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「部下たちは|信頼できますか?」

「警察の|人間だとは|誰にも|わからないでしょう。||なにしろ|本当に|警察の|人間では|ないんだから。||ガイ・ムーランの|バーには|スパ1に|住む|義理の|弟を|置いた。||リエージュに|二日|遊びに|来ているんです。||アデルを|見張る|役は、|徴税局の|職員です。||ほかの|連中も|うまく|隠れているか|変装しています。」
夜は|肌寒く、|細かい|雨が|アスファルトを|ぬかるませていた。||メグレは|重い|黒い|外套の|ボタンを|首元まで|かけ、|マフラーを|顔の|半分まで|巻いていた。
しかも|遠くに|ガイ・ムーランの|ネオンが|見える|小路の|闇の|外には|出ようと|しなかった。
ドルヴィーニュ警部は|新聞に|死を|報じられた|わけでは|ないから、|そこまで|用心する|必要は|なかった。||外套も|着ていなかったので、|雨が|降り|始めると|聞き取れない|ぼやきを|もらした。

見張りは|八時半に|始まった。||キャバレーの|ドアは|まだ|開いていなかった。||順に|ヴィクトールが|一番乗りで|現れ、|次いで|ジョゼフ、|それから|店主が|来た。||店主が|自ら|ネオンに|火を|入れた|ちょうど|そのとき、|バンドマンたちが|ポン=ダヴロワ通りから|次々と|姿を|現した。」
九時きっかりに|ジャズの|くぐもった|音が|聞こえてきて、|小柄な|ボーイが|ポケットの|小銭を|数えながら|ドアの|外に|立った。
数分後、|ドルヴィーニュの|義弟が|店に|入り、|すぐ|後から|徴税局の|職員が|続いた。

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ドルヴィーニュ警部は|配置を|こう|まとめた。

「このふたりの|ほかに、|裏口を|見張るために|路地に|刑事が|ふたり。||レジャンス通りの|アデルの|部屋の前に|ひとり、|デルフォス家の|前に|ひとり、|シャボ家の|前に|もう|ひとり。||それから|モデルヌ・ホテルの|グラフォプロスが|泊まっていた|部屋も|見張らせています。」
メグレは|何も|言わなかった。||この作戦は|彼の|考えだった。||新聞は|グラフォプロスの|殺害犯が|自殺したと|報じていた。||捜査は|終結し、|事件は|ごく|ありふれた|話に|収まったと|匂わせていた。

「今夜|決着が|つくか、|そうでなければ|何ヶ月も|泥沼に|はまりこむかの|どちらかです」|と|彼は|同僚に|言っていた。
メグレは|ゆっくりと|重い|足取りで|行ったり|来たり|していた。||パイプを|短く|吹かし、|背を|丸め、|同僚が|話しかけようとしても|うなり声で|かわすだけだった。
メグレのような|どっしりと|落ち着いた|性格では|ない|ドルヴィーニュ警部は|時間を|潰すためだけにでも|話したくて|たまらなかった。

「何か|起きるとしたら|どこだと|思いますか?」
しかし|メグレは|ぽかんとした|目を|向けるだけで、|『そんなことを|考えて|何に|なるんですか?』|と|言いたげだった。

十時少し前に|アデルが|やって来た。||遠くから|ひとりの|刑事が|尾行していた。||刑事は|メグレの|傍を|通り過ぎながら|ひとこと|投げた。

「異常なし……」
そして|また|周囲を|歩き回り続けた。||遠くに|ポン=ダヴロワ通りが|煌々と|輝いて|見えた。||三分おきに|路面電車が|行き来し、|雨に|もかかわらず|人波が|ゆっくりと|流れていた。

リエージュ市民が|昔から|親しむ|散歩道だ。||大通りには|家族連れ、|腕を|組んで|歩く|娘たち、|行き交う|女性に|目を|向ける|若者の|群れ、|まるで|金の|衣を|まとったように|背筋を|伸ばして|ゆっくり|歩く|何人かの|伊達男たち。
横に|伸びる|小路には、|ガイ・ムーランの|ような|怪しげな|キャバレーが|並んでいた。||壁に|張りついた|影。||ときおり|明かりの|中から|飛び出して|闇に|消える|女、|立ち止まって|誰かが|ついて|くるのを|待つ|女。
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短い|ひそひそ話。||すりガラスの|光る球で|示された|ホテルへ|向かって|数歩。

