死んだガレ|第三章 アンリ・ガレの答え

死んだガレ氏

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第三章 アンリ・ガレの答え

メグレは|リシャール=ルノワール大通りの|自宅で|一夜を|明かし、|水曜の朝|八時前に|サン=ファルジョーに|着いた。||駅を|出たところで|ふと|思い直し、|引き返して|駅員に|聞いた。


「ガレさんは|よく|列車を|使いましたか?」


「父親の|ほうですか、|息子の|ほうですか?」


「父親です」


「毎月|三週間ほど|出かけて|いました。||ルーアン|行きの|二等を|使って|いました」


「息子は?」


「ほぼ|毎週|土曜の|夜に|パリから|三等の|往復で|来て、|日曜の|最終で|帰って|いきます。||誰が|こんなことに|なると|思っていたでしょう。||今でも|目に|浮かびますよ。||六月の|最初の|日曜の|解禁日に|釣りを|している|姿が」


「父親ですか、|息子ですか?」


「父親ですよ。||ほら、|木立のあいだに|見える|青い舟が|あるでしょう?||あれが|ガレさんの|舟です。||自分で|作ったんですよ、|樫の木で。||いろんな|工夫を|凝らしていて。||釣りの|道具と|同じです。||みんな|欲しがると|思いますよ」


メグレは|死者について|まだ|不完全な|自分の|イメージに|この|小さな|一片を|丁寧に|付け加えた。||青い舟を|眺め、|セーヌ川を|眺め、|顎鬚の男が|竹竿を|手に|何時間も|じっと|動かずにいる|様子を|想像しようとした。

それから|空の|二等の|霊柩車1が|同じ道を|ついてくることに|気づきながら、|「レ・マルグリット」へ|向かった。


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建物の|周辺には|人影が|一つも|なかった。||ただ|一人、|手押し車を|押していた|男が|霊柩車を|見て|立ち止まり、|葬列を|見ようと|待っていた。

門の|ベルには|布が|巻かれていた。||玄関の|扉は|黒い|布で|覆われ、|故人の|頭文字が|銀の|刺繍で|浮かび上がっていた。

こんなに|盛大な|準備とは|思わなかった。||廊下の|左には|折れ目の|ついた|名刺が|一枚|のった|盆2が|あった。||サン=ファルジョーの|町長からの|ものだ。

メグレが|かつて|通された|応接間は|臨時の|礼拝堂に|様変わりしていた。||家具は|食堂に|運び出され、|壁は|黒い|幕で|おおわれ、|棺が|中央に|安置されて|蝋燭に|囲まれていた。

なぜか|不思議な、|どこか|うさんくさい|雰囲気が|漂っていた。||弔問客が|一人も|おらず、|これから|来る|様子も|ないのに、|霊柩車が|もう|玄関に|来ているせいかも|しれない。

偽物の|石版刷りの|名刺3が|一枚だけ。||銀の|涙の|飾り。||棺の|両脇に|二つの|シルエット。||右に|正式な|喪服を|まとった|ガレ夫人、|顔に|黒い|薄布を|かけ、|つやけしの|数珠を|指に|はさんで|いる。||左に|アンリ・ガレ、|こちらも|つやなしの|黒ずくめだ。

メグレは|静かに|進み出て|頭を|下げ、|聖水入れから|黄楊の枝4を|浸して|棺に|振りかけた。||母と|息子が|目で|追って|いるのは|感じたが、|誰も|一言も|言わなかった。

メグレは|隅に|陣取り、|外の|物音と|息子の|表情とを|同時に|見張った。||ときおり|馬が|並木道の|地面を|蹄で|蹴る|音がした。||葬儀屋の|男たちが|窓際の|陽だまりで|小声で|話していた。||蝋燭だけが|灯る|霊安室では、|息子の|歪んだ|顔が|一層|歪んで|見えた。||全身の|黒が|病的な|肌の|白さを|際立たせて|いたからだ。

髪は|七三に|分けて|頭に|ぺったりと|貼りついていた。||額は|高く|凸凹が|あった。||べっ甲縁の|分厚い|レンズの|奥に、|近眼の|不安そうな|眼差しを|読み取るのは|難しかった。


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ページ27

ガレ夫人は|ときおり|喪のハンカチで|薄布の|下の|目を|押さえた。||アンリの|眼は|どこにも|定まらなかった。||物の|上を|すべるように|動き、|いつも|メグレを|避けて|いた。||メグレは|葬儀屋の|足音が|聞こえたとき、|ほっとした。

しばらくして|担架が|廊下の|壁に|ぶつかりながら|運ばれた。||ガレ夫人の|喉から|小さな|嗚咽が|漏れた。||息子は|よそ見を|しながら|母の|肩を|軽く|叩いただけだった。

