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メグレは|ヴィエイユ=ギャルソンの|テラスで|一人で|昼食を|とった。||しかし|周りの|テーブルは|常連たちで|埋まり、|会話は|あちこちで|弾んでいた。
隣人たちが|どんな|社会層に|属しているか、|今は|はっきり|わかった。||商人、|小規模な|実業家、|技師、|医者が|二人。||車を|持っているが、|日曜日しか|田舎で|遊べない|人々だ。
みんな|ボートを|持っていた。||モーターボートか|ヨットかは|別として。||みんな|多かれ少なかれ|釣りに|熱心だった。

帆布の|服を|着て、|裸足か|木靴を|はき、|週に|二十四時間を|ここで|過ごした。||中には|老練な|船乗りのような|ゆったりした|歩き方を|気取る者も|いた。
若い人より|カップルのほうが|多かった。||グループの間には、|毎週日曜に|顔を合わせる|習慣を|何年も|続けてきた人々の|気さくな|親しみが|あった。
ジェームズは|人気者で、|みんなを|つなぐ|要だった。||淡々と|現れるだけで、|赤銅色の|顔と|うつろな|目で、|その場を|和ませた。


「二日酔いか、|ジェームズ?」

「俺は|二日酔いに|なったことが|ない!||胃が|むかつくと|思ったら、|すぐ|ペルノを|何杯か|飲むんだ」
昨夜の|思い出話が|続いた。||気分が|悪くなった者、|帰り際に|危うく|セーヌ川に|落ちそうになった者の|話で|笑った。
メグレは|仲間の|中に|いながら、|仲間では|なかった。||昨夜の|飲み仲間の|そばに|いた。||宴会の最中は|タメ口を|きかれていた。||今は|時折|こそっと|観察されるか、|礼儀として|二言三言|話しかけられる|だけだった。
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「あなたも|釣りを?」
バッソ一家は|自宅で|昼食を|とっていた。||フェンステン一家も、|ほかの|別荘持ちの|人々も|同様だった。||これが|すでに|グループの中に|二つの|階層を|生んでいた。||別荘組と|宿泊客組だ。
二時頃、|シャツ屋が|まるで|メグレを|個人的に|後見でも|するかのように|迎えに|来た。

「ブリッジが|始まりますよ」

「あなたの|お宅で?」

「バッソさんの|お宅で!||今日は|うちで|やる|予定でしたが、|女中が|病気で。||バッソさんの|ほうが|広いので。||ジェームズ、|来るか?」

「ヨットで|行く」

バッソの|別荘は|一キロほど|上流に|あった。||メグレと|フェンステンは|歩いて|向かったが、|ほかの|客の|多くは|ゴムボートや|カヌーや|ヨットで|向かった。


「バッソは|いい男ですよね?」
メグレには|相手が|皮肉を|言っているのか|本気なのか|判断が|つかなかった。
本当に|妙な|男だ。||無花果でも|葡萄でも|なく、|若くも|老いてもなく、|美しくも|醜くもない。||何も|考えていないのかも|しれないし、|秘密を|山ほど|抱えているのかも|しれない。

「これから|毎週日曜は|仲間に|加わっていただけますか?」
ピクニックを|している|グループや、|百メートルおきに|川岸に|並んだ|釣り人たちと|すれ違った。||暑さが|増していた。||空気は|異様なほど|静かで、|不安に|なるくらいだった。

バッソの|別荘の|庭では|蜂が|花の|周りで|羽音を|立てていた。||すでに|三台の|車が|止まっていた。||男の子が|川べりで|遊んでいた。

「ブリッジは?」と|石炭商が|メグレに|気さくに|手を|差し出しながら|聞いた「ご存じですか?||結構!||では|ジェームズを|待つ|必要は|ない。||あいつは|ヨットで|上ってくるのに|永遠に|かかるので」
すべてが|新しく、|こぎれいだった。||おもちゃのような|作りの|コテージ。||赤い|格子模様の|カーテンが|あちこちに|あり、|古い|ノルマンディー家具と|田舎風の|陶器で|飾られた|こだわりの|インテリア。

