サン=フォリアン教会の首吊り男|第四章 思いがけない訪問者 

サン=フォリアン教会の首吊り男

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第四章||思いがけない|訪問者

その家は|新しかった。||建物の|輪郭や|使われた|素材には、|清潔感と|快適さ、|抑えめな|モダンさ、|そして|確かな|財力を|感じさせる|工夫が|凝らされていた。

赤レンガは|目地を|塗り直したばかりで、|切り石も|使われていた。|玄関扉は|磨いた|オーク材に|真鍮の|飾りが|ついていた。

メグレ警部が|訪ねたのは|朝の|八時半だった。|ベロワール家の|内輪の|暮らしぶりを|不意打ちで|見てやろうという|思惑からだった。

外観は|いずれにせよ、|銀行の|副支配人という|ベロワールの|印象と|ぴったり|合っていた。|白い|エプロン姿の|女中が|扉を|開けると、|その印象は|さらに|強まった。|廊下は|広く、|奥に|すりガラスの|扉が|あった。|壁は|大理石風の|仕上げで、|床は|二色の|花崗岩が|幾何学模様を|描いていた。

左手には|両開きの|明るい|オーク材の|扉が|あった。|サロンと|食堂への|扉だった。

コート掛けには|衣類が|掛かっていた。|四、五歳の|子どもの|コートも|あった。|ずんぐりした|傘立てからは|金の|頭部が|ついた|ステッキが|のぞいていた。

警部が|この|きっちりと|整った|暮らしの|空気を|感じとるのに、|ほんの|一瞬しか|かからなかった。|ベロワールの|名前を|告げるか|告げないうちに、|女中が|答えた。


「こちらへ|どうぞ。|皆さまが|お待ちです」


女中は|ガラス扉の|ほうへ|歩いていった。|別の|扉が|少し|開いていて、|警部は|その隙間から|食堂を|垣間見た。|暖かみがあり、|清潔で、|きちんと|整えられた|テーブルには、|若い|女性が|部屋着姿で、|四歳ほどの|男の子と|朝食を|とっていた。

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ガラス扉の|向こうには|明るい|木製の|手すりがついた|階段が|あり、|赤い|唐草模様の|絨毯が|各段を|真鍮の|棒で|留めながら|敷かれていた。

踊り場には|大きな|観葉植物が|置かれていた。|女中は|すでに|次の|扉の|ノブに|手を|かけていた。|それは|書斎の|扉で、|三人の|男が|同時に|振り返った。

衝撃に|近い|何かが|あった。|重苦しい|気まずさ、|視線を|こわばらせるほどの|不安さえも|漂っていた。|それに|気づかなかったのは|女中だけで、|彼女は|ごく|自然に|言った。


「お上着を|お預かりしましょうか」


三人のうちの|一人は|ベロワールで、|身なりは|きちんとしており、|金髪を|きれいに|撫でつけていた。|その隣に|立つ|男は|身なりが|やや|乱れていて、|マイグレには|見覚えが|なかった。|だが|三人目は、|ブレーメンの|実業家、|ジョゼフ・ヴァン・ダムに|ほかならなかった。