二等の|霊柩車の|大げさな|飾りと、|困惑した|進行役に|先導された|二人の|小さな|シルエットの|対比は|痛烈だった。5

相変わらず|暑かった。||手押し車の|男が|十字を|切って|脇道へ|消え、|葬列は|連隊が|行進できるほど|広い|並木道を|こぢんまりと|進んでいった。

宗教的な|式が|進むあいだ、|広場に|農民の|小さな|群れが|立っているのを|後にして、|メグレは|役場に|入ったが|誰も|いなかった。||小学校教員を|兼ねた|助役を|教室から|呼び出すと、|子供たちは|しばらく|放っておかれた。


「申し上げられるのは|台帳に|記されている|ことだけです。||こうあります。
『ガレ、|エミール=イヴ=ピエール、|一八七九年|ナント|生まれ、|一九〇二年十月|パリで|オロール・プレジャンと|結婚。||息子アンリ、|一九〇六年|パリ、|第二区の|役場に|届出』」


「村の|人たちは|ガレ家を|好きでは|なかったのですか?」


「一九一〇年に|森が|分譲された|とき|屋敷を|建てた|ガレ家は、|一度も|誰とも|付き合いを|しませんでした。||大変に|プライドが|高い方たちで。||日曜に|小舟で|ガレさんの|すぐ|十メートルそばで|一日中|釣りを|したことが|ありますが。||何か|必要な|ものが|あれば|くれましたが、|まともに|話すことは|できませんでした」


「生活水準は|どのくらいと|見ますか?」


「旅先での|支出は|わかりません|が、|ここだけで|少なくとも|月に|二千フランは|かかっていたでしょう。||邸宅を|ご覧に|なりましたか?||何でも|そろっています。||食料品は|ほとんど|コルベイや|ムランから|取り寄せています。||それに|もう一つ……」


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ページ28

しかし|窓から|葬列が|教会を|まわって|墓地に|入って|いくのが|見えた。||メグレは|礼を|言って|立ち去り、|道のほうから|棺に|最初の|一鍬の|土が|落ちる|音を|聞いた。

姿を|見せないように|遠回りして|邸宅に|向かい、|ガレ家の|人々より|少し|遅れて|着くように|気をつけた。||扉を|開けた|斜視の|女中が|ためらいながら|メグレを|見た。


「奥様は|今……」と|言いかけた。


「ムッシュ=アンリに|話があると|伝えてくれないか」


斜視の|女中は|メグレを|外に|待たせた。||少し|して|廊下に|若い|男の|シルエットが|浮かんだ。||アンリは|玄関まで|来ると、|メグレの|向こうを|見ながら|言った。


「別の|日に|してもらえませんか。||母が|参って|います」


「今日|話さなければ|ならない。||申し訳ないが」


アンリは|くるりと|背を|向け、|ついて|くるよう|に|という|意思を|示した。||いくつかの|扉の|前で|迷った|後、|応接間の|家具が|押しこまれて|ほとんど|動けない|ほどの|食堂の|扉を|開けた。

メグレは|テーブルの上に|平らに|置かれた|初聖体拝領の|少年の|写真を|見つけたが、|エミール・ガレの|写真は|どこにも|なかった。

アンリは|座りも|せず|何も|言わず、|ただ|眼鏡を|外して|うんざりした|ように|レンズを|拭き|始めた。||まぶたが|強い|光に|驚いて|しばたたいた。


「あんたの|父親の|殺人犯を|捜している。||わかってるだろう」


「だから|こそ、|母と|二人きりで|いさせてほしい時に|来られたのが|不思議です」


アンリは|眼鏡を|かけなおし、|サンセールの|遺体の|胸と|同じ|赤みがかった|毛が|生えた|手の上に|ずり|落ちてきた|糊のきいた|カフスを|直した。

骨張って|彫りの|深い|馬のような|顔は|無表情で、|身じろぎ一つ|しなかった。||横に|置かれた|ピアノに|肘をついていて、|緑の布の|裏側が|見えた。


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「お父さんのことと|ご家族全体について|いくつか|聞きたい」