「本当に|望みが|ありますか?」
メグレは|肩を|すくめるだけだった。||その|眼差しは|あまりに|穏やかで、|知性が|感じられないほどだった。

「いずれにせよ、|今夜|シャボが|外出する|気に|なるとは|思えません。||母親が|床に|ついているんだから!」
ドルヴィーニュ警部は|メグレの|頑固な|沈黙に|我慢が|ならなかった。||まだ|くすんでいない|新しい|パイプを|眺めた。

「そうだ、|明日|思い出させてください。||あなたに|一本|差し上げないと。||リエージュの|記念に|なりますよ……」
ふたりの|客が|ガイ・ムーランに|入っていった。

「オール=シャトー通りの|仕立屋と|自動車修理屋です!」|とドルヴィーニュ警部が|言った。
「ふたりとも|常連ですよ!||ここで|言う|遊び人ってやつです……」
しかし|誰かが|出てきた。||よく|見なければ|わからなかった。||ヴィクトールだった。||仕事着から|街着と|外套に|着替えていた。||足早に|歩いていく。||刑事が|すぐに|尾行を|始めた。


「ほう!|ほう!」|とドルヴィーニュ警部が|口笛を|吹いた。
メグレは|大きく|ため息を|ついて、|同僚に|恐ろしい|目を|向けた。||このベルギー人は|少しの間も|黙って|いられないのか?
メグレは|両手を|ポケットに|突っ込んでいた。||何かを|うかがっている|様子も|なく、|しかし|その|目は|周囲の|わずかな|変化も|見逃さなかった。
最初に|気づいたのも|メグレだった。||細い|首に|育ちの|悪い|青年の|ような|体つきの|ルネ・デルフォスが|路地に|現れた。||ためらいながら、|二度も|歩道を|渡り直して、|やがて|ガイ・ムーランの|ドアへと|まっすぐ|向かっていった。


「ほう!|ほう!」|とドルヴィーニュ警部が|また|繰り返した。

「そうですね!」

「どういう|意味ですか?」

「何でも|ない!」
メグレは|何も|言うつもりは|なかったが、|あまりに|気に|なって|いつもの|落ち着きを|少し|失っていた。||やや|無用心にも|前に|進み出た。||ガス灯が|顔の|上半分を|ぼんやりと|照らしていた。
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それは|長くは|続かなかった。||デルフォスは|キャバレーに|十分も|いなかった。||出てくると、|足早に|ためらいなく|ポン=ダヴロワ通りへと|向かった。
数秒後、|ドルヴィーニュの|義弟も|出てきて、|誰かを|目で|探した。||小さく|口笛を|吹いて|呼び寄せた。

「どうだった?」

「デルフォスが|踊り子の|テーブルに|座りました……」

「それから?」

「ふたりで|洗面所に|行って、|それから|彼は|出ていき、|彼女は|席に|戻りました……」


「アデルは|手に|バッグを|持っていたか?」2

「はい!||小さな|黒い|ビロードの|バッグです……」

「行きましょう!」|とメグレが|言った。
そして|同行者たちが|ついていくのが|やっとの|速さで|歩き出した。

「私は|どうすれば?」|と|義弟が|聞いた。
メグレは|ドルヴィーニュ警部を|引っ張りながら|答えた。

「当然、|戻るんだ!」
ポン=ダヴロワ通りでは、|人混みが|激しく、|百メートル|先を|行く|若者の|姿が|見えなかった。||しかし|レジャンス通りの|角まで|来ると、|建物の|壁に|沿って|ほとんど|走るように|行く|影が|見えた。

「ほう!|ほう!」|とドルヴィーニュ警部が|また|うっかり|つぶやいた。

「彼女の|部屋に|行くんですよ!」|とメグレが|言った。|「鍵を|もらいに|行ったんだ……」

「ということは?」
デルフォスは|建物に|入り、|廊下の|ドアを|閉めて、|階段を|上がっていった。


「どう|しますか?」

「少し|待って……|あなたの|部下は|どこです?」
ちょうど|近づいてきた|ところだった。||上官に|声を|かけるべきか、|知らぬ|ふりを|すべきか|迷いながら。

「来い、|ジラール!||どうだった?」

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「五分ほど前に|誰かが|建物に|入りました。||部屋の中で|懐中電灯のような|明かりが|動いているのが|見えました……」

