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「新聞記者が|押しかけて来る|ことは|ないでしょうね?||鍵を|かけてください、|いいですか?||静かに|話すほうが|いいでしょう」
デルヴィーニュ警部は、|同業者を|見つめていた。||それは、|地方で、|とりわけ|ベルギーでは、|パリから|来た者に|向けられる、|あの|無意識の|敬意だった1。||さらに、|彼は|さっき|自分が|しでかした|失態に|気まずさを|感じていて、|弁解|しようとした。

「そんな|ことは|ない」|メグレが|言い切った。
「私は|ぜひとも|逮捕される|必要があった。||もっと|言うと、|これから|あなたは|私を|牢屋に|送るんだ。||そして、|必要な間、|私は|そこに|いるつもりだ。||あなたの|部下たちにも、|私の|逮捕が|本当だと|信じてもらう|必要がある」

ベルギー人の|顔つきが|あまりに|おかしかったので、|彼は|抑えきれず、|思わず||吹き出してしまった。||相手は、|上目づかいに|メグレを|見て、|どういう|態度を|取るべきか|考えていた。||自分が|滑稽に|見えることを|恐れているのが|分かった。||そして、|相手が|冗談を|言っているのか|どうかを|見極めようと|していたが|無駄だった。
メグレの|笑いが、|相手の|笑いも|引き出した。

「おやおや、|なかなか|面白いことを|言うじゃないですか。||あなたが|牢に|入るだって!|ははは!」

「本気で|そうしたいんだが」

「ははは!」
彼は、|長いあいだ|冗談だと|思っていた。||そして、|相手が|本気で|話していると|分かったとき、|さすがに|動揺した。
二人は、|いま、|向かい合って|座っていた。||書類で|いっぱいの|机が、|そのあいだを|隔てていた。||ときどき、|メグレは|同僚の|海泡石の|パイプ2に、|いまだに|感心した|まなざしを|向けていた。
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「すぐに|分かりますよ。||もっと|早く|事情を|話さなかったことは|お詫します。||しかし|あとで|分かると|思いますが|それは|不可能だったんです。||犯行は|水曜日に|起きた、|そうですね?||よし。||さて|その前の|月曜日、|私は|<オルフェーブル河岸>の|自分の|執務室に|いたんです。||そこへ|<グラフォプロス>」という|男の|名刺が|回されてきた。

||いつものように、|面会する|前に|外国人係へ|電話して|そいつの|身元を|当たらせた。||だが、|何も|出てこない。||実は|グラフォプロスは|パリに|着いたばかり|だったのです。||執務室で|会ってみると、|そいつは|一時的に|動揺|している男|という|印象だった。||彼は|自分は|各地を|旅している、|命を|狙われている|心当たりが|あると|言う。||そして|最後に、|刑事を|一人|昼夜|つけてもらうと|いくらかかるかと|聞いてきた。||よくある|話だ3。||私は|料金を|伝えた。||そいつは|腕のいい者を|強く|望んだが、|自分が|どんな|危険に|さらされているのか、|敵が|誰なのか|については、|はっきり|答えなかった。||グラン・ホテルの|住所を|聞き、|その日の|夜のうちに|希望どおりの|刑事を|送り込んだ。||翌朝、|私は|改めて|身元を|調べた。||ギリシャ大使館からの|返答では、|そいつは|アテネの|大銀行家の|息子で、|ヨーロッパ中を|遊び歩く|貴族気取りの|生活を|している|男だと|いう。||あなたも|どうせ|ただの|遊び人だと|思ったでしょう」


「そのとおりです。||しかし、|本当に|間違い|ないのですか…」

「聞いてください。||火曜の|夜、|その|グラフォプロスを|護衛していた|刑事が、|驚いた|様子で|報告してきた。||あの男は|道々、|ずっと|自分を|まこうと|していたというんだ。||出入口が|二つある|家を|使ったり、|タクシーを|何度も|乗り継いだり、|誰でも|知っている|小細工ばかりだ。||しかも|水曜の|朝の|ロンドン行きの|飛行機の|切符を|買っているという。||正直に言うと、|仕事で|ロンドンへ|ひとっ走り、|それも|飛行機で|というのは、|悪くないなと|思った。||そこで|私が|直接|尾行を|引き受けた。||そして|水曜の|朝、|グラフォプロスは|グラン・ホテルを|出た。||だが|ル・ブルジェ4へは|向かわず、|北駅へ|行き、|ベルリン行きの|列車の|切符を|買った。

