翻訳研究|鈍感すぎるヘイスティングス(ネタバレあり)

アガサ・クリスティ、『スタイルズ荘の怪事件』の登場人物には、その家族の愛情関係も何げに推理の手掛かりとなっている。その一つが、被害者の女主人が、なくなった友人から預かっていた孤児の『シンシア』と、次男『ローレンス・キャヴンディッシュ』の恋愛問題だ。
この問題は、実に根深いのだが、ヘイスティングスが登場すると、とたんに笑いのネタ(彼には悪いが)になってしまう。
彼の推理力はファンならご存じの通り(笑。
ヘイスティングスの素直な優しさと、天然の鈍感さの名シーンが、このシンシアに思わず結婚を申し込んでしまう場面だ(第九章)

ヘイスティングスはシンシアに頼まれて、美しい森の中を二人で散歩をしながら、シンシアの相談に乗っている。
シンシアは、自分はみんなから嫌われていると悩んでいるのだ。

“Yes. I don’t know why, but she can’t bear me; and he can’t, either.”

「ええ。||どうしてかは|分からないけど、|彼女は|私のことが|大嫌いなの。||それに|彼も

ちなみに、シンシアが、言ってる「彼」とは、ローレンスのことだ。だが、ヘイスティングスは、鈍い。

“There I know you’re wrong,” I said warmly.
“On the contrary, John is very fond of you.”

「それは|違うと|思う」と、|私は|やさしく|言った。
「それどころか、|ジョンは|君の|ことを|とても|気にかけてる」

ジョンとシンシアの仲睦まじい関係は、ヘイスティングスもスタイルズを訪れた最初の日に見ている。

John left me, and a few minutes later I saw him from my window walking slowly across the grass arm in arm with Cynthia Murdoch.

ジョンは|私を|残して|立ち去ったが、|数分後、|私は|窓から|彼が|シンシア=マードックと|腕を|組んで|ゆっくりと|芝生を|歩いて|いるのが|見えた。

だから、シンシアが、『ジョンから嫌われている』と思うようなことは、まず、ありえない。
「彼」を「ジョン」と勘違いする方がおかしい。すくなくとも「彼って誰のこと?」と気きなおすくらいが普通だろう。

そして以前、ヘイスティングスはローレンスいっしょに、シンシアの薬局を訪れている。そのときの、シンシアとローレンスの様子も見ている(第二章)

I had seen Lawrence in quite a different light that afternoon.

I had always fancied that his manner to Cynthia was rather constrained, and that she on her side was inclined to be shy of him.
But they were both gay enough this afternoon, and chatted together like a couple of children.

その日の|午後、|私は|ローレンスが|全く|別人の|ように|見えた。
(中略)
彼は|いつも|シンシアに|対して|どこか|ぎこちない|態度を|とってるように|思えたし、|彼女の方も|彼に|対して|何となく|気後れ|しているように|見えた。
しかし、|その日の|午後は、|二人は|とても|陽気で、|子供同士の|ように|楽しそうに|おしゃべりを|していたのだ。

にもかかわらず、ヘイスティングスはこの若い二人の純情な関係気づいていないのだ!?

“Oh, yes—John. I meant Lawrence.
Not, of course, that I care whether Lawrence hates me or not. Still, it’s rather horrid when no one loves you, isn’t it?”

「ああ、|ジョンの|ことじゃ|ないの。||私が|言ってるのは|ローレンス。||もちろん、|ローレンスが|私のことを|嫌ってても、|別に|どうでも|いいんだけど。||でも、|誰からも|好かれて|いないって、|やっぱり|悲しいでしょう?」

『Not, of course』(=もちろん~ではない)
シンシアは、「もちろん、|ローレンスが|私のことを|嫌ってても、|別に|どうでも|いいんだけど

この「もちろん・・・嫌われてもいい」は、どう見てもシンシアの強りなのだ。それは、つぎのシンシアのセリフからもわかる。

“But Lawrence never speaks to me if he can help it, and Mary can hardly bring herself to be civil to me.
She wants Evie to stay on, is begging her to, but she doesn’t want me, and—and—I don’t know what to do.”

