要旨
- 2026年に国会へ提出された皇室典範改正案は、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保つ制度と、旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える制度を柱としている。
- しかし、この改正案が主に解決しようとしているのは「皇族数の減少」であり、悠仁親王の次の世代以降に、誰が皇位を継承するのかという問題ではなかったはずだ。
- 過去の男系継承は、側室制度、多くの子ども、多数の宮家によって支えられていた。一夫一妻制と少子化を前提とする現代では、旧宮家から養子を迎えても、その家系に男子が生まれ続ける保証はなく、同じ問題が数世代後に再発する。
- ヨーロッパでは、男系王朝が途絶えたとき、王女とその子孫へ継承を広げることで、世襲君主制を維持してきた。日本にも、娘しかいない家が婿養子を迎え、娘夫婦とその子孫によって家をつないできた歴史がある。
- 「万世一系」を父方だけの男系と定義すれば、女系天皇によって男系皇統は終わる。しかし、天皇の子孫が男女を通じて皇位を世襲することと考えれば、女性・女系を認める方が、象徴天皇制は安定しやすくなる。
- 天皇制を維持する立場を「保守」と呼ぶなら、問われるべきなのは、過去の継承方法をそのまま残すことなのか、それとも世襲の象徴天皇制そのものを将来へ残すことなのか、という目的の違いである。
- ここでいう「保守」とは、何を守る立場なのか
- 現在の皇室典範改正案は、何を変えるのか
- (コラム) 「立法府の総意」とは何か
- 憲法が求めているのは、皇族数ではなく「世襲」である
- 2005年に検討されたのは「安定的な皇位継承」だった
- 2021年には「皇位継承」から「皇族数確保」へ論点が移った
- 悠仁親王に複数の男子が生まれる可能性はある
- 過去の男系継承は、現在とは異なる条件で維持されてきた
- 旧宮家の養子制度は、リスク回避ではなくリスク分散に過ぎない
- ヨーロッパは、男系王朝の断絶と王位の存続を分けて考えた
- (コラム) 君主制か共和政かは、今も現実の選択である
- 日本の「婿養子」は、家の存続を優先してきた
- 「万世一系」は、必ず男系だけを意味するのか
- (コラム)万世一系を男系世襲とする循環論法
- 現在の養子制度案は、何を守るための制度なのか
- 制度を守ることに苦心して、本来の目的を忘れていないか
ここでいう「保守」とは、何を守る立場なのか
皇室典範の改正は、単なる皇族の身分や皇位継承順位を定めるだけの問題ではない。
天皇という存在を将来どのように位置づけ、日本をどのような国として続けていくのかに関わる問題である。男系か女系かをめぐって国論を二分しかねない問題ともいわれている以上、まず一歩引いて、民主主義国家としての前提に立ち、国家の統治制度の基本から確認しておきたい。
国家制度を考えるときには、二つの異なる分類がある。
一つは、民主制か独裁制かという、政治権力の成り立ちに関する分類である。
もう一つは、世襲の君主を置く君主制か、君主を置かない共和政かという、国家を象徴し代表する地位に関する分類である。
軍事独裁や一党独裁といった体制は、現代の日本において、将来の選択肢として現実的に議論されているものではない。
民主主義を前提にすれば、次に問題となるのは、国家を象徴し代表する地位を、世襲の君主が担うのか、それとも選挙などによって選ばれた大統領が担うのかという違いである。
前者が立憲君主制であり、後者が共和政である。
イギリス、スウェーデン、オランダ、スペインなどは、議会制民主主義と世襲の君主を組み合わせている。
フランス、ドイツ、イタリア、アメリカなどは、世襲の君主を置かず、大統領を置いている。
どちらを選ぶかは、民主主義の優劣とは直接関係しない。立憲君主制にも民主主義国家があり、共和政にも民主主義国家がある。
日本は立憲君主制である
日本国憲法は、天皇を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と定めている。憲法には天皇を国家元首とする明文規定はないが、一般には、日本の象徴天皇制は立憲君主制の一類型として理解されている。
