作品背景|沿岸貨物船カボトゥール(caboteur)

ハイブリッドラボ

カボトゥールとは何か

ジョルジュ・シムノン『黄色い犬』冒頭のシーン

En face de lui, dans le bassin, un caboteur qui, l’après-midi, est venu se mettre à l’abri.
Personne sur le pont.
Les poulies grincent et un foc mal cargué claque au vent.

彼の|正面の|入り江には、|昼間に|避難してきた|1隻の|小型_貨物船(カボトゥール)が|入っている。
甲板には|誰の|姿も|見えなかった。
滑車が|軋み、|うまく|巻き取られなかった|ジブ||三角形の|帆||が|風に|ばたついていた。

この小説の書かれた、1930年当時のフランスでは、小型と言えど貨物船(カボトゥール)にまだ(燃料を使わない動力の)帆船が活躍していたのか、カボテユーの役割とともにまとめてみた。

沿岸航海用の小型貨物船

caboteur は、フランス語 caboter(沿岸を航行する)に由来する。
すなわち「沿岸航海用の小型貨物船」を意味し、英語では coaster(coastal trader)に相当する。

特徴内容
用途主に、国内の港から港へ、沿岸沿いに貨物を運ぶ商船
大きさ全長15〜30メートル前後、乗組員は船長の親族など数名
動力19世紀までは帆、20世紀初頭からは補助エンジン併用されてきた
積荷石炭、木材、穀物、塩、ワインなど日用品や工業品
航行範囲ブルターニュ、ノルマンディー、ラ・ロシェルなどの沿岸都市間

燃料のいらない帆走は経済的で、港町では長く庶民の物流を支える存在だった。
波と風を読み、潮の満ち引きに合わせて航海する。
まさに、燃料の高い時代、自然の力を利用した効率的な物流機関だった。


ブルターニュ地方と帆船の時代

商業・貨物用(caboteursなど)

19世紀から20世紀初頭にかけて、ブルターニュ地方(コンカルノ、ロリアン、サン・マロなど)は
帆走船の重要な拠点であった。

  • 〜1900年頃:帆船が主流。沿岸貿易・漁業・輸送に広く使われていた。
  • 1900〜1930年頃蒸気船との併用期
  • フランスのブルターニュ地方では、港町ごとに小型帆船(caboteurs)がまだ活躍していた。
  • 燃料が高価だったため、風を利用できる帆船の方が経済的という理由もありました。
  • 1930年代後半:ディーゼルエンジン船が普及し、帆船は徐々に姿を消す。
  • ただし、地方の小港では第二次大戦前まで現役も多く、『黄色い犬』の時代(1931年刊行)にはまだ自然な風景でした。

シムノンが『黄色い犬』を書いた1931年、コンカルノの港にはまだ、帆走式の caboteur が停泊していた。
つまり、作品に描かれる港の情景は完全な写実である。

軍用・遠洋用

  • 19世紀後半(〜1880年代)まで:軍艦や大型帆船(クリッパー)が主力。
  • 1900年代初頭:完全に蒸気船へ移行。
  • 第一次世界大戦以降:帆船は練習船・学校船として存続。
  • 例:フランス海軍の練習帆船 Jeanne d’Arc(1899–1933)

漁業用・民間用途

  • 小型の帆走漁船やヨットタイプは、1950年代ごろまで残存。
  • 現在もブルターニュやノルマンディーには、帆走漁船を復元・観光利用している港が多い。

帆船の終焉と遺産

第二次世界大戦後、帆走貨物船は完全に姿を消す。
だが、ブルターニュの各港では今も古い caboteur の設計をもとに復元船が造られ、観光や教育に利用されているようだ。

用途帆船の実用時期caboteur の役割備考
沿岸商業(caboteur)〜1930年代沿岸都市間の物資輸送『黄色い犬』に登場
軍用・大型帆船〜1900年頃外洋航海・軍事蒸気船に置換
漁業・個人用〜1950年代沿岸漁・移動一部観光船に転用