La danseuse du Gai-Moulin
14 食べられない朝

ジャン・シャボは|テーブルに|肘を|ついて|皿を|脇へ|押しやり、|チュールの|カーテン越しに|見える|小さな|中庭を|じっと|見つめた。|白く|塗られた|壁に|陽光が|あふれている。||父は|食事を|続けながら|こっそり|息子を|観察し、|何とか|会話の|糸口を|作ろうと|した。

「フェロンストレー通りの|あの|大きな|建物が|売りに|出されるって、|本当か|知らないか?||昨日|職場で|聞かれたんだが。||お前、|少し|調べてみたら|どうだ?」
だが|シャボ夫人は|野菜を|切りながら|息子を|目で|追い、|口を|挟んだ。

「何も|食べないの?」

「食欲が|ない、|母さん」

「また|昨夜も|飲んで|帰ったから|でしょう!|素直に|言いなさい!」

「違う」

「そんなこと|わかりゃしないと|思って!||目が|真っ赤じゃないの!||顔色も|土気色だし!||せっかく|精のつくものを|作ってるのに!||せめて|卵だけでも|食べなさい」
どんなことが|あっても|食べられなかった。||胸が|締め付けられている。||家の|静けさ、|ベーコンと|コーヒーの|匂い、|白い壁、|煮え始めた|スープ——そういった|ものすべてが|胃を|むかつかせた。
早く|外に|出たかった。||何より|早く|事実を|知りたかった。||通りの|物音に|ひとつひとつ|びくりと|した。

「行かないと」

「まだ|時間じゃないでしょう。||昨夜は|デルフォスと|一緒だったんでしょう?||あの|子が|また|うちへ|迎えに|来るようなら|承知しないよ!||親が|金持ちだから|何も|しないで|ぶらぶらしてる|子じゃないの!」
15 シャボ夫人の説教

「不良め!|あっちは|朝|起きて|会社に|行かなくても|いい|身分だから!」
父親の|シャボ氏は|何も|言わず、|どちらの|肩も|持たなくて|済むよう|皿を|見つめたまま|食べ続けた。||一階の|間借り人が|降りてきた。||ポーランド人の|学生で、|まっすぐ|外へ|出て|大学へ|向かった。||もう|ひとり、|台所の|真上で|誰かが|着替えている|音が|する。

「ジャン、|そのうち|ひどいことに|なるよ!|お父さんに|聞いてごらん、|お前くらいの|歳に|そんな|はめを|外したか|どうか!」
ジャン・シャボの|目には|確かに|赤い|血筋が|走り、|顔の|輪郭が|こけていた。||額に|小さな|赤い|吹き出物が|ひとつ|出ている。

「行かなきゃ」と|時計を|見ながら|繰り返した。

ちょうど|そのとき、|玄関に|埋め込まれた|郵便受けを|コツコツと|叩く|音がした。||親しい者の|合図だ。||ベルは|よその|客用だった。||ジャンは|急いで|ドアを|開けると、|デルフォスが|立っていた。

「来るか?」

「ああ|帽子を|取ってくる」

「デルフォス、|入りなさい!」と|シャボ夫人が|台所から|叫んだ。
「ちょうど|ジャンに|話してたところよ、|もう|いい加減に|しないとって!|体を|壊してるじゃないの!|どんちゃん騒ぎは|あなたの|ご両親に|任せるとして。|でも|ジャンは……」

デルフォスは|ひょろりと|痩せて、|シャボより|さらに|青ざめた|顔で、|ばつが|悪そうに|苦笑いを|浮かべながら|頭を|垂れた。

「ジャンは|自分で|生計を|立てなきゃ|ならないの!|うちは|お金持ちじゃ|ないんだから!|あなたなら|わかるはずよ。|だから|あの子を|そっとして|おいてちょうだい」

「行こう」と|ジャンが|苦しそうに|囁いた。

「奥さん、|誓いますが、|僕たちは……」と|デルフォスが|口ごもった。

「昨夜は|何時に|帰ったの?」

「わかりません|たぶん|一時ごろ」

「ジャンは|二時過ぎだって|言ったよ!」

「母さん、|もう|仕事に|行かなきゃ」
ジャンは|帽子を|被ったまま|デルフォスを|廊下へ|押し出した。|シャボ氏も|立ち上がり、|コートを|羽織った。

16 朝の街へ

外では|リエージュの|どの|通りでも|同じように、|主婦たちが|たっぷりの|水で|歩道を|洗い、|野菜や|石炭を|積んだ|荷車が|戸口に|止まり、|行商人の|呼び声が|遠くから|聞こえ、|界隈の|端から|端まで|響き合っていた。