アンリは|口を|開かず、|動かず、|同じ|場所に|立った|まま、|冷たく、|葬式のように|暗かった。


「六月|二十五日の|土曜日、|午後四時ごろ、|どこにいた?」


「まず|こちらから|聞かせてください。||こういう時に、|私は|あなたを|迎えて|答える|義務が|ありますか?」


いつも|同じ|無感動な|声で、|一音ごとに|疲れを|感じさせる|ような|口調だった。


「黙っていても|構わん。||ただ……」


「あなたの|捜査は|私が|どこにいたか|突きとめましたか?」


メグレは|答えなかった。||この|予想外の|切り返しに|面食らった。||それも|若い男の|顔に|一切の|機微が|読み取れないだけに、|いっそう|意外だった。

アンリは|数秒|間を|置いた。||階下から|女中が|二階からの|呼び声に|答えるのが|聞こえた。


「ただ今|参ります、|奥様」


「それで?」


「どうせ|ご存知なら、|そこに|いました」


「サンセールに?」


アンリは|表情一つ|変えなかった。


「父親と|古城への|道で|話していたな」


メグレのほうが|神経を|使っていた。||自分の|言葉が|空振りしているような|感じがした。||声が|響かず、|疑惑も|跳ね返ってくる|だけだった。

一番|驚いたのは|アンリ・ガレの|沈黙だった。||説明しようとも|せず、|ただ|待って|いる。


「サンセールで|何をしていた?」


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ページ30

「愛人の|エレオノール・ブールサンを|訪ねていました。||サン=チボー、|サンセール街道の|パンシオン・ジェルマン6に|休暇で|来ていました」


父親の|ガレと|同じく|濃い|眉を|かすかに|上げた。


「サンセールに|父親がいるのを|知らなかったのか?」


「知っていれば|会わないように|しました」


いつも|最低限の|説明しか|せず、|メグレは|何度も|質問を|重ねるしか|なかった。


「両親は|この交際を|知っていたのか?」


「父は|疑っていました。||反対|していました」


「どんな|話をした?」


「殺人犯を|捜して|いるのですか、|それとも|被害者を|捜して|いるのですか?」と|若い|男は|ゆっくりと|言った。


「被害者を|よく知れば|犯人がわかる。||父親に|責められたか?」


「逆です。||私が|尾行されたことを|責めました」


「その後は?」


「それだけです。||親不孝者と|言われました。||今日|それを|思い出させて|くれて|ありがとう」


メグレは|階段に|足音が|聞こえて|ほっとした。||ガレ夫人が|現れた。||いつも通り|堂々としていたが、|首には|つやけしの|大粒の|石が|三連に|なった|ネックレスが|重く|かかっていた。


「どうしたの?」と|メグレと|息子を|交互に|見ながら|聞いた。||「なぜ|呼ばなかったの、|アンリ?」


女中が|ノックして|入って|きた。


「幕を|取りに|内装業者が|来て|います」


「見ていなさい」


「犯人を|見つけるために|どうしても|必要な|情報を|聞きに来た」と|メグレは|少し|きつく|なりすぎた|声で|言った。
「時機が|悪いのは|承知してる。||だが|時間が|経つほど|犯人の|逮捕は|難しくなる」


メグレは|アンリを|目で|探したが、|相変わらず|暗い|顔を|していた。


「エミール・ガレと|結婚したとき、|奥さん、|ご自身の|財産は|ありましたか?」


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ページ31

夫人は|少し|身を|硬くして、|誇りの|こもった|声で|言った。


「私は|オーギュスト・プレジャン7の|娘です」


「失礼ですが……」


「ブルボン家|最後の|王子の|元秘書です。||王党派の|新聞『ル・ソレイユ』の|編集長でも|ありました。||父は|正しい|戦いを|続けるために、|その新聞を|出し続けて|全財産を|使い果たしました」


「家族は|まだ|いるのか?」


「いると|思います。||結婚してから|会っていませんが」


「結婚を|反対された?」


「今|お話したことで|おわかりに|なるでしょう。||一家は|全員|王党派です。||叔父たちは|みな|要職に|就いていましたし、|今でも|就いている者も|います。||商業外交員と|結婚したことを|恨まれました」


「父親が|亡くなったとき、|財産は?」


「父は|結婚の|翌年に|亡くなりました。||結婚したとき、|主人には|三万フランほど|ありました」


「ご主人の|ご家族は?」


「知りません。||話したがりませんでした。||わかっているのは|辛い|幼少期を|過ごし、|インドシナに|数年|いたことだけです」


息子の|唇に|かすかな|軽蔑の|笑みが|浮かんだ。


「こういうことを|聞くのは、|ご主人が|十八年前から|ニエル商会と|無関係だと|わかったからだ」


夫人は|メグレを、|次に|アンリを|見て|激しく|抗議した。


「そんな……」


「ニエル氏|本人から|聞いた」


「それは|もしかすると……」と|若い|男が|メグレに|近づきながら|言いかけた。


「だめよ、|アンリ。||嘘だと|証明|してみせます。||来て、|警部。||絶対に|見せてあげます。||ついて|きて」


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ページ32

初めて|取り乱した|様子で、|夫人は|廊下へ|向かった。||そこでは|内装業者が|黒い|幕を|丸めて|いて、|夫人は|その|山に|つまずいた。||そのまま|内装業者を|かき分けながら|警部を|二階へ|案内し、|艶出しした|クルミ材の|寝室を|通り抜けた。||ポールには|エミール・ガレの|麦わら帽子と、|釣りに|使っていたと|思われる|ズック地の|上着が|まだ|かかっていた。

