アガサ=クリスティのポワロシリーズの短編集をくまなく整理したい場合は、アメリカ版や日本版とは収録内容が異なることが多いため、著者の意図を理解する上では、イギリス版の原作からアプローチした方がいいだろう。
イギリス(英国)で出版されたオリジナルのポワロ短編集(中編集含む)は、生前に刊行された5冊と、没後に編纂された3冊の計8冊が基本となるようだ。
生前に刊行された5冊
『ポアロ登場』 (Poirot Investigates, 1924)

11篇収録(のちの版で増補)。ヘイスティングス大尉との初期の事件。
CONTENTS
- I The Adventure of “The Western Star”
- II The Tragedy at Marsdon Manor
- III The Adventure of the Cheap Flat
- IV The Mystery of Hunter’s Lodge
- V The Million Dollar Bond Robbery
- VI The Adventure of the Egyptian Tomb
- VII Jewel Robbery at the Grand Metropolitan
- VIII The Kidnapped Prime Minister
- IX The Disappearance of Mr. Davenheim
- X The Adventure of the Italian Nobleman
- XI The Case of the Missing Will
『死人の鏡』 (Murder in the Mews, 1937)

中編4篇を収録。
Contents
- MURDER IN THE MEws
- THE INCREDIBLE THEFT
- DEAD MAn’s MIRROR
- TRIANGLE AT RHODES
『ヘラクレスの冒険』 (The Labours of Hercules, 1947)

神話になぞらえた12篇の連作短編集。
- ネメアの獅子 (The Nemean Lion)
- 誘拐されたペキニーズ犬の捜索。
- レルネのヒドラ (The Lernean Hydra)
- 村に広まる悪質な「噂」という怪物を退治。
- アルカディアの鹿 (The Arcadian Deer)
- 失踪した美しい小腰使いの行方を追う。
- エリュマントスの猪 (The Erymanthian Boar)
- 雪山のホテルに潜伏する凶悪な殺人犯を捕らえる。
- アウゲイアス王の牛舎 (The Augean Stables)
- 政治界の巨大な汚職スキャンダルの隠蔽。
- ステュンパロスの鳥 (The Stymphalean Birds)
- 旅行者を狙う強請屋(ゆすりや)の正体を暴く。
- クレタ島の牡牛 (The Cretan Bull)
- 発狂の血筋に悩む青年と、その背後の陰謀。
- ディオメデスの馬 (The Horses of Diomedes)
- 若者たちを蝕む麻薬組織の壊滅。
- アマゾンの帯 (The Girdle of Hyppolita)
- 盗まれたルーベンスの絵画と、修学旅行生の失踪。
- ゲリュオンの牛 (The Flock of Geryon)
- 怪しげな新興宗教団体に潜入捜査。
- ヘスペリスのリンゴ (The Apples of the Hesperides)
- 盗まれた黄金のルネサンス細工の追跡。
- ケルベロスの捕獲 (The Capture of Cerberus)
- ロンドンのナイトクラブ「ヘル(地獄)」での麻薬捜査。
『ヘラクレスの功罪』(1939–1940)の名前と意味
| 英語題 | カタカナ部分 | 種類 | 内容 |
|---|---|---|---|
| The Nemean Lion | ネメア | 地名 | ネメア地方の怪物ライオン |
| The Lernaean Hydra | レルネー | 地名 | レルネー沼のヒュドラ(蛇の怪物) |
| The Arcadian Deer | アルカディア | 地名 | アルカディア地方の鹿 |
| The Erymanthian Boar | エリュマントス | 地名 | エリュマントス山の猪 |
| The Augean Stables | アウゲイアス | 人名(王) | アウゲイアス王の家畜小屋 |
| The Stymphalean Birds | ステュムパロス | 地名 | ステュムパロス湖の鳥 |
| The Cretan Bull | クレタ | 地名(島) | クレタ島の牡牛 |
| The Horses of Diomedes | ディオメデス | 人名(王) | 人食い馬を飼う王 |
| The Girdle of Hippolyta | ヒッポリュテ | 人名(女王) | アマゾン女王 |
| The Flock of Geryon | ゲーリュオン | 神話の怪物名 | 三体の巨人 |
| The Apples of the Hesperides | ヘスペリデス | 神名(ニンフ) | 黄金の林檎の守護者 |
| The Capture of Cerberus | ケルベロス | 神話の怪物名 | 冥界の番犬 |
『クリスマス・プディングの冒険』 (The Adventure of the Christmas Pudding, 1960)