「行きましょう!」|とメグレが|言った。

「中に|入りますか?」

「当然だ!」

玄関の|共用ドアは|ボタンを|回すだけで|開いた。||ベルギーの|建物には|管理人が|いないからだ。
階段は|暗かった。||アデルの|部屋からは|光が|漏れていなかった。
しかし|メグレが|ドアに|触れると|少し|開いて、|ふたりの|男が|床で|もみ合っているような|くぐもった|物音が|聞こえた。
ドルヴィーニュ警部は|すでに|ポケットから|拳銃を|抜いていた。||メグレは|無意識に|左の|壁を|手で|探り、|スイッチを|見つけて|回した。
すると|明かりの|中に、|滑稽でも|あり|悲惨でも|ある|光景が|現れた。
ふたりの|男が|取っ組み合っていた。||しかし|明かりと|物音に|驚いて、|絡み合ったまま|動きを|止めた。||喉に|かかった|手が|見えた。||灰色の|髪が|乱れていた。


「動くな!」|とドルヴィーニュ警部が|命じた。|「手を|上げろ!」
拳銃を|手放さずに|後ろ手で|ドアを|閉めた。||メグレは|安堵の|ため息を|ついて|マフラーを|外し、|外套を|開けて、|熱くなった|体に|大きく|息を|吸い込んだ。


「早く!||手を|上げろ!」
ルネ・デルフォスが|倒れた。||立ち上がろうとしたが|右足が|ヴィクトルの|足の|下に|挟まれていたからだ。
ドルヴィーニュ警部の|目が|助けを|求めるように|メグレを|見た。||デルフォスと|給仕は|今や|立ち上がり、|青ざめ、|意気消沈して、|衣服を|乱したまま|立っていた。
ふたりのうち|より|動揺し|打ちのめされていたのは|若者の方で、|何が|起きているのか|まるで|わかっていないようだった。||それどころか|ヴィクトールを|驚いた|目で|見ていた。||まさか|ここで|彼に|会うとは|思っていなかったようだ。

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いったい|誰と|戦っていると|思っていたのか?

「動くな、|ふたりとも!」|とメグレが|ようやく|口を|開いた。
「ドアは|ちゃんと|閉まっていますか、|警部?」

ドルヴィーニュ警部に|近づき、|小声で|何か|耳打ちした。||ドルヴィーニュ警部は|窓から|ジラール刑事に|上がってくるよう|合図して、|踊り場で|指示を|出した。

「できるだけ|多くの|人間を|ガイ・ムーランの|周りに|配置しろ。||誰も|出すな!||ただし|入りたい|者は|入れていい……」
そして|部屋に|戻った。||ベッドの|上の|白い|キルトが|ホイップクリームのように|見えた。
ヴィクトルは|相変わらず|微動だに|しなかった。||風刺画家が|好んで|描く|給仕の|顔そのものだった。||いつもは|薄い|髪を|禿げた|頭の|上に|なでつけているのが、|今は|乱れていた。||たるんだ|顔に|充血した|大きな|目。
肩を|斜めに|傾けて、|つかみどころを|なくそうとするように|立っていた。||その|斜めの|目線が|何を|うかがっているのか|読み取るのは|難しかった。


「初めての|逮捕じゃ|ないだろう!」|とメグレが|確信を|持って|言った。
間違いない。||一目で|わかった。||警察と|向き合う|日を|ずっと|前から|覚悟し、|こういう|場面に|慣れきった|男の|雰囲気が|あった。

「何を|おっしゃっているのか|わかりません。||アデルに|何かを|取ってきてくれと|頼まれたんです……」

「口紅でしょうな?」

「……物音が|聞こえて……|誰かが|入ってきたので……」

「それで|飛びかかった!||つまり|暗闇の|中で|口紅を|探していたと。||いいですか!||手を|上げて|ください……」
ふたりは|力の|抜けた|腕を|天井に|向けて|上げた。||デルフォスの|手が|震えていた。||袖で|顔を|拭こうとしたが、|腕を|下ろす|勇気が|なかった。

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「お前は|アデルから|何を|取ってくるよう|頼まれたんだ?」
若者の|歯が|がちがちと|鳴ったが、|何も|答えられなかった。