「それで?」
ふたりは|角を|曲がった。||ここなら|不安を|顔に|出せる。

「何も|ない!|今朝の|新聞には|何も|出ていない!|まだ|見つかって|いないのかも……」
デルフォスは|大きな|つばの|学生帽を|かぶっていた。|学生たちが|皆|大学へ|向かう|時間だ。|ムーズ川に|かかる|橋の|上では|ほとんど|行列に|なっていた。


「母さんが|怒ってる。||特に|お前の|ことを|怒ってる」
ふたりは|市場を|横切り、|野菜や|果物の|籠の|間を|縫って|進み、|キャベツや|レタスの|葉を|踏みながら|歩いた。|ジャンの|目は|虚ろだった。

「ところで|金は?||今日は|十五日だ」
ふたりは|歩道を|渡った。|正面に|タバコ屋が|あり、|そこに|五十フランほどの|ツケが|あるからだ。

「わかってる。||今朝|父さんの|財布を|見たら|大きい|札しか|なかった」
デルフォスは|声を|落として|続けた:

「心配するな。||後で|レオポルド通り1の|叔父の|ところへ|行ってくる。||店で|少しの|間|ひとりに|なれないことは|まずない」
ジャンは|その|店を|知っていた。|リエージュで|一番の|チョコレート店だ。||友人が|レジに|手を|伸ばす|場面が|目に|浮かんだ。

「いつ|会える?」

「昼に|待ってる」
ふたりは|シャボが|働く|<ロエスト>公証人事務所に|たどり着いた。||顔を|合わせずに|握手した。||ジャンは|何か|違和感を|覚えた。||友人の|握手が|いつもと|違う|気がした。
無理もない。|ふたりは|今や|共犯者だった。

17 事務所にて
ジャンは|控えの間に|机を|持っていた。|一番の|新入りとして、|封筒に|切手を|貼り、|郵便を|仕分けし、|市内の|使い走りを|するのが|主な|仕事だった。
その朝、|彼は|黙って|働き、|誰の顔も|見ず、|目立つまいと|しているようだった。||何より|気にしていたのは|事務長だった。||五十がらみの|厳しい|顔つきの|男で、|ジャンは|その下に|ついていた。
十一時に|なっても|まだ|何も|起きていなかった。||だが|昼少し前に|事務長が|近づいてきた:


「小口現金の|帳簿は|ありますか、|シャボ?」
朝から|答えを|用意していた|ジャンは、|目を|そらしながら|それを|口にした。

「申し訳ありません、||<オゼ>さん、|今日は|別の服を|着てきたので、|帳簿と|お金を|家に|忘れてきました。||午後に|お持ちします」
顔が|真っ青だった。||事務長は|心配そうに|聞いた。

「気分でも|悪いのですか?」

「いいえ‥‥|どうでしょう‥‥|ちょっと|そうかも‥‥」
小口現金とは|事務所の|別立ての|勘定で、|切手代、|書留の|発送費、|その他の|日常的な|細かい|出費を|賄う|金だった。||月に|二回、|十五日と|三十日に|ジャンは|一定額を|受け取り、|支出を|帳簿に|記録することに|なっていた。
従業員たちが|帰っていった。||外に出た|ジャンは|デルフォスを|目で探し、|タバコ屋の|ショーウィンドウの|近くで|金の|フィルター付きの|煙草を|吸っているのを|見つけた。


「どうだった?」

「ここの|ツケは|払った!」
ふたりは|歩き出した。||人混みを|肌で|感じたかった。


「ペリカンへ|来い。|叔父のところへ|行ってきた。||ほんの|数秒しか|間が|なかった。||それで|慌てて|手を突っ込んだら……|ちょっと|取りすぎた」

「いくら?」

「二千近く」
その額に|シャボは|震え上がった。

「小口現金に|三百フラン。||残りは|分けよう」
18 アデルの部屋とペリカンの男

「そんな|わけには|いかない!」
ふたりとも|同じくらい|頭に|血が|登っていたが、|デルフォスの|しつこさは|ほとんど|脅迫めいていた。

「当然だろう!|いつも|ふたりで|分けてきたじゃないか?」

「こんなに|金は|いらない」

「俺も|いらない」

ある|建物の|一階を|通りかかったとき、|ふたりは|無意識に|石造りの|バルコニーを|見上げた。||ゲ=ムーランの|踊り子、|アデルが|住む|賃貸の|部屋だった。

