テールヌヴァの溜まり場|第十章 三日目の出来事  

テールヌヴァの溜まり場

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メグレが|朝|八時ごろ|部屋から|降りてきたとき、|頭は|空っぽで、|胸の内には|漠然とした|もやもやが|あった。|飲みすぎた|翌朝のような|感覚だった。


「思うように|いかないの?」と|妻に|聞かれた。


彼は|肩を|すくめた。||妻は|それ以上|追わなかった。

ところが、|ホテルの|テラスに|出ると、|不穏な|緑色の|波を|立てる|海を|前にして、|マリー・レオンネクと|鉢合わせてしまった。||しかも|娘は|一人では|なかった。||彼女の|テーブルには|男が|座っていた。||娘は|あわてて|立ち上がり、|警部に|向かって|たどたどしく|言った。


「警部さん、|父を|ご紹介させてください。|たった今、|着いたばかりなんです」


風は|冷たく、|空は|曇っていた。||カモメたちが|水面|すれすれに|飛んでいた。


「警部殿、|お会いできて|大変|光栄でございます。||本当に|光栄で、|うれしゅうございます」


メグレは|無愛想な|目で|男を|見た。||背の|低い|男で、|異様に|大きな|鼻が|なければ|たいして|目立たない|人物だったろう。|その|鼻は|普通の|二、三本分は|あろうかという|大きさで、|おまけに|いちごのように|ぶつぶつと|点々が|散っていた。

男の|せいでは|ない!||これは|れっきとした|身体的な|欠陥だった。||それでも|その|鼻しか|目に|入らないのは|どうしようも|なかった。||話すときも|鼻ばかり|見てしまう。||どんな|感動的な|ことを|言っても、|その|鼻の|せいで|台無しに|なってしまうのだ。


「一緒に|何か|召し上がりませんか」


「いや、|結構。||もう|朝食は|済ませた」


「では|体を|温めるために|一杯だけ」


「遠慮しておく」

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彼は|しきりに|勧めた。||人に|無理やり|飲ませるのも|礼儀のうち、|ということらしい。

メグレは|父親を|観察しながら、|同時に|娘をも|観察していた。||鼻さえ|なければ、|娘は|父親に|よく似ていた。||そうして|眺めていると、|十年後、|若さの魅力が|消えたとき、|彼女が|どんな姿に|なるか|容易に|想像できた。


「単刀直入に|申し上げましょう、|警部殿。||それが|私の|信条です!||そのために|一晩中|汽車に|乗ってきたのですから。||ジョリサンが|私のところに|来て、|娘に|付き添うと|言ったとき、|私は|許可しました。||ですから、|私が|融通の|きかない|人間だとは|言えないはずです」


だが|メグレは|早く|この場を|離れたかった。||そして|あの鼻!||それに|自分の|話を|聞きながら|悦に|入っている、|プチブルジョワ特有の|もったいぶった|口調も|鼻についた。


「父親として|調べる|義務が|ありますので。||それゆえ|良心に|かけて|お聞きしたい。||あの|若者が|無実だと|お考えか|どうかを」


マリー・レオンネクは|よそを|向いていた。||父の|この|介入が|事態を|好転させる|見込みが|ないことを、|彼女は|ぼんやりと|感じていたに|違いない。

一人で|婚約者の|救出に|駆けつけたときは、|それなりの|気品が|あった。||少なくとも|胸を打つものが|あった。

家族づれでは|勝手が|違う。||クワンペールの|店の|雰囲気、|出発前の|もめごと、|近所の|噂話といった|ものが|ありありと|感じられた。


「ファリュ船長を|殺したか|どうかを|聞いているのですか」


「そうです。||これは|どうしても|確かめなければ|ならないことで」


メグレは|ひどく|ぼんやりした|顔で|正面を|向いたままだった。


「では|申し上げましょう」


娘の|手が|小刻みに|震えているのが|見えた。


「殺していません。||失礼、|急ぎの|用件が|ありまして。||またすぐに|お会いできると|思います」


逃げ出したのだ!||テラスの|椅子を|ひとつ|引っくり返すほど|あわてて。||相手が|呆気に|とられているだろうと|思いながら、|確かめようとも|せず|立ち去った。