その|奥に|書斎に|改装した|小さな|部屋が|あった。


「見て! サンプルが|ここに|あります。||それに|この|カトラリー、|たとえば|このひどい|アール・デコの|スタイルのもの、|十八年前の|ものじゃ|ないでしょう?||これが|主人が|毎月末に|更新していた|注文帳。||これが|ニエル商会の|便箋で|定期的に|届いていた|手紙です」


メグレは|ろくに|見なかった。||またこの|部屋に|来ることになると|確信していたので、|今は|雰囲気を|感じ取るほうが|よいと|思った。

ここでも|メグレは|エミール・ガレを|書斎の|机の|前の|回転椅子に|座らせようとした。||机の上には|白い|金属の|インク壺と|文鎮代わりの|水晶玉が|あった。

窓からは|分譲地の|中央|並木道と|無人の|ヴィラの|赤い|屋根が|見えた。

ニエル商会の|便箋に|書かれた|手紙は|タイプで|打たれ、|ほぼ|同じ|文面だった。

拝啓、|今月十五日付けの|お手紙と|一月分の|注文一覧を|受け取りました。||いつも|通り|月末に|お越しの|上、|精算を|お願いします。||その際に|担当地域の|拡大に|ついて|いくつか|ご相談できればと|思います。||敬具|ジャン・ニエル

メグレは|その|手紙を|何通か|取り出して|手帳に|はさんだ。


「どう|思いますか?」と|ガレ夫人は|挑戦するように|聞いた。


「これは?」


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ページ33

「何でも|ありません。||主人は|手仕事が|好きでした。||あそこに|解体した|古い|時計が。||物置には|自分で|作った|いろんなものが|あって、|釣り道具も。||毎月|八日間|ここにいて、|書類の|整理は|朝の|一、二時間で|すみました」


メグレは|手当たり次第に|引き出しを|開けた。||一つの|引き出しに|「ソレイユ」と|書かれた|分厚い|ピンクの|ファイルが|あった。


「父の|書類です」と|ガレ夫人が|説明した。
「なぜ|取っておいたのか。||あの戸棚には|新聞の|バックナンバーが|全部|あります。||父が|国債を売って|費用を出した|最後の号まで」


「このファイルを|持って|行っても?」


夫人は|息子に|相談しようと|扉の|ほうを|向いたが、|アンリは|ついて|来て|いなかった。


「何の|役に|立つの|でしょう?||形見の|ような|ものですが。||でも|警部、|ニエル氏が|そんなことを|言う|はずが|ない|でしょう? 昨日も|葉書が|来ました。||主人の|字に|間違い|ない。||ルーアンの|消印で、|前のと|同じ。||読んで!」


「すべて|順調。||木曜に|帰る」


また|感情が|にじみ出た|が、|かろうじて|抑えた。


「ほとんど|待って|しまいそうです。||木曜は|明日」


突然|夫人は|泣き崩れた|が、|信じられないほど|短かった。||二、三回|しゃくりあげ、|黒い|縁取りの|ハンカチを|口に|当てて、|くぐもった|声で|言った。


「ここに|いたくない」


また|寝室を|通らなければ|ならなかった。||ありきたりだが|良質な|衣装だんすと|二つの|ナイトテーブル、|偽ペルシャの|敷物のある|部屋だ。

一階の|廊下では、|アンリが|内装業者が|幕を|荷車に|積み込むのを|ぼんやりと|見ていた。||軋む階段を|降りてくる|メグレと|母親に|目もくれなかった。


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ページ34

家の中は|乱雑な|雰囲気だった。||女中が|赤ワインの|瓶と|グラスを|持って|応接間に|入って|きた。||作業服の|男たちが|二人で|ピアノを|引きずって|いた。

「一杯やって|いいよ」と|誰かが|無関心な|声で|言った。

メグレは|これまで|感じた|ことの|ない、|当惑させる|感覚を|覚えた。||すべての|真実が|ここに|散らばって|いるような|気が|した。||目に|入る|もので|どうでも|いいものは|何も|なかった。