私が小学生の頃の地図帳の最後の方に、各国の統治機構が分類されたページがあった。日本は「立憲君主国」と分類されていた。当時の私には、どういう意味かわからなかった(汗。
日本の国家制度を大きく考えれば、象徴天皇制を維持するのか、それともこれを廃止し、大統領などを置く共和政へ移行するのかという選択がある。
民主主義国家である以上、どちらを選ぶかを議論すること自体は自由である。
しかし、ここでは、天皇制を廃止し、大統領制へ移行するという「革新」的な主張をするものではない。
象徴天皇制を今後も維持することを前提として、その制度をどうすれば安定して残せるのかを考える。
そこで象徴天皇制を維持しようとする立場を、便宜上「保守」と呼ぶことにする。
ここでいう保守とは、特定の政党を支持することでも、現在の皇室典範を一字も変えないことでもない。
天皇を日本国と日本国民統合の象徴とする国家制度を、将来にわたって残そうとする立場
という意味である。
そう定義すると、保守にとって最も重要な問いが浮かび上がる。
象徴天皇制を維持するために、何を守らなければならないのか。
- 男系男子という継承方法なのか。
- 現在の皇室典範なのか。
- 現在程度の皇族数なのか。
- それとも、天皇の子孫が皇位を受け継ぐ、世襲の象徴天皇制そのものなのか。
私が考えたいのは、この問題である。
現在の皇室典範改正案は、何を変えるのか
2026年6月30日、政府は「皇室典範等の一部を改正する法律案」を閣議決定し、国会へ提出した。(首相官邸ホームページ)
改正案には、大きく二つの柱がある。
一つは、内親王・女王が一般男性と結婚しても、皇族の身分を離れないようにすることである。
現行の皇室典範では、女性皇族は一般男性と結婚すると皇族の身分を離れる。改正案はこの規定を削除し、結婚後も女性皇族本人が皇室に残れるようにする。
ただし、その夫と子どもを皇族とする制度ではない。女性皇族本人は皇室に残るが、その家族は一般国民として扱われる仕組みである。
もう一つは、皇族が旧宮家の男系男子を養子に迎えられるようにすることである。
対象となるのは、かつて皇族男子であった者の男系子孫で、15歳以上、配偶者と子どもがいない男性とされている。
養子となった男性は、その時点で皇族になる。しかし、養子本人には皇位継承資格を認めない。
一方、その後に生まれる子孫については、養家ではなく実方、すなわち本来の父方の男系によって現在の皇室典範の継承規定を適用する。したがって、養子となった男性に将来男子が生まれた場合、その男子は皇位継承資格を持ち得る。
これは単に、公務を行う皇族を増やす制度変更ではない。
養子本人には皇位継承資格がなくても、その子孫を将来の皇位継承家系にできる制度変更である。
つまり、現在の法案は「皇族数確保」の名の下で、将来どの血筋を皇位継承につなげるのかを決めようとしている。
(コラム) 「立法府の総意」とは何か
今回の改正案は、「立法府の総意」に基づくものと説明されている。
しかし、立法府が合意したのは、旧11宮家の男系男子を養子として皇族に迎え、養子本人には皇位継承資格を認めないというところまでである。養子の子や、その先の子孫に皇位継承資格を認めるとは、取りまとめには書かれていない。
ところが、政府の法案は、養子本人とその子孫の皇族としての地位を「実方の系統」によるとした。養子本人だけを皇位継承から除外するため、その後に生まれた男系男子には、現行皇室典範に基づく皇位継承資格が生じ得る。
これが、政府の説明する「とりまとめたに新たな規定を付け加えたわけではない」という理屈だ。
私は、この部分は単なる細かな制度設計ではなく、「立法府の総意」の範囲を超えたものだと考える。
皇位継承資格は、誰が将来天皇になり得るかという制度の核心である。養子本人に資格を認めないことと、その子には認めることでは、制度の意味が大きく違う。
しかも、立法府の取りまとめは、政府に対し、法案の要綱を各党・各会派へ説明し、確認を得たうえで国会へ提出するよう求めていた。
