作品背景|イギリスの「nanny(ナニー)」と「ayah(アーヤ)」

‘Do you remember a nurse―or an ayah?’

「看護婦や|アーヤは|覚えている?」

‘Not an ayah―Nannie. | remember Nannie because she stayed for some time― until | was five years old. She cut ducks out of paper. Yes, she was on the boat. She scolded me when I cried because the Captain kissed me and | didn’t like his beard.’

アーヤでは|なくて、ナニーです。||ナニーは|私が|五歳に|なるまで|一緒に|いました。||紙で|アヒルを|切って|作ってくれました。||ええ、|船にも|乗っていました。||船長さんが|私に|キスしたとき、|ひげが|いやで|泣いたら、|ナニーに|叱られたのを|覚えています」

nanny(ナニー)

ナニーは、子どもの世話を専門にする女性の使用人(乳母・子守)のことです。

イギリスの家庭、特に19世紀〜20世紀前半の中流・上流家庭では、子どもの世話を母親ではなくナニーが担当することがよくありました。

ナニーの仕事はかなり広く、たとえば次のようなことを行います。

・赤ん坊や子どもの世話
・食事や着替えの手伝い
・入浴や寝かしつけ
・散歩や遊びの付き添い
・しつけや基本的な教育

つまり、家庭の中で子どもを育てる専門の世話係です。
日本語では状況によって、「乳母」「子守」「保姆」「住み込み保育係」などと訳されます。

イギリスでは、ナニーは子ども部屋(nursery)に住み込むことが多く、子どもは親よりもナニーと長い時間を過ごすことも珍しくありませんでした。

ayah(アーヤ)

ayah(アーヤ)とは、イギリスがインドを支配していた時代(英領インド)に使われていた言葉で、子どもの世話をするインド人の女性の使用人のことです。

もともとはポルトガル語 aia(乳母・子守) に由来する言葉で、17~19世紀ごろから英語でも使われるようになりました。

英領インドでは、イギリス人家庭の多くが現地の使用人を雇って生活しており、ayah は主に次のような役割をしていました。

・赤ん坊や子どもの世話
・着替えや入浴の手伝い
・散歩の付き添い
・子どもの食事の世話

つまり、イギリス式の「ナニー(nanny)」に近い仕事ですが、場所がインドであるため、現地女性がその役割を担うことが多く、特別に ayah という呼び名が使われていました。

アガサ・クリスティの時代(19世紀末~20世紀初め)には、インドで生まれたイギリス人の子どもが ayah に育てられることは非常によくあることでした。

スリーピング・マーダーでは

『スリーピング・マーダー』のこの場面では、グウェンダが子どものころの記憶として「Nannie は紙でアヒルを切って作ってくれた」と言っています。
ここでいう Nannie は、自分を世話してくれたナニーを親しみをこめて呼んだ言い方です。

ミス・マープルが言う nursery(子ども部屋) や nanny の話は、実は グウェンダがヒルサイドに住んでいた過去の記憶につながる重要なヒントになっています。

ミス・マープルが「看護婦や ayah を覚えている?」と聞いたのは、

・グウェンダはインド生まれ
・その頃は ayah が子守をするのが普通

という事情があるからです。

ただしグウェンダの場合は、インドからすぐニュージーランドへ送られたため、彼女が覚えているのは ayah ではなく “Nannie(ナニー)” だった、というわけです。