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||同じ|サロン車5に|乗っていた。||向こうが|私に|気づいたか|どうかは|分からない。||いずれにせよ、|話しかけては|こなかった。||リエージュで|あいつは|降り、|私は|そのあと|降りた。||<オテル・モデルヌ>に|部屋を|取り、|私は|その|隣の|部屋を|選んだ。||王立劇場の|裏手の|レストランで|食事を|した」

「ベカス6だ!」|と|デルヴィーニュが|口を|はさんだ。||「あそこは|うまい!」

「とくに|リエージュ風の|腎臓料理7は|いい、|確かに。||だが|私の|感じでは、|グラフォプロスは|リエージュに|来たのが|初めての|ようだった。||駅で|オテル・モデルヌを|教えられ、|ホテルで|ベカスを|勧められた。||さらに|べカスの|ウェイターから|ゲ・ムーランの|話を|聞いていた」


「つまり、|偶然|そこへ|流れ着いた|わけですな」|と|デルヴィーニュが|ぼんやりと|言った。

「偶然か|そこまでは|分からない。||私は|少し|あとから|キャバレーに|入った。||店の|踊り子が|すでに|彼の|テーブルに|ついていたが、|それ自体は|珍しくない。||正直|ひどく|退屈だった。||私は|ああいう|夜の|店が|嫌いでね。||最初は|女を|連れて|出るだろうと|思った。||だが|女が|一人で|帰る|様子だったので、|少し|一緒に|歩いて|二、三|聞いてみた。||女は、|あの|外国人に|会うのは|初めてで、|約束は|されたが|行くつもりは|ないと|言った。||それに、|退屈な|男だ|とも|付け加えた。||それだけだった。

||私は|引き返した。||店の|主人が|ウェイターと|いっしょに|外へ|出ていく|ところだった。||そのすきに|あいつは|店を|出たのだろうと|思い、|近くの|通りを|少し|探した。||ホテルへ|行って、|戻っていない|ことを|確かめた。||ゲ・ムーランへ|戻ると、|扉は|もう|閉じられていて、|中にも|明かりは|なかった。||要するに、|これ以上|ないほど|空振りだ。||とはいえ、|深刻に|考えていた|わけでもない。||巡査に|ほかに|開いている|店がないか|聞いて、|四つか|五つ|教えられたので、|順に|回ってみたが、|あの|ギリシャ人は|見つからなかった」

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「それは、|たいした|ものです」と、|デルヴィーニュ警部は|つぶやいた。

「まあ|聞いてくれ。||私は|あなたたちに|名乗り出て、|リエージュ警察と|協力して|捜査を|続けることも|できた。||だが、|私が|ゲ・ムーランに|いたことを|見られている|以上、|犯人に|警戒|させるのは|避けたかった。||要するに、|犯人の|範囲は|かなり|絞られている。||私は|まず、|あの|二人の|若者に|目をつけた。||あの|落ち着きのなさは|見逃せなかった。||そこから|アデルへ、|そして|被害者の|煙草入れへと|つながった。||あなたたちは|事を|急ぎすぎた。||ジャン・シャボの|逮捕、|デルフォスの|逃亡、|一同に介して|対決‥‥|そうした|ことは|私は|新聞で|知った。||そのついでに、|私自身が|有力な|容疑者として|捜されている|ことも|知った。||それだけだ。||だから、|それを|利用した」

「利用した?」

「では|一つ|聞きたい。||あの|二人の|若者が|有罪だと|思うか?」

「正直に|言えば……」

「わかった。||やはり|そうは|思っていない。||誰も|思っていない。||そして|犯人も、|それを|よく|分かっている。||いつかは|別の|方面を|探られると|感じている。||だから|用心|している。||これでは|犯人が|軽率な|行動を|してくれるとは|思えない。||だが|その一方で、|新聞が|書き立てている|『肩幅の|広い|男』に|強い|嫌疑が|かかっている。||そこで、|その|『肩幅の|広い|男』は|芝居がかった|状況で|逮捕された|ことにする。||世間では、|今夜、|真犯人が|捕まったと|思われる。||この|印象を|広める|必要がある。||すると|明日には、|私が|<サン=レオナール|刑務所>に|いる、|そして|まもなく|自白が|得られると|期待|されている、|こう|書き立てるでしょう」