しかし|歪んだ|霧の|向こうから|見るような|感じが|して|いた。||その|霧は、|感情を|抑えようと|身を|硬くして|いる|夫人、|金庫より|堅く|閉じた|アンリの|長い|顔、|運び出される|幕、|そして|何より|場違いな|感じを|覚えている|メグレ自身に|よって|作り出されて|いた。

盗んで|くるような|気分で|持ち出す|ピンクの|ファイルが|恥ずかしかった。||その|役立ちそうな|理由も|うまく|説明できなかった。||できれば|長い間|二階の|書斎に|一人で|残って、|エミール・ガレが|改良型の|釣り道具を|作って|いた|物置を|うろうろしたかった。

しばらく|皆が|廊下に|集まる|瞬間が|あった。||昼食の|時間で、|ガレ家の|人々が|警部の|帰りを|待って|いるのは|明らかだった。

台所から|炒め|玉ねぎの|匂いが|漂って|きた。||女中も|途方に|暮れて|いた。

誰もが|応接間を|元どおりに|する|内装業者を|眺める|しか|なかった。||一人が|リキュールトレー8の|下から|ガレの|写真を|見つけた。


「持って|いっても?」と|メグレは|未亡人の|ほうを|向いて|言った。||「必要に|なるかも|しれないので」


アンリが|強まった|軽蔑の|目で|見て|いるのを|感じた。

「必要なら。||彼の|写真は|ほとんど|ありませんので」


「必ず|返します」


なかなか|立ち去れなかった。||作業員が|大きな|偽セーヴル焼きの|花瓶を|乱暴に|運んで|いると、|ガレ夫人が|飛んで|いった。


「気を|つけて!||敷居に|ぶつかりますよ」


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ページ35

この|荒涼とした|家の|中で、|悲しみと|滑稽さ、|ドラマと|小ささが|入り混じった|あの|重さが|またもや|メグレの|肩に|のし|かかって|きた。||目の下が|肝臓病で|鉛色に|なり、|胸が|くぼんで、|裁ちの|悪い|上着を|着た、|無言で|さまよう|エミール・ガレの|姿が|見えるような|気が|した。||生きて|いる|ガレを|知らないのに。

写真を|ピンクの|ファイルに|はさんだ。||メグレは|ためらった。


「失礼しました。||もう|行きます。||息子さんを|少し|借りますよ」


ガレ夫人は|抑えきれない|不安で|アンリを|見た。||堂々とした|態度と|控えめな|身振りと|首の|三連の|黒い|石の|ネックレスにも|かかわらず、|何かを|感じて|いるに|違いなかった。

しかし|若い|男は|無関心に|喪章の|リボンの|ついた|帽子を|帽子掛けから|取った。

この|出発は|逃げ出すような|ものだった。||ファイルは|重かった。||書類が|飛び出しそうな|ただの|厚紙の|表紙だ。


「新聞で|包みましょうか?」と|ガレ夫人が|聞いた。


メグレは|すでに|外に|出て|いた。||女中は|テーブルクロスと|ナイフを|持って|食堂へ|向かって|いた。||アンリは|駅へ|向かって|歩いて|いた。||長身で、|無言で、|眼差しは|とらえどころが|なかった。

二人が|家から|三百メートルほど|離れ、|内装業者が|荷車の|エンジンを|かけた|とき、|警部は|言った。


「二つだけ|聞きたい。||エレオノール・ブールサンの|パリの|住所と、|あなたの|住所と|勤め先」


ポケットから|鉛筆を|出して|手に|持った|ピンクの|表紙に|書いた。

エレオノール・ブールサン:テュレンヌ通り9二十七番地。||ソヴリノス銀行10:ボーマルシェ大通り11百十七番地。||アンリ・ガレ:ラ・ロケット通り12十九番地、ベルヴュー・ホテル。

「それだけですか?」と|若い|男が|聞いた。



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ページ36

「ああ、||それだけだ」


「では|これから|犯人を|捜して|もらえるんですね」


「メグレは|アンリの|言葉を|聞き流した。||帽子の|縁に|軽く|手を|触れ、|分譲地の|中央|並木道を|駅へ|向かって|歩き|始めた」

荷車は|駅に|着く|少し|前に|メグレを|追い抜いて|いった。

その日に|得た|最後の|情報は|偶然の|産物だった。||メグレが|駅に|着いたのは|列車の|一時間前で、|ハエが|飛び|まわる|がらんとした|待合室に|一人だった。