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波止場では|メグレは|オセアンから|離れた|歩道を|歩いた。||それでも|海員鞄を|肩に|担いだ|男たちが|次々と|やって来て、|船と|顔合わせを|しているのに|気づいた。||荷馬車が|じゃがいもの|袋を|降ろしていた。||船主も|来ていて、|ニスを|塗った|長靴を|履き、|鉛筆を|耳に|挟んでいた。

テールヌヴァの溜まり場は|扉が|開け放たれ、|中から|騒々しい|声が|漏れていた。||メグレは|新入りたちの|輪の|中で|得意げに|しゃべっている|プティ・ルイの|姿を|ぼんやりと|見分けた。

立ち止まらなかった。||店主が|手招きするのを|見て、|足を|速めた。||五分後には|病院の|扉の|呼び鈴を|鳴らしていた。

助手は|まだ|若かった。||白衣の|下から|最新流行の|スーツと|洒落た|ネクタイが|のぞいていた。


「通信士ですか?||今朝、|体温と|脈を|診たのは|私です。||できる限り|良好ですよ」


「意識は|はっきりしているか?」


「ええ、|きっと。||何も|話しませんでしたが、|ずっと|目で|私を|追っていましたから」


「重大な|話を|してもいいか?」


助手は|気のない|曖昧な|仕草を|した。


「構いませんよ。||手術が|うまくいって|熱も|ないのですから。||会いますか?」


ピエール・ル・クランシュは|漆喰塗りの|小さな|部屋に|一人でいた。||蒸し暑い|空気が|こもっていた。||メグレが|近づくのを|見つめる|瞳は|澄んでいて、|乱れが|なかった。


「ご覧の通り、|これ以上は|望めません。||一週間もすれば|起き上がれるでしょう。||ただ、|股関節の|腱が|切れているので|足を|引きずる|おそれが|あります。||少し|気をつけて|もらわないと。||二人きりに|しましょうか?」


昨日と|比べると|胸が|痛んだ。||昨日は|血まみれで|不潔な、|もはや|息の根も|止まりそうな|ぼろ雑巾同然の|姿で|運び込まれたのに。

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メグレが|目にしたのは|白いベッドと、|少し|やつれて|青ざめた|顔だったが、|これまで|見た|ことが|ないほど|穏やかだった。||瞳には|ほとんど|静謐と|呼べるものが|宿っていた。

だからこそ|ためらったのかもしれない。||部屋を|行ったり来たり|してから、|しばらく|額を|二重窓に|押し当て、|港と、|赤い|シャツの|男たちが|動き回る|トロール船を|眺めた。


「話を|聞ける|体力が|あるか?」と|ベッドに|向き直り、|だしぬけに|ぶっきらぼうに|言った。


ル・クランシュは|かすかに|うなずいた。


「私は|正式には|この|事件に|関係していない。||友人の|ジョリサンから|お前の|無実を|証明してくれと|頼まれただけだ。||もう|できた。||お前は|ファリュ船長を|殺していない」


大きな|ため息を|ついた。||それから、|決着を|つけるべく、|正面から|切り込んだ。


「三日目の|出来事、|つまり|ジャン=マリーの|死について|本当のことを|話せ」


傷ついた|男と|目を|合わせないよう|しながら、|取り繕うように|パイプに|煙草を|詰めた。||沈黙が|長引くと、|静かに|言った。


「あれは|夕方だった。||甲板には|ファリュ船長と|お前だけが|いた。||一緒にいたのか?」


「いいえ」


「船長は|後部船楼の|近くを|歩いていたか?」


「そうです。||僕は|自分の|部屋から|出てきたばかりで、|船長は|僕に|気づいていなかった。||僕は|船長を|観察していました。||行動に|何か|異常を|感じたからです」


