「消費税が下がると免税事業者が困る」は本当か
——益税・インボイス・そして権利意識
2026年6月 / 読了約6分
先日、報道番組でこんな発言を耳にしました。
「消費税が10%から1%に下がると、年間売上1000万円以下の免税事業者は売上が減って困る」
というのです。
直感的に違和感を覚えた方は、正しい感覚をお持ちです。この発言を入り口に、日本の消費税制度の構造的な問題と、その根本としての権利意識について考えてみたいと思います。
この発言の違和感とは
免税事業者とは、年間売上が1000万円以下の事業者に認められた、消費税の納税免除制度の適用を受ける事業者のことです。消費税を納めなくてよいのですから、税率が下がっても納税負担には直接関係がありません。むしろ税率が下がれば、課税事業者との取引上の不利が縮小し、有利になるはずです。
この発言が成り立つとすれば、一つの前提が必要になります。税率が高いほど「消費税込みの価格」で売れていた、つまり消費税分を実質的に利益として受け取っていた、という構造です。税率が下がればその分が減る、という理屈です。しかし、それを公言するということは、自ら「益税」を認めていることになります。
益税とは、消費者から消費税相当額を受け取りながら、それを国に納めず手元に残せてしまう状態のことをいいます。
『消費者から預かった税金を納めないなんて、脱税と同じで違法じゃないのか?』と思わず思ってしまいます。
益税は違法か
結論から言えば、違法ではありません。免税事業者制度は消費税法が明示的に認めた制度であり、その範囲内で行動する限り合法です。「消費者から預かった税を納めていない」という批判は感情的には理解できますが、法的には成り立ちません。
実は1990年、最高裁はこう判断しています。
消費者は事業者に課される税であり、消費者が事業者に税を預けているという法的関係は存在しない」
つまり消費税は、法律上は消費者から「預かった税」ではなく、事業者が自分の税として納めるものなのです。
これまで、消費税を支払っていると思っていた私たちには意味不明です
ここに制度の奇妙さがあります。実態としては価格に10%上乗せされ、消費者は「税を払っている」と感じています。売った方も「仮受消費税=預かり金」として処理します。しかし法的には「預かり関係」は存在しません。この乖離こそが、益税問題をわかりにくくしている根本です。
欧州のVATとの違い
欧州の付加価値税(VAT)も経済的な仕組みは日本と似ています。しかし制度設計は根本的に異なります。欧州では事業者間の取引に正式なインボイス(請求書)が必須で、それがなければ仕入税額控除ができない仕組みになっています。税の流れが取引ごとに可視化されているのです。
さらに免税事業者に関しても、「消費者からVATを徴収してはならない」というルールを設けている国が多くあります。免税事業者はVATを上乗せできないので、そもそも益税が生じる余地がありません。
日本が2023年に導入したインボイス制度は、欧州型に近づけるための改革という側面を持っています。しかし欧州が最初からインボイスありきで設計されていたのに対し、日本は30年以上インボイスなしで運用してきました。制度設計の順序が逆だったとも言えます。
インボイス制度の導入に際して、小規模事業者から大きな反発が起きたのは記憶に新しいところです。余計な事務作業が増えるという建前でしたが、それは「益税が失われる」という実質的な痛みへの反応でもありました。
消費者はなぜ黙っているのか
この問題を突き詰めると、より根本的な疑問に行き着きます。消費者はなぜこの構造を問題にしないのか、ということです。
もちろん「知らない」という要因は大きいです。レシートに「消費税10%」と書いてあっても、相手が免税事業者かどうかを確認して買い物する人はまずいません。制度の問題が消費者の目に見えにくい構造になっています。
ここでも、「制度一本足打法」の問題が浮き上がります。(参考ブログ:日本型制度一本足打法)
日本の消費者・有権者は、制度の不合理を「権利として問い返す」という行動をとりにくい文化的素地があります。「お上がなんとかしてくれる」という受動的な心性です。問題を認識しても、「専門家や政治家が決めることだ」と委ねてしまいがちです。
戦後日本に「市民」という言葉が輸入されたとき、それはフランス革命的な「権利の主体としての市民(citoyen)」という概念でした。しかしその後、欧州が経験したような批判的な再評価のプロセスを経ないまま、言葉だけが定着しました。権利を能動的に行使し、制度を問い返す主体としての「市民」意識は、日本社会に根付きにくかったのかもしれません。
益税問題は、税制の技術的な欠陥であると同時に、制度の不合理を問い返す意識の問題でもあります。
冒頭の発言に違和感を覚えたあなたの直感は正しいものでした。日本人は、その直感を、制度を問い返す一歩にできるかどうか!? いま、それが問われているのかもしれません。