「あそこには|寄らなかったのかい?」

「ポ=ドール通りは|通った。||毎朝と|同じように|ドアが|開いていて、|ヴィクトルと|ジョゼフが|掃いていた」
ジャンは|手の|指を|組み合わせて、|緊張して|ぎりぎりと|握り締めた」

「でも|確かに|見たんだろう、|昨夜?」

「トルコ人に|違いない!」と|デルフォスは|震えながら|繰り返した。

「通りに|警察は|いなかったかい?」

「何も!|いつも通りだった。||俺を|見た|ヴィクトルが|おはようと|叫んだくらいだ」
ふたりは|ペリカンに|入り、|ショーウィンドウ|近くの|テーブルに|腰を下ろし、|イギリスビールを|注文した。||すると|すぐに|ジャンは|ほぼ|真向かいに|座っている|客に|気づいた。

「振り返っちゃ|ダメだ。||鏡で|見るんだ。||昨夜|あそこに|いた……|わかるだろう?」

「あの|でかい男だ!||そうだ、|見覚えがある」

ゲ=ムーランに|最後に|入ってきた|客、|ビールを|飲んでいた|あの|大柄で|がっしりした|男だった。

「リエージュの|人間じゃ|ないだろう」

「フランスの|煙草を|吸ってる。||気をつけるんだ、|こっちを|見てるぞ」

「ボーイ!」と|デルフォスが|呼んだ。
「いくらだ?||たしか|四十二フラン|ツケが|あったな?」
百フラン札を|出し、|他に|何枚か|見せた。


「取っておいてくれ!」
ふたりは|どこにいても|落ち着けなかった。||座ったと|思ったら|すぐ|立ち上がり、|不安に|駆られた|シャボが|振り返った。

「あの男が|ついてくる!||少なくとも|後ろにいる」

19 尾行

「黙れ!|怖くなるじゃないか。||なぜ|俺たちを|つける?」

「でも|トルコ人は|見つかって|いるはずだ。||あるいは|死んで|いなかったか……」

「いいから|黙れ!」と|デルフォスが|ひときわ|きつく|怒鳴った。
ふたりは|三百メートルを|無言で|歩いた。

「今夜|あそこへ|行った方が|いいかな?」

「当然だ!||行かなければ|不自然に|思われる」

「そういえば|アデルが|何か|知っているかも?」
ジャンは|神経が|くたくたに|なっていた。|どこを|見れば|いいかも、|何を言えば|いいかも|わからない。|振り返る|勇気もなく、|背後に|あの|大柄な|男の|気配を|感じていた。

「ムーズ川を|俺たちの|後から|渡るなら、|つけてる|証拠だ!」

「家に|帰るか?」

「帰らないと……|母さんが|怒ってる」

通りの|真ん中で|突然|泣き崩れそうだった。


「橋を|渡っている!|やっぱり|つけてる!」

「黙れ!|じゃあ|今夜。||俺は|ここで」

「ルネ!」

「何だ?」

「この|金を|全部|持って|いたくない。||聞いてくれ!」
だが|デルフォスは|肩を|すくめて|家に|入って|しまった。
ジャンは|足を|速め、|まだ|つけられているか|確かめながら|ショーウィンドウを|覗いて|歩いた。
ウートル=ムーズ地区2の|静かな|通りに|入ると、|もはや|疑いの|余地が|なかった。||足が|ふらついた。||目眩が|して|立ち止まりそうに|なった。||だが|反対に|足が|速まり、|恐怖に|引きずられるように|前へ進んだ。
家に|たどり着くと、|母が|尋ねた:


「どうしたの?」

「何でも|ない」

「顔が|真っ青よ。|青白いどころか|青ざめてる」
そして|怒りをこめて:

「みっともない!||あなたの|歳で|そんなざまになって!||昨夜も|どこを|ほっつき歩いてたの?||どんな|連中と?||もっと|厳しくしない|お父さんが|わからない。||さあ、|食べなさい!」
20 ボグダノフスキー氏の警告