二人が|同時に|口を|開いた。|ベロワールは|一歩|前に|出て、|眉を|寄せ、|部屋の|雰囲気に|合った|少し|ぶっきらぼうで|尊大な|口調で|言った。


「どちら様で」


だが|同時に、|ヴァン・ダムが|いつもの|愛想よさを|取り繕いながら、|メグレに|手を|差し伸べて|叫んだ。


「これは|驚いた。|こんな|ところで|お会いするとは」


三人目の|男は|黙って、|何が|何だか|わからないという|顔で|この|やりとりを|目で|追っていた。


「邪魔したな」と|警部は|言った。
「こんな|朝早くから|お集まりとは|思わなかった」


「いやいや、|とんでもない」と、|ヴァン・ダムが|言い返した。
「さあ|おかけください。||葉巻は|いかがですか」


マホガニーの|机の|上に|葉巻の|箱が|あった。|実業家は|すかさず|箱を|開け、|自ら|ハバナ葉巻を|選びながら|しゃべり続けた。


「ライターを|探させてください。||印紙が|貼っていないからといって|罰則を|科さない|で|くださいよ。||ブレーメンで|ベロワールの|知り合いだと|おっしゃれば|一緒に|来られたのに。||あなたが|出発した|数時間後に|私も|発ちました。||パリに|呼び出す|電報が|来てね。||ついでに|ベロワールに|会いに|寄ったわけです」

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ベロワールは|硬い|表情を|崩さず、|二人の|男を|交互に|見ながら、|説明を|求めているようだった。|メグレは|ベロワールに|向かって|言った。


「手短に|済ませる。||誰かを|待っているようだから」


「私が。||どうして|わかるんですか」


「簡単だ。||女中が|待ち人がいると|言った。||あんたが|俺を|待つはずはない。||だから|そういうことだ」


メグレの|目は|思わず|笑っていたが、|顔は|動かなかった。


「司法警察の|メグレ警部だ。||昨晩、|パリ・カフェで|見かけたかもしれん。|ある事件の|情報を|集めていた」


「まさか|ブレーメンの|件じゃ|ないでしょうね」と|ヴァン・ダムが|わざと|さりげなく|言った。


「まさにそれだ。||ベロワールさん、|この|写真を|見てくれ。||先週の|夜、|ここに|来た|男と|同じ|顔か|どうか」

メグレは|死者の|写真を|差し出した。|銀行の|副支配人は|身を|かがめたが、|まともに|見ようとしなかった。


「この男は|知らない」と|ベロワールは|写真を|返しながら|言い切った。


「パリ・カフェからの|帰り道で|声を|かけてきた|男では|ないと|断言できるか」


「何の|話ですか」


「しつこくして|すまない。||ちょっとした|情報が|ほしいだけだ。||捜査に|協力してもらえると|思って来た。||あの夜、|三番目の|ビリヤード台の|そばに|酔っぱらいが|座っていた。||客全員の|注目を|集めていた。||あんたより|少し|早く|店を|出て、|あんたが|連れと|別れたあと|声を|かけてきた」

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「たしか|そんな|男が|いた。||火を|貸してくれと|言われた」


「それで|一緒に|帰ったんじゃないのか」


ベロワールは|いやな|笑みを|浮かべた。


「そんな|話を|誰に|聞いたか|知らないが。||ならず者を|連れ込むような|性分じゃない」


「顔見知りだったとか|いう|ことは」


「友人は|もっと|ましな|人間を|選ぶ」


「つまり|一人で|帰ったと」


「そう|言っている」


「さっきの|写真の|男と|同じ|人物か」


「知らん。||まともに|見て|いない」


ヴァン・ダムは|苛立ちを|隠しながら|聞いていた。|何度か|口を|はさもうとした。||三人目の|男は|小さな|茶色い|あごひげを|生やし、|芸術家風の|黒い|服を|着て、|窓の|外を|眺めながら、|ときどき|息で|曇った|ガラスを|手で|拭いていた。

「では|お礼を|申し上げて|失礼します、|ベロワールさん」


「待ってください、|警部」と、|ジョゼフ・ヴァン・ダムが|声を|かけた。
「このまま|帰るんですか。||少し|いてください。||ベロワールが|いい|ブランデーを|出してくれますよ。||ブレーメンの|夕食に|来なかったのは|恨んでますよ。||一晩中|待ってたんだから」


「汽車で|来たのか」


「飛行機ですよ。||ビジネスマンは|たいてい|そうでしょう。||パリで|ふと|ベロワールに|会いたくなった。||一緒に|学校に|通った|仲間ですから」


「リエージュで?」


「そうです。||もう|十年近く|会って|いなかった。||結婚していたとも|知らなかった。||あんな|大きな|子どもの|父親に|なっているとは。||自殺者の|捜査は|まだ|終わって|いないんですか」


