『スタイルズ荘の怪事件』は、アガサ・クリスティが世に送り出した最初の長編小説であり、名探偵エルキュール・ポワロの鮮烈なデビュー作です。
舞台は第一次大戦下のイギリス、エセックス州に建つ古い屋敷スタイルズ荘。
大富豪の老婦人が、密室同然の寝室で毒殺される――しかも、遺言をめぐって親族たちの利害は鋭く対立している。
容疑者は全員、動機を持ち、同時に決定的なアリバイの欠陥を抱えている。
この作品の核にあるのは、
派手な行動ではなく、細部への異常なまでの注意力です。
部屋の配置、薬の扱い、証言の言い回し、時間のズレ。
ポワロはそれらを一つずつ整理し、論理だけで真相に迫っていきます。
注目すべきは、すでにこの第一作で、
- フェアプレイの徹底
- 読者の先入観を利用する手法
- 「見えているのに気づかれない事実」の配置
といった、クリスティ作品の基本原理が完成している点です。
後年の華やかなトリックや大胆な構成を期待すると、地味に感じるかもしれません。
しかし逆に言えば、ここには最も純粋な形のクリスティ的ミステリがあります。
名探偵ポワロの出発点として、
そして「論理と観察だけで成立する殺人事件」の手本として、
『スタイルズ荘の怪事件』は今なお読み返される価値を失っていません。