「まだ|船内に|女が|いることは|知らなかったのか?」


「知りませんでした!||あれほど|念入りに|扉を|閉めるのは、|密輸品でも|隠しているからだと|思っていました」


声は|疲れていた。||それでも|声音が|上がり、|こう|言った。


「警部さん、|あれは|僕が|知る|中で|最も|恐ろしい|出来事です。||誰が|話したのですか?||教えてください」


そして|腹に|自分で|銃弾を|撃ち込もうとした|ときのように、|目を|閉じた。


「誰も|話していない。||船長は|出港以来|いつものように|神経質に|歩き回っていた。||だが|誰かが|舵を|握っていたはずだ?」

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「舵手が|いました!||暗くて|僕たちは|見えなかったはずです」


「船乗り見習いが|現れた」


ル・クランシュは|半身を|起こして|言葉を|遮った。||天井から|垂れた|紐を|両手で|ぎゅっと|握りしめた。|体を|動かすための|補助用の|紐だ。


「マリーは?」


「ホテルにいる。||父親が|さっき|着いた」


「連れて|帰るために!||そうだ!||それでいい!||連れて|帰らなければ|ならない。||とにかく|ここへは|来させないでくれ!」


興奮して|いた。||声は|くぐもり、|言葉は|途切れ途切れに|なった。||体温が|上がっていくのが|感じられた。||目が|ぎらぎらと|輝いてきた。


「誰が|話したのかは|知らない。||でも|今は|全部|話さなければ|ならない」


その|激しさは|あまりにも|唐突で、|譫言うわごとを|言っているのかと|思うほどだった。


「信じられない|ことなんです。||あの子のことを|ご存じないでしょう。||ひょろひょろで!||父親の|古い|キャンバス地の|スーツを|仕立て直した|服を|着ていた。||最初の日は|怖くて|泣いていた。||どう|言えばいいか。||その後は|意地悪で|仕返しを|してきた。||あの|年ごろなら|当然ですが。||やんちゃな|ガキって|わかりますか?||まさに|そういう|やつでした。||私が|婚約者に|書いた|手紙を|読んでいるのを|二度も|見つけた。||そのたびに|こう|言うんです」


『あんたの|女に|出すのか?』


「あの夜、|船長は|眠れないほど|神経質に|なっていたので|甲板を|行ったり来たり|していたと|思います。||波の|ぱちゃぱちゃという|音が|かなり|していた。||時々、|波しぶきが|手すりを|越えて|甲板の|鉄板を|濡らした。||それでも|嵐では|なかった

僕は|十メートルほど|離れていた。||聞こえたのは|ほんの|数語だけ。||でも|シルエットは|見えていた。||若鶏みたいに|気張って|立ち、|笑っている|ガキ。||そして|船長は|シャツの|襟に|首を|埋め、|両手を|ポケットに|突っ込んでいた。

ジャン=マリーは|私にも|『あんたの女』と|言っていた。||ファリュにも|同じように|からかって|いたんでしょう。||甲高い|声で。||こんな|言葉が|聞こえた気が|します。

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『もし|みんなに|話したら|どうなるか……』


理解したのは|後からでした。||あの子は|船長が|女を|船室に|隠しているのを|見つけていたんです。||それが|自慢で|たまらなかった。||得意げに|ふるまっていました。||悪意は|なかったのですが、|意地悪でした。

そのとき、|こういうことが|起きました。||船長が|平手打ちを|食らわせようとした。||ガキは|身が|軽くて|かわして、|また|しゃべると|脅すような|ことを|叫んだんです。

ファリュの|手が|張り綱に|当たりました。||痛かったはずです。||怒りが|のどを|締め上げた。

ライオンと|蚊の|寓話です。||男は|分別を|忘れて|子どもを|追いかけました。||最初は|笑いながら|逃げていたガキも、|やがて|パニックに|なりました。

偶然、|誰かに|聞かれたら|一発で|全部|ばれてしまう。||ファリュ船長は|恐怖で|我を|忘れていました。

ジャン=マリーの|肩を|つかもうとした|のは|見えました。||しかし|つかむ|代わりに、|前に|突き飛ばした|ような|格好に|なってしまった。

それだけです。||こういう|運命というものが|あります。||頭が|巻き揚げ機に|ぶつかりました。||ぞっとするような|音が|しました。||鈍い|音でした。||頭蓋骨が……」


