「Not in a good cause.」=「大義のためなら」
『ボヘミアの醜聞』の中で、ホームズが「法を犯すことにためらいはないのか?」と問いかける場面があります。これに対してワトスンは即座にこう答えます。

“Not in a good cause.”
「そこに|大義が|あるのなら|かまわない。」
直訳すると「正しい大義のためなら、ためらわない」という意味です。こ
私は、上記のように「大義が|あるのなら」とちょっとぼかしました。
他人の写真を盗むということは、王の動機も含めて「大義」とは思えなかったからです。
ワトスンの背景と「大義」
私はワトスンにも、同じ帰還兵で正義感の強い「ヘイスティング」(ポワロの相棒)に通じるものを感じました。
- ワトスンはアフガン戦役で負傷して帰還した元軍医です。
- 戦場では「大義」や「正義」の名のもとに、多くの命が奪われる現実を目にしています。
- そのため「大義」という言葉に敏感であり、軽々しく使う人物ではありません。
だからこそ「大義があるなら法を犯してもよい」という返答は、彼の正義感と真剣さを表していると読めたのです。
ホームズとの対比
ホームズ
探偵として「事実」と「推理」に価値を置き、「大義」や「ヨーロッパの安定」には冷淡。
依頼は事件を解くための舞台装置にすぎません。
ワトスン
医師であり元軍人として「大義」を信じやすい立場にあります。
だからホームズからの協力要請には、単なる好奇心もありますが、「正しい大義があるなら従う」という倫理的な判断も含まれると思ってます。
作品全体の流れ
- 依頼人の王は「ヨーロッパの安定」という大義を持ち出しますが、実際には私的なスキャンダル隠しが目的でした。
- ワトスンは「大義」を信じて協力を約束しますが、最後にはその「大義」は空疎な口実にすぎなかったことが明らかになります。
私は「ワトスンの信念の真剣さ」と「依頼の空虚さ」との落差に矛盾を感じていました。
この矛盾が、この事件の結果に現れたのだと思ってます。
翻訳の工夫
- そのまま訳すなら:「正しい大義のためなら、ためらわない。」
- 含みを持たせるなら:「そこに大義があるのなら……私はためらわない。」
私は、後者のように「if,」を表現することで、ワトスンの真剣さを残しつつ、後の結果につながる余白を読者に感じさせると思ったのです。
言葉の重み
ワトスンの “Not in a good cause.” は、単なる忠実な相棒としての一言ではなく、彼の戦場経験や倫理観を反映した重みのある言葉だと思ってます。
そして同時に、物語全体の皮肉な結末——「大義は存在しなかった」——を際立たせる効果を持っているのではないでしょうか。