「食欲が|ない」

「また?」

「ほっといてくれ、|母さん。||気分が|悪いんだ。||どういうわけか|わからない」
だが|シャボ夫人の|鋭い|目は|容易に|和らがなかった。||小柄で|瘦せた、|神経質な|女で、|朝から|晩まで|せかせかと|動き回っていた。

「具合が|悪いなら|医者を|呼んでくる」

「頼むから|やめて!」
階段を|上がってくる|足音が|した。|台所の|ガラス戸越しに|学生の|顔が|見えた。||ノックして、|不安そうな、|警戒した|顔を|のぞかせた。


「奥さん、|通りを|うろついている|男を|ご存知ですか?」
強い|スラブ訛りだった。||目が|ぎらぎらと|輝いていた。|ちょっとしたことで|すぐ|興奮する。||普通の|学生より|年を|食っていたが、|大学に|正規に|籍を|置いていた。||もっとも|講義に|出たことは|一度も|なかった。||グルジア人で、|祖国で|政治に|関わっていたことが|知られていた。||貴族だと|自称していた。

「どんな|男ですか、|<ボグダノフスキー>さん?」

「来て|ください」
彼は|夫人を|通りに|面した|食堂へ|引っ張って|いった。||ジャンは|ためらったが、|結局|ついて|いった。


「十五分も|あそこで|行ったり|来たりしている。||私には|わかる!||あれは|絶対に|警察の|人間だ」

「そんなこと|ないわ!」と|シャボ夫人が|楽観的に|言い返した。
「どこにでも|警察を|見つけるんだから!|待ち合わせを|しているだけよ」
グルジア人は|それでも|疑わしそうに|夫人を|一瞥し、|自国語で|何か|ぶつぶつ|言いながら|自分の|部屋へ|上がって|いった。||ジャンは|あの|大柄な|男だと|すぐに|わかった。

「さあ|食べなさい!||ぐずぐず|するんじゃないよ!||言うことを|聞かないなら、|すぐ|ベッドに|入って|医者を|呼ぶよ!」
21 ネクタイと新聞号外

シャボ氏は|昼に|事務所から|帰らなかった。||昼食は|台所で|取る。||シャボ夫人は|決して|座らず、|テーブルと|コンロの|間を|行ったり|来たりしていた。
ジャンが|うつむきながら|何口か|飲み込もうと|していると、|夫人は|息子を|観察し、|ふと|身なりのある|細部に|気づいた。

「そのネクタイ、|またどこから|持ってきたの?」

「……ルネが|くれたんだ」

「ルネ、|いつも|ルネ。|そんなに|プライドは|ないの?||恥ずかしいわ!|お金は|あるかも|しれないけど、|まともな|家じゃ|ない!|親同士だって|籍も|入れてないんだから」

「お母さん!」
いつもは|「母さん」と|呼ぶ。|だが|今は|縋るような|気持ちだった。||もう|限界だった。||家にいる|数時間だけでも|そっとして|おいてほしい。||それだけだった。|頭の中では|見知らぬ|男が|向かいを|行ったり|来たりしている。||幼い|頃に|通った|学校の|塀の|前あたりで。

「いいかい、|ジャン!|道を|踏み外しそうに|なってるよ、|言っておくけど!|ヘンリー叔父さんみたいに|なりたく|なければ|今すぐ|変わらないと」
叔父の|話が|出るのは|悪夢だった。|その叔父には|ときどき|泥酔して|行き倒れているところを|見かけるか、|家の|壁を|塗り直している|梯子の上に|いるところを|見かけるかの|どちらかだった。

「それでも|勉強は|したんだよ!||どんな|仕事にだって|就けたのに」

ジャンは|口に|ものを|頬張った|まま|立ち上がり、|帽子掛けから|文字通り|帽子を|ひったくって|飛び出した。
リエージュでは|朝刊を|出す|新聞もあるが、|重要な|版は|午後二時に|出る。||シャボは|目の前が|かすむような|陽光の中を|市の|中心へ|向かって|歩いた。||ムーズ川を|渡り|終えたとき、|叫び声で|我に返った:
『ガゼット・ド・リエージュ3!||いま|出た|ばかりだ!||荷物入れの|死体だ!||戦慄する|事件の|全てが|載ってるよ!||ガゼット・ド・リエージュ!』

