インナーテンプル
『ボヘミアの醜聞』に登場するゴドフリー・ノートンは、「インナー・テンプル所属の法廷弁護士」として紹介される。
一見、地名か学校名のように聞こえるが、インナー・テンプル(Inner Temple) は実在する組織であり、ロンドンの法曹制度を理解するうえで重要な役割を果たしている。
法曹学院(Inns of Court)とは
イギリスには、中世以来の伝統を持つ 四つの法曹学院(Inns of Court) が存在する。
- インナー・テンプル(Inner Temple)
- ミドル・テンプル(Middle Temple)
- リンカンズ・イン(Lincoln’s Inn)
- グレイズ・イン(Gray’s Inn)
これらはいずれもロンドン中心部にあり、法廷弁護士(バリスター, barrister) の養成と資格認定を担ってきた。
学校ではなく、職能団体
「学院」という名称から学校のように思われがちだが、実際には 職能団体と教育機能が一体化した組織 である。
- 大学との違い:
大学で法律を学ぶのが知識面の教育であるのに対し、法曹学院は実務と資格認定を担当する。 - 資格認定の役割:
法廷に立てるバリスターになるためには、必ず四つの学院のいずれかに所属し、最終的に「Call to the Bar(法廷への呼び出し)」と呼ばれる儀式を経る必要がある。 - 共同生活と人脈:
かつては「Inn=宿舎」で、学生は住み込みで生活しながら訓練を受けた。現在でも会食やイベントがあり、先輩弁護士との交流の場として機能している。
インナー・テンプルの作品中の役割
- インナー・テンプルは実在する四つの法曹学院のひとつ。
- 学校というより、バリスターの資格認定を行う伝統的な職業団体。
- ホームズ物語に登場することで、登場人物の社会的立場や背景をさりげなく描き出している。
アドラーの客人であるゴドフリー・ノートンが「インナー・テンプル所属」と明かされることで、彼が正式に認められた法廷弁護士であり、社会的地位のある人物であることがすぐに分かる。
これは単なる恋の相手ではなく、アドラーの交際範囲が社会的に高い層に及んでいることを示す重要な描写でもある。
ホームズの物語を読むとき、このような制度的背景を知っていると、登場人物の一言に込められた意味がより鮮明に浮かび上がってくる。