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ゲームテーブルが|庭に|通じる|大きな|ガラス窓の|ある|平屋の|一室に|用意されていた。||ヴーヴレ1のボトルが|結露した|シャンパンクーラーに|つけられていた。||トレーには|リキュール類が|並んでいた。||バッソ夫人は|水兵服姿で|客をもてなしていた。


「ファイン、|クエッチ、|ミラベル?2||それとも|ヴーヴレのほうが|よろしいですか?」
他の|プレイヤーたちとの|簡単な|紹介。||全員が|前夜の|仲間では|なかったが、|日曜の|友人たちだった。

「こちらは|えーと……」

「メグレです」

「ブリッジを|なさる|メグレさんです」
色が|鮮やかで|こぎれいで、|まるで|オペレッタの|舞台装置の|ようだった。||人生が|真剣なものだと|思わせるものは|何も|なかった。||男の子が|白く|塗った|カヌーに|乗り込み、|母親が|叫んだ。

「気をつけて、|ピエロ!3」
「ジェームズを|迎えに|行くんだ!」

「葉巻は|いかがですか、|メグレさん?||パイプの|ほうが|よければ、|あの壺に|煙草が|入っています。||遠慮なく。||家内は|慣れていますので」

ちょうど|対岸に、|2スーの居酒屋の|小さな|白い家が|見えた。
午後の|前半は|何事も|なかった。||しかし|メグレは、|バッソが|ブリッジを|していないこと、|午前中より|少し|落ち着きが|ないことに|気づいた。
その外見は|神経質な男とは|まったく|かけ離れていた。||大柄で|がっしりとして、|何より|全身から|生命力を|漂わせていた。||活発で|少し|荒削りな、|庶民的な|素材で|できた男だった。

フェンステンは|本格的な|ブリッジ愛好家として|真剣に|プレーしていた。||メグレは|何度か|注意を|受けた。
三時頃、|モルサンの|仲間たちが|庭に、|続いて|ブリッジを|している|部屋に|なだれ込んできた。||誰かが|蓄音機を|かけた。||バッソ夫人が|ヴーヴレを|振る舞い、|十五分後には|六組ほどの|カップルが|ブリッジ客の|周りで|踊りはじめた。

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そのとき、|ゲームに|夢中の|ように|見えながら、|フェンステンが|ぼそりと|言った。

「おや?||バッソは|どこへ|行ったんだ?」
「カヌーに|乗ったようですよ」と|誰かが|言った。
メグレは|シャツ屋の|視線を|追い、|ちょうど|対岸の|2スーの居酒屋の|近くに|カヌーが|着くのを|見た。||バッソが|降りて|居酒屋に|向かい、|少し|して|戻ってきた。||取り繕った|愛想のよさの|裏に|気がかりな|様子を|隠していた。4
もう一つの|出来事も、|誰にも|気づかれずに|過ぎた。||フェンステンは|勝っていた。||フェンステン夫人は|戻ってきた|バッソと|踊っていた。||ジェームズが|ヴーヴレの|グラスを|手に|冗談を|言った。

「負けたくても|負けられない人って|いるよな!」
シャツ屋は|顔色一つ|変えなかった。||カードを|配っていた。||メグレは|その手を|観察したが、|いつも通り|落ち着いていた。
そうして|一時間、|二時間が|過ぎた。||踊り手たちも|飽きはじめた。||泳ぎに|行った客も|いた。||カードで|負けた|ジェームズが|ぼやきながら|立ち上がった。

「場所を|変えよう!||2スーの居酒屋に|行く者は?」
偶然、|通りかかった|メグレに|声を|かけた。

「あんたも|来なよ!」
彼は|どれだけ|飲んでも|それ以上には|ならない|という|独特の|酔いの|域に|達していた。||ほかの者も|次々と|立ち上がった。||若い男が|両手を|メガホン代わりに|して|叫んだ。