立憲民主党は、養子の子に皇位継承資格を認める内容について、それまでの全体会議で政府から説明がなく、事前説明のないまま法案に盛り込まれたと批判している。
私はこれまで、皇室典範改正をめぐる「人権」「男女差別」「女性蔑視」「血縁の薄さ」などを論拠にした野党側の反論には、保守の立場から批判的に見てきた。
しかし今回は違う。
立法府が合意していない皇位継承の核心部分を政府が加え、しかも事前の説明と確認が十分でなかったのであれば、野党の反論は真っ当である。
問題は、養子制度に賛成か反対かだけではない。
「立法府の総意」を根拠に法案を作るのであれば、政府はその範囲を守り、そこから踏み出す内容については、改めて立法府の合意を得るべきだったのではないか。
高い支持率に支えられた与党の暴走に見えるのだ。
憲法が求めているのは、皇族数ではなく「世襲」である
日本国憲法第1条は、天皇を日本国と日本国民統合の象徴と定めている。
第2条は、
皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
と規定している。
憲法に書かれているのは、象徴天皇制と皇位の世襲である。
「男系」や「男子」とは書かれていない。
皇位継承者を皇統に属する男系男子に限定しているのは、日本国憲法ではなく、現行の皇室典範第1条である。(衆議院)
また、憲法には、皇族を何人置かなければならないかという規定もない。
現在と同じ数の皇族を維持することも、現在行われているすべての公的活動を同じ規模で続けることも、憲法上の要請ではない。
皇族数を確保することには、天皇の活動を支え、皇室会議などの制度上の役割を担う人を確保する意味があるのは確かだ。
下世話な話だが、今回のサッカーW杯、アメリカの大会では各国の王族、VIPがテレビに抜かれていた。私は、元秋篠宮眞子さまが、もし、皇籍を離脱されずに、アメリカ在住の日本のプリンセスとして応援されてたら、日本代表は優勝していたのではないかなどと、勝手に夢想している🙏
しかし、皇族数は天皇制を維持するための手段であって、それ自体が最終目的ではない。
本来の目的が世襲の象徴天皇制を維持することであるなら、決めるべきなのは皇族の数ではない。
誰が、どのような原則で、その次、そのまた次の皇位を継ぐのか
という問題である。それを決めることで、必然的に皇族の数も決まってくるのではないだろうか。
2005年に検討されたのは「安定的な皇位継承」だった
2005年の「皇室典範に関する有識者会議」は、女性と女系の皇族にも皇位継承資格を広げ、男女を問わず第一子を優先する長子優先制を提案した。
報告書は、男系男子だけに継承資格を限定したままでは、将来にわたって継承者を安定して確保することは困難だと判断した。
そして、男系という方法にこだわることで「世襲そのものを危うくする」可能性を指摘し、女性・女系へ継承資格を広げることには、象徴天皇制を安定して維持する意義があると整理した。(内閣官房)
本来の目的であり、その方針に間違いはなかったのだ。
ところが、2006年に悠仁親王が誕生し、皇室典範改正の動きは止まった。
悠仁親王の誕生によって、次の世代の男系男子の皇位継承者が一人確保されたことは事実である。
しかし、男系男子限定制度が現状抱えている、天皇制を安定して維持するできるのかという問題まで解決したわけではない。
それにもかかわらず、悠仁親王の誕生によって、制度問題そのものが消えたかのように扱われるようになった。
2021年には「皇位継承」から「皇族数確保」へ論点が移った
2021年の政府有識者会議は、2005年とは異なる整理をした。
報告書は、今上天皇から秋篠宮皇嗣、悠仁親王へ至る現在の皇位継承の流れを前提とし、悠仁親王の次の世代の問題については、将来の検討に委ねた。
そのうえで、差し迫った課題として「皇族数の確保」を取り上げた。
そこで示されたのが、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保つ案と、旧11宮家の男系男子を養子として皇族に迎える案である。(内閣官房)
つまり、2005年には「将来にわたる安定的な皇位継承」が中心課題だった。