ベロワールは|女中を|呼んで|ブランデーと|グラスを|持ってくるよう|言いつけた。||その|一つ一つの|仕草は|意図的に|ゆっくりと|正確で、|その|奥に|押し殺した|昂りが|感じとれた。

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「捜査は|始まったばかりだ。||長引くか、|二、三日で|片づくか、|今は|わからん」と|メグレは|さりげなく|つぶやいた。


玄関の|呼び鈴が|鳴った。||三人の|男は|素早く|目を|見合わせた。|階段から|声が|聞こえた。|濃いベルギー訛りで|誰かが|言っていた。


「みんな|上に|いるんですか。||道は|わかってます。||大丈夫です」


そして|扉の|ところから|その人物が|叫んだ。


「やあ、|みんな」


だが|その|言葉は|重い|沈黙の|中に|落ちた。|男は|周りを|見回し、|メグレに|気づいて、|目で|仲間たちに|問いかけた。


「俺を|待って|いたんですか」

ベロワールの|表情が|こわばった。|メグレの|ほうへ|一歩|進み出て、|歯の|隙間から|絞り出すように|言った。


「ジェフ・ロンバール、|友人です」


そして|一音一音を|区切るように|言った。


「司法警察の|メグレ警部だ」


新入りは|軽い|衝撃を|受け、|おかしな|抑揚の|機械的な|声で|どもった。

「ああ、|そう。||なるほど」


動揺した|様子で、|コートを|女中に|渡し、|ポケットから|タバコを|取り出そうと|追いかけた。


「警部も|ベルギー人ですか。||本物の|ベルギー人の|集まりですね。||陰謀みたいだと|思うでしょう。||ベロワール、|ブランデーは。||葉巻は|いかがですか、|警部。||ジェフ・ロンバールだけが|まだ|リエージュに|住んでいる。||偶然にも|みんなの|仕事が|同じ|時期に|同じ|場所に|集まって、|盛大な|宴会で|祝おうということに|なったんです。||もし|よろしければ」


男は|少し|ためらいながら|仲間たちを|見た。


「ブレーメンで|ご馳走しようとした|夕食を|逃しましたね。||少し|後で|昼食を|ご一緒しませんか」

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「残念ながら|用事が|ある。||そろそろ|お暇する」と|メグレは|答えた。


ジェフ・ロンバールが|テーブルに|近づいていた。||背が|高く|痩せていて、|不規則な|顔立ち、|手足が|長すぎる、|青白い|顔色だった。


「ちょうど|よかった。||探していた|写真が|ある。||ロンバールさん、|この男を|知っているか|とは|聞かない。|あまりに|できすぎた|偶然に|なるからな」と|メグレは|独り言のように|言った。


それでも|メグレは|写真を|ロンバールの|目の|前に|突きつけた。||リエージュ人の|喉仏が|浮き出て、|奇妙な|上下運動を|繰り返すのが|見えた。


「知らない」と|しゃがれた|声で|どうにか|言葉に|した。


ベロワールは|手入れの|行き届いた|指先で|机を|軽く|叩いていた。||ジョゼフ・ヴァン・ダムは|何か|言おうと|必死だった。


「では|また|お会いしましょう、|警部さん。||パリに|お帰りですか」


「まだ|わからん。||失礼する」

ヴァン・ダムが|握手を|求めると、|ほかの|者も|倣わざるを|得なかった。||ベロワールの|手は|乾いて|硬かった。||あごひげの|男の|手は|おずおずと|差し出された。||ジェフ・ロンバールは|書斎の|隅で|タバコに|火を|つけていて、|うなり声と|会釈で|済ませた。

