今回のW杯はBS4Kで観戦する機会が増えた。4Kの映像は本当に美しい。試合の合間に映る世界各都市の街並みにも、つい見入ってしまう。
そこで気づいたことがある。ヨーロッパの建物には、室外機がほとんど見当たらないのだ。
そこで、これまでに書いてきたW杯とマーケティングに関するシリーズの第3弾として思いついたことを書いてみたい。
これまでの記事はこちら
その1:W杯のスタジアムに、なぜ日本企業の看板がないのか
その2:ワールドカップに日本企業がいない——アジアの熱量を誰が取りに行く!?
エアコンのない夏、40度超えの現実
ちょうど今、スペインやフランスでは40度を超える熱波が続き、死者も出ている。フランスでは観測史上最も暑い日が記録され、南西部では44.3度に達した。エアコン普及率の低さから、全国でおよそ1800の小中学校が休校になったという。
住宅のエアコン普及率は、米国の90%に対し、欧州はわずか20%程度にとどまる。国によって差はさらに大きく、ドイツはわずか3%、イギリスは5%という驚くべき数字も報告されている。
なぜここまで普及していないのか。理由は一つではない。
まず建物が古く、エアコンの後付け工事が難しい。さらに景観や歴史的な街並みを守るための規制で、室外機を外壁に設置できない地域も多い。パリやイタリアの観光地ではとくに厳しく、無断設置には罰金が科されることもある。
加えて、ヨーロッパには「冷たい風は体に悪い」という昔ながらの考え方が根強く残っている。イタリアでは「colpo d’aria」と呼ばれ、冷気に当たると風邪をひくと広く信じられているし、ドイツでもすきま風を嫌う文化が強い。
さらにフランスなどでは、「エアコンは電気を使いすぎて、温暖化をかえって悪化させる」という環境意識から、あえて導入を避ける人も多い。
つまり単に「お金がないから」ではなく、建物の事情、景観への配慮、昔からの習慣、環境への考え方——いくつもの理由が重なって、エアコンが広まらずにきたのである。
それでも、市場は動き始めている
ただし今回の熱波は、その空気を変えつつある。フランスでは冷房設備の拡充が大統領選の主要争点として浮上し、英国でもエアコン規制の緩和に向けた議論が出ている。

実際、ヨーロッパでのエアコン需要は急激に高まっており、日本メーカーの製品も好調だ。三菱電機はフランス・スペイン・英国・ドイツを中心に販売数が伸び、ダイキン工業も前年同期比で販売が伸びていると報告している。
これは一時的なエルニーニョの熱波かもしれないが、地球温暖化が長期トレンドであることはほぼ既定路線だ。つまり「エアコンのない巨大市場」が、これから本格的に立ち上がろうとしている。
日本のエアコンは省エネ性能で評価が高いが、油断はできない。中国メーカーもインバーター技術などで急速に省エネ性能を高めており、その差は確実に縮まりつつある。だからこそ、まだ日本に分があるうちに、市場を押さえにいく必要があるのではないか。
W杯のピッチサイドにエアコンメーカーの看板はない(よね?)が、すぐそこに育ちつつある市場を、日本企業はどう見ているだろうか。
ヨーロッパは、W杯を当然のように見ている
ここでもう一度、W杯の話に戻りたい。ヨーロッパの人々にとって、W杯は特別なイベントではなく、当たり前に見るものだ。日本のように「日本代表が勝てば見る」のではなく、サッカーそのものが生活に根付いている。つまりヨーロッパの視聴者は、ほぼ確実にこの夏、W杯を見ている。
以前の記事で触れた通り、ハイセンスは東芝のテレビ事業を買収し、REGZAというブランドをそのまま活かして日本市場でシェア1位を獲得した。「格安」というイメージを、買収したブランドの信頼力で塗り替えた。
同じことが、エアコン市場でも起きないとは言い切れない——いや、実はすでに起きている。日本メーカーが「技術で勝っているから大丈夫」と構えている間に、中国メーカーがブランド力で市場そのものを押さえてしまう。これはすでに一度、日本企業が経験した展開であり、しかもエアコン業界ではすでに進行中の話だ。
中国のハイアールは2011年に三洋電機の白物家電事業を、マイディアは2016年に東芝の家電部門を買収した。その結果、2024年の世界エアコン市場シェアは1位マイディア、3位グリーと中国勢が席巻し、ダイキンはかろうじて2位に踏みとどまっている。背景には、巨大な中国国内市場と、急成長するインド・東南アジア市場での強さがある。日本企業の技術を吸収しつつ、市場規模という追い風も受けて、中国メーカーはすでに販売シェアで世界トップクラスに立っている。
ヨーロッパのエアコン市場は、まだ「誰のものでもない」白紙の状態に近い。技術力で先行している今だからこそ、ブランドとしての存在感も同時に刻んでおく必要があるのではないか。W杯という、ヨーロッパ中が見ている舞台はそのための絶好の機会のはずだが、今のところそこに日本企業の名前はない。
後追いではなく、強みを活かす市場開拓を
今、日本が国を挙げて力を入れているのは、キオクシアやラピダスといった半導体だ。AIブームに乗って、世界の競争にどう追いつくかという「後追い」の戦いが続いている。宇宙産業のH3ロケットも同じ構図にある。再使用ロケットで圧倒的なコスト競争力を持つスペースXに対し、すでに大きく開いた価格差を埋めようと追いかけている状況だ。
しかし、今の日本の技術で世界と戦うべき土俵は、AIや半導体、ロケットだけではないはずだ。エアコンの省エネ性能はその一例にすぎず、日本にはものづくりの分野で世界トップクラスの技術を持つ中小企業も数多くある。かつて日本の中小企業は「世界一」とまで言われた時代があったのだ。
半導体やロケットのように、すでに他国が大きくリードしている土俵で消耗戦を続けるよりも、まだ日本に分がある土俵で、認知度と技術の両方に資源を集中投下する方が、勝算は高いのではないか。エアコンの省エネ技術はその好例だ。中国メーカーとの差はまだ残っているが、確実に縮まりつつある。今のうちに技術投資を加速させ、同時にブランドとしての存在感もヨーロッパに刻んでおく——その両輪を、急いで回す必要があるのではないか。
美しいヨーロッパの街並みにエアコンの室外機が並ぶことはあまり考えたくはないが、ポルトガルの首都、リスボンのドローン映像では、屋根の上の室外機をちらほら見かけた。
日本は敗退したが、W杯が本当に熱くなるのはこれからだ! 巨大市場は確実に動いている。