22 トルコ人の影
彼のすぐそばに、|二メートルと|離れていない|ところで、|がっしりした|肩幅の|男が|新聞を|買い、|おつりを|待っていた。|ジャンは|ポケットに|手を突っこみ、|無造作に|押しこんでいた|紙幣を|引きずり出したが、|小銭は|見つからなかった。||彼は|また|歩きだし、|少ししてから|事務所の|ドアを|押して|入った。||従業員は|すでに|出勤していた。

「シャボ、|五分の|遅刻だよ!」|と|事務長が|言った。
「大したことじゃ|ないが、|それが|続きすぎる」

「申し訳ありません。||路面電車が……|小口現金を|持ってきました」
自分の|顔が|いつもと|違うことは|わかっていた。||頬骨の|あたりの|肌が|火照っていた。||瞳の奥に|ずきずきした|痛みがあった。
オゼ氏は|帳簿を|めくり、|各ページの|下に|書かれた|合計を|照合していた。

「百十八フラン|五十サンチーム。|残高は|それで|よいですね?」
ジャンは|紙幣を|崩しに|行けなかったことを|悔やんだ。||事務長補佐と|タイピストが|荷物入れの|話を|しているのが|聞こえた。

「<グラフォプロス>って|トルコ語の|名前ですか?」

「ギリシャ人|らしいですよ」
ジャンの|耳が|ぼんやりと|鳴っていた。||彼は|百フラン紙幣を|二枚|取り出した。||オゼ氏が|冷たく|床に|落ちた|ものを|指さした。||三枚目の|紙幣だった。

「ずいぶん|お金を|粗末に|あつかうんだな。||財布は|ないのか?」

「失礼しました」

「あんなふうに|紙幣を|ポケットに|突っこんでいるのを|旦那さんに|見られたら|たいへんだ。|まあいい!||くずし銭が|ない。||この百十八フラン|五十サンチームは|繰り越しにしておくように。||この金が|なくなったら|また|請求しなさい。||今日の|午後は|各新聞社を|まわって|法定広告を|届けること。||急ぎだ!||明日には|掲載されないと|いけない」

『トルコ人!||トルコ人!||トルコ人!』
23 夕刊の謎

外に出ると、|ジャンは|新聞を|買った。||売り子が|おつりを|探すあいだ、|野次馬の|輪の|中心に|しばらく|立ったままでいた。||歩きながら|読み、|通行人に|ぶつかりながら|読んだ。
荷物入れの謎
今朝|九時ごろ、|植物園の|門を|開けにきた|守衛が、|芝生の上に|大型の|荷物入れが|置かれているのに|気づいた。||開けようとしたが、|うまくいかなかった。||行李は|太い|錠前の|かかった|棒で|固定されていた。
守衛は|ルロワ巡査を|呼び、|巡査は|第四分署の|警察署長に|報告した。
錠前師が|行李を|こじ開けたのは|十時に|なってからだった。||捜査員たちの|目の前に|現れた|光景を|想像してほしい。
死体が|折り畳まれるように|押しこまれており、|さらに|詰めこむために|首の骨が|折られていた。
四十歳前後の|明らかに|外国人と|わかる|男で、|財布は|見つからなかった。||しかし|チョッキの|ポケットの|一つに、|<エフライム・グラフォプロス>という|名前の|名刺が|入っていた。
この人物が|リエージュに|来たのは|ごく|最近と|思われる。||外国人登録簿にも、|市内の|ホテルの|宿泊者名簿にも|名前がなかった。
司法解剖は|午後に|おこなわれる|予定だが、|死亡は|昨夜のうちで、|ゴム製の|警棒、|鉄の棒、|砂袋、|鉛入りのステッキなど|非常に|重い|凶器によるものと|みられる。
センセーショナルな|展開が|予想される|この事件の|詳細は|次号に|掲載の|予定

