翻訳研究|フランス語の過去時制の日本語訳

フランス語の過去時制(単純過去・半過去・複合過去・大過去)は、
それぞれ時間的な位置関係と**叙述の視点(語りの距離)**を表しています。
日本語でも、文体と助動詞の選択を工夫すれば、かなり明確に区別できます。


🔹1. フランス語の4つの過去時制と日本語の対応

フランス語時制名称用法の核心日本語での表現法文体例
passé composé複合過去「過去の一点的な出来事」「完了・結果」~した、~したところだ、~してしまった「彼は立ち上がった。」
imparfait半過去「背景・状態」「習慣・継続」「描写」~していた、~だった、~することが多かった「彼は黙って立っていた。」
passé simple単純過去「叙述的な過去」「物語の主動作」~した(叙述的・文語的)「彼は立ち上がった。」(やや格調高く)
plus-que-parfait大過去「過去より前の過去」「順序の前倒し」~していた、~してしまっていた「彼はすでに立ち上がっていた。」

🔹2. 具体例で比較

例文(共通場面)

Quand il entra, elle lisait une lettre qu’elle avait reçue le matin même.
彼が入ってきたとき、彼女はその朝受け取った手紙を読んでいた。

動詞時制日本語訳ニュアンス
entra単純過去「入ってきた」主動作(叙述的過去)
lisait半過去「読んでいた」背景・同時進行
avait reçue大過去「受け取っていた」それより前の出来事

→ この1文に 3つの過去 が共存しており、
時間の層を自然に整理できます。


🔹3. 小説の翻訳での区別の仕方

原文の時制フランス語の語感日本語での再現方法
複合過去 (passé composé)口語的・近い過去・具体的「〜した」「〜してしまった」など完了の助動詞を強調
単純過去 (passé simple)書き言葉・叙述・遠い過去文語的・淡々とした「〜した」で再現(地の文で多用)
半過去 (imparfait)状態・習慣・背景「〜していた」「〜だった」など進行・持続表現
大過去 (plus-que-parfait)さらに前の過去「〜していた」「〜してしまっていた」「〜したあとで」など前後関係で示す

🔹4. 『サン=フォリアンの首吊り男』の例で見てみる

À la frontière hollandaise, il fut frappé par le fait que l’homme hissait sa valise…

動詞時制日本語訳コメント
fut frappé単純過去「驚いた」「心を打たれた」叙述的な主動作(事件が始まる瞬間)
hissait半過去「持ち上げていた」同時進行的な動作の描写

👉 この2つの時制の対比で、「観察者がふと気づく瞬間」と「男の行動の継続」が対照的に描かれます。
これを日本語で区別するには:

オランダ国境で、彼はふと驚いた。
その男が、まるで慣れた手つきでスーツケースを屋根に押し上げていたのだ。

とすれば、単純過去=主要事件の軸半過去=背景動作が保たれます。


🔹5. 大過去の扱い(plus-que-parfait)

Il avait caché la valise avant de monter dans le train.
→ 「彼は列車に乗る前に、その鞄を隠していた。」

日本語では「すでに」「前に」「〜していた」「〜してしまっていた」で区別できます。
時間順を入れ替える際の鍵となる時制です。


🔹6. 要点まとめ

フランス語時制日本語での訳し分け機能
複合過去「〜した」現在に近い出来事(完了・結果)
単純過去「〜した」(文語的)物語の主動作・遠い過去
半過去「〜していた」「〜だった」背景・状態・繰り返し
大過去「〜していた」「〜してしまっていた」過去より前の出来事

🔹7. 結論

→ 日本語は時制よりも文脈と助動詞で時間を表す言語ですが、
文体設計(叙述 vs 描写)を工夫すれば、
フランス語の4過去時制の差を十分に再現可能です。