自転車に|乗った|郵便配達人が|やって|きた。||首が|卒中を|起こしそうな|ほど|紫色に|なった|男で、|荷物|台に|袋を|置いた。

郵便配達人が|メグレに|気づかずに|袋を|置いた|ところへ、|メグレが|突然|声を|かけた。


「レ・マルグリットの|配達を|やって|いるのは|あんたか?」


男は|ぎくりとして|振り返った。


「何ですか?」


「警察だ。||聞きたいことがある。||ガレの|郵便物は|多かったか?」


「多くは|ないです。||定期的に|くる|会社からの|手紙と、|新聞です」


「どんな|新聞だ?」


「地方紙です。||ベリー地方や|シェール地方の|もの。||それに|雑誌、|『田舎暮らし』、|『狩猟と釣り』、|『城生活』です」


メグレは|相手が|目を|そらして|いるのに|気づいた。


「サン=ファルジョーに|局留めの|郵便局は|あるのか?」


「どういう|意味ですか?」


「ガレに|ほかの|手紙は|来てなかったか?」


郵便配達人は|急に|動揺した。


「もう|ご存知で、|その方も|亡くなった|ことだし」と|男は|口ごもった。||「規則に|違反した|わけでも|ないですし。||旅行中は|ポストに|入れずに|帰るまで|取っておいて|くれと|頼まれただけで、|ある|手紙を」


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ページ37

「どんな|手紙だ?」


「そんなに|多くは|なくて。||二、三ヶ月に|一通くらい。||安い|青い|封筒で、|住所は|タイプで|打って|ありました」


「差出人の|住所は?」


「ありません。||でも|間違えようが|なかった。||裏に|タイプで|こう|書いて|あったから。||『差出人|ムッシュー=ジャコブ』||悪いことを|したんでしょうか?」