「ふたりから|目を|離さないでください、|ドルヴィーニュ警部。」

メグレは|部屋を|見て|回った。||ナイトテーブルの|上に|食べかけの|コトレットの|残り、|パンくず、|飲みかけの|ビール瓶が|あった。||ベッドの|下を|覗き込み、|肩を|すくめた。||洋服ダンスを|開けると、|ドレスと|下着、|かかとが|すり減った|古い|靴しか|なかった。
すると|洋服ダンスの|傍に|置かれた|椅子に|気づいた。||椅子に|上がり、|家具の|上に|手を|伸ばして|黒い|革の|鞄を|引っ張り|出した。

「あった!」|と|降りながら|言った。|「これが|口紅か、|ヴィクトール?」

「何のことか|わかりません!」

「つまり、|お前が|取りに来たものでは|ないと?」

「その鞄は|見たことも|ない。」

「そうか、|残念だな!||お前は|どうだ、|デルフォス?」

「僕は……|誓って……」
向けられた|拳銃の|ことも|忘れ、|ベッドに|頭から|飛び込んで|激しく|泣き|崩れた。


「さて、|ヴィクトール、|何も|言わないつもり?||あの|若者と|なぜ|もみ合っていたか|さえも?」
メグレは|ナイトテーブルの|上の|汚れた|皿、|グラス、|瓶を|床に|置き、|代わりに|鞄を|乗せて|開いた。


「私たちには|関係のない|書類ですよ、|ドルヴィーニュ警部!||全部|第二局3に|渡さないと……|見てください!||エルスタルの|FN工場4で|製造中の|新型機関銃の|設計図です……|こちらは|要塞の|改修計画のようですね……|暗号文の|手紙も|あります。||専門家に|解読して|もらわないと……」
暖炉の|炉格子の|上で|石炭の|燃えさしが|くすぶっていた。||突然、|誰も|予想しない|瞬間に、|ヴィクトールが|ナイトテーブルに|飛びかかり|書類を|つかんだ。||メグレは|その|動きを|読んでいたようで、|ドルヴィーニュ警部が|拳銃を|向けるのを|ためらっている|間に、|男の|顔面に|拳を|叩き込んだ。||ヴィクトールは|よろめき、|書類を|火に|投げ込む|間も|なかった。

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書類が|散らばった。||ヴィクトルは|両手で|突然|赤くなった|左の|頬を|押さえた。
あっという間の|出来事だった。||しかし|デルフォスが|その|隙に|逃げようとした。||瞬く間に|ベッドを|離れ、|ドルヴィーニュ警部の|背後を|通り抜けようとしたが、|警部が|気づいて|足を|伸ばして|行く手を|塞いだ。


「それで?」|とメグレが|聞いた。

「何も|言わないぞ!」|とヴィクトルが|怒りを|あらわに|うなった。

「何か|聞いたか?」

「グラフォプロスは|殺していない……」

「それで?」

「この|乱暴者め!||弁護士を|呼べ……」

「ほう!||もう|弁護士が|いるのか?」
ドルヴィーニュ警部は|デルフォスを|観察していたが、|その|視線の|先を|追って|洋服ダンスの|上に|目が|いった。


「まだ|何か|あるようです!」|と|言った。

「おそらく!」|とメグレが|また|椅子に|上がりながら|答えた。

手で|長い間|探った。||やがて|青い|革の|財布が|出てきた。||開けると——

「グラフォプロスの|財布だ!||フランス紙幣の|千フラン札が|三十枚!||書類も|ある!||ほう!||紙切れに|住所が……|『ゲ・ムーラン、|ポ・ドール通り……』|別の|筆跡で‥‥|『建物に|寝泊まり|する者は|いない……』」
メグレは|もう|誰にも|構わなかった。||自分の|考えを|追いながら、|暗号文の|手紙を|調べ、|ある記号を|数えた。

「一……|二……|三……|十一……|十二!||十二個の|文字……|つまり『Graphopoulos(グラフォプロス)』||鞄の|中に|ある……」5
階段に|足音。||せわしなく|ドアを|叩く|音。||興奮した|顔の|ジラール刑事が|入ってきた。

「ガイ・ムーランを|包囲しました。||誰も|出られません。||ところが|デルフォスの|父親が|数分前に|現れて、|息子を|呼んでいます。||アデルを|人目のない|ところへ|連れ出して|何か|話してから、|彼は|外へ|出ました。||あえて|止めずに|尾行するのが|得策と|判断しました。||こちらへ|向かっているのが|わかったので|先回りして|きました。||ほら、|もう|階段に|いますよ!」

