ホームズやポワロの物語を読んでいると、ときどき外交文書や秘密条約、あるいはヨーロッパ諸国の微妙な関係が背景として現れます。
そして、シャーロック・ホームズの推理小説を理解する一番重要な戦争は「普仏戦争(1870)」と言われます。
現代日本人が、「仏」はフランスとすぐにわかる。しかし戦争相手の「普(ふ)」と言われても、どこの国のことかわからない人多いでしょう。
ぶっちゃけ「プロイセン王国⇨ドイツ」のことなのですが、この戦争に至るまでの歴史は、18世紀末のフランス革命、そしてナポレオン戦争からのヨーロッパの近代史を理解しておくと、ホームズシリーズがさらに面白くなること請け合いです。
また、ポワロやメグレ、フィロ・ヴァンスなどは、20世紀初頭