙が止まらなかった。

「何より怖いのは新聞に載ること、両親に知られること。両親には分からないわ。あの人たちは……」
しゃくりあげながら続けた。

「犯人を見つけてください!わたしが人々に話を聞けたら……ごめんなさい、何を言ってるか分からなくなってきた。あなたの方がよく分かっている。でもピエールのことは知らないでしょう。わたしの方が二歳上なんです。まるで子どもみたい。おまけに責められると、意地を張って何もしゃべらなくなる。プライドが高くて、ずっとひどい目にあってきたから」
メグレはゆっくり彼女の肩に手を置き、深い溜め息をこらえた。
頭の中でまだアデルの声が響いていた。あの動物的なみずみずしさの中で挑発的で官能的な彼女の姿が目に浮かんだ。
一方、きちんと育てられたこの貧血気味の娘は涙をこらえようとし、信頼を込めて微笑もうとしていた。

「彼のことが分かれば……」
だが彼女が決して知ることのないことがあった——三人の男が何日も何週間もうろついていたあの暗い船室のことを。はるか大海の真ん中で、機関室の男たちも船首楼の男たちも漠然とただならぬ気配を感じとり、海を眺め、航行について語り合い、不安にとらわれ、「魔の目」と狂気を口にしていた——そのことを。
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「明日、ル・クランシュに会いに行く」

「わたしは?」

「たぶん……おそらく……休んでください!」
しばらくして、マダム・メグレがまどろみの中でつぶやいた。

「あの子、いい子ね!もう嫁入り道具を全部用意してるって知ってた?全部手刺繍なのよ。何か分かった?なんか香水の匂いがする……」
アデルのきつい香水が彼の体に染みついていたのだろう。居酒屋の安ワインのような下品な香りで、何か月もの間、トロール船の船上でタラの腐った臭いと混じり合いながら、男たちが犬のように執念深く殺気立って一つの船室のまわりをうろついていたあの匂いだった。

「おやすみ」と彼は妻の顎まで毛布を引き上げながら言った。
すでに眠りに落ちていた妻の額に、静かで深い口づけをした。

- ベルヴィルは|パリ北東部の下町で|労働者階級や貧しい移民が密集して住む地区でした。酒場や安宿が立ち並び|犯罪や売春とも縁が深い街です。
つまりアデルが「ベルヴィル生まれ」というのは|単なる出身地の説明ではなく|どんな環境で育ったかを一言で示しています。シムノンの読者には|すぐに「ああ、そういう女か」と伝わる|階級を示す記号だったわけです。
ちなみに|エディット・ピアフも|ベルヴィル生まれです。
エディット・ピアフ(1915〜1963)は|フランスを代表する国民的シャンソン歌手です。
「愛の讃歌」や「バラ色の人生」などで知られ|その力強く|哀愁に満ちた歌声で|世界中を魅了しました。
小柄な体格から|「小さな雀」を意味する|「ラ・モーム・ピアフ」という愛称で親しまれました。
ベルヴィルの貧しい家庭に生まれ|路上で歌いながら育ったという|まさにベルヴィルそのものを体現したような人生でした。アデルと|時代も|出自も|重なります。
↩︎ - フランスでは|当時|売春婦を警察に登録させる制度がありました。
登録された女性は|定期的に性病検査を受ける義務があり|警察の管理下に置かれました。アデルが「5年前にストラスブールで登録された」と言っているのは|つまり公認の売春婦だったということです。
ただし彼女は|「ある女性の夫を奪ったせいで|その女性に恨まれて登録させられた」と言い訳しています。登録されると|社会的な烙印を押され|その後の人生に大きく影響しました。
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