アガサ・クリスティ『スタイルズ荘の怪事件』には、キャベンディッシュ夫人が「バザーを開くのが好きだった」と描写される一節がある。
She was a most generous woman, and possessed a considerable fortune of her own.
I recalled her as an energetic, autocratic personality, somewhat inclined to charitable and social notoriety, with a fondness for opening bazaars and playing the Lady Bountiful.
大変|気前の|いい|女性で、|彼女|自身|かなりの|財産を|持ってた。
彼女は、|精力的で|人を|思い通りに|支配する|ような|性格の|持ち主だったと|記憶している。||慈善|活動や|社交界で|目立つのが|好きで、|バザーの|開会式に|出たり、|いかにも|慈善家らしく|振る舞うのが|好きな|人だった。
この表現の背景には、20世紀初頭イギリスにおける「バザー」という社会的な営みがある。
単なる「フリーマーケット」や「バザー」と捉えては、その文化的な重みを読み取ることはできない。そこで当時の様子を整理してみたい。
1. 主催と目的
- 主に教会・慈善団体・上流階級の女性たちが中心となって企画。
- 開催目的は慈善活動の資金集め(孤児院、病院、学校、貧困救済など)。
- 社交的役割も大きく、特に婦人たちにとっては地域社会での立場を示す場となった。
2. 出し物と雰囲気
- 自家製のお菓子・ジャム・レース編み・刺繍作品が並ぶ。
- くじ引きやゲームもあり、娯楽性を兼ね備えていた。
- 「ティールーム」が設けられ、来場者は紅茶とケーキを楽しんだ。
- 会場は教会ホールや邸宅の庭園など。季節の飾り付けで華やかな雰囲気が演出された。
3. 社会的役割
- 上流階級の婦人が積極的に関わることで、「慈善と教養を備えた女性像」を演出する場でもあった。
- クリスティ作品のキャベンディッシュ夫人が「バザー好き」と描かれるのは、この「善意をひけらかす社交的行為」の象徴を示している。
- 一方、庶民にとっては珍しい品物や遊びを楽しめる、地域のお祭り的イベントでもあった。
4. 歴史的背景
- ヴィクトリア朝後期からエドワード朝にかけて、慈善バザーは社会に定着。
- 第一次世界大戦中(1914–18)には、戦時募金バザーが盛んに行われ、兵士や遺族への支援資金が集められた。
まとめ
20世紀初頭のイギリスにおける「バザー」は、
🎩 慈善活動 × 地域娯楽 × 上流社会の社交舞台
という三つの要素を兼ね備えた催しだった。
『スタイルズ荘の怪事件』でのキャベンディッシュ夫人の人物像は、こうしたバザー文化の中で「目立ちたがりの上流婦人」という典型像を体現しているといえる。
Agatha Christie, The Mysterious Affair at Styles (1920) より引用