両手で|顔を|おおった。||顔は|蒼白だった。||額に|汗が|滲み出ていた。


「ちょうどその|とき、|波が|甲板を|ひと|なめにしました。||だから|船長が|かがみ込んだとき、|体は|ずぶ濡れでした。||同時に|僕が|見えたんです。||隠れるのを|忘れていたのかもしれません。||何歩か|前に|出ました。||ガキの|体が|丸まり、|それから|こわばっていくのを|見届けるために|間に合いました。||あの|動きは|一生|忘れません。

死んでいました。||あっけなく!||僕たちは|ただ|見てました。||理解できず、|この|恐ろしい|現実を|受け止めることが|できませんでした。

誰も|何も|見ておらず、|何も|聞いていませんでした。||ファリュ船長は|子どもに|触れようとも|しなかった。||胸と、|手と、|割れた|頭を|確かめたのは|僕です。||血は|出ていませんでした。||傷も|なかった。||頭蓋骨が|砕けていたんです。

僕たちは|おそらく|十五分ほど|そこに|立ち尽くしていました。||どうすれば|いいか|わからず、|暗澹あんたんとして、|肩まで|凍りつきながら、|時おり|飛沫が|顔に|かかるのを|受けていました。

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船長は|もう|別人でした。||彼の中でも|何かが|壊れたようでした。||話したときの|声は|鋭く、|温かみが|なかった。


『乗組員に|真実を|知らせては|ならない!||規律のために!』


そして|船長は|私の|前で|自ら|ガキを|抱き上げた。||するべきことは|一つしか|なかった。||覚えているのは、|船長が|親指で|あの子の|額に|十字を|切ったことです。

体は|海に|さらわれ、|二度|船体に|ぶつかりました。||ぼくたちは|まだ|暗闇の中に|立っていました。||お互いを|見ることも|できず、|話すことも|できなかった」


メグレは|パイプに|火を|つけ、|吸い口を|歯で|強く|くわえた。

看護師が|入ってきた。||二人の|男は|あまりにも|うつろな|目で|彼女を|見たので、|看護師は|戸惑い、|おどおどと|言った。


「体温を|測りに|参りました」


「後でいい」


扉が|閉まると、|警部は|静かに|言った。


「そのとき|船長が|女のことを|話したのか?」


「あの瞬間から、|船長は|二度と|元の|人間には|戻りませんでした。||本当の|意味での|狂気では|なかったかもしれませんが、|何かが|ゆがんでいた。||まず|私の|肩に|手を|触れて、|こうつぶやきました」


『女のせいだ、|君!』


「私は|寒くて、|熱っぽくて、|体が|流されて|いった|方角の|海を|見ずには|いられませんでした。

船長の|ことは|聞いて|おいでですか?||小柄で|痩せた、|精力的な|顔つきの。||短い|未完成な|文で|よく|しゃべる|人でした。

『五十五歳。||もうすぐ|定年。||確かな|評判。||少しの|貯え。||おしまいだ!||台無しだ!||一瞬で!||一瞬も|かからなかった。||あの|ガキのせいで。||いや、|むしろ|女のせいで』

そうして|夜の|闇の中で、|くぐもった|怒りに|満ちた|声で、|少しずつ|全部|話してくれました。||ル・アーヴルの|女。||大した|女では|ないと|自分でも|わかっていた。||それでも|もう|なしでは|いられなかった」

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「女を|連れてきたんです。||同時に、|彼女の|存在が|ただならぬことに|なると|感じていました。||女は|そこに|いました!||眠っていました!」


通信係は|身じろぎした。


「船長が|話した|ことの|すべては|わかりません。||ただ、|女のことを|話さずには|いられなかったようです。||憎しみと|情熱を|同時に|抱えながら」


『船長は|自分の|権威を|損ねるような|醜聞を|起こす|権利は|ない』


「あの|言葉は|今でも|耳に|残っています。||僕は|あれが|初めての|航海でした。||そのとき|から|海が、|僕たちを|丸ごと|飲み込もうとする|怪物に|見えてきました。

