入口からして“北方的”で、メグレをまず戸惑わせる土地
メグレはパリから夜行でやって来るが、Delfzijl は彼の想像していた「絵はがきのオランダ」とはまったく違う風景だった。
- 「Delfzijl le dérouta dès la première prise de contact.」
デルフジルは最初の接触から彼を“当惑”させた - チューリップや運河の都市ではなく、より北方的で、静かで、厳しい土地柄。
小さな城塞都市のような構造
- 大きさは十~十五本の通りの小さな町
煉瓦の道と低い家々が整然と並ぶ - 町全体が堤防で取り囲まれている
高潮時には閉じられる「水門のような扉」が付いた、まるで“要塞都市”のような地形
この閉じた地形が、物語全体に
「外界から切り離された共同体」 という雰囲気を与える。
北海に面した“港町としての顔”
- 堤防の外はすぐ エムス川の河口、そして北海
- 港にはフィンランドやリガから木材を運ぶ船が到着し、
巨大クレーンで荷揚げしている
つまり Delfzijl は北海交易で生きる小さな港町 なのである。
この港の存在が、後に登場する Baes(ワークム島の独居者で“流木利権”を扱う海の男)や、外国船員の影を呼び込み、事件の「異国的な色彩」 を強めている。
周囲は牧草地・農場と旧運河が広がる“静かな田園地帯”
- 町のすぐ外には 旧運河 Amsterdiep が走り、
両岸は静かな牧草地、疎らな農家、木立が続く - 新しい幹線運河(Ems-Canal)ができたため、
この Amsterdiep は半ば放棄され、
ほとんど人気のない水辺 となっている
この「人気のない曲がりくねった運河」こそが、事件現場(Popinga邸〜Liewens農場)をつなぐ緊張感の舞台 になる。
町の人間関係は“狭く、保守的で、監視社会的”
- 町は 五千人ほどの小都市
- 誰もが互いを知っており、良くも悪くも「村社会」。
- Popinga夫妻、Wienands一家、Liewens家、そして客人の Duclos は、運河沿いに固まって住む近隣関係。
この「顔の見える共同体」では、嫉妬・噂・偏見・宗教的な規律が、事件の解釈と住民の証言を大きく歪める。
事件が起きた夜の動線が“地形によって決まっている”
原文は地形を「分単位・メートル単位」で記す:
- Popinga家 → Liewens家:約1200m、運河沿いを直進
- 途中にあるもの
- Wienands家
- 建設中の家
- 大きな木材置き場
さらに――
北側の灯台が 15 秒ごとに道の一部を照らす
これは事件を「偶然の光」で目撃した者の証言に直結する
シムノンは Delfzijl の地形を“光の回転”と“死角”を軸にした、犯罪の舞台装置 として扱っている。
Delfzijl は単なる舞台ではなく、事件そのものの一部である
整理すると、Delfzijl は次の性格を持つ舞台である:
- 閉ざされた小さな港町(堤防に囲まれた要塞都市)
- 北海交易と外国船が出入りする国際的な玄関口
- 旧運河と牧草地が広がる、静かで保守的な田園地帯
- 灯台の光、運河の曲がり、公道の死角が事件の“地形の鍵”になる場所
- 狭い共同体ゆえの嫉妬・噂・集団心理が事件を混迷させる土地
メグレはここで「フランス的な論理」ではなく、土地の空気・閉鎖性・人々の偏見そのものと闘わされる。
この意味で、Delfzijl という土地そのものが“犯人の一部”である

