英国探偵小説の「警部」たち
シャーロック・ホームズにはレストレード警部、エルキュール・ポワロにはジャップ警部が登場します。彼らはいずれもスコットランドヤードの実務警察官で、捜査権限を持つものの、探偵に先を越される「引き立て役」として描かれることが多い存在です。
ユーモラスで人情味があり、ときに読者の笑いを誘う——そうした人物造形は、英国の探偵小説の伝統といえます。


アメリカ探偵小説の「地方検事」
一方、S.S.ヴァン・ダインのフィロ・ヴァンス物語に登場するジョン・F.-X.・マーカムは、ニューヨーク郡の地方検事(District Attorney)です。
アメリカの地方検事は単なる起訴担当にとどまらず、警察の捜査に積極的に関与する権限を持っています。現場に出向き、証拠の適法性や起訴可能性を判断するのも職務のうちです。したがって、探偵とともに現場を歩く姿にもリアリティがあるのです。


マーカムの人物像
マーカムは四十代半ばにして白髪頭、しかし髭を剃った若々しい顔立ちをしており、厳格さと清潔感を兼ね備えた人物として描かれます。
彼はぶっきらぼうで容赦のない気性を持ちながらも、その基盤には良家のしつけと教養があり、単なる粗野さとは一線を画しています。職務の緊張から離れるときには、親切で愛想のよい人物に変わる二面性も描かれています。

ヴァンスとマーカム——二枚看板の相棒関係
フィロ・ヴァンスは、美学と皮肉を重んじる都会的な探偵です。その対極にあるマーカムは、法と正義を体現する公的権威として描かれます。
この二人は、英国探偵小説のように「探偵と引き立て役の警部」という関係ではなく、むしろ探偵と検事という二枚看板として物語を支えます。
ヴァンスが真相を見抜く知性を提供し、マーカムがそれを法的に裏づける——その協働関係こそが、ヴァン・ダイン作品の大きな特色なのです。
相棒マーカムとは
英国の警部が探偵小説にユーモアと人間味を与えたとすれば、アメリカの地方検事マーカムは、正義と威厳を与えました。
マーカムは「ただの引き立て役」ではなく、ヴァンスの相棒として対等に並び立つ存在。司法制度の違いが、そのままキャラクター造形の違いとなって現れているのです。