ファリュは|例を|挙げました。||ある年、|愛人を|連れてきた|船長がいた。||船内で|乱闘が|続き、|三人が|帰らなかったと。

風が|吹いていました。||飛沫が|次々と|打ちつけてきました。||時々、|波が|足元を|なめ、|油で|ぬるぬるした|甲板の|金属の上で|足が|滑りました。

狂っては|いません。||でも|もう|ファリュ船長では|ありませんでした」


『とにかく|この|航海を|終わらせること!||その後は|考える』


「何を|言おうとしているのか|わかりませんでした。||尊敬すべき|人であると|同時に|気まぐれで、|義務感に|しがみついているように|見えました」


『知られては|ならない。||船長が|過ちを|犯した|などと|あっては|ならない』


「僕は|神経の|昂ぶりで|病みそうでした。||もう|考えることが|できなかった。||頭の中で|考えが|ごちゃごちゃに|なり、|ついには|立ったまま|悪夢を|生きているような|状態でした。

船室の|中の|女。||船長のような|男でさえ|なしでは|いられない|女。||その|名を|口にする|だけで|荒い息を|つく|ほどの|女。

僕は|婚約者に|何通も|何通も|手紙を|書いていました。||でも|三か月間|離れて|いるだけでした。||あんな|激情は|知らなかった。||船長が|肉体とか|体とか|言うたびに、|なぜかも|わからず|顔を|赤らめていました」


メグレは|ゆっくりと|尋ねた。


「ジャン=マリーの|死の|真相を、|船上で|お前たち|二人以外に|知っている者は|いなかったのか?」

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「誰も」


「死者への|祈りを|唱えたのは、|慣習通り|船長だったのか?」


「夜明け前に。||空は|どんよりと|曇っていました。||凍てついた|灰色の|霞の中を|滑るように|進んでいました」


「乗組員は|何も|言わなかったのか?」


「奇妙な|視線や|ひそひそ話が|ありました。||でも|ファリュは|以前にも|増して|強引で、|声は|鋭くなっていました。||少しの|口答えも|許さなかった。||気に入らない|目つきを|しただけで|怒り出した。||男たちを|監視して、|疑念が|芽生えていないか|探ろうとしていました」


「お前は?」


ル・クランシュは|答えなかった。||腕を|伸ばして|ナイトテーブルの|水の|入った|コップを|取り、|がぶがぶと|飲んだ。


「ますます|熱心に|船室の|周りを|うろついたんだろう?||船長を|あれほど|狂わせた|女を|見たかった?||次の夜のことか?」


「そうです。||一瞬|会いました。||その|次の夜も。||無線室の鍵と|船室の鍵が|同じだと|気づいていました。||船長が|当直の|間に、|泥棒のように|忍び込みました」


「女と|関係を|持ったのか?」


通信係の|表情が|固くなった。


「わかってもらえないでしょう!||日常とは|まったく|かけ離れた|空気が|漂っていたんです。||あの|子のこと。||前日の|儀式のこと。||それでも|考えるたびに|いつも|同じ|映像が|浮かんできた。||ほかの|女とは|違う|女。||その|肉体が、|その|体が、|男を|これほど|別人に|変えてしまえる|女の|映像が」


「女が|誘ったのか?」


「半裸で|横になっていました」


激しく|顔を|赤らめた。||そっぽを|向いた。


「船室に|どのくらい|いたのか?」


「二時間ほどでしょうか。||もう|わかりません。||耳が|ぼうっとしたまま|出てくると、|船長が|扉の前に|立っていました。||何も|言わなかった。||ただ|私が|通るのを|見ていた。||膝まずいて、|自分の|せいでは|ないと|叫び、|許しを|請いたかった。||でも|船長の|顔は|氷のようでした。||私は|歩き続けた。||持ち場に|戻りました」

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「怖かった。||あの|瞬間から、|いつも|装填した|拳銃を|ポケットに|入れていました。||船長が|私を|殺すつもりだと|確信していたので。