「本当に|刑務所へ|行く|つもりですか?」

「いけませんか?」
デルヴィーニュ警部は、|その考えに|どうしても|なじめなかった。

「もちろん、|行動の|自由は|保障しますが……」

「いや、|それでは|困ります。||むしろ、|いちばん|厳しい|待遇に|してください」
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「パリでは|ずいぶん|妙な|やり方を|するもんですな?」

「そんなことは|ありません。||ただ|さっき|言ったとおり、|犯人を|安心させる|必要が|あるのです。||犯人が|いればですが‥‥」
こんどは|赤い口髭の|警部が|ぎょっとした。

「どういう|意味です?||まさか|グラフォプロスが|自分で|棍棒で|頭を|叩き割って、|それから|柳の|荷物入れに|自分で|入り、|動物園まで|運ばせたとでも|言うつもりですか?」
メグレの|大きな目は|妙に|素朴そうだった。

「どうですかな?」
そう言いながら|パイプに|タバコを|詰める。

「そろそろ|私を|牢屋へ|連れていってください。||その前に、|いくつかの|点で|話を|合わせて|おいたほうが|いいでしょう。||書いてください」
口調は|ごく|単純だった。||むしろ|控えめですら|あった。||だが|それでも|いつのまにか|彼が|捜査の|主導権を|握っていた。

「聞きましょう」

「第一に、|月曜日、|グラフォプロスは|パリ警察に|保護を|求めた」
「第二に、|火曜日、|彼は|自分を|見張っている|刑事を|出し抜こうと|した」
「第三に、|水曜日、|ロンドン行きの|切符を|買ったあと、|ベルリン行きの|切符も|買い、|リエージュで|降りた」
「第四に、|彼は|町に|不案内らしく、|結局|ゲ・ムーランに|入り、|とくに|目立ったことは|しなかった」
「第五に、|私が|踊り子と|一緒に|外へ出たとき、|店には|四人いた。||シャボと|デルフォスは|地下室の|階段に|隠れており、|店主と|ヴィクトールは|ホールに|いた」
「第六に、|私が|戻ると、|店主と|ヴィクトールは|出て行き、|店を|閉めた。||連中の話では、|シャボと|デルフォスは|まだ|中に|いた。」
「第七に、|若い二人は、|閉店後|十五分ほどして|地下から|出てきたと|言い、|そのときには|グラフォプロスは|すでに|死んでいた」
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「第八に、|それが|事実なら、|犯行は|私が|踊り子と|少し|歩いている|あいだに|行われた|可能性が|ある。||その場合、|犯人は|ジェナロと|ヴィクトールだ」
「第九に、|それが|偽りなら、|その時点で|犯行は|デルフォスと|シャボ|自身によって|行われた|可能性が|ある」
「第十に、|シャボは|嘘を|ついているかも|しれず、|その場合、|事件が|ゲ・ムーランで|起きたという|証拠は|何もない」
「第十一に、|犯人が|自分で|死体を|運んだ|可能性もあるが、|その運搬は|別の|誰かによって|行われた|可能性も|ある」
「第十二に、|翌日、|アデルは|煙草入れを|持っているが、|それは|デルフォスに|もらったと|言っている」
「第十三に、|ジェナロ、|踊り子、|ヴィクトールの|証言は|一致して、|ジャン・シャボの|主張を|否定している」
メグレは|口を|つぐみ、|パイプを|二、三|ふかした。||その|相手は|不安そうな|目を|彼に|向けた。

「これは、|とんでもないことだ」と|彼は|つぶやいた。

「何が|とんでもない?」

「この|事件の|複雑さですよ。||よく見れば|見るほど」
メグレは|立ち上がった。

「それでは、|寝ることに|します。||サン=レオナールの|ベッドは|悪くないでしょうな?」

「本当に|あそこへ|行くつもりですね」

「そういえば、|あの|若造の|隣の|牢屋に|してもらえると|ちょうどいい。||明日、|あいつと|対決させてくれと|頼むことに|なるでしょう」

「その前に、|仲間の|デルフォスが|見つかるかも|しれませんが」

「それは|気にしなくても|いいでしょう」

「二人が|完全に|無関係だと|思いますか?||予審判事は|釈放の|話など|聞く耳は|ありませんよ。||ところで、|あなたのことは|どう|説明すれば|いいんです?」