「みんな|2スーの居酒屋へ!」

「気をつけろよ」
ジェームズは|メグレが|六メートルの|ヨットに|乗り込むのを|手伝い、|棹で|船を|押し出して、|船底に|腰を|下ろした。
しかし|風が|全く|なかった。||帆が|だらりと|垂れていた。||流れが|わずかに|あるのに、|船は|ほとんど|進まなかった。
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「急ぐことも|ないだろ!」
メグレは|マルセル・バッソと|フェンステンが|二人で|同じ|モーターボートに|乗り込み、|あっという間に|川を|渡って、|居酒屋の|前に|上陸するのを|見た。
続いて|平底舟や|カヌーが|来た。||一番先に|出たジェームズの|ヨットは|風が|なくて|最後尾に|なっていた。||イギリス人は|オールを|使う|気が|ないようだった。

「いい連中だよ」と|突然、|独り言のように|ぼそりと|言った。

「誰が?」

「みんな!||退屈してるんだ!||仕方ないんだよ!||みんな|人生で|退屈してる」
ジェームズは|船底で|のんびりとした|顔を|していて、|日差しが|禿げた|頭を|照らしていた。||滑稽だった。

「本当に|警察の人なのか?」

「誰が|言った?」

「わからない。||さっき|そんな話を|聞いた‥‥|まあ、|ほかの仕事と|変わらん!」
ジェームズは|わずかな|そよ風で|少し|膨らんだ|帆を|調整した。||六時だった。||モルサンの|教会の鐘が|鳴り、|セーヌポールの|鐘が|応えた。||川岸は|虫が|うごめく|葦で|埋まっていた。||太陽が|赤みを|帯びはじめた。

「あんたは|何か……」
ジェームズが|しゃべっていた。||しかし|乾いた|銃声の音が|彼の|言葉を|断ち切った。||メグレが|跳び上がり、|危うく|ボートを|転覆させそうになった。

「気をつけろ!」と|連れが|叫んだ。
ジェームズは|反対舷に|身を|乗り出して|オールを|つかみ、|眉を|ひそめ、|不安そうな|目で|スカリングを|はじめた。

「猟の|季節では|ないのに‥‥」

「居酒屋の|裏だ!」と|メグレが|言った。
近づくにつれ、|自動ピアノの|騒音と|苦悶した|声が|聞こえてきた。
「音楽を|止めろ!||音楽を|止めろ!」
人々が|走っていた。||一組の|カップルが|まだ|踊っていたが、|ピアノが|止まった|後も|しばらく|踊り続けてから|止まった。||老婆が|バケツを|持って|家から|出てきて、|何が|起きているのか|理解しようと|立ちつくしていた。
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葦の|せいで|着岸が|難しかった。||急いで|飛び降りた|メグレは|片足を|膝まで|水に|つけた。||ジェームズが|意味不明な|ことを|ぼやきながら、|ゆったりとした|足取りで|後に|続いた。
ダンスホール代わりの|小屋の|裏に|人々が|集まっているのを|見て、|後を|ついていけば|よかった。||小屋を|回り込むと、|濁った|大きな|目で|群衆を|見ながら、|執拗に|繰り返している|男が|いた。

