『Brille Editor System ver.8』用の『BESファイル』を、ZIPファイルに圧縮して公開しています。(2026年3月30日現在、途中まで)
第1章
マギリカディ夫人は、|息を|切らしながら、|スーツケースを|運ぶ|ポーターの|後を|追って、|ホームを|急いだ。||夫人は|小柄で|丸々と|しており、|ポーターは|背が|高く|大股で|歩く。||そのうえ|夫人は、|一日がかりの|クリスマスの|買い物の|結果、|大量の|荷物を|抱えていた。||二人の|競走は、|はなから|かみ合っておらず、|ポーターは|ホームの|角を|曲がって|姿を|消した。||そのとき|夫人は、|まだ|ホームの|途中を|歩いていた。1

1番ホームは、|ちょうど|列車が|出たばかりだったので、|それほど|混んでは|いなかった。||しかし、|その先の|構内では、|人々が|四方八方に|行き来していた。||地下鉄の|出入り口、|手荷物預かり所、|喫茶室、|案内所、|発車案内板、|そして|外への|出口として|「到着」と|「出発」の|二か所へと、|人の|波が|押し寄せていた。
マギリカディ夫人は、|荷物もろとも|押されたり|もまれたりしながらも、|どうにか|3番ホームの|入り口に|たどり着いた。||そして|荷物を|一つ|足元に|置いて、|改札口の|厳しい|顔をした|制服姿の|係員を|通るための|切符を|探して|バッグを|かき回した。||ちょうど|その時、|がさつだが|かんだかい|声が、|頭上から|響いてきた。

「3番ホームに|停車中の|列車は、|ブラックハンプトン2、|ミルチェスター、|ウェイヴァートン、|カーヴィル・ジャンクション、|ロクセター|経由、|チャドマウス|行き|4時50分|発です。|ブラックハンプトンと|ミルチェスター|ご利用の|お客さまは|後部車両を|ご利用ください。|ヴァニクェイ|ご利用の|お客さまは|ロクセターで|お乗り換えください」
アナウンスは|カチリと|止んだ。||次に、|バーミンガム・ウルヴァーハンプトン|発|4時33分の|列車が|9番ホームに|到着する旨を|告げた。
マギリカディ夫人は|切符を|見つけて|差し出した。||係員は|切符に|鋏を|入れて|つぶやいた。|「後部の|右側です」
夫人は|ホームを|進んで、|3等車の|扉の前で|ぼんやりと|立っている|ポーターを|見つけた。
「こちらですよ、|奥さん」