ポワロ5篇+マープル1篇(計6篇)収録。アメリカでは出版されなかった独自編。
イギリスのオリジナル短編集『クリスマス・プディングの冒険』 (The Adventure of the Christmas Pudding and a Selection of Entrées, 1960) には、以下の6編が収録されています。
この短編集は、ポワロ作品5編とミス・マープル作品1編が混在する、イギリスのオリジナル版としては珍しい構成になっています。
収録作品一覧
- クリスマス・プディングの冒険 (The Adventure of the Christmas Pudding)
- 別名「王族のルビー盗難事件」。伝統的な英国のクリスマスを舞台に、盗まれた宝石を追うポワロの活躍が描かれます。
- スペイン櫃(ひつ)の謎 (The Mystery of the Spanish Chest)
- ポワロもの。パーティー会場に置かれた大きな櫃の中に死体が……。ポワロ自身が「自分の最高の仕事の一つ」と評する事件です。
- 負け犬 (The Under Dog)
- ポワロもの。冷酷な主人が殺害された事件を、ポワロが鋭い洞察力で解決します。
- 二十四羽の黒つぐみ (Four and Twenty Blackbirds)
- ポワロもの。レストランでの客の注文内容のわずかな変化から、殺人の兆候を見抜く物語です。
- 夢 (The Dream)
- ポワロもの。自分の自殺を夢に見続けていた男が、本当に死んでしまった謎に挑みます。
- グリーンショウ氏の阿房宮(あぼうきゅう) (Greenshaw’s Folly)
- ミス・マープルもの。迷路のような屋敷で起きた奇妙な殺人事件を解決します。
『ポワロの初期事件簿』 (Poirot’s Early Cases, 1974)

18篇収録。雑誌掲載のみで長らく未収録だった初期作品をまとめたもの。
- 『ポワロの初期事件簿』 (Poirot’s Early Cases, 1974) は、ポワロが名声を確立する前の若き日の事件や、相棒ヘイスティングス大尉と共に挑んだ初期の未収録短編をまとめた作品集です。
- イギリスのオリジナル版に基づくと、以下の18編が収録されています
- コンテンツ
- 勝利の舞踏会事件 (The Affair at the Victory Ball)
- クラパムの料理人の失踪 (The Adventure of the Clapham Cook)
- コーンウォールの謎 (The Cornish Mystery)
- ジョニー・ウェーバリーの冒険 (The Adventure of Johnnie Waverly)
- 二重の証拠 (The Double Clue)
- クラブのキング (The King of Clubs)
- ルムズルー男爵の遺産 (The Lemesurier Inheritance)
- 消えた廃坑 (The Lost Mine)
- プリマス特急 (The Plymouth Express)
- チョコレートの箱 (The Chocolate Box)
- 潜水艦の設計図 (The Submarine Plans)
- 三階の部屋 (The Third Floor Flat)
- 二重の罪 (Double Sin)
- マーケット・ベイジングの怪事件 (The Market Basing Mystery)
- スズメバチの巣 (Wasps’ Nest)
- ヴェールをかけた女 (The Veiled Lady)
- 海上での惨劇 (Problem at Sea)
- 庭の造作 (How Does Your Garden Grow?) [1, 2, 3, 4, 5]
- 中編への改訂: 「潜水艦の設計図」は後に中編『謎の盗難事件』へ、「マーケット・ベイジングの怪事件」は『ミューズ街の殺人』へと書き直されています。
没後に編纂・刊行された主な3冊
これらは他の中短編(ポワロ以外)と混ざって収録されていることが多いイギリス独自の編纂である
『ポリェンサ・ベイの事件』 (Problem at Pollensa Bay, 1991)
英国版の短編集『ポリェンサ・ベイの事件』 (Problem at Pollensa Bay and Other Stories, 1991) に収録されているエルキュール・ポワロの短編は、以下の2編です。
- 黄色いアイリス (The Yellow Iris)
- のちの長編『忘られぬ死』の原型となった作品。レストランのテーブルに置かれた黄色いアイリスが、過去の事件と現在の殺意を結びつけます。
- チェスの謎 (The Chess Problem)
- のちに、『The Market Basing Mystery』 として『Poirot’s Early Cases』に収録。
- さらに、Murder in the Mews(ミューズ街の殺人)に拡張される。
| ① 初期草稿 | The Chess Problem(チェスの謎) |
| ② 短編 | The Market Basing Mystery(マーケット・ベイジングの怪事件) |
| ③ 改作・拡張 | Murder in the Mews(ミューズ街の殺人) |
『愛の探偵たち』 (While the Light Lasts, 1997)
ポワロ作品2篇を含む計9篇。
- クリスマスの冒険 (Christmas Adventure)
- のちの中編『クリスマス・プディングの冒険』(王族のルビー盗難事件)の原型となった短編です。プロットはほぼ同じですが、よりコンパクトな初期稿の形で楽しめます。
- バグダッドの大袋の謎 (The Mystery of the Baghdad Chest)
- のちの中編『スペイン櫃の謎』の原型となった短編です。主要なトリックは共通していますが、登場人物の設定などが少し異なります。
『マン島の黄金』 (The Harlequin Tea Set, 1997)
ポワロ作品1篇を含む計9篇(米版と同内容のものも多い)。
- 「バグダッドの大袋の謎」 (The Mystery of the Baghdad Chest)
(注意点)この作品は、一つ前に質問された『愛の探偵たち』 (While the Light Lasts) にも収録されています。