「どこから|来た?」


「パリからです」


「どこの|区だ?」


「確認したんですが、|毎回|違いました」


「最後に|届いたのは?」


「そうですね。||今日は|二十九日、|水曜ですね。||木曜の|夜でした。||でも|ガレに|お会いしたのは|金曜の|朝で、|釣りに|出かけるところでした」


「釣りに|行ったのか?」


「いいえ。||いつもの|通り|五フランを|いただいて|家に|帰りました。||殺されたと|聞いて|胸が|痛みました。||あの手紙が|関係して|いるんでしょうか?」


「その日のうちに|出発したのか?」


「はい。||あ、|ムラン行きの|列車を|待って|いるんですか?||踏切の|ベルが|鳴りましたよ。||このことを|誰かに|話さなきゃ|いけませんか?」

メグレは|走って|ホームに|出て、|一等車に|飛び|乗った。


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  1. 霊柩車の等級制度
    当時のフランスでは、葬儀にはっきりとした等級(classes)があり、費用によって格式が変わりました。霊柩車もその例外ではなく、一等から三等(あるいはそれ以下)まで区分されていました。
    一等は豪華な馬車に黒い羽根飾り、黒ビロードの装飾、多くの馬。二等はそれより控えめな装飾。三等以下はきわめて質素なものでした。
    この場面でシムノンが用いた表現には|皮肉なニュアンスが込められています。「二等の霊柩車」が空車でガレ家に向かっていく一方、自分たちは上流階級であると信じて疑わないガレ夫人は|黒いクレープのヴェール、銀の刺繍、蠟燭に囲まれた祭壇など|分不相応なほどの仰々しい葬儀の飾りつけをしていた。
    そして後の場面で作者自身が|「二等の霊柩車の豪華さ」と「そのあとに歩く二つのか細い影」との対比を|「激しいコントラスト(contraste violent)」と表現しています。
    つまり「二等」とはいえ馬車そのものは相当に壮麗で、それがガレ家の孤立した哀れさをいっそう際立たせる|シムノンならではの細部描写です。
    ↩︎
  2. 「折れ目のついた名刺」carte cornée)は|当時のフランスの上流・中産階級に広く行われていた|訪問の慣習です。
    弔問や表敬のために訪ねたものの|相手が不在だったり|直接会うのが適切でない場合(喪中の家など)、訪問者は自分の名刺の角を折って残していきました。折り目をつけることで「本人が直接持参した」という意味になり、使用人に預けた名刺や郵送とは区別されました。
    玄関の廊下に盆を置いておき、訪問者がそこに名刺を置いていく、というのが礼儀作法でした。
    この場面でメグレが目にした盆には|サン=ファルジョー市長の名刺が一枚だけ。それもたった一枚きりです。シムノンはこの一行で、ガレ家が近所づきあいをいっさい持たず|地域社会から孤立していたことを|静かに、しかし鮮烈に示しています。仰々しい祭壇の飾りつけと|盆の上の名刺一枚という取り合わせが、この家の哀れさをいっそう際立たせています。
    ↩︎
  3. 「偽物の石版刷り」fausse litho
    石版刷り(lithographie)とは、19世紀から20世紀初頭にかけて|名刺・招待状・便箋などの印刷に広く使われた|高級な印刷技法です。石版に直接描いた図柄や文字を転写するため、文字に独特の立体感と光沢が生まれ、上質な仕上がりになります。当時の上流・中産階級では、名刺は石版刷りであることが社会的地位の証しでした。
    「偽物の石版刷り」とは、石版刷りに見せかけた廉価な印刷のことです。活版印刷や初期のオフセット印刷で、石版刷り風の書体や仕上げを模倣したもので、よく見れば偽物とわかります。
    つまりメグレの目には、市長の名刺が「石版刷りのふりをした安物」に映ったわけです。これもシムノンならではの一突きで、自分たちを上流階級と信じているガレ家の周辺にいる人間たちが、結局は|小さな田舎町の俗物にすぎないことを示す細部です。葬儀の仰々しい飾りつけ、たった一枚の名刺、しかもそれが偽物の石版刷り——ガレ家を取り巻く|見せかけの体裁と哀れな実態が、この短い描写に凝縮されています。
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  4. 黄楊
    ツゲ(Buxus sempervirens、ボックスウッド)は常緑の低木で、葉が小さく密生し、細かい彫刻にも使われる硬い木材です。
    カトリックの習慣では、枝の主日(パーム・サンデー、復活祭の一週間前)に、棕櫚の枝の代わりにツゲの枝を教会で祝別します。このため「祝別されたツゲの枝」は各家庭で大切に保管され、葬儀の際に聖水を棺に振りかける道具として使います。専用の聖水器(goupillon)がなくても、ツゲの小枝で代用するのがフランスの一般的な習慣でした。
    この場面では、メグレが無言でツゲの枝を聖水に浸し、棺に振りかけます。信心からというより、慣例に従った、黙した礼儀としての所作です。誰も言葉を発しない張りつめた葬儀の空気の中で、この小さな動作がいっそう印象的に浮かびあがります。
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  5. 原文は « un maître de cérémonie dérouté » です。
    dérouté は「当惑した」「困惑した」「面食らった」という意味のフランス語で、正確には「何をすべきかわからなくなった状態」を指します。
    なぜ「当惑」しているのかというと、文脈を見ると理由がよくわかります。この葬儀には弔問客が一人もいません。二等の立派な霊柩車を手配し、玄関を黒布で飾り、銀の刺繍まで施した盛大な準備をしたにもかかわらず、参列者はガレ夫人とアンリの二人だけ。葬儀の進行役は、本来ならば大勢の参列者を仕切るはずが、たった二人を先導するだけという、拍子抜けの状況に困惑しているわけです。
    シムノンのアイロニーが効いている一節で、見かけ倒しのガレ家の体裁哀れな現実との落差をこの一語で巧みに表しています。
    したがって「当惑した」は正確な訳ですが、「面食らった」「戸惑いを隠せない」なども文脈に合います。 ↩︎
  6. パンシオン・ジェルマン(Pension Germain)は、サン=チボーのサンセール街道のはずれにある小さな民宿です。「パンシオン(pension)」とはフランス語で「下宿」や「民宿」のことで、ホテルより安く泊まれる家族経営の宿泊施設です。