「1等車に|乗るのですが」|とマギリカディ夫人は|言った。
「おっしゃって|いただかないと」|とポーターは|ぶつぶつ|言いながら、|夫人の|男っぽい|ペッパー・アンド・ソルト3の|ツイードの|コートを|ちらりと|見た。
夫人は|確かに|そう|言ったのだが、|言い争う|気力は|なかった。||すっかり|息が|切れていたのだ。||ポーターは|スーツケースを|持って|隣の|車両へと|歩き、|夫人を|広々とした|1等車に|案内した。||4時50分発は|あまり|利用者が|多くなく、|1等車の|客は|より|速い|朝の|急行か、|食堂車つきの|6時40分発を|好んだ。||夫人は|ポーターに|チップを|渡したが、|ポーターは|がっかりした|様子で|受け取った。||明らかに|3等車の|客への|チップほどの|金額だと|思ったのだ。||夫人は、|北部からの|夜行と|丸一日の|買い物の|後の|快適な|旅には|お金を|惜しまなかったが、|チップに|気前よくする|たちではなかった。
夫人は|ため息を|つきながら|ふかふかの|クッションに|もたれ、|雑誌を|開いた。||五分後、|笛が|鳴り、|列車が|動き出した。||雑誌は|マギリカディ夫人の|手から|すべり落ち、|頭が|横に|傾いた。||三分後には|眠っていた。||三十五分ほど|眠った後、|夫人は|すっきりと|目を|覚ました。||ずれた|帽子を|かぶり直して|体を|起こし、|窓の外に|流れる|景色を|眺めた。
あたりは|すっかり|暗くなっており、|十二月の|陰鬱な|霧の|日だった。||クリスマスまで|あと|五日しか|なかった。||ロンドンも|暗く|陰鬱だったが、|田舎も|同様で、|列車が|町や|駅を|通り過ぎるたびに|灯りの|かたまりが|見えて、|ときおり|明るい|気持ちに|させてくれた。
「ただいま|最後の|お茶の|サービスを|しております」|と|乗務員が|通路の|扉を|さっと|開けながら|言った。
マギリカディ夫人は|すでに|大きな|百貨店で|お茶を|済ませていた。||今は|十分に|満たされていた。||乗務員は|同じ|文句を|繰り返しながら|通路を|進んでいった。||夫人は|網棚に|並んだ|荷物を|見上げ、|満足そうな|顔をした。||フェイスタオルは|とても|お値打ちで、|マーガレットが|欲しがっていた|ものだ。||ロビーへの|宇宙銃と|ジーンへの|ウサギも|大満足の|品だ。||それに|あの|夕方用の|短い|上着は、|暖かくて|おしゃれで、|まさに|自分に|必要な|ものだった。||ヘクターへの|セーターも。||買い物の|賢さに|夫人は|心の中で|うなずいた。
満足した|視線が|窓へと|戻った|とき、|反対方向に|向かう|列車が|けたたましい|音を|立てて|通り過ぎ、|窓を|がたがた|揺らして|夫人を|びっくり|させた。||列車は|ポイントを|がたんと|渡り、|駅を|通過した。||それから|突然|速度を|落とし始め、|信号に|従ったものと|思われた。
しばらく|のろのろと|走った後、|停車した。||やがて|また|前へと|動き始めた。||もう一本の|上り列車が|最初ほどの|勢いではなく|通り過ぎた。||列車は|再び|速度を|上げた。||そのとき、|下り線を|走る|別の|列車が|ぐっと|近づいてきて、|一瞬|ひやりと|するほどだった。||しばらくの|間、|二本の|列車は|並んで|走り、|一方が|少し|先んじたかと|思えば|もう一方が|追いつく。||マギリカディ夫人は|窓から|並走する|列車の|窓を|覗いた。||ほとんどの|ブラインドは|下りていたが、|ときおり|車内の|乗客が|見えた。||その|列車は|あまり|混んでは|おらず、|空いている|車両が|多かった。
二本の|列車が|止まっているかのように|見えた|瞬間、|一つの|車両の|ブラインドが|ぱっと|跳ね上がった。||マギリカディ夫人は、|ほんの|数フィートしか|離れていない|明るい|一等車の|中を|見た。
夫人は|息をのんで|半分|立ち上がった。||窓に|背を向けて|立っていたのは|男だった。||男の|両手は|向き合った|女の|喉に|かかっており、|ゆっくりと|容赦なく|締め上げていた。||女の|目は|飛び出し、|顔は|紫色に|むくんでいた。||マギリカディ夫人は|目が|離せないまま|見ていると、|ついに|終わりが|来た。||女の|体が|力なく|崩れ落ち、|男の|手の|中で|ぐたりとなった。

その|瞬間、|マギリカディ夫人の|乗る|列車が|また|速度を|落とし、|もう一方の|列車が|速度を|上げた。||その|列車は|前へと|進み、|ほどなく|視界から|消えた。
夫人の|手は|ほとんど|無意識に|非常用の|引き紐へと|伸びたが、|途中で|止まった。||考えてみれば、|自分が|乗っている|列車の|引き紐を|引いても|何の|役に|立つのか。
至近距離で|目にした|恐ろしい|光景と、|あまりに|異常な|状況に、|夫人は|体が|動かなかった。||何か|すぐに|行動しなければ|ならない。||でも、|何を?
コンパートメントの|扉が|引き開けられ、|検札係が|言った。|「切符を|拝見します」
マギリカディ夫人は|勢いよく|振り返った。

「女が|絞め殺されました」|と|夫人は|言った。|「たった今|通り過ぎた|列車の|中で。|自分で|見たのです」
検札係は|疑わしそうに|夫人を|見た。
「は?|何と|おっしゃいましたか、|奥さま?」

「男が|女を|絞め殺した。||列車の|中で。||自分で|見たのです。||あそこから」|と|夫人は|窓を|指さした。
検札係は|いかにも|信じられない|という|顔をした。
「絞め殺された?」と、|疑わしそうに|言った。

「そうです、|絞め殺されたのです。||見たのですから。|すぐに|何か|してください」
検札係は|申し訳なさそうに|咳払いを|した。
「奥さま、|少し|うとうとして|おられたのでは|ないでしょうか」|と|言いかけて、|気を|使って|口を|閉じた。

「うとうとして|いたのは|本当です。||でも|夢だと|思うなら|大まちがいです。|見たのですから」
検札係の|目が|座席に|置かれた|開いたままの|雑誌に|落ちた。||そこには|男が|拳銃を|突きつける|中、|女が|絞め殺されている|挿し絵が|あった。
検札係は|なだめるように|言った。
「奥さま、|面白い|お話を|読んでいる|うちに|うとうとして、|少し|混乱して|目を|覚まされたのでは|ないでしょうか」
マギリカディ夫人は|遮った。