「俺じゃない!」
男は|バッソだった。||真珠貝の|握りの|小さな|拳銃を|手に|持っていたが、|その|存在を|忘れているかのようだった。

「女房は|どこだ?」と|彼は|周りの人々を|見ながら|聞いた。5||まるで|誰のことも|わからないかのようだった。
みんなが|探した。||誰かが|言った。

「夕食の|支度のために|向こうに|残ってます」
メグレは|前列まで|出て|やっと、|高い草の中に|横たわる|人影を|見分けた。||グレーの|スーツ、|麦わら帽子。
少しも|悲劇的には|見えなかった。||どうすれば|いいか|わからない|見物人たちの|せいで、|むしろ|間抜けな|光景に|見えた。||みんなが|呆然と|立ち尽くし、|ためらいながら、|同じく|呆然と|ためらっている|バッソを|見ていた。
さらに、|仲間の中に|いた|医者が|倒れた|体の|すぐそばにいながら、|身をかがめる|勇気が|出なかった。||どうすればいいのか|みんなに|尋ねるように|周りを|見回していた。
しかし|一つだけ、|本当に|悲劇的なことが|起きた。||ある瞬間、|体が|動いた。||足が|踏ん張ろうと|するかのように|見えた。||肩が|回転するような|動きを|見せた。||フェンステンの|顔の一部が|見えた。
そして、|最後の|力を|振り絞るように、|体が|硬直し、|ゆっくりと|動かなくなった。
その瞬間に|死んだのだ。

「脈を|診てください!」と|メグレは|医者に|ぶっきらぼうに|言った。
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警部は|こういう|場面に|慣れていた。||何一つ|見逃さなかった。||現実を|まるで|非現実の中に|いるかのような|研ぎ澄まされた|感覚の目で|見ていた。」
後列で|崩れ落ちた人物が|いた。||甲高い|叫び声を|上げている。||最後まで|踊っていたので|最後に|戻ってきた|フェンステン夫人だった。||何人かが|彼女に|かがみ込んでいた。||居酒屋の|主人が|疑り深い|農夫のような|心配そうな|顔で|近づいてきた。
バッソは|息を切らし、|胸を|膨らませて|空気を|取り込もうと|していた。||握りしめた|手の中に|拳銃があることに|突然|気づいた。
茫然自失だった。||誰に|拳銃を|渡せば|いいのかと|言いたげに、|周りの|人々を|順番に|見回した。||繰り返した。

「俺じゃない」
答えを|聞いたにも|かかわらず、|まだ|目で|妻を|探していた。
「死亡!」と|医者が|身を|起こしながら|宣言した。

「銃弾ですか?」
「ここです」
医者は|肋骨の|合わせ目を|示した。||水着姿の|自分の|妻を|探した。

「電話は?」と|メグレが|居酒屋の|女主人に|聞いた。

「ありません。||駅か|水門まで|行かないと」
バッソは|白い|フランネルの|ズボンに|胸元を|開けた|シャツを|着ており、|その|広い|胸板が|際立っていた。
彼が|かすかに|よろめき、|何かに|つかまろうと|するような|仕草を|見せてから、|突然|死体から|三メートルも|ない|草の上に|腰を|落とし、|頭を|両手で|抱えるのが|見えた。
滑稽な|一幕も|あった。||群衆の中から|か細い|女の声が|した。