「できるだけ|後にして|もらえませんか?||隣では|何が|起きてます?」

「おそらく|新聞記者です。||彼らに|発表|しなければ|なりません。||あなたの|身元は|どうしましょう?」

「身元不明。||名前も|わからない。||私からは|何も|見つかって|いないと」
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デルヴィーニュ警部は|まだ|完全には|納得|していなかった。||彼は|なおも|横目で|メグレを|うかがい、|不安と|驚きの|入りまじった|視線を|向けていた。

「さっぱり|分かりません!」

「私もです」

「まるで|グラフォプロスは|殺されるためだけに|リエージュに|来たようなものです。||そうだ、|そろそろ|家族に|知らせなければ。||明日の朝、|ギリシャ領事に|会うことに|しましょう」
メグレは|山高帽を|手に|取っていた。||もう|出る|用意が|できていた。

「記者の|前では|あまり|丁重に|扱わないように」と|彼は|言った。
相手が|扉を|開けた。||大きな|刑事部屋には、|半ダースほどの|記者が|一人の|男を|取り囲んでいるのが|見えた。||デルヴィーニュ警部は|その男に|見覚えがあった。

それは|ホテル・モデルの|支配人で、|その日の|午後にも|来ていた|男だった。||彼は|激しい|調子で|記者たちに|話し、|記者たちは|メモを|取っていた。||突然、|男は|振り向き、|メグレに|気づき、|顔を|真っ赤にして|指さした。

「こいつだ!||間違いない!」

「分かっている。||この男は|あなたの|ホテルに|泊まったと|白状している」

「それに|荷物入れを|持ち出したことも|認めましたか?」
デルヴィーニュ警部は|訳が|分からなかった。

「どんな|荷物入れだ?」

「柳で編んだ|荷物入れに|決まっています!||いまどきの|使用人では、|気づかずに|長いこと|放って|おくところでした」

「わかるように|説明しろ」

「こういうことです。||ホテルの|各階の|廊下には、|汚れた|リネンを|入れておく|柳の|トランクが|置いてあります。||ところが、|さっき|洗濯屋が|来たときに、|トランクが|一つ|足りないことに|気づきました。||三階の|ものです。||女中に|聞いたところ、|ふたの|具合が|悪かったので、|修理に|出したのだと|思ったらしい」


「中の|リネンは|どうした?」

「そこが|妙なんです。||中に|入っていた|リネンは、|二階の|トランクの中で|見つかったんです」
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「それが|死体を|運ぶのに|使われた|トランクだと|確かか?」

「いま|遺体安置所から|来たところで、|そこで|見ましたので」
男は|息を|切らしていた。||こんな|事件に|これほど|深く|関わっていることが|まだ|信じられなかった。
だが、|いちばん|動揺していたのは|デルヴィーニュ警部の|ほうで、|メグレの方を|振り向くことすら|できなかった。||記者たちの|存在も、|メグレとの|事前の|取り決めも|忘れて|しまっていた。

「これは|どういう|ことですか!」

「別に|言うことはない」と|メグレは|平然と|答えた。

「聞いてください」と、|ホテル・モデルヌの|支配人は|続けた。
「あの男は|わからないよう|荷物入れを|持ち出すことも|できたはずです。||夜、|部屋に|入るには|ベルを|鳴らさなければ|なりません。||門番は|寝床から|起きずに|紐を|引いて|開けます。||ですが|ホテルを|出るときは、|自分で|ノブを|回すだけで|いいのです」

絵の|うまい|記者が|一人、|メグレの|素早い|スケッチを|描いていた。||頬は|ふくらみ、|できるだけ|不気味な|顔に|描かれていた。
デルヴィーニュ警部は|髪に|手をやり、|口ごもった。

「少し|私の|執務室に|戻ってて|くれませんか」
彼は|どこに|目を|向けていいか|分からなかった。||一人の|記者が|尋ねた。

「自白したのか?」

「放っといてくれ!」
メグレは|落ち着いて|言った。

「これ以上|質問には|答えない」

「ジラール!|車を|回せ!」

「供述書に|署名する|必要は|ありませんか」と|支配人が|言った。

「あとでだ」

場は|混乱していた。||ただ|メグレだけが|パイプを|くゆらせながら、|その場の|人々を|一人ずつ|見渡していた。

「手錠ですか?」と|戻ってきた|ジラールが|尋ねた。

「いや……|いや、|いい。||さあ、|こっちへ!」
彼は|警部と|二人きりで|車に|乗るのを|急いでいた。||人気のない|通りを|走りながら、|ほとんど|懇願するように|尋ねた。