    後の章でエレオノール・ブールサンがメグレに説明するところによると、オテル・ド・ラ・ロワールやコメルスホテルは高すぎるので、一日二十二フランのパンシオン・ジェルマンを選んだとのことです。節約家の彼女らしい選択です。
    つまりこの物語の主な登場人物たちの宿泊先は以下の通りです。
    ・ガレ(クレマン)——オテル・ド・ラ・ロワール(事件現場)
    ・メグレ——オテル・ド・ラ・ロワール
    ・エレオノール・ブールサン——パンシオン・ジェルマン(安い民宿)
    エレオノールがオテル・ド・ラ・ロワールでもコメルスでもなく安い民宿を選んでいたのは、後に明らかになる彼女とアンリの「倹約家ぶり」を示す伏線の一つでもあります。 ↩︎
  7. オーギュスト・プレジャン(Auguste Préjean)は架空の人物です。
    本文によると、プレジャンは以下のような人物として描かれています。
    ・ブルボン家の最後の王位請求者の元秘書
    ・王党派の新聞「ル・ソレイユ(Le Soleil)」の編集長
    ・王党派の大義のために全財産を使い果たした
    ・ガレと結婚した翌年に死亡
    実際のフランスには一九世紀から二〇世紀にかけて王党派の新聞が複数ありましたが、「ル・ソレイユ」という王党派新聞とそのプレジャン編集長は、シムノンが創作した架空の人物と新聞です。
    ただしその背景にある王党派(正統王朝派・レジティミスト)の運動は実在します。フランス革命後もブルボン家の王位復活を望む貴族や地方の名士たちが存在し、一九三〇年代にもその名残が残って いました。ガレが「クレマン」として王党派の老貴族たちを騙して回れたのは、こうした実在の社会的背景があったからです。シムノンはそこに架空のプレジャンとル・ソレイユを組み合わせて、ガレの詐欺師としての経歴を構築しました。
    ↩︎
  8. リキュールトレー(plateau à liqueurs)は、食後酒(リキュール)のボトルや小さなグラスをまとめて置くための盆(トレー)です。
    一九三〇年代のフランスの中産階級の家庭では、食後にブランデーやリキュールを飲む習慣があり、応接間や食堂にこのトレーを置いておくのが一般的でした。ガレ家のような「体裁を気にする小市民」の家には必ずあるような調度品です。
    この場面では、応接間の家具を元に戻す作業中に、そのトレーの下にガレの写真が紛れ込んで|いたのを|作業員が|見つけた、という状況です。葬儀の準備で部屋を片付けた際に|どこかに|しまわれて|いたのでしょう。
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  9. テュレンヌ通り(rue de Turenne)は、パリ3区にある実在の通りです。マレ地区の中心部に位置し、ヴォージュ広場のすぐ近くにあります。
    一七世紀のフランスの名将テュレンヌ元帥にちなんで名づけられた由緒ある通りで、歴史的な建物が並ぶ落ち着いた住宅街です。
    物語では、エレオノール・ブールサンのパリの住まいの住所として登場します。マレ地区はかつて貴族の邸宅が多かった地区ですが、一九三〇年代にはむしろ庶民的な職人や小商人の街として知られていました。彼女が倹約家であることを考えると、贅沢な場所ではなく、パリの中でも手頃な家賃の地区に住んでいたことがわかります。
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  10. ソヴリノス銀行(Banque Sovrinos)は架空の銀行です。
    本文でエレオノール・ブールサンがメグレに説明するところによると、この銀行は投機専門の小さな銀行で、アンリはそこで勧誘員(démarcheur)として働いていました。つまり顧客を訪問して株式や証券への投資を勧める仕事です。
    この銀行がこの物語で重要なのは二つの理由からです。
    一つ目は、アンリとエレオノールが「五十万フランを貯めたら南フランスで暮らす」という計画を立てており、アンリは銀行員として情報に詳しいため、二人で稼いだ金を株式で運用して増やしていたことです。倹約と投機を組み合わせた、冷静で計算高いカップルの姿が浮かびます。
    二つ目は、この銀行での勤務がアンリのアリバイに関わってくる点で、後の捜査でメグレが確認する重要な情報になっています。 ↩︎
  11. ボーマルシェ大通り(boulevard Beaumarchais)は、パリ3区と4区の境界に位置する実在の大通りです。「フィガロの結婚」などの作者として有名な十八世紀の劇作家ボーマルシェにちなんで名づけられています。
    バスティーユ広場のすぐ北に続く大通りで、テュレンヌ通りとも近く、同じマレ地区の周辺に位置しています。
    物語では、アンリ・ガレが勤めるソヴリノス銀行(Banque Sovrinos)の住所として登場します。百十七番地というのは大通りの中ほどにあたります。小規模な銀行や金融業者が多かった地区で、投機を専門とするソヴリノス銀行のような小さな銀行の事務所としていかにも自然な場所です。
    テュレンヌ通りのエレオノールの住まいとボーマルシェ大通りのアンリの職場は、歩いて数分の距離にあります。二人が毎日のように会えた理由がよくわかる設定です。
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  12. ラ・ロケット通り(rue de la Roquette)は、パリ11区にある実在の通りです。バスティーユ広場から東へ伸びる通りで、テュレンヌ通りやボーマルシェ大通りからも歩いて十分ほどの距離にあります。
    かつてこの通りの先にはラ・ロケット監獄があり、死刑執行が行われた場所として知られていましたが、一九〇〇年に取り壊されています。一九三〇年代には労働者や職人が多く住む庶民的な地区でした。
    物語では、アンリ・ガレの住まいであるベルヴュー・ホテル十九番地の住所として登場します。ホテルといっても当時のフランスでは長期滞在者向けの安い下宿ホテルが一般的で、独身の若い勤め人が住む場所でした。
    こうして三つの住所をまとめると、エレオノールのテュレンヌ通り、アンリの職場のボーマルシェ大通り、アンリの下宿のラ・ロケット通りは、すべてバスティーユ広場周辺の半径一キロ以内に集まっています。二人が「毎日一緒に食事をして」「毎週土曜にサン=ファルジョーへ」という生活を送れたのも、こうした地理的な近さがあったからです。
    ↩︎