polcod(ポルコード)
メグレ警視『怪盗レトン』作中で、「polcod(ポルコード)」という言葉が出てきます。
Maigret attira vers lui un second télégramme, rédigé lui aussi en polcod, langage international secret utilisé dans les elations entre tous les centres policiers du monde.
「メグレは、|二通目の|電報を|手もとに引き寄せた。
それもまた〈ポルコード〉と呼ばれる符号文で書かれていた。
〈ポルコード〉とは、世界各国の警察機関のあいだの連絡に使われる、国際的な秘密通信言語である。」
リアリズム的創作
「POLCOD」は明らかに POL(ice) COD(e) の合成語。
実際、1920〜30年代のヨーロッパでは、各国の警察や外務省が電信暗号コードブックを用いて通信していました。
- 1923年:国際刑事警察委員会(CIPC, Commission internationale de police criminelle)設立(ウィーン)
- 各国警察は英数字を対応させた暗号辞典(codebook)を共有
- 通信は有線・無線電信を利用し、検閲を避けるため内容を暗号化
したがって、polcod は単なる架空語ではなく、現実に存在した通信体系をモデルにしたリアリズム的創作と考えられます。
メグレ警視が読む電報には、「CIPC à Sûreté Paris(ウィーン本部からパリ警視庁へ)」という送信元があり、ヨーロッパ各国の警察(クラクフ、ブレーメン、アムステルダム、ブリュッセル)がこ「polcod」で情報をやり取りしています。
物語上の意味
『ピエトル=ル=レトン』の冒頭で、メグレはこの「polcod」で送られた複数の電報を解読します。
それにより、謎の男「ピエトル=ル=レトン」がクラクフ → ブレーメン → アムステルダム → ブリュッセル → パリと移動していることが判明し、国際的な追跡劇の幕が開きます。
この「polcod」は、単なる小道具ではなく、国家を越えた警察協力とメグレの冷静な情報分析の象徴でもあります。
補足:語源
- polcod = police code(警察符号) の略。
- フランス語では「ポルコッド」と読まれる。
- 暗号通信(telegrams chiffrés)の一種で、数字や短縮語に変換して送信される(例:作中にある「32 169 01512 0224 0255…」など)。
文学的意義:現代的ネットワークの原型
『ピエトル・ル・レットン』の冒頭における「polcod」の描写は、単なる設定ではなく、「世界の情報網がすでに存在している」という時代感覚の象徴なわけですね。
1931年のシムノンにとってそれは、
・電報線で結ばれた欧州の警察
・移動する列車と国境管理
・各国の官僚的ネットワーク
という、「見えない通信の世界」を示すメタファー(比喩)だったのかもしれません。
第1次対戦前のホームズの世界から、その後のヨーロッパ世界は大きく変わっています。
クリスティの描くポワロがベルギーからの難民あったの同じく、探偵小説のテーマもグローバルになっていきます。
今日の読者にとっては、この暗号文で始まる物語は、インターポール通信や国際データベース(I-24/7)の祖型として理解することで、当時のリアリティを感じ取ることができます。

