メグレのおもてなし
『オランダの殺人』第七章にこのようなシーンがある。
Pijpekamp n’osait pas protester.
L’alcool lui fit venir les larmes aux yeux, tant il était fort.
Maïs le commissaire, souriant, féroce, levait sans cesse son verre, répétait :
ピーペカンプ警部補は|反論|することが|できなかった。
その|アルコールは、|あまりに|強すぎて、|彼の|目に|涙が|浮かんだ。
しかし|メグレ警部は、|笑みを|浮かべながら、|情け容赦なく、|ひっきりなしに|グラスを|持ち上げては|繰り返し|飲んでいた。
『オランダの殺人』は、メグレ警部がフランス人容疑者のために、未知の土地、オランダの港町で言葉も通じないのに捜査をする苦労を描いた作品だ。
オランダ警察が、いわゆる「よそ者」のメグレを大人しくさせるために、もてなしたはずなのに、メグレはそういうのを嫌って、逆に、もてなされている場面である。
半端な「フランス風」のもてなしが気に障ったのか、メグレが無茶苦茶なブランデーの飲み方をやって笑えます。
思わず「情け容赦なく」と訳しました!!

これが、ホンモノのフランス流だ!!
(嘘)

ブランデーの「テイスティンググラス」(おそらく底が深くて丸い)を頼んだのに、おそらくオランダのカフェにはなくて、「ショットグラス」(小さい一口グラス)が出てきたんでしょう。
我慢できずに、キレたのか?大きめのグラスを自分で店の棚からとってきて、強いブランデーをなみなみと次いで、ガブのみ!
当然、相手にも同じグラスで注いでまわるシーンです。
シムノン流のメグレの描写
メグレが、こういう無茶をやるのも、オランダという見知らぬ土地でも、これまで我慢づよく土地の人々と交流して話を聞いて、自分で掴んだその土地の正義?自分の信念?を貫く姿があるからなんでしょう。
シムノンのミステリーでは、他の有名な探偵とは全く違う、メグレの人なりを表現する描写は格別面白いのです。
参考:お酒を注いでもらう時
フランス(特に1930年代の男性の社交場面)においては、日本のように「注がれる側がグラスを持ち上げる」ことは、礼儀として一般的ではありません。
ヨーロッパ(特にフランスやオランダなど)の文化圏では、ワインや蒸留酒(コニャックなど)を注がれる場面における「グラスを持つ・持たない」の作法や、「断り方」には日本と異なる慣習があります。
注がれるとき、グラスを持つべきか?
- 一般に「グラスは持たない」のが欧州の礼儀です。
- 注ぐ側がサービス役(主にホストや給仕)、注がれる側は身を引いているのが基本。
- 特にフランスやオランダでは、手を添えず、テーブルに置いたまま注がせるのが自然です。
- ワインのテイスティングを除いて、グラスを持ち上げて注がせるのは、過剰な気遣いや、逆に失礼と取られることもあります。
🔹日本の「お酌」文化(グラスを持って注がせる)とは真逆ですね。
断りたいときの作法

― Merci !
1. 手を軽くかざす
- グラスの上に手のひらをかざす仕草で、
- 「もう結構です」「注がないでください」の意味になる。
- これは西洋でも共通で通じやすい非言語ジェスチャーです。
2. グラスに指をかけて軽くふさぐ
- 口元や飲み口に指を軽く添えることで、注がれるのを控えてもらう意志を示せます。
3. はっきり言葉で断る
- 社交場面でも、ソフトながら明確に言葉で断るのが好まれます。
例:
- “Non, merci.”(ノン、メルスィ)=「結構です」
- “C’est gentil, mais je n’en veux plus.”=「ご親切ですが、もういただきません」
補足:断ると失礼になる?
- フランスやオランダでは、無理に飲ませる文化はないため、はっきり断っても失礼にはなりません。
- ただし、何度も断り続ける場合は、理由を添えるとスマートです。
- 例:「体調がすぐれなくて」「明日早いので」など。
Et Maigret emplit à nouveau les verres, avec une telle autorité que ni Pijpekamp ni Duclos n’osèrent refuser de boire.
そして|メグレは|再び|グラスに|酒を|注いだ。あまりに|有無を|言わせぬ|勢いだったので、|ピーペカンプも|デュクロも、|断る|勇気は|なかった。
オランダ警察の皆さん、ご苦労様。