「泣いてる!」
小声で|言ったつもりだったが、|全員に|聞こえた。

「自転車は|ありますか?」と|メグレが|再び|女主人に|聞いた。

「ありますよ」
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「では|水門に|行って|憲兵隊に|知らせてください」
「コルベイルの|憲兵隊ですか、|それとも|セッソンの?」
「どちらでも!」
メグレは|うんざりした|様子で|バッソを|見てから、|拳銃を|拾い上げた。||薬室に|一発|欠けているだけだった。||宝石のように|美しい|婦人用の|拳銃。||ニッケルメッキのような|極小の|弾丸。6||それでも|たった一発で、|シャツ屋の|命の|糸を|断ち切るには|十分だった。
ほとんど|血が|出ていなかった。||夏の|スーツに|茶褐色の|染みが|一つ。||いつも通り、|隙のない|身なりの|まま|倒れていた。
「マドが|家の中で|発作を|起こしています!」と|若い男が|知らせに|来た。
マドとは|フェンステン夫人のことで、|居酒屋の|主人夫婦の|高い|ベッドに|寝かされていた。||みんなが|メグレを|うかがっていた。||川のほとりから|声が|聞こえてきたとき、|一瞬|場が|凍りついた。
「ヤッホー!||みんな|どこだ?」
バッソの|息子|ピエロが|カヌーで|岸に|着き、|仲間を|探していた。
「急いで!||近づかせないで!」
バッソは|正気を|取り戻しつつあった。||顔から|手を|離し、|身を|起こした。||一瞬の|弱さを|恥じるように、|誰に|話しかければ|いいか|探すような|目をした。
「司法警察の者です」と|メグレが|言った。 「わかってます。||俺じゃないんです!」 「少し|一緒に|来てもらえますか?」
警部は|医者に|言った。
「遺体に|触れないよう|お願いします。||バッソと|二人にして|ください」
すべてが|ぼんやりと|重く|輝く|空気の中で、|段取りの|悪い|場面のように|ぐずぐずと|続いた。
曳船道を|魚籠を|背負った|釣り人たちが|通り過ぎた。||バッソは|メグレの|隣を|歩いた。
「信じられない!」
力も|張りも|なかった。||小屋を|回り込むと、|川が|見え、|対岸に|ヴィラが|見え、|バッソ夫人が|庭に|放置された|籐椅子を|片づけているのが|見えた。
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「お母さんが|地下室の|鍵を|聞いてるよ!」と|カヌーの上から|男の子が|叫んだ。
しかし|バッソは|何も|答えなかった。||目が|変わった。||追い詰められた|獣の|目に|なった。
「鍵の|場所を|教えてください」
バッソは|大きな|努力を|して|叫んだ。
「ガレージの|フックに!」 「何ですか?」 「ガレージの|フックに!」
かすかに|こだまが|返ってきた。
「……ジに!……」
「二人の間に|何が|あったんですか?」と|メグレは|自動ピアノの|小屋に|入りながら|聞いた。||テーブルの上には|グラスだけが|残っていた。
「わからない」 「拳銃は|誰のものですか?」 「俺のじゃない!||俺のは|いつも|車の中に|ある」 「フェンステンに|襲われたんですか?」
長い|沈黙。||ため息。
「わからない!||俺は|何も|していない!||とにかく|誓って|言いますが、|俺は|殺していない」 「発見されたとき|あなたの|手に|拳銃が|あった」 「そうだ。||どうして|そうなったか|わからない」 「別の誰かが|撃ったと|言いたいんですか?」 「違う。||俺は……||どれほど|ひどいことか、|想像も|できないでしょう」 「フェンステンが|自殺したと?」 「彼は……」
バッソは|ベンチに|腰を|下ろし、|また|頭を|両手で|抱えた。||テーブルに|グラスが|残っていたのを|見つけ、|つかんで|一気に|飲み干し、|顔を|しかめた。
「どうなるんでしょう?||逮捕されますか?」
メグレを|じっと|見つめ、|眉を|寄せながら:
「でも……||なぜ|あなたが|ちょうど|そこに?||知っていたはずが|ないのに」
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- ヴーヴレ(Vouvray)は、ロワール川流域のトゥール近郊で作られる白ワインです。
シュナン・ブラン種のブドウから作られ、辛口から甘口、さらには発泡タイプまで幅広いスタイルがあります。1930年代のフランスでは日曜の午後のブリッジや社交の席でよく出される、気軽で上品な白ワインとして親しまれていました。