メグレは|大きな|磁器の|鉢から|伸びる|観葉植物の|そばを|通り、|真鍮の|棒で|留められた|絨毯を|再び|踏んだ。||廊下では|初心者が|弾く|バイオリンの|きしむような|音と、|女性の|声が|聞こえた。

「そんなに|速く|弾かないで。||ひじを|あごの|高さに。||ゆっくり」

と|息子だった。||メグレは|通りから|サロンの|カーテン越しに|二人を|垣間見た。

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午後|二時、|メグレが|カフェ・ド・パリで|昼食を|終えかけていると、|ヴァン・ダムが|入ってきた。||誰かを|探すように|あたりを|見まわした。||実業家は|警部を|見つけると|にっこりして、|手を|差し出しながら|近づいてきた。


「先約が|あるとは|そういうことでしたか」と|ヴァン・ダムは|言った。
「一人で|レストランで|食事とは。||わかりました。||私たちに|気を使って|くださったんですね」


彼は|明らかに、|招かれもしないのに|べたべたと|まとわりつき、|相手が|迷惑そうに|していても|気づかない|ふりを|するたぐいの|男だった。

メグレは|意地悪く|極めて|冷たい|態度を|貫いた。||それでも|ヴァン・ダムは|テーブルに|腰を|落ち着けた。


「食事は|お済みですか。||では|食後酒を|一杯|ごちそうさせてください。||ボーイさん。||警部は|何に|しますか。||古い|アルマニャックは|いかがですか」


彼は|酒の|リストを|持ってこさせ、|店主を|呼んで、|結局|1867年もの|アルマニャック1に|決め、|テイスティング用の|グラスを|要求した。


「ところで|パリに|お帰りですか。||今日の|午後|私も|戻ります。||汽車が|嫌いなので|車を|借りる|つもりです。||よろしければ|お乗せします。||私の|友人たちは|どう|思われましたか」


アルマニャックの|香りを|批評家ふうに|嗅いで、|ポケットから|葉巻入れを|取り出した。


「どうぞ。||とても|いい|葉巻です。||ブレーメンに|一軒だけ|扱っている|店が|あって、|ハバナから|直輸入して|いるんです」


メグレは|最も|無表情な|顔で、|最も|何も|考えていない|目を|していた。


「何年か|ぶりに|再会すると|おかしいものですね」と|ヴァン・ダムは|続けた。
沈黙に|耐えられない|たちらしかった。


「二十歳の|頃は|みんな|同じ|スタートラインに|いる。||久しぶりに|会うと、|それぞれの|間に|開いた|差に|驚かされる。||悪く|言うつもりは|ない。||それでも|さっき|ベロワールの|家では|居心地が|悪かった。||あの|重い|田舎の|雰囲気。||ベロワール|自身も|きちんと|しすぎている。||まあ|それなりに|成功してはいる。||モルヴァンドー2の|娘と|結婚した。|スプリングマットレスの|モルヴァンドーです。||義兄弟は|みんな|実業界にいる。||ベロワール|自身は|銀行で|なかなかいい|地位に|あって、|いずれ|支店長に|なるでしょう」

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「あごひげの|小男は|どんな|男だ」と|メグレが|聞いた。


「あいつは|うまく|やるかもしれません。||今のところは|苦しそうですが。||パリで|彫刻家を|やっています。||才能は|あるそうです。||でも|ご覧の|通り、|時代遅れの|服装で。||モダンな|ところが|まったく|ない。||商売の|センスは|皆無ですね」


「ジェフ・ロンバールは」


「最高の|男ですよ。||若い|頃は|座を|盛り上げる|陽気者で、|何時間でも|飽きさせない|男でした。||絵描きに|なりたかったのですが、|食べるために|新聞に|挿絵を|描いて、|それから|リエージュで|写真製版の|仕事を|しています。||結婚していて、|三人目の|お子さんが|生まれそうです。||あの|連中と|いると|息が|詰まりそうでした。||小さな|暮らし、|小さな|悩み。||彼らの|せいでは|ないのですが。||私は|早く|ビジネスの|世界に|戻りたい」