2021年には、悠仁親王までの継承を前提としたうえで、「皇族数の確保」が中心課題になった。
この変更によって、最も重要な問い「将来にわたる安定的な皇位継承」という問題が先送りされた。
- 悠仁親王の次に、誰が皇位を継ぐのか。
- 悠仁親王に男子がいなかった場合、どうするのか。
- 養子となった旧宮家の子孫にも男子が生まれなかった場合、どうするのか。
この問題には、現在の改正案も答えていない。
悠仁親王に複数の男子が生まれる可能性はある
悠仁親王に、将来複数の男子が生まれる可能性は当然ある。
大正天皇と貞明皇后の間には、昭和天皇、秩父宮、高松宮、三笠宮という四人の親王が生まれた。
同じように複数の男子が生まれれば、男系男子による皇位継承は、数世代にわたって安定するかもしれない。
しかし、それは可能性であって、制度によって保証できることではない。
- 結婚するかどうか。
- 子どもを持つかどうか。
- 何人の子どもが生まれるか。
- 男子が生まれるか。
これらは法律によって決めることができない。
特定の一人の結婚と出産の結果に、国家制度の存続を大きく依存させることは、安定的な制度設計とはいえない。
そもそも、制度は、最も都合のよい結果だけを前提に作るものではない。
男子が生まれなかった場合にも、次の継承者が決まる仕組みを用意しておく必要がある。
悠仁親王がいらっしゃることと、悠仁親王の次、そのまた次まで皇位継承制度が安定していることは、別の問題である。
過去の男系継承は、現在とは異なる条件で維持されてきた
日本で、男系による皇位継承が長く続いてきたことは事実である。
しかし、過去の実績をそのまま、現在の男系男子制度が今後も安定して続く証拠にすることはできない。
過去と現在では、男系継承を支える条件が大きく異なるからである。
歴史上の皇室では、皇后以外の女性が皇子を産むことが認められていた。
明治時代の旧皇室典範も、嫡出の皇子孫を優先しながら、嫡出の男系子孫がいない場合には、皇庶子孫にも皇位継承資格を認めていた。(国立公文書館デジタルアーカイブ)
2021年の有識者会議へ提出された資料では、明治天皇の時代まで側室が男系継承を支え、歴代天皇のおよそ7割が皇后以外の女性から生まれたと説明されている。これは政府の最終的な結論ではなく、有識者が提出した歴史的分析ではあるが、男系継承が一人の天皇と一人の皇后だけで維持されてきたわけではないことを示している。(内閣官房)
さらに、複数の宮家が男系の枝として存在していた。
一つの家系に男子がいなくなっても、別の男系家系から継承者を迎えられる仕組みがあった。
現在は一夫一妻制であり、側室制度を復活させることは現実的ではない。
側室制度がなければ、当然、子どもの数も少なくなる。養子となった宮家も、必ず男系男子持つとは限らない。
過去の男系継承を支えていた仕組みを取り除きながら、実は、結果だけは過去と同じように続くことを期待しているのが、現在の制度なのである。
旧宮家の養子制度は、リスク回避ではなくリスク分散に過ぎない
「リスク管理」というビジネス用語が、最近ではサッカーでも使われるようになったようだ。
つまり、一つの男系家系だけに頼るより、複数の家系を用意する方が、男系男子が生まれる可能性は高くなる。
その意味で、旧宮家から養子を迎える制度には「リスク管理」として一定の効果がある。
悠仁親王の家系だけに皇位継承を委ねるのではなく、複数の男系の枝を設けることができるからである。
しかし、養子となった男性やその子孫も、一夫一妻制の下で生活する点では、現在の皇族と変わらない。
男子が生まれなければ、その男系は終わる。
男子が生まれても、その男子が結婚するとは限らない。
結婚しても、子どもが生まれるとは限らない。
子どもが生まれても、女子だけの場合がある。
つまり、複数の男系家系を用意することは、「リスク分散」というリスク管理の一手法ではある。
しかし、各世代で男子が生まれなければならないという条件そのものは変わらない。
養子制度によって数十年、あるいは数世代の時間を得ることはできるかもしれない。
だが、それは問題の解決ではなく、再発する時期を遅らせることに近い。