シャンパンクーラーに冷やして出すというバッソ夫人のもてなし方は、ちょっとした気取りと気前よさを示しています。石炭商として成功した庶民出身の男が、週末の別荘でパリのブルジョワ的な習慣を取り入れている様子がよく出ています。 ↩︎ - 三つともフランスやアルザス地方の蒸留酒(オー=ド=ヴィー)です。
ファイン(fine)はブランデーの一種で、ワインを蒸留して作るコニャックやアルマニャックに近い果実系蒸留酒です。「ファイン」だけで注文すると一般的にブランデーを指しました。
クエッチ(quetsche)はアルザス地方特産のプラム(スモモ)から作る蒸留酒です。濃い紫色のクエッチ・プラムを発酵・蒸留したもので、独特のフルーティーな香りがあります。
ミラベル(mirabelle)もアルザス・ロレーヌ地方特産の小さな黄色いプラムから作る蒸留酒です。クエッチより繊細で甘い香りが特徴で、フランスでは最も上品な蒸留酒の一つとされています。
三つともアルザス・ロレーヌ地方の代表的な食後酒で、バッソ夫人がこれらを並べているのは、当時のブルジョワの週末の別荘らしい気前よいもてなしを示しています。
ただし、ここはセーヌ川沿いのモルサンで、パリ近郊です。アルザスではありません。
アルザスのお酒が出る理由はいくつか考えられます。
まず当時のフランスでの普及度です。クエッチやミラベルはアルザス産ですが、1930年代にはパリを含むフランス全土で広く流通していた定番の食後酒でした。産地がアルザスというだけで、どこでも飲まれていました。
次にバッソ夫人の出身または好みという可能性もあります。ただし原文にその根拠はありません。
↩︎ - ピエロ(Pierrot)はバッソ家の息子の名前です。
正確にはピエロはピエール(Pierre)の愛称で、フランスでは男の子によく使われる親しみやすい呼び名です。日本語で言えば「ピエール君」を「ピエロ」と呼ぶような感じです。
原文では十歳くらいの男の子として登場しており、物語の中で何度か登場します。カヌーに乗って川に出ようとするのを母親が心配して呼び止めるこの場面が最初のセリフです。後の場面でも重要な役割を果たします。
↩︎ - バッソは、2スーの居酒屋に何をしにいったのか?
原文には明確な説明はありません。
しかし後の展開から推測すると、いくつかの可能性があります。
ヴィクトール・ガイヤール(浮浪者)との接触という可能性があります。実はこの時期、ルノワールの元仲間であるヴィクトールという結核病みの浮浪者が居酒屋に現れており、バッソ氏に関係するウルリッヒ殺害の秘密を握っていました。バッソ氏はその男の存在を確認しに行った可能性があります。
あるいは単純に状況の確認という可能性もあります。フェンステン氏への対応を決断しつつあったバッソ氏が、現場となる場所を下見していたとも考えられます。
または誰かへのメッセージの受け渡しという可能性もあります。
↩︎ - バッソが妻を探したのはパニック状態にあったからです。
フェンステンを撃ってしまった直後、バッソは「俺じゃない」と繰り返しながら、周りの人々が誰なのかも認識できない状態でした。そんな極度の混乱の中で、人間が本能的に求めるのは最も信頼できる人間です。
バッソにとってそれは妻でした。愛人マドではなく、妻だったというのは重要な点です。
また妻は夕食の支度のためにヴィラに残っていたので、この場にいませんでした。つまりバッソは唯一信頼できる人間が傍にいないという状況で、さらに孤立していたわけです。
後の場面でバッソ夫人が毅然とした品格と深い愛情でバッソを支える姿が描かれますが、この「女房はどこだ?」という一言が、その伏線になっています。
↩︎ - ニッケルメッキとは金属の表面に薄いニッケルの層を施したもので、銀色に光沢がある仕上がりになりますニッケルメッキの弾丸は装飾ではなく腐食防止のためです。婦人用の小型拳銃はハンドバッグの中に入れて持ち歩くことが多く、湿気や汗で錆びないようにニッケルメッキが施されていました。
またニッケルメッキは弾丸の表面を滑らかにする効果もあり、銃身の中をスムーズに通過させるという実用的な意味もありました。
この拳銃はフェンステン夫人マドのものでした。原文でも後に「普段はマドの寝室に装填されたまま置いてあった」と明かされます。つまり護身用として寝室に置いていた婦人用拳銃が、なぜかこの日フェンステンのポケットに入っていた――これが事件の謎の一つになっています。
↩︎
