点訳研究|「左」とはどこ?

斜め上から見る点訳論

右手首

シャーロック・ホームズの「赤毛連盟」の中のホームズのセリフで、次のような1節がある。

あなたの|右手首の|すぐ|上に

『点訳の手引き』によれば、複合語内部で区切って書くのは、3拍以上の意味のまとまりが2つ以上ある場合である。
したがって、「右手首」は「右」が2拍なので「続け書き」である。「右|手首」と切れ続きはしない。


左手首

さて、「右」が」「左」になって「左手首」になったらどうなるか?

あなたの|左|手首の|すぐ|上に

「左」が3拍になるので「左|手首」と区切って書く「切れ続き」になるのだ。
「北半球」は続けて書き、「南|半球」は区切って書かなければならなのと同じである。

「3拍以上の意味のまとまりが2つ以上あるので続けて書く」というルールに従うと、「方向が違うだけなのに・・・」と、戸惑った方も多いだろう。

ちなみに、私もそのうちの一人である。
講習の時に、「なぜ?」と講師に質問したが、「手引きのルールです。覚えてください」とのこと。さらに「覚えることがたくさんあって大変ですねえ(ヘラヘラ)」
私は最初にこれで、キレた😠(「ヘラヘラ」は「自分は理系」だと宣った講師に対する私個人の印象です。)


読み手目線

さて、この文章を読み手目線、つまり「触読」した場合を想定して全部ひらがなで書いてみよう。

あなたの|ひだり|てくびの|すぐ|うえに

日本語は、5・7・5のリズムにすると可読性が向上すると言われている。
とすると、この文章の最初の5拍または7拍は、「あなたの|ひだり」(あなたの左)、あなたの左側というちゃんと7拍の意味のある文章になり、「誤読」の可能性が出てくる。

これを回避するには、次のように「あなたの」の後に、読点を打てばよい。

あなたの、|左|手首の|すぐ|上に

しかし、サピエ文庫に寄贈するためには、底本の改変は許されない。これは点訳のルールというよりも、著作権法という法令に基づくものなので、読点を打つと著作権に抵触することになるからだ。


ラボ流|7拍基準

結局、触読による誤読を回避するために、ラボ流「7拍以下の複合語は続けて書く」という基準に基いて「ひだりてくび」にすれば簡単に問題は解決する。

あなたの|ひだりてくびの|すぐ|うえに

複合語で「3拍以上の意味のまとまりが2つ以上ある場合は区切って書く」という『手引き』のルールを考えなければいいだけなのだ。
日本点字表記法の「第2の原則」、区切った方が読み手の意味の理解を助けることになるのか、よく考えてみてほしい。

「左手首」や「南半球」を続けて書くと、「意味の理解の妨げ」や「読み手の負担」になるだろうか。複合語は7拍になると区切った方が「必ず」意味の理解の助けになるだろうか?

またさらに、こうすることで、続け書きする「右手首」とも整合性がとれる。「右」と「左」で切れ続きが異なることで、点訳者を惑わすこともない。


ラボ流の心構え

ここまで読んだ方は、

最初に「あなたの左側」と受け取っても、続けて読めば「あなたの左側の手首」になるだけで、「左手首」を指していると読み取ることができるだろう

と思われるかもしれない。

しかし、それこそ私が点訳講習で違和感を持った読み手不在の「点訳者側」の理屈なのだ。

私は、あくまで「読み手の立場」に立って、「誤読」の可能性をできる限り排除したい。
ちなみに、「できる限り」というのは、点訳者の負担にならない限り、さらには文法的に許容されうる限り(例えば、助詞の前では区切らない)という意味である。

このような点訳に対するの心構えが、「ハイブリッドラボ流」と理解していただければ幸いである。