つまり、リスク管理手法では、確実に「リスク回避」をしない限り「将来にわたる安定的な皇位継承」という問題の解決策にはならないのだ。
企業の活動においては、リスク管理とは、「失敗しても致命傷にならないように備えた上で、勝負すること」である。
しかし、皇位継承におけるリスク管理は違う。天皇空白事態は絶対に作ってはならない。つまり「失敗しないために勝負しないこと」なのだ。
ヨーロッパは、男系王朝の断絶と王位の存続を分けて考えた
王朝の断絶とは
世界史を振り返れば、男系であれ、女系であれ、王朝が永遠に続くことの方がむしろ珍しい。
中国では、内乱、反乱、異民族の侵入、征服などによって、それまでの王朝が滅び、別の王朝が新たに天下を支配するという交代が繰り返されてきた。秦から漢へ、隋から唐へ、宋から元へ、元から明へ、明から清へと、支配する一族や民族が変われば、王朝そのものも変わった。
それまでの皇帝の血筋を何らかの方法で残すことより、新たに天下を統一し、支配する力を持った者が新しい王朝を開くという考え方である。
ヨーロッパでも、戦争や革命によって君主制そのものが倒された国はある。
しかし、多くの世襲君主国では、男系の王家が途絶えたからといって、直ちに王位や国家制度まで廃止するとは考えなかった。一夫一妻制の下で正式な婚姻による子どもを中心に王位を継承すれば、男子がいない世代が生じることは避けられないからだ。
そこで、王の娘、姉妹、その子孫へ継承資格を広げ、男系王朝の断絶と王位の存続を分けて考えた。
スペイン・ハプスブルク家の断絶
代表的な例が、スペイン・ハプスブルク家である。
1700年、スペイン王カルロス2世が子どもを残さず亡くなり、スペイン・ハプスブルク家の男系は断絶した。
その後、女性を通じてスペイン王家の血を引くフェリペ5世が即位し、スペインではブルボン朝が始まった。
ハプスブルクという男系王朝は終わった。
しかし、スペイン王朝そのものが終わったわけではない。
支配する男系の家名は変わっても、王家の子孫が王位を継承することによって、世襲君主制は維持されたのである。
ヨーロッパの王朝の交代とは
ここに、中国などで見られた王朝交代との違いがある。
中国の王朝交代では、前王朝の正統性が失われ、新しい支配者が新しい王朝を開く。
これに対し、ヨーロッパの多くの君主国では、女性を通じた血縁を利用して、王朝名が変わっても、以前の王家からの継承関係を保とうとした。
もちろん、ヨーロッパでも王位継承戦争が起こり、継承が平和的に決まったとは限らない。
それでも、女性を通じた子孫にも王位を受け継ぐ権利があるという考え方自体は認められていた。
王位継承戦争で争われたのは、女系の子孫が継承できるかどうかではなく、複数の女系子孫のうち、誰の権利を優先するかであった。
現代の王位継承制度
その後のヨーロッパでは、女性を通じた継承を認めるだけでなく、弟が姉より優先される男子優先制も廃止し、男女を問わず第一子を優先する国が増えている。
ヨーロッパの制度を、日本へそのまま移せばよいと主張しているわけではない。
しかし、一夫一妻制の下で男系男子だけを永続させることが難しいという条件は共通している。
そのとき、男系王朝の形式を守れないなら君主制自体を終わらせるのか。
それとも、女性を通じた子孫へ継承を広げ、世襲君主制を残すのか。
つまり、一夫一妻の先進国(?)、ヨーロッパの多くの国は、後者を選んできたわけだ。
男系の王朝を守ることより、王位と国家制度を存続させることを優先したのである。
(コラム) 君主制か共和政かは、今も現実の選択である
国家元首を世襲の君主とするのか、大統領とするのかという問題は、過去の世界史だけの話ではない。
現在も世界各地で、立憲君主制を維持するのか、共和政へ移行するのかが、国民投票や憲法改正の対象になっている。
オーストラリアでは1999年、女王と総督に代えて大統領を置く共和政への移行が国民投票にかけられた。しかし、反対が約55%を占め、立憲君主制が維持された。
一方、カリブ海のバルバドスは、2021年にイギリス国王を国家元首とする制度を廃止し、議会共和政へ移行した。
ジャマイカでも、国王に代えて大統領を置くための憲法改正法案が提出され、国民による承認を受ける手続が進められてきた。君主制か共和政かは、現在進行中の政治問題である。