「見たのです」|と|夫人は|言った。
「あなたと|同じくらい|しっかり|起きていました。|そして|窓から|隣の|列車の|窓を|見たら、|男が|女を|絞め殺していたのです。||聞きたいのは、|あなたが|どう|するつもりか|ということです」
「それは|奥さま」

「何か|するつもりでしょうね?」
検札係は|しぶしぶ|ため息を|ついて|時計を|見た。
「あと|ちょうど|七分で|ブラックハンプトンに|着きます。|おっしゃったことを|報告します。|その|列車は|どちらの|方向へ|走っていましたか?」

「こちらと|同じ|方向です。|反対方向へ|走り去る|列車で|これほど|はっきり|見えると|思いますか?」
検札係は、|マギリカディ夫人なら|どこでも|何でも|見えるだろうと|思っているような|顔をしたが、|礼儀正しく|振る舞った。
「ご安心ください、|奥さま」|と|言った。|「ご報告します。|念の|ため、|お名前と|ご住所を|いただけますか?」
マギリカディ夫人は|これから|数日間|滞在する|住所と、|スコットランドの|自宅の|住所を|告げ、|検札係は|それを|書き留めた。||それから|検札係は、|面倒な|乗客を|うまく|あしらった|という|顔をして|立ち去った。
マギリカディ夫人は|眉を|寄せたまま、|何となく|釈然と|しなかった。||検札係は|本当に|報告して|くれるだろうか。||それとも|ただ|なだめられた|だけだろうか。
世の中には、|共産主義の|陰謀を|暴いたと|思い込んだり、|殺されそうだと|感じたり、|空飛ぶ|円盤や|秘密の|宇宙船を|見たり、|実際には|起きていない|殺人を|報告したりする|年配の|女性が|大勢いる。||もし|あの男が|自分を|そういう|女だと|思ったなら。

列車は|速度を|落とし、|ポイントを|渡り、|大きな|町の|明るい|灯りの中を|走っていた。||マギリカディ夫人は|ハンドバッグを|開け、|見つかった|領収書の|裏に|ボールペンで|手早く|メモを|書き、|たまたま|持っていた|封筒に|入れて|封をし、|宛名を|書いた。
列車は|混んだ|ホームに|ゆっくりと|入った。||いつもの|アナウンスが|流れていた。|「1番ホームに|到着の|列車は、|ミルチェスター、|ウェイヴァートン、|ロクセター|経由、|チャドマウス|行き|5時38分|発です。|マーケット・ベイシング|ご利用の|お客さまは|3番ホームに|停車中の|列車を|ご利用ください。||1番|停車場は|カーバリー|行き|各駅停車|です」
マギリカディ夫人は|ホームを|不安そうに|見回した。||乗客は|多いのに|ポーターは|少ない。||ああ、|一人|いた。||夫人は|威勢よく|声を|かけた。

ページ7


「ポーター、|これを|すぐに|駅長室へ|届けてください」
夫人は|ポーターに|封筒と|一緒に|一シリングを|渡した。
それから|ため息を|ついて|シートに|もたれた。||できることは|した。||一シリングを|渡したことを|ちらりと|惜しいと|思った。||六ペンスで|十分だったのに。
心は|また|目撃した|場面に|戻った。||恐ろしい、|本当に|恐ろしい|光景だった。
夫人は|気丈な|たちだったが、|それでも|身震いした。||なんと|奇妙な、|なんと|信じられないことが、|自分、|エルスぺス・マギリカディに|起きたことか。||あの|コンパートメントの|ブラインドが|たまたま|跳ね上がらなければ。||しかし|それは|もちろん、|神の|摂理|というものだ。
神の|摂理が、|自分|エルスぺス・マギリカディを|この|犯罪の|証人に|選んだのだ。||夫人は|唇を|きっと|引き結んだ。
怒鳴り声が|上がり、|笛が|鳴り、|扉が|バタンと|閉まった。||5時38分|発の|列車が|ブラックハンプトン駅を|ゆっくりと|出た。||一時間と|五分後、|ミルチェスターに|停まった。
マギリカディ夫人は|荷物と|スーツケースを|まとめて|降りた。||ホームを|見回した。||やはり|ポーターが|少ない。||見つけた|ポーターは|郵便袋や|荷物車の|対応で|手が|いっぱいだった。||最近の|乗客は|自分で|荷物を|運ぶのが|当たり前に|なっているらしい。||しかし|スーツケースと|傘と|荷物を|全部|一人で|運ぶわけには|いかない。||待つしか|なかった。||やがて|どうにか|ポーターを|捕まえた。
「タクシーは?」