でも|ローレンスは、|できるだけ|私に|話しかけない|ように|してるし、|メアリー|なんて、|私に|なんとか|挨拶|してくれる|くらいよ。||彼女、|エヴィーには|残ってくれる|ように|頼んでるけど、|私には|そう|思ってないわ、|きっと。||それで|どうしたら|いいのか、|ほんとに|もう|分からない」

『, and—and—』が印象的な文章(うまく訳せたかな?)
そして、シンシアは、突然、泣き出してしまうのだ
もちろん、メアリーの冷たさ(それには、話せない理由があると思うが・・・)もあるかもしれないが、
実のところ、ローレンスが話しをしてくれないことの方が泣いてしまうほど気にしていにちがいないと思う。
たとえば、三人で楽しく薬局から家に帰って来てすぐの場面である(第二章)

“Goodness gracious! I wonder what’s up?”
she said to Lawrence.

「まあ、|いったい|何が|あったのかしら?」
彼女は|ローレンスに|言った。

He did not seem to have heard her, for without a word he turned on his heel and went out of the house.

しかし|ローレンスは|彼女の|言葉を|聞いていない|ようだった。||何も|言わずに|くるりと|身を|ひるがえし、|家の|外に|出て行って|しまった。

私はこのときの、ローレンスのつれない態度の理由はよくわかっていません💦
ですが、その後のローレンスのシンシアに対する態度は、『コーヒーカップ』と、例の『かんぬき』の件にあると思われます。
おそらくそんなことは、シンシアもわかっていないのでしょう。だから、泣いてしまう・・

そして・・・

“Marry me, Cynthia.”

「結婚|してくれ、|シンシア」

いやいや、これは読者もびっくりでしょう。
これまでいろいろとあって、ホッとしたとはいえ、いきなりシンシアに結婚を申し込んでしまうヘイスティングス。

あんのじょう、シンシアの答えは・・・

To my intense surprise, Cynthia burst out laughing, and called me a “funny dear.”
“It’s perfectly sweet of you,” she said, “but you know you don’t want to!”

思いがけない|ことに、|シンシアは|突然|笑い出し、|『面白い|人ね』」と、|言った。
「あなたって、|すごく|優しいのね」と、|彼女は|言った。
「だけど|あなた、|本気|じゃないわよね」

さらに、シンシアの追い打ち・・・

“Never mind what you’ve got. You don’t really want to—and I don’t either.”

「何か|収入が|あるとか|気にしないで。||あなたは|本当に|結婚|したいわけじゃ|ないんだし。||私も|その気は|ないわ

『and I don’t either.”』
普通に訳せば、『わたしも、そうよ』、くらいだろうが、あえてはっきりフラれたということで、『その気はない』と、訳してみた。
その後の、不満げなヘイスティングス・・・

And, with a final uncontrollable burst of merriment, she vanished through the trees.
Thinking over the interview, it struck me as being profoundly unsatisfactory.

そして、|最後に|どうしようもないくらい|楽しそうに|笑うと、|彼女は|木々の|間に|姿を|消してしまった。
この|会話を|思い返すにつれ、|なんとも|釈然としない|気分になった。

ヘイスティングスは思い切ってプロポーズしたのに、けっきょく笑い飛ばされて、楽しそうに帰って行ったシンシア。
まあ、全体として、二人の関係に早く気づけよ!と思ってしまうのは、最後までしまった読者の感想かもしれないが・・・・。

しかし、ポワロもの第一作、『スタイルズ荘の怪事件』は、こういった愛情物語が盛りだくさんで、最後のエピローグは最高に心温まります。
しかもそれらが、ちゃんと事件を複雑にする原因や犯人にたどり着く手掛かりになっている。
それを、ポワロがうまく(運よく?)解き明かしていく(のだと思います)。

以上、ハイブリッド点訳の途中ですが、ふと思いついたので書いてみました💦