反対方向の動きもある。
カンボジアでは、共和政や内戦の時代を経た後、1993年の憲法によって立憲君主制が復活した。国王は「君臨すれども統治せず」とされ、国家統合と継続の象徴に位置づけられている。
ネパールは2008年に王制を廃止して共和政となったが、政治の不安定さを背景として、近年は王制復活を求める運動も再び目立つようになっている。
つまり、世界が一方向に君主制から共和政へ進んでいるわけではない。
君主制を廃止する国もあれば、国民投票によって維持する国もあり、いったん廃止した君主制の復活を求める動きもある。
それぞれの国民が、自国の歴史、国家統合の方法、政治制度の安定性を考えながら、君主と大統領のどちらを国家の象徴とするかを選択している。
日本の象徴天皇制について考えることも、決して特殊な議論ではない。
立憲君主制を維持するのか、共和政へ移行するのか。そして立憲君主制を維持するなら、どのような継承制度によって安定させるのか。
これは、現代の民主主義国家が実際に向き合っている、国家制度の選択なのである。
日本の「婿養子」は、家の存続を優先してきた
養子制度について考えるなら、日本には昔から「婿養子」という、よく知られた仕組みがある。
現在、「婿養子」という独立した法的身分があるわけではない。
通常は、娘の夫が妻の親と養子縁組を結び、妻の親の法律上の子になることを、婿養子と呼んでいる。
単に妻の姓を選ぶだけの「婿入り」とは異なり、養子縁組によって、妻の親との間に法律上の親子関係が生まれる。養子縁組は当事者の合意と届出によって成立する。(e-Gov 法令検索)
家に娘しかいないとき、娘の夫を養子に迎え、娘夫婦とその子どもによって、家名、家業、財産、祭祀などを次の世代へつないできた。
この場合、元の家の父親から婿養子へ、生物学上の男系が続くわけではない。
娘の夫は、別の家に生まれた男性である。
その夫婦の子どもは、元の家から見れば、娘を通じた子孫である。
それでも日本社会では、通常、その家が完全に断絶したとは考えなかった。
婿養子を迎えて「家を継いだ」と考えた。
そこでは、父から実の息子へという生物学上の男系よりも、家名、家業、役割、財産、先祖から受け継いだものを残すことが優先されていた。
もちろん、民間の家と皇位を、そのまま同一に扱うことはできない。
皇位は私有財産でも、民法上の家督でもない。
しかし、何をもって「続いている」と考えるのかという点では、示唆がある。
つまり、
一般の日本社会では、娘がいるにもかかわらず、その娘と子孫を家の継承から外し、何百年も前に分かれた遠い男系の家から男性を探すことが、家を残す自然な方法だったわけではない。
娘とその夫、そしてその子どもによって家をつなぐ方法は、日本の伝統の一部だった。
現在の皇室について考えても、今上天皇には愛子内親王という直系のお子さまがいる。
その直系の娘と将来の子孫を皇位継承から排除し、現在の皇室から男系で遠く離れた旧宮家の子孫を養子として皇族に迎えることが、唯一自然な継承方法だとは限らない。
守るべきものが父方だけの系図ではなく、天皇の子孫による世襲の象徴天皇制であるなら、娘とその子孫が継ぐ方が、遠い男系男子を迎えるより自然だという見方も成り立つ。
養子という言葉は、日本の伝統になじみがある。
しかし、日本の養子制度は、男系を絶対視するためだけの制度ではなかった。
家を残すために、継承方法を柔軟にする制度でもあったのである。
「万世一系」は、必ず男系だけを意味するのか
明治憲法と万世一系
大日本帝国憲法第1条は、
大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
と定めていた。
しかし、この条文自体には「男系」という言葉はない。
同憲法第2条は、
皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
と定めていた。
さらに、同時に制定された旧皇室典範第1条が、
大日本国皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ継承ス
