スタイルズ荘の怪事件|エセックスの歴史

作品背景

『スタイルズ荘の怪事件』の舞台となる架空の村スタイルズ・セント・メアリーズは、イングランド東部のエセックス州に設定されている。

I had seen very little of him for some years.
Indeed, I had never known him particularly well.
He was a good fifteen years my senior, for one thing, though he hardly looked his forty-five years.
As a boy, though, I had often stayed at Styles, his mother’s place in Essex.
We had a good yarn about old times, and it ended in his inviting me down to Styles to spend my leave there.

彼とは|ここ|数年|ほとんど|会って|いなかった。
実際、|彼を|特に|良く|知っていた|わけでもない。||と|いうのも、|私より|15歳も|年上だからで|あるが、|45歳という|年齢の|割には|若々しく|見えた。||ただ、|子どもの|頃は|彼の|母親が|所有する|<エセックス>の|スタイルズ|荘に|何度か|泊まったことが|あった。||懐かしい|話で|盛り上がり、|その結果、|休暇を|スタイルズ|荘で|過ごすよう|彼から|誘われた。

ここでは古代から現代に至るまでのエセックスの歴史を簡単に振り返り、作品背景を理解する手がかりとしたい。


1. 古代とアングロ・サクソン時代

  • エセックスという名は、古代アングロ・サクソンの東サクソン王国(Kingdom of the East Saxons)に由来する。
  • 5〜6世紀頃、サクソン人がこの地に定住し、ロンドン周辺からテムズ川河口にかけて領土を築いた。
  • 7世紀にはキリスト教が広まり、修道院や教会が建設された。

2. 中世から近世

  • ノルマン・コンクエスト(1066年)以降、エセックスの地は王権に従属する領地として再編された。
  • 豊かな農業地帯であり、羊毛交易や農産物の供給地として発展。
  • テムズ河口の要地として、港町や防衛拠点も置かれた。

3. 産業革命以降

  • 18世紀後半〜19世紀、鉄道網の発達によってエセックスはロンドンと結びつき、通勤圏としての性格を強めた。
  • 一方で、海岸部はリゾート地として開発され、庶民の余暇の場となった。
  • 20世紀初頭、『スタイルズ荘の怪事件』が書かれた時代には、農村の風景と都市近郊的な性格を併せ持つ地域だった。

4. 現代のエセックス

  • 現代において、エセックスはイングランド東部の州(カウンティ)であり、ロンドンとは別の行政区分に属している。
  • 歴史的にロンドン東部とつながりを持つ地域ではあるが、行政上は「グレーター・ロンドン」と明確に区別され、ロンドンに隣接する住宅地として人口が増加。
  • 歴史的な建築物や田園風景が保存され、観光地としても人気がある。
  • 一方で、工業・港湾地域としての顔もあり、古代以来の「変化に富んだ地域性」を今に伝えている。

地図で見るエセックス

エセックスはイングランド東部、テムズ川の北岸に位置する。ロンドンの北東に広がり、北海に面している。


まとめ

エセックスは、古代王国の記憶を持つ土地でありながら、近代にはロンドンの影響を強く受け、農村と都市の中間的な地域として発展してきた。
『スタイルズ荘の怪事件』の舞台をエセックスに置いたことは、田園的で静かな荘園のイメージと、近代化の波の間にある「イギリスらしい風景」を象徴していると考えられる。


Agatha Christie, The Mysterious Affair at Styles (1920) より引用