夕刊を|手に、|ジャンは|ラ・ムーズ紙の|窓口に|たどり着き、|法定広告を|届けて|受領書を|待った。||街は|陽光の|なかで|賑わっていた。||秋の|残り少ない|好天の|日々で、|大通りでは|十月の|大祭りに|向けて|露店の|小屋掛けが|始まっていた。
朝から|つけていた|尾行者の|姿を|うしろに|探したが、|どこにも|いなかった。||ペリカン|カフェの|前を|通りながら、|午後は|授業のない|はずの|デルフォスが|来ていないか|確かめたが、|姿は|なかった。
24 アデルの部屋 ― 打ち明けられなかった告白
ジャンは|ポ・ドール通りを|回り道した。||ゲ=・ムーランの|ドアは|開いていた。||店内は|薄暗く、|えんじ色の|ソファが|かろうじて|見える|程度だった。||ヴィクトールが|大量の|水で|ガラスを|洗っており、|シャボは|気づかれないよう|足を|速めた。
それから|<エクスプレス>紙へ、|<リエージュ・ジャーナル>紙へと|まわった。
アデルの|バルコニーが|彼を|引きつけた。||ためらった。||一か月ほど|前に|一度だけ|訪ねたことが|あった。||デルフォスが、|自分は|あの|ダンサーの|愛人だったと|豪語していた。||それで|彼は|馬鹿げた|口実を|作り、|昼ごろ|彼女の|ドアを|叩いた。||彼女は|くたびれた|部屋着のまま|迎え入れ、|気さくに|しゃべりながら|目の|前で|化粧を|続けた。
何も|しなかった。||それでも|この|距離の|近さが|嬉しかった。
ジャンは|食料品店の|隣の|一階の|ドアを|押し、|暗い|階段を|上り、|ノックした。
返事は|なかった。||しかし|まもなく|床を|引きずるような|足音がした。||ドアが|細く|開き、|アルコールの|強い|匂いが|漏れてきた。

「あなたか!||友達のほうだと|思った」

「なんで?」
アデルは|もう|ニッケル製の|小さな|コンロに|向かって|いた。||コンロの|上には|カールアイロンが|のっていた。

「べつに!|わからない!|早く|閉めて!|すきま風が|入る」
そのとき、|シャボは|彼女に|打ち明けたい|という|衝動に|駆られた。||すべてを|話して、|助言を|求め、|この|疲れた|目をした|女に|慰めてもらいたかった。||部屋着の|下の|少し|くたびれた、|それでも|ふくよかな|肉体、|乱雑な|部屋を|ひきずって|歩く|赤い|サテンの|スリッパ。
乱れた|ベッドの上に、|ガゼット・ド・リエージュの|一部が|見えた。

- レオポルド通り(Rue Léopold)は、|リエージュ市内に|実在する|通りです。|ベルギー国王|レオポルド一世に|ちなんだ|名前で、|市の|中心部に|位置する|商業地区の|通りです。
デルフォスの|叔父が|経営する|「リエージュで|一番の|チョコレート店」が|この|通りに|あります。|デルフォスは|そこへ|行き、|店で|ひとりに|なった|隙に|レジから|金を|くすねようと|たくらんでいます。
↩︎ - ウートル=ムーズ地区(Quartier d’Outre-Meuse)は、|ムーズ川の|対岸に|広がる|リエージュの|下町です。|「ウートル=ムーズ」とは|「ムーズの|向こう側」という|意味です。
地区の性格
リエージュの|市民的な|庶民の|生活が|根付いた|界隈で、|労働者階級や|小市民が|多く|住んでいました。|静かな|住宅街が|広がり、|華やかな|ポン=ダヴロワ通りや|繁華街とは|対照的な|落ち着いた|雰囲気です。
作中での意味
シャボ家が|ある|ロワ通りは|この|地区に|位置しています。|ジャンが|メグレに|尾行されながら|この|静かな|通りに|入った|瞬間、|人通りが|少なく|なって|尾行が|確信に|変わります。||賑やかな|中心部では|紛れられた|人影が、|下町の|静けさの|中では|隠しようが|なくなる。|シムノンが|地理を|巧みに|使った|場面です。
ちなみに|シムノン自身も|リエージュの|ウートル=ムーズ地区の|出身で、|この|界隈への|愛着が|作品に|にじんでいます。
↩︎ - ガゼット・ド・リエージュ(La Gazette de Liège)は、|リエージュで|実際に|発行されていた|地方新聞です。
歴史
1764年に|創刊された|ベルギーで|最も|古い|新聞の|ひとつです。|カトリック系の|保守的な|論調で|知られ、|リエージュ市民に|広く|読まれていました。||老舗地方紙で、|1930年代には|現役の|新聞として|リエージュ市民に|広く|読まれていました。
シムノンとの関係
シムノン自身が|若い|頃に|リエージュの|新聞記者として|働いていました。|地元紙への|親しみが|この|描写に|にじんでいます。 ↩︎