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果たして|誰かが|よろめきながら|踊り場を|歩き、|ドアを|手探りして、|やがて|ノックした。

メグレが|自ら|ドアを|開けた。||灰色の|口髭を|した|男に|軽く|会釈すると、|男は|傲慢な|目を|向けた。

「息子は……」
部屋の|中に|息子の|みじめな|姿を|見つけ、|指を|鳴らして|言った。

「さあ!||家に|帰るぞ!」
一触即発だった。||ルネは|怯えた|目で|部屋を|見回し、|キルト6に|しがみつき、|歯を|鳴らし続けていた。

「少々|お待ちください!」|とメグレが|割って|入った。
「お座りに|なりませんか、|ムッシュー・デルフォス?」
男は|部屋を|見回して|嫌悪感を|あらわにした。

「何か|用か?||君は|誰だ?」

「それは|後ほど。||ドルヴィーニュ警部から|説明があります。||息子さんが|帰宅したとき、|叱りましたか?」

「部屋に|閉じ込めて、|私の|指示を|待つよう|言いました。」

「どんな|指示ですか?」

「まだ|決めていません。||おそらく|外国の|銀行か|商社に|研修に|出すことに|なるでしょう。||そろそろ|社会を|知る|時期です。」

「いいえ、|ムッシュ=デルフォス」

「どういう|意味ですか?」

「単純な|話です。||もう|手遅れです。||息子さんは|水曜から|木曜に|かけての|夜、|ムッシュ=グラフォプロスを|金目当てに|殺しました……」

デルフォスの父親が|振り下ろそうとした|金の|握りの|杖を、|メグレは|手で|受け止めた。||そして|荒々しい|力で|ねじって|手放させた。||持ち主は|痛みで|うめいた。||メグレは|静かに|杖を|調べ、|重さを|確かめて|言った。

「この杖で|殺したと見て|まず|間違いない!」

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口を|引きつらせて、|ルネは|叫ぼうとしたが|声が|出なかった。||もはや|神経の|塊、|恐怖に|喉を|締め付けられた|哀れな|生き物だった。

「説明して|もらいたいものだ!」|とデルフォスの|父親は|息子に|言い放った。
「警部、|あなたには|検事正の|友人に|一部始終を|伝えることに|なりますよ……」
メグレは|ジラール刑事の|方を|向いた。

「アデルを|連れてきてください……|車を|使って……|ジュナロも|一緒に……」
「私は|こう|思うのですが……」|とドルヴィーニュ警部が|近づきながら|言いかけた。

「わかった、|わかった!」|とメグレが|子どもを|なだめるように|言った。
そして|歩き|始めた。||命令が|実行されるのに|要した|七分間、|延々と|歩き回った。
エンジンの|うなり。||階段の|足音。||抗議する|ジュナロの|声。

「領事館に|話を|通してもらいますよ……|とんでもない!||正式な|営業許可を|持った|商人が……|店には|五十人も|客が|いるのに!」
部屋に|入ると、|その目が|ヴィクトルを|探して|問いかけるように|見た。
ヴィクトールは|大した男|だった。

「おしまいだ」|と|ひとこと|言った。
踊り子の|アデルは、|体の線が|透けて|見える|ドレス一枚で、|自分の|部屋を|眺めながら|諦めたように|肩を|すくめた。

「率直に|答えなさい。||あの夜、|グラフォプロスから|部屋に|来るよう|誘われたか?」

「行きませんでした!」

「では、|誘われたんだな!||モデルヌ・ホテルの|十八号室に|泊まっていると|聞いた。」
アデルは|頭を|下げた。

「シャボと|デルフォスは|近くの|テーブルに|いたから|聞こえた|可能性が|ある。||デルフォスが|ここに|来たのは|何時だった?」

「寝ていました!||朝の|五時ごろだったかも……」

「何と|言った?」
116
翻訳します。

「一緒に|逃げようと|誘われました……|アメリカ行きの|船に|乗りたいと……|金は|あると|言っていました……」

「断った?」

「眠っていたんです……|寝ろと|言いました……|でも|そういうことじゃ|なかった……|あまりに|そわそわして|いたので、|何か|悪いことを|したのか|と|聞きました……」

