クリスティ作品にも登場する有名な暗黒悲劇
‘The Ballet tonight at Sadler’s Wells, and tomorrow we’ve got a birthday party on for my quite incredible Aunt Jane—the Duchess of Malfi with Gielgud, ・・・’
「今夜は|<サドラーズ・ウェルズ>👉で|バレエ。||それから|明日は|ぼくの|とんでもない|叔母|ジェーンの|誕生日パーティーだ。||ギールグッドが|出る|『マルフィ公爵夫人』だよ。・・・」
アガサ・クリスティの『スリーピング・マーダー』では、レイモンドがロンドンでの予定を説明する場面で 「the Duchess of Malfi with Gielgud」 という言葉が出てきます。これは、当時ロンドンで上演されていた舞台を指しています。簡単に言えば 「ギールグッド出演の『マルフィ公爵夫人』」 という意味です。
『マルフィ公爵夫人(The Duchess of Malfi)』は、17世紀の劇作家「John Webster」が書いた悲劇です。イギリスのジャコビアン悲劇と呼ばれるジャンルの代表作で、暗く残酷な雰囲気の作品として知られています。
「ジャコビアン」とは
「ジャコビアン(Jacobean)」とは、イングランド王ジェームズ1世の時代(1603〜1625年)を指す言葉です。
ジェームズ1世(James I)は、もともとスコットランド王ジェームズ6世でした。
1603年、イングランド女王「エリザベス1世」が亡くなり、チューダー王朝が断絶しました。
そのとき王位継承者として選ばれたのが、スコットランド王だったジェームズ6世です。
こうして彼は、「スコットランド王 ジェームズ6世」「イングランド王 ジェームズ1世」を同時に兼ねる王になりました。
この出来事を歴史では、「王冠連合(Union of the Crowns)」と呼びます。同じ王がイングランドとスコットランドの両方を治めるようになったのです。
このジェームズ1世の治世(1603〜1625年)をジャコビアン時代(Jacobean Age)と呼びます。
名前の由来は、James(ジェームズ)のラテン語 Jacobus(ジャコブ)から来ています。
『マルフィ公爵夫人』
ジャコビアン悲劇とは
ジャコビアン悲劇は17世紀初め、イングランド王ジェームズ1世の時代に流行した劇で、特徴として
- 暴力や復讐が多い
- 人間の残酷さや狂気を描く
- 道徳が崩れた社会を描写する
- 暗く退廃的な雰囲気
があります。
シェイクスピアの悲劇よりもさらに陰惨で残酷と言われることも多く、『マルフィ公爵夫人』はその典型です。
『マルフィ公爵夫人(The Duchess of Malfi)』は、17世紀初頭に書かれたイギリスの悲劇で、作者は劇作家「John Webster」です。初演は1610年代と考えられており、シェイクスピアの時代の後期にあたるジャコビアン演劇の代表作の一つとされています。
この作品は、愛と権力、そして人間の残酷さを描いた非常に暗い悲劇で、今日でも世界各地で上演される古典劇です。
物語の大まかな内容
主人公は若く美しい未亡人、マルフィ公爵夫人です。
彼女は再婚を禁じられているにもかかわらず、自分の家臣であるアントニオと秘密結婚します。しかしこの結婚は、権力に執着する兄たちに知られてしまいます。
兄たちは二人を激しく憎み、陰湿な方法で公爵夫人を追い詰めていきます。
監禁、恐怖、精神的拷問などが続き、やがて物語は連鎖的な復讐と死に向かって進んでいきます。
最後には主要人物の多くが死ぬという、非常に陰惨な結末になります。
有名なテーマ
この作品は単なる復讐劇ではなく、いくつかの重要なテーマを持っています。
まず女性の自由と権力です。
公爵夫人は自分の意思で結婚する女性として描かれており、当時としてはかなり大胆な人物像です。
次に権力の腐敗です。
兄たちは貴族でありながら、嫉妬と支配欲に取りつかれ、恐ろしく残酷な行動を取ります。これは当時の宮廷社会の腐敗を暗示しているとも言われます。
さらに狂気と恐怖の演出もこの作品の特徴です。
幽霊、死の象徴、精神的な恐怖などが舞台上で強烈に表現されます。
『スリーピング・マーダー』との関係
この劇は暗く残酷な内容のため、20世紀の推理小説にも影響を与えました。アガサ・クリスティ作品でも、この劇の台詞が登場する場面があります。
そして Gielgud(ギールグッド) とは、20世紀イギリス演劇界の大スター「John Gielgud(ジョン・ギールグッド)」のことです。
彼はシェイクスピア劇で世界的に有名な俳優で、ロンドンの舞台では「ギールグッドが出演する」と聞くだけで観客が集まるほどの存在でした。つまり「with Gielgud」という一言は、超一流の舞台公演であることを意味しているわけです。
『スリーピング・マーダー』の作中では、レイモンドがグウェンダにロンドンの文化的な楽しみを紹介する場面でこの舞台が話題になります。バレエ、前衛劇、そして古典悲劇など、当時の知識人の社交的な娯楽が並べられているのです。しかし皮肉なことに、この暗い悲劇の台詞が後の重要な場面につながり、グウェンダの記憶に関する恐怖を呼び起こすきっかけになります。