「これは|どういう|ことですか?」

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「何が?」

「あの|荷物入れの|話です。||つまり|支配人は|ホテルから|荷物入れを|持ち出したのは|あなただと|言っています。||死体が|見つかった|あの|荷物入れです!」

「たしかに|そう|言いたそうな|様子でしたね」
その|『言いたそう』という|言い方は、|支配人が|はっきり|断言した|あとでは、|なんとも|皮肉な|響きが|こもっていた。

「本当なんですか?」
答える|かわりに、|メグレは|話を|整理した。
「要するに|その|荷物入れを|運び出したのは|グラフォプロスか|それとも|私か、|ということです。||もし|グラフォプロスだと|したら、|これは|ずいぶん|妙な|話だ。||自分の|棺桶を|自分で|運んだ|男|ということになる!」

「失礼だが……|さっき|あなたが|身分を|名乗ったとき、|その……|身分証を|拝見するのを|忘れていました……」
メグレは|ポケットを|探り、|やがて|警部の|バッジを|相手に|差し出した。


「いや……|失礼しました……|その|荷物入れの|件ですが……」
そして|暗い|車内に|助けられて、|急に|大胆になって|言った。

「ご存じですか。||たとえ|あなたが|何も|言わなかったと|しても、|あの男の|はっきりした|供述の|あとでは、|私は|あなたを|逮捕|せざるをえません」

「もちろんです!」

「この|嫌疑が|かかることを|予想|していたのですか?」

「私が?|いいえ」

「では|グラフォプロスが|自分で|その|トランクを|運び出したとでも?」

「まだ|何も|考えてませんよ」
デルヴィーニュは|いら立ち、|頬を|紅潮させ、|黙り込み、|隅に|身を|沈めた。
刑務所に|着くと、|彼は|連れの|顔を|見ないようにしながら、|手早く|収監の|手続きを|済ませた。


「看守が|案内します……」と|別れの|言葉のように|言った
彼は|その直後、|これを|良心の|問題として|考えざるを|えなかった。||通りに|出ると、|同業者に|対して|あまりにも|冷たすぎるのでは|ないかと|自問していた。
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「本人が、|俺に、|厳しく|やれと|頼んできたんだ!」
だが、|一対一の|本気の場では|なかった。||それに、|それは|オテル・モデルヌの|支配人の|供述の|前の|話だ。||パリから|来たからといって、|メグレが、|自分を|からかって|いるのでは|ないか?

「そういうことなら、|あいつの|勝手だ」
ジラールは、|事務室で|待っていて、|メグレ警部が|口述した|項目を|読んでいた。

「順調に|進んでいますね」と、|上司の|到着に|満足げに|言った。

「ああ?||これが|進んでると|思うのか?」
その|言い方に、|ジラールは|目を|見開いた。

「ですが……|あの|逮捕は……|それに、|あの|荷物入れが……」

「トランクが、|だと……|ああ!||そうだな!||その|荷物入れの|話でも|していろ……|電報を|つないでくれ」
そして、|回線が|つながると、|次の|電文を|読み上げた。
パリ|司法警察局あて。||
至急、|詳細な|人物特徴、|および、|可能なら|指紋カードを|送られたし。||
対象、|警部メグレ。||
リエージュ|保安警察。||

「これは、|どういう|意味ですか」と、|ジラールが|おそるおそる|尋ねた。
それが|まずかった。||デルヴィーニュは、|凶暴な|目つきで|彼を|にらみつけた。

「何の|意味も|ない、|分かるか?||意味は|こうだ、|お前の|くだらん|質問には|もう|うんざりだ|ということだ!||放っておいて|ほしいという|ことだ!||それは……」
だが、|自分の|怒りの|ばかばかしさに|気づき、|最後は|ひと言で|切り上げた。