「何と|答えた?」

「財布を|部屋に|隠してくれと|頼んできました!」

「それで|あんたは|洋服ダンスを|教えた。||すでに|鞄が|あったのに……」
アデルは|また|肩を|すくめて|ため息を|ついた。

「もう|知らないわ……」

「間違いないな?」
返事は|なかった。||デルフォスの|父親は|挑むような|目で|居合わせた|全員を|睥睨した。

「ぜひ|知りたいものですな……」|と|言いかけた。

「すぐに|わかる、|ムッシューデルフォス。||もう|少しだけ|待ってください……」
パイプに|煙草を|詰めるためだった!
- スパ(Spa)はベルギーのリエージュ州にある小さな町です。
温泉保養地として有名で、英語の「spa」(温泉・保養施設)という言葉の語源になった町です。リエージュから東に約30キロほどの距離にあります。
つまりドルヴィーニュの義弟は、リエージュから日帰りできる距離の保養地町に住んでいる人物で、「リエージュに二日遊びに来ている」という設定が自然に成り立つわけです。 ↩︎ - デルフォスが洗面所でアデルと会ったのは、バッグの中に入っている鍵を受け取るためです。アデルの部屋の鍵です。
メグレがバッグに注目したのは、デルフォスがアデルから何かを受け取ったと確信したからです。そして「彼女の部屋に行くんですよ!鍵をもらいに行ったんだ」とすぐに見抜いた。
つまりこの小さな黒いビロードのバッグが、デルフォスの次の行動——アデルの部屋への侵入——を予告する重要な伏線になっています。 ↩︎ - 第二局(2e Bureau)はフランス語圏の軍の情報機関のことです。
フランス軍の参謀本部第二部、つまり軍事諜報機関です。敵国のスパイ活動の摘発や、外国の軍事情報の収集・分析を担っていました。
この場面でメグレが「第二局に渡さないと」と言っているのは、アデルの部屋から出てきた書類——新型機関銃の設計図、要塞の改修計画、暗号文の手紙——が軍事機密に関わるスパイ活動の証拠であり、一般の警察が扱う案件ではなく軍の諜報機関が扱うべきものだということです。
これによってグラフォプロスの事件が単純な殺人事件ではなく、国際的なスパイ組織が絡んだ案件だったことが裏付けられる場面です。
↩︎ - エルスタル(Herstal)はリエージュの郊外にある町です。ムーズ川沿いに位置し、リエージュとほぼ隣接しています。
FN(Fabrique Nationale d’Armes de Guerre)は1889年に設立されたベルギーの国営兵器製造会社です。正式名称は「国立兵器工場」で、小火器、機関銃、ライフルなどを製造していました。現在も世界有数の兵器メーカーとして存在しています。
つまりリエージュのすぐ近くにある世界的な兵器工場の最新軍事機密がアデルの部屋に隠されていたわけです。
ゲ・ムーランという場末のキャバレーが、実は国際スパイ組織の情報拠点として使われていたことを、この書類が鮮明に示しています。メグレがはじめから「国際組織が絡んでいる」と見抜いていた理由が、ここで見事に裏付けられる場面です。
↩︎ - メグレが暗号文の手紙を解読しようとしている場面です。
暗号文の中に|ある|特定の|記号が|繰り返し|使われている。||その|記号を|数えると|十二個ある。||十二文字の|単語といえば|「Graphopoulos」——ちょうど|十二文字です。
つまりメグレは暗号の法則を|瞬時に|読み解き、|この手紙が|グラフォプロスに|関係する|文書だと|確信した。||そして「鞄の中にある」とは、|グラフォプロスという|名前そのものが|暗号文の|中に|隠されており、|その|解読の|鍵が|先ほど|見つけた|黒い|革の|鞄の|中の|書類に|あると|見抜いたということです。
スパイ組織が|グラフォプロスを|この作戦に|組み込んでいた|証拠が、|暗号という|形で|書類に|残っていたわけです。
↩︎ - キルト(courtepointe)はベッドの上にかける厚手の掛け布団です。
綿や羽毛などを布で包んで縫い合わせた、いわゆるキルティングの掛け布団のことです。先ほどの場面で「ホイップクリームのように見える白いキルト」と描写されていたものです。
デルフォスがベッドに飛び込んで泣き崩れたまま、その掛け布団にしがみついている状態です。 ↩︎