と明記していた。(国立国会図書館)
したがって、明治憲法体制全体では、「万世一系」を男系男子によって維持する制度になっていた。
明治期の法的な意味に従えば、女系天皇は従来の万世一系には含まれない。
万世一系 = 男系なのか
しかし、条文の構造を見ると、「万世一系」という理念と、「男系男子」という具体的な継承方法は、別々の規定に置かれていた。
そして、現在の日本国憲法は、皇位を「世襲」と定めるだけで、男系にも男子にも限定していない。
そこで、現代においては二つの考え方が成り立つ。
一つは、万世一系を、歴代天皇から父方だけをたどる一本の男系と理解する考え方である。
この定義では、女性天皇は認められても、その女性天皇と一般男性との間に生まれた子が即位すれば、男系皇統は終わる。
もう一つは、万世一系を、歴代天皇の子孫が、男女いずれを通じても皇位を世襲し続けることと理解する考え方である。
この定義なら、天皇の娘、その子、その子孫が皇位を継いでも、天皇の子孫による世襲は続く。
女系天皇を認めると、従来の男系としての万世一系の理解を、そのまま維持することはできない。
万世一系の意味を、父方だけの連続から、男女を通じた天皇の子孫の連続へ改めることである。
ここをごまかすべきではないだろう。
しかし同時に、女系天皇を認めることを、直ちに天皇家や世襲天皇制の断絶と呼ぶ必要もない。
何が終わり、何が続くのかを区別すべきである。
終わるのは、父方だけに限った男系継承である。
続くのは、天皇の子孫による皇位の世襲である。
(コラム)万世一系を男系世襲とする循環論法
女系天皇を認めると王朝が変わるという主張がある。その論理の形は、ほぼ次のようになっているが、何かおかしくないだろうか。
皇室の歴史は男系である
→ 皇統とは男系である
→ 万世一系も男系を意味する
→ 女系天皇は別王朝になる
最初の「皇統は男系である」という前提自体が、結論が「女系天皇は別王朝になる」という結論の根拠になっているのだ。これは『循環論法』と言われるもので、万世一系が男系世襲であるという論拠にはならない。
王朝交代につては、近年のイギリス王家が参考になる。
かつてのイギリスでは、父方によって王朝名を変える慣習があった。ところが1917年、第一次世界大戦中の反ドイツ感情を背景に、ジョージ5世は王室の公式名称をウィンザー家へ変更した。つまり、王朝名は血統から機械的に決まるものではなく、国王の宣言によって変更できたのだ。
さらに重要なのが、エリザベス2世とフィリップ王配の子孫である。
父方だけで分類するなら、チャールズ3世はフィリップ王配の家系に属し、ウィンザー家ではないことになる。しかし、イギリス王室は現在も公式にウィンザー家を王室の家名としている。
現在のチャールズ3世の王室も、公式にはウィンザー家なのだ。
現在の養子制度案は、何を守るための制度なのか
旧宮家の男系男子を養子として迎える案には、明確な目的がある。
男系という継承原理を変えずに、皇族の枝を増やすことである。
男系男子という形式を最も重要なものと考えるなら、この案には一貫性がある。
しかし、象徴天皇制を将来にわたって安定して維持することが最終目的なら、養子制度だけでは十分ではない。
養子となった男性本人には皇位継承資格を認めない。
しかし、その男性に将来男子が生まれれば、その男子には継承資格を認める。
一方、女性皇族には結婚後も皇族として残ってもらうが、その夫と子どもは皇族とせず、継承家系にはしない。
つまり、現在の改正案は、
天皇の直系に近い女性皇族の子孫は継承から外す。
その一方で、現在の皇室から遠く離れた男系子孫の将来の男子は継承候補にする。
という選択をしている。
これは単なる皇族数の問題ではない。
- 世襲とは何か。
- 皇統とは何か。
- 天皇との血縁の近さと、父方だけの男系のどちらを優先するのか。
という問題である。
そして、養子制度を成立させても、養子となった家系に男子が生まれなければ、同じ問題が再発する。
そのとき、さらに遠い男系子孫を探すのか。
それとも、その段階になって女性・女系を認めるのか。