「くそっ!」||
そして、|自分の|部屋に|閉じこもり、|メグレ警部の|十三の|項目と|一対一で|向き合った
- 当時の一般的な傾向として、そうした空気はあったと考えられます。
19世紀から20世紀前半にかけて、Parisはフランス語圏における政治・文化・行政の中心であり、地方都市や隣国のフランス語圏――たとえばリエージュ(Liège)のような地域――から見ると、強い影響力を持つ存在でした。とくに行政や警察の分野では、パリは制度や人材の中枢であり、そこから来た人物は「中央のやり方を知っている者」と見なされやすかったのです。
そのため、地方の警察官がパリから来た同業者に対して、意識せずとも一種の敬意や遠慮を示すという描写は、当時の感覚として不自然ではありません。これは単なる個人の性格ではなく、中央(パリ)と地方の距離、経験や情報の集中、権威の象徴としての首都といった背景から生まれるものです。
ただし、それは制度上の上下関係ではなく、あくまで心理的・文化的な序列感です。この場面でも、デルヴィーニュがメグレに対して感じているのは、命令に従う義務ではなく、無意識に生じる「中央から来た人間への構え」と言えます。
↩︎ - 「泡石のパイプ」とは、海泡石という鉱物で作られたパイプのことです。フランス語の pipe d’écume に対応する表現で、この「écume(泡)」は、白く軽い見た目から海の泡にたとえられた名称です。海泡石は非常に細かい多孔質の素材で、煙をまろやかにする性質があり、昔から上質なパイプの材料として知られていました。
使い込むうちに色が白から琥珀色へと変わっていくのも特徴で、持ち主の使い方によって風合いが育っていきます。そのため単なる喫煙具というより、持ち主の趣味や品の良さを感じさせる道具でもあります。
↩︎ - この場面でメグレが「よくある話だ」と言っているのは、当時の警察実務の感覚として、こうした依頼自体が特別なものではなかったという意味です。
1930年代のフランスでは、公式の捜査とは別に、一定の条件のもとで警察官が個人の護衛につくことがあり、とくに外国人や裕福な人物が「身の危険」を理由に申し出るケースは珍しくありませんでした。
ただし、それが本当に切迫した危険に基づくものかというと、必ずしもそうとは限りません。不安や疑心から来るものや、体裁として護衛をつけたがるような場合も含まれており、現場の警察官にとっては「またか」という程度の出来事だったわけです。
現在は警察の役割がより明確に区分されていて、警察官が特定の個人のために常時護衛を行うのは、政治家や証人保護の対象者など、公的に必要と認められた場合に限られます。個人が不安だからといって費用を払って警察官をつけてもらう、という運用は基本的には行われていません。
その代わりに、同じような需要は民間の警備会社が担っています。
↩︎ - ル・ブルジェ(l’avouer)とは、パリの北東にある飛行場の名前で、当時はパリの主要な空港として使われていました。現在のシャルル・ド・ゴール空港ができる以前、国際線の発着はこのル・ブルジェ空港が中心でした。
1920年代から30年代にかけては、まだ航空機による移動が珍しく、飛行機に乗ること自体が特別な体験とされていた時代です。そのため「ル・ブルジェへ行く」というのは、単に移動するという以上に、「飛行機で国外へ向かう」という意味合いを持っていました。
↩︎ - サロン車とは、。通路をはさんで座席が並び、乗客が同じ空間を共有する、 ↩︎
- リエージュ王立劇場の|裏手に|かつて|「La Bécasse(ラ・ベカス)」という|レストランが|あった可能性はあります。
実在を|証明する|確実な|史料は|見つかって|いませんが、|根拠となる|資料には|ジョルジュ・シムノンの|自伝的|小説|「血統(Pedigree)」や|リエージュ市の|観光ガイド|「シムノン・ルート(Parcours Simenon)」が|あります||
シムノンの|作品には|彼が|十代の|頃に|記者として|活動していた|リエージュの|実在の|風景が|色濃く|反映されて|います||リエージュの|王立劇場の|裏に|あった|「La Bécasse」は|彼が|若き|日に|通った|場所の|一つであり|作中では|記者が|集まる|たまり場として|描かれて|います||
また|リエージュ市|公式の|シムノンゆかりの|地を|巡る|マップや|研究者による|「シムノンの|リエージュ」に|関する|文献でも|この|レストランの|存在が|記録されています||当時の|新聞記者たちが|議論を|交わした|歴史的な|場所として|言及されて|いることが|多いです||
↩︎ - 腎臓料理とは、牛や子牛などの腎臓(内臓)を使った料理のことです。フランス語の rognons がそれにあたり、当時のヨーロッパではごく普通に食べられていた食材です。
腎臓は独特の香りとコクがあり、下処理をしてからバターやワイン、マスタードなどで調理されることが多く、濃厚で力強い味になります。日本ではあまり一般的ではありませんが、フランスやベルギーでは伝統的な料理の一つです。
ここで出てくる「リエージュ風の腎臓料理」は、その土地の名物のような位置づけで、デルヴィーニュがすぐに店の名前を出すのも、それがよく知られた料理だからです。単なる食事の描写というより、その町らしさや空気を伝える細部になっています。
↩︎


