翻訳研究|七ポンド半の意味 ——ボヘミアの醜聞

ハイブリッドラボ

『ボヘミアの醜聞』の冒頭、ホームズが久しぶりにワトスンと再会する場面で、こんな台詞があります。

“Wedlock suits you,” he remarked. “I think, Watson, that you have put on seven and a half pounds since I saw you.”

「結婚|生活は|君に|よく|似合っているよ」
と、|彼は|言った。
「ワトスン、|前に|会った時より|七ポンド半||およそ|3.4キロ||は|太ったんじゃ|ないかと、|思うね」

“Seven!” I answered.

「7ポンド||およそ3.2キロ||だ!」と、私は|答えた。

ここで注目したいのは、ホームズが「七ポンド半」とあえて半端な数値まで言い切り、さらにワトスンが細かく「七ポンド」だと訂正している点です。

1. 観察眼のユーモア

実際、7ポンド(約3.2キロ)と7.5ポンド(約3.4キロ)の違いなど、体重の会話では誤差の範囲でしょう。
しかしホームズは細部にまでこだわる観察眼を発揮し、「半ポンド」単位で断言します。そしてワトスンも負けじと訂正する——このやり取り自体がユーモラスなのです。

2. ワトスンの幸せ太り

同時にこれは、ワトスンの結婚生活の充実を表す演出でもあります。
「結婚生活が君によく似合っている」と前置きしてから「七ポンド半太った」と続けることで、読者には自然と「幸せ太り」のイメージが浮かびます。冷たい観察の裏に、ホームズなりの愛着がにじむ場面です。

3. 翻訳における注釈

翻訳で単位をそのまま残すかどうかは悩ましいところです。
「七ポンド半」を「約3キロ」と丸めてしまうと、このやり取りのユーモアが損なわれます。
そのため本稿では本文に「七ポンド半」と残し、注釈として「(およそ3.4キロ)」と正確に小数点で示しました。ワトスンの返事にも「七ポンド(およそ3.2キロ)」と補い、二人の軽妙なやり取りを際立たせています。


結局のところ、「七ポンド半」という半端な数値、そして「七ポンドだ!」と食い下がるやり取りこそが、この場面の面白さの核心です。
単なる体重の話に見えて、ワトスンの結婚生活の幸福、そしてホームズの人間味を垣間見せる重要な一言なのです。