グラスを|飲み干し、|ボーイが|奥の|テーブルに|座って|新聞を|読んでいる|ほぼ|がらんとした|店内を|見回した。


「では|決まりですね。||一緒に|パリに|お戻りになりますか」


「あごひげの|男は|一緒に|来ないのか」


「ジャナンですか。||いいえ、|もう|汽車で|発った|頃でしょう」


「結婚しているのか」

「まあ|そうとも|言えません。||いつも|誰か|女性と|一週間か|一年|一緒に|暮らして、|それから|替える。||決まって|その相手を|ジャナン夫人と|称して|紹介するんですよ。||ボーイさん、|おかわりを|ください」


メグレは|ときどき、|鋭く|なりすぎる|目を|意識的に|和らげなければ|ならなかった。||店主が|直々に|電話が|入っていると|知らせに|来た。||メグレが|県警に|カフェ=ド=パリの|住所を|伝えておいたからだった。

ブリュッセルからの|知らせが|司法警察に|電報で|届いていた。||千フラン紙幣|三十枚が、|モーリス・ベロワール|署名の|小切手と|引き換えに、|ベルジック・ジェネラル銀行から|ルイ・ジュネという|人物に|支払われていた。

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電話ボックスの|扉を|開けると、|メグレは|見られているとは|知らずに|素の|顔を|さらしている|ヴァン・ダムが|目に|入った。||その顔は|いつもより|丸みがなく、|血色もなく、|健康と|楽観主義が|抜け落ちていた。

視線に|気づいたか、|ヴァン・ダムは|ぎくりとして|すぐに|愛想よい|実業家の|顔に|戻り|叫んだ。


「では|パリまで|ご一緒して|いただけますね。||マスター、|車を|手配して|パリまで|送っていただけますか。||快適な|車で|お願いします。||その間に|グラスに|注いでください」


葉巻の|先を|噛みながら、|ほんの|一瞬|テーブルの|大理石を|じっと|見つめると、|その|目が|曇り、|口角が|下がった。||まるで|タバコが|苦すぎるかの|ようだった。


「海外に|いると|フランスの|ワインや|お酒の|よさが|よく|わかりますよ」


言葉は|空虚に|響いた。||言葉と、|その男の|頭の中を|めぐっている|考えとの|間には、|深い|溝が|感じとれた。

ジェフ・ロンバールが|通りを|歩いていた。||チュールカーテン3越しに|その姿が|少し|ぼやけて|見えた。||一人だった。||大きく|ゆっくりとした|うつろな|足取りで、|街の|風景には|目も|くれなかった。||手に|旅行鞄を|持っていて、|メグレには|あの|二つの|黄色い|スーツケースが|思い出された。||だが|こちらは|一段|上等で、|二本の|ベルトが|ついており、|名刺入れも|あった。

靴の|かかとが|片側から|すり減り|始めていた。||服は|毎日|ブラシを|かけて|いない。||ジェフ・ロンバールは|徒歩で|駅へと|向かっていた。

ヴァン・ダムは|プラチナの|大きな|指輪を|はめた|指で|葉巻を|持ち、|アルコールの|鋭い|香りが|混じった|甘い|煙の|雲に|包まれていた。||店主が|ガレージに|電話している|声が|聞こえた。

ベロワールは|新しい|家を|出て|銀行の|大理石の|門へ|向かっているはずだった。||一方|妻は|息子を|連れて|大通りを|散歩している。

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誰もが|ベロワールに|頭を|下げる。||義父は|この|地方一の|大実業家だ。||義兄弟たちは|みんな|産業界に|いる。||ベロワールの|前途は|明るい。