「迎えが|来ているはずです」
ミルチェスター駅の|外では、|出口を|見張っていた|タクシーの|運転手が|近づいてきた。||柔らかい|地元の|なまりで|言った。
「マギリカディ様で|いらっしゃいますか?||セント・メアリー・ミード4まで?」

夫人は|うなずいた。||ポーターには|十分とは|いえないが|相応の|チップを|渡した。||車は|夫人と|スーツケースと|荷物を|乗せて|夜の中へと|走り去った。||九マイルの|道のりだった。||車の|中で|背筋を|伸ばして|座った|夫人は、|くつろぐ|ことが|できず、|気持ちを|どこかに|吐き出したくて|ならなかった。
やがて|タクシーは|見慣れた|村の|通りを|走り、|目的地の|前に|止まった。||マギリカディ夫人は|降りて|レンガの|小道を|玄関まで|歩いた。
運転手が|荷物を|玄関に|運び入れると、|扉を|開けたのは|年老いた|女中だった。
ページ8
マギリカディ夫人は|玄関を|まっすぐ|通り抜けて、|開いた|リビングの|扉の|前で|待っていた|女主人の|もとへ|向かった。||か細い|老婦人だった。

「エルスぺス!」

「ジェーン!」
二人は|抱擁し、|前置きもなく|マギリカディ夫人は|一気に|しゃべり出した。

「ジェーン、|大変なの!|殺人を|見てしまったのよ!」

- パディントンとは、|ロンドン|西部に|ある|ターミナル駅の|ことです。||正式名称は|パディントン駅で、|1838年に|開業しました。||イギリスの|グレート・ウェスタン鉄道の|起点駅として、|ロンドンから|ウェールズ|方面や、|イングランド|西部・南西部へ|向かう|列車が|発着します。||この|物語では、|マギリカディ夫人が|乗る|「4時50分|発」の|列車が、|この|パディントン駅を|出発します。||タイトルの|『パディントン発|4時50分』は、|この|駅名から|来ています。
なお、|日本では|「パディントン」と|いえば、|絵本の|キャラクター、|パディントン・ベアが|有名です。||あの|クマも、|孤児として|ペルーから|ロンドンへ|来た|とき、|この|パディントン駅で|発見されたという|設定です。||駅名が|そのまま|キャラクター名に|なりました。
↩︎ - ブラックハンプトンとは、|この|物語に|登場する|架空の|都市の|名前です。||パディントン駅から|列車で|数時間の|距離に|ある|イングランドの|地方都市として|描かれています。||物語の|舞台となる|ラザフォード・ホールは、|もともと|この|ブラックハンプトンの|郊外に|あった|広大な|邸宅ですが、|作中では|すでに|周囲を|住宅地に|囲まれています。
事件が|起きたのは、|パディントン駅を|出発した|後、|ブラックハンプトン駅に|到着する|直前の|区間です。||凶行が|行われた|列車は|4時33分発で、|途中|ヘイリング・ブロードウェイ駅と|バーウェル・ヒース駅に|停車したのち、|ブラックハンプトンへ|向かっていました。||犯人は|ブラックハンプトン駅の|手前の|大きな|カーブの|高い|築堤あたりで、|遺体を|車窓から|投げ捨て、|ラザフォード・ホールの|敷地内に|落としたと|推理されています。
↩︎ - ペッパー・アンド・ソルトとは、黒と白の細かい模様が混じり合って、全体的に灰色に見える|ツイード地の|色合いのことです。
ちょうど|黒い|胡椒と|白い|塩を|混ぜた|ときの|色に|似て|いることから、|この|名前が|ついて|います。
イギリスの|田舎の|紳士や|上流階級の|婦人が|好んで|着る|ツイードの|コートや|スーツに|よく|使われる|伝統的な|柄です。||マギリカディ夫人の|コートが|この|色だという|描写は、|彼女が|実用的で|保守的な|イギリスの|中産階級の|婦人である|ことを|さりげなく|表して|います。
↩︎ - セント・メアリー・ミードとは、|この|物語に|登場する|架空の|村の|名前です。||ミス・マープルが|住む|村として、|マープル|シリーズの|多くの|作品に|登場します。||イングランドの|どこかに|ある|静かで|小さな|村として|描かれており、|表向きは|のどかですが、|不思議と|殺人事件が|起きる|村として|知られています。
クリスティは|この|村の|モデルについて|明言して|いませんが、|イングランド|南部の|典型的な|田舎村を|想定して|いたと|考えられています。||「ミード」とは|英語で|草地や|牧草地を|意味する|言葉で、|「セント・メアリー」は|聖マリアに|ちなんだ|教会の|名前から|来ている|と|思われます。||つまり|「聖マリア|草地村」|といった|意味合いの|村名です。
↩︎