それ以降、|船長は|業務上の|こと以外は|一切|口を|きかなかった。||それでさえ、|たいていは|書面で|命令を|伝えてきました。

もっと|うまく|説明したいのですが、|できません。||日ごとに|悪くなっていった。||みんなが|あの|惨事を|知っているような|気が|してならなかった」

機関長も|船室の|周りを|うろついていました。||船長は|何時間も|船室に|閉じこもっていた」

乗組員たちは|訝しむような、|不安そうな|目で|私たちを|見ていました。||何かが|起きていると|感づいていた。||呪いだという|話を|何度も|耳に|しました。

私には|ただ|一つの|欲求しか|なかった」


「当然だな」と|メグレは|ぶっきらぼうに|言った。


沈黙が|あった。||ル・クランシュは|非難めいた|目で|警部を|見つめた。


「十日間|荒れた|天気が|続きました。||私は|病みそうでした。||でも|考えるのは|彼女のことばかりでした。||香りが|していた。||彼女は……|言葉に|なりません!||苦しかった!||そう!||苦しいほどの|欲求で、|悔しくて|泣きたいほどでした!||特に|船長が|船室に|入るのを|見るたびに!||今では|いろんなことを|想像してしまうから。||彼女は|私のことを|大きな子どもと|呼んでいました。||少し|しゃがれた|特別な|声で!||自分を|苦しめるために|その|二つの言葉を|繰り返していました。||もう|マリーには|手紙を|書かなかった。||ありえない|夢を|積み重ねていた。||フェカンに|着いたら|すぐに|あの女と|逃げようと」


「船長は?」


「ますます|冷酷で、|ますます|鋭くなっていました。||もしかしたら|本当に|狂っていたのかもしれません。||わかりません。||ある|場所で|漁をするよう|命令したが、|古参の|船乗りたちは|みんな|あの|海域では|魚など|見たことが|ないと|言っていました。||口答えは|一切|許さなかった!||私が|怖かったのでしょう。||私が|武装していると|知っていたのかもしれません。||船長も|武装していました。||すれ違うたびに|ポケットに|手を|やった。||アデルに|会おうと|百回も|試みました。||でも|いつも|そこに|いた!||目の下に|隈を|作り、|唇を|引きつらせて!||タラの|臭い。||船倉で|魚に|塩を|まぶす|男たち。||立て続けに|起きる|事故」

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「機関長も|うろついていました。||だから|もう|誰も|率直に|話さなくなった。||三人の|狂人のようでした。||彼女の|もとに|行くためなら|誰かを|殺していたかもしれないと|思う|夜が|あった。||わかりますか?||ハンカチを|歯で|噛み裂きながら、|彼女の|声で|繰り返していた|夜が

『大きな子ども!||大馬鹿め!』

長かった!||夜が|明けて|また|昼が|来て、|また|昼が!||周りは|灰色の|水ばかりで、|冷たい|霧が|立ちこめ、|タラの|鱗と|内臓が|どこにでも|あった。

喉には|塩漬けの|むかつく|味が|こびりついていた」

もう|一度だけ!||もう|一度だけ|会えたら|治っていたと|思う!||でも|不可能でした。||あいつが|いた!||いつも|そこに|いた。||目がますます|落ち窪んで。

絶え間ない|横揺れ、|地平線の|ない|生活。||やがて|断崖が|見えてきた。1

三か月も|続いたと|思いますか?||治るどころか、|もっと|病んでいました。||今に|なって|やっと、|あれが|病気だったと|気づきます。

いつも|行く手を|塞ぐ|船長が|憎かった。||アデルのような|女を|閉じ込めている|もう|年老いた|その|男が|たまらなく|嫌だった。

港に|戻るのが|怖かった。||彼女を|永遠に|失うのが|怖かった。

最後には|悪魔のように|思えてきました!||そう!||あの|女を|独り占めにする|悪霊のような|存在に。

入港の際に|操船の|失敗が|ありました。||男たちは|安堵して|陸に|飛び降り、|酒場に|駆け込んだ。||私には|わかっていました。||船長は|夜の|静寂を|待って|アデルを|外に|出すつもりだと」

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「レオンの|宿に|戻りました。||古い|手紙と|婚約者の|写真が|あった。||なぜか|わからないが、|激しい|怒りに|駆られて|全部|燃やしました。

外に|出ました。||彼女が|欲しかった!||どうしても|欲しかった!||帰ったら|ファリュと|結婚すると|言っていなかったか?