ジャナンは|黒い|あごひげと|ラバリエール・タイで、|パリへ|向かっている。|メグレが|賭けても|いいが、|三等車に|違いない。

そして|この中で|最も|みじめな|暮らしを|していたのが、|ノイシャンツと|ブレーメンを|さまよった|あの|青白い|男だ。||ピクピュス街の|薬草店の|夫、|ロケット街の|フライス盤工、|孤独な|飲んだくれ。||店の|ショーウィンドー越しに|妻の|姿を|眺め、|古新聞に|包んで|自分宛に|紙幣を|送り、|駅の|売店で|ソーセージ|パンを|買い、|自分のものでもない|古い|スーツを|取られたからといって|口の中に|銃弾を|撃ち込んだ男だ。


「聞いていますか、|警部さん」


メグレは|はっとした。||ヴァン・ダムを|見る|目が|ひどく|ぼんやりしていて、|相手は|きまりが|悪そうに|愛想笑いをしながら|どもった。


「夢を|見ていましたか。||ずいぶん|遠くに|いるようでしたよ。||またあの|自殺者の|ことが|気になって|いるんでしょう」


まったく|その通りでは|なかった。||声を|かけられた|その瞬間、|メグレは|自分でも|なぜか|わからないまま、|この事件に|絡む|子どもたちを|数えていた。||ピクピュス街に|一人、|母と|祖母に|挟まれて、|ハッカと|ゴムの|匂いが|漂う|店の|中に。||ランスに|一人、|ひじを|あごの|高さに|保ちながら|バイオリンの|弦に|弓を|走らせる|練習を|している。||リエージュに|二人、|ジェフ・ロンバールの|家に、|三人目が|生まれるのを|待っている。


「最後に|もう一杯|アルマニャックを|どうですか」


「いや、|もう|十分だ」


「さあ|もう一杯。||出発前の|一杯ですよ」


ジョゼフ・ヴァン・ダムだけが|笑った。||地下室に|降りるのが|怖くて|口笛を|吹いて|強がっている|子どものように、|絶えず|笑わずには|いられない|たちだった。

  1. アルマニャック1867年ものとは、|フランスの|ブランデーの|一種、|アルマニャックの|1867年に|蒸留された|ものです。
    アルマニャックは|フランス|南西部の|ガスコーニュ地方で|作られる|ブランデーで、|コニャックと|並ぶ|フランスを|代表する|蒸留酒です。||
    1867年ものと|いうことは、|物語の|舞台である|1930年代の|時点で|すでに|60年以上|熟成した|超高級品ということに|なります。||
    ヴァン・ダムが|わざわざ|これを|注文したのは、|自分が|いかに|豊かで|洗練された|人間か|メグレに|見せつけようとする|虚栄心の|表れです。||成功した|実業家を|演じている|ヴァン・ダムの|性格を|よく|示している|場面です。
    ↩︎
  2. Morvandeau(モルヴァンドー)は、物語の中に登場する架空の実業家の名前です。||ヴァン・ダムの説明によれば、|スプリング|マットレスで|財を|成した|実業家で、|ベロワールは|その|娘と|結婚した|という|設定です。
    実在の人物や企業では|ありません。||シムノンが|裕福な|ブルジョワ|家庭の|背景を|描くために|使った|架空の|名前です。
    ↩︎
  3. **チュール(tulle)**とは、|非常に|細かい|網目状の|薄い|透明な|生地のことです。||
    絹や|綿、|ナイロンなどで|作られ、|光を|通しながらも|外からの|視線を|やわらかく|遮る|性質が|あります。||
    1930年代の|フランスの|ブルジョワ|家庭では|窓に|チュールの|カーテンを|掛けるのが|一般的で、|室内からは|外が|ぼんやりと|見えますが、|外からは|中が|見えにくく|なっています。||
    この|場面では|メグレが|カフェの|窓越しに|ロンバールの|姿を|眺めていて、|チュール|カーテン越しに|見える|ため|輪郭が|少し|ぼやけて|見えたという|描写です。||日本語では|「レースの|カーテン」と|訳しても|自然かもしれません。 ↩︎