後者になる可能性が高いのであれば、なぜ現在の段階で、女性・女系を含む安定的な皇位継承制度を正面から議論しないのだろうか。
制度を守ることに苦心して、本来の目的を忘れていないか
結局、天皇制を維持しようとする立場には、二つの選択がある。
- 男系男子という継承方法を、何より優先すること。
- 天皇の子孫による世襲の象徴天皇制を、何より優先すること
両方を永久に維持できるなら、対立は起きない。
A .男系男子という継承方法を、何より優先すること。
悠仁親王に複数の男子が生まれ、その家系に男子が生まれ続け、旧宮家から迎えた養子の家系にも男子が生まれ続ければ、男系男子による天皇制を維持できる。
その可能性はある。
しかし、その可能性を制度が保証することはできない。
神風吹くことを期待するのと同じことなのだ。
一夫一妻制の下では、男系男子だけに継承資格を限定する限り、生物学的な偶然によって継承者がいなくなる危険をなくすことはできない。
B .天皇の子孫による世襲の象徴天皇制を、何より優先すること
女性と女系を認めれば、男系という従来の形式は変わる。
しかし、天皇の子孫による世襲の象徴天皇制は、はるかに続けやすくなる。
最近、時事通信が2026年7月に実施した世論調査で、現内閣の支持率が49.0%となり、発足後最低になったという報道があった。
特に60歳代では、前月の63.7%から39.9%へ大きく低下した。私自身も60歳代である。(Nippon)
もちろん、この支持率低下が皇室典範改正案によって起きたと断定することはできない。
この調査は、皇位継承制度への賛否を直接尋ねたものではない。経済、国会運営、外交、その他の政策など、さまざまな要因が考えられる。
したがって、この数字を、60歳代が養子制度に反対している証拠として使うことはできない。
しかし、一般に保守的と見られやすい年代であっても、「保守」を掲げる政権を無条件に支持するわけではないことは分かる。
保守的な有権者も、「万世一系」「伝統」「男系」「皇統」という言葉だけを見ているのではない。
その政策が、本当に守るべきものを守っているのか。
現実に制度を長く維持できるのか。
手段と目的が逆転していないか。
そこを見ている人もいるはずである。私はその一人である。
今回の皇室典範改正法案で守られるものとは
男系男子を守るため、反対を押し切って養子制度を作る。
しかし、それによっても男子が生まれ続ける保証はなく、悠仁親王の次の皇位継承問題は解決しない。
その一方で、天皇の直系の娘と、その子孫による継承は最初から排除する。
これでは、男系という制度を守ることに苦心するあまり、象徴天皇制を安定して残すという本来の目的を忘れている、と受け取られても不思議ではない。
その違和感は、天皇制の廃止を求める立場からだけ生じるものではない。
むしろ、天皇制を今後も維持したいと考える保守派からこそ、
この方法では、かえって天皇制を不安定にするのではないか
という反発が起こり得る。
保守とは、昔の制度を一切変えないことではないはずだ。
守るべきものを見定め、それを次の時代へ残すために、必要な部分を改めることでもある。
古い建物を保存するとき、傷んだ柱を決して交換しないことが保存とは限らない。
柱を変えないことにこだわり、建物全体が倒れてしまえば、本来残したかったものを失う。
男系男子という継承方法を守るために、世襲の象徴天皇制そのものが断絶の危機に見舞われるのであれば、それは本当に保守と呼べるのだろうか。
もし、皇位継承者がいない、または決まっていない状況で、天皇が崩御されたらどうなるか?
天皇による法令の公布という国事行為が行えない以上、皇統維持のために新たに皇位継承者を定める制度変更はできないのだ。
皇位は大統領制とは違い、その時々に人気投票で決めるべきものではないだろう。
保守の立場として、立憲君主制を維持するためには、
現在の制度で、変えてはいけないものは何かではなく、何を残すべきなのか。
皇室典範を改正する前に、まず明確にすべきなのは、この一点ではないだろうか。
天皇の地位が国民の総意に基づく以上、それは、主権者である国民が、ただの人気投票ではなく、これから真剣に考えなければならない課題なのである。
(おしまい)