一人の|男に|ぶつかりました。」


ル・クランシュは|重く|枕に|倒れ込んだ。||引きつった|顔が|凄まじい|苦痛を|表していた。


「もう|わかっているんでしょう」と|喘ぐように|言った。


「そうだ。||ジャン=マリーの|父親だ。||トロール船は|岸壁に|着いていた。||船に|残っているのは|船長と|アデルだけだった。||船長は|女を|外に|出そうとしていた。||そこでお前は……」


「黙ってください!」


「そこで|お前は、|死んだ子どもが|いた船を|見に|来た|男に、|あの子が|殺されたと|告げた。||そうだな?||そして|男の|後を|ついていった!||男が|船長に|近づいたとき、|お前は|貨車の|陰に|隠れていた」


「黙ってください!」


「犯行は|お前の|目の前で|起きた」


「お願いです!」


「違う!||お前は|それを|見ていた!||船に|乗り込んだ!||女を|外に|連れ出した!」


「もう|欲しくも|なかった!」


外で|大きな|汽笛が|鳴った。||ル・クランシュの|唇が|震え、|たどたどしく|言った。


「オセアンだ」


「そうだ。||満潮で|出航する」


二人は|黙った。||病院の|様々な|物音が|聞こえてきた。||手術室へ|向かう|担架の|かすかな|車輪の|音も。


「もう|欲しくも|なかった!」と|電信士は|引きつるように|繰り返した。


「だが|もう|遅かった」


また|沈黙。||そして|ル・クランシュの|声。


「それでも……|今は……|せめて……」


言いかけた|言葉を|口に|出せなかった。


「生きたいか?」

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「わからないんですか?||私は|狂っていた。||自分でも|わからない。||あれは|別の|場所の、|別の|世界の|話でした。||ここに|戻ってきて|やっと|気づいた。||あの|暗い|船室が|あった。||みんな|その|周りを|うろついていた。||ほかには|何も|存在しなかった。||それが|自分の|すべてのように|思えていた。||もう|一度|『大きな子ども』と|呼んで|ほしかった。||どうやって|そうなったか|自分でも|言えない。||扉を|開けた。||女は|出ていった。||黄色い|靴を|履いた|男が|待っていて、|岸壁で|二人は|抱き合った。

目が|覚めた。||それが|いちばん|正確な|言葉です。||それから|ずっと、|死にたくないと|思っています。||マリー・レオンネクが|あなたと|一緒に|来た。||アデルも|あの|男と|一緒に|来た。

私に|何が|言えたというんですか?

もう|遅い。||釈放された。||船から|拳銃を|取ってきた。||マリーが|岸壁で|待っていた。||何も|知らずに。

午後、|あの|女が|しゃべっていた。||黄色い|靴の|男も|いた。

こんなことが|理解できる|人間が|いるものか?||撃った。||決意するまでに|何分も|何分も|かかった。||マリー・レオンネクが|そこに|いたから!

今は……」


嗚咽した。||そして|文字通り|叫んだ。


「結局|死ななければ|ならないのか!||死にたくない!||死が|怖い!||僕は……|僕は……」


体が|激しく|痙攣したので、|メグレは|看護師を|呼んだ。||看護師は|長年の|職業的な|習熟から|くる|的確な|手つきで、|あわてず|ル・クランシュを|押さえた。

トロール船が|二度目の|胸を|引き裂くような|汽笛を|鳴らし、|女たちが|波止場に|走り集まった。

  1. フェカンの|ノルマンディー海岸の|断崖です。
    物語の|舞台である|フェカン(Fécamp)は|ノルマンディー地方の|港町で、|白亜の|断崖(falaises)で|有名です。||三か月の|大西洋での|漁を|終えた|トロール船が|母港に|戻る|際に|見えてくる|故郷の|断崖です。
    原文の「on a aperçu des falaises」は|まさに|その|帰港の|瞬間を|指しています。||ル・クランシュに|とっては|安堵では|なく、|アデルを|永遠に|失う|恐怖の|始まりを|告げる|光景でした。
    ↩︎