先日、発話文節の論文を、少しだけだが勉強させてもらった。
そこで今回は、ラボ流として『発話文節』について検討してみたい。
Her voice mocked at my prudence.
Then suddenly I said a thing I could have bitten out my tongue for:
彼女の|声は、|私の|慎重さを|からかうように|聞こえた。
そして|私は、|突然|口にしてしまった。||自分の|舌を|噛み切ってでも|止めたかった|言葉を。
『スタイルズ荘の怪事件』第十章の一節です。とりあえずAIの翻訳そのままです。
これまでどおり、ラボ流で区切ってみました。
「口にしてしまった」が、9拍あるので、7拍基準に収めるために翻訳を変えてもいいのですが、今回は研究材料としてそのままとりあげます。
制度的な分かち書きだとつぎのとおり。
彼女の|声は、|私の|慎重さを|からかうように|聞こえた。||そして|私は、|突然|口に|して|しまった。||自分の|舌を|噛み切ってでも|止めたかった|言葉を。
発話文節の研究のために、表音式で、ひらがなにしてみます
かのじょの|こえわ、|わたしの|しんちょーさを|からかうよーに|きこえた。||そして|わたしわ、|とつぜん|くちに|して|しまった。||じぶんの|したを|かみきってでも|とめたかった|ことばを。
(制度)そして|わたしわ、|とつぜん|くちに|して|しまった。
(ラボ流)そして|わたしわ、|とつぜん|くちにしてしまった。
発話としては、「口にしてしまった」は、この文脈であれば、おそらく一続きで発音する人が多いのではないか?
つまり、ラボ流の方が『発話文節』であり、一見自然な区切りに見える。
しかし、ひらがなで文節分かち書きをすると、制度の方が、読み手の負担が軽そうにも思えるのだ。
文語上、9拍という長い文節という理由もあると思うが、それだけではなさそうだ。
おそらく、機能と力点も原因だと思う。
文章として、「口にしてしまった」は、「くちにして」+「しまった」と分けられる。
意味的には、「口にして」の方に、力点が置かれるだろう。
ただ、文脈から、『からかわれたので、おもわずムッとしてしまい、思わず言ってしまった』というような、強い感情のこもった場面である。
そうすると「しまった」は、「口にして」の後に続けて、ただの状態を説明してるだけではない。
「しまった」は、固有の意味としては弱いが、「やってはいけないことをやった」ということを表現する機能をもっている。
もちろん意味的には、「口にして」の方が強い意味を持っている。
しかし、それぞれを文脈上の機能としてみたとき、「しまった」の方に力点が移っているように思われるのだ
そうであれば、読み手の理解を助けるために、分かち書きをしたほうがいのかもしれない。
(ラボ流|改定版)そして|わたしわ、|とつぜん|くちにして|しまった。
制度的に「くちに|して」と分けるのも、読み手によっては、それぞれの言葉に力点が入るので、文脈上の感情的な場面が想像しやすくなるかもしれない。
しかし、発話で「くちにして」を、区切ることはほぼないだろう。
また、点字では、文末にきたときに行写しをしてしまうと、誤読の可能性が高まる。
ラボ流では、その点はこだわってみたい。
発話文節と文語上の力点を比較する場合、点訳者の文脈の読み取り如何なのか? それとも「しまった」が本質的に機能的に強いのだろうか?
いずれにしても、発話文節=点字表記と親和性が高いと思われます。
こえれまで何かとラボ流基準として取り上げてきましたが、今後は、『発話文節』を重視して、区切っていくことを考えています。
ますます文法無視、辞書を開く機会もなくなりそうです。
追加)
「口にしてしまった」が7拍に収めるために、「口にした」とすると、文章が何か他人事みたいに、表現の豊かさがなくなってしまいます。
そして|わたしわ、|とつぜん|くちにした。
一方、上記で書いたような文章は、(b)のように表現を変えても自然だし、意味的にも問題ないようです。
(a)文章が|何か|他人事|みたいに、|表現の|豊かさが|なくなってしまいます。
(b)文章が|何か|他人事|みたいに、|表現の|豊かさが|なくなります。
やはり、文脈次第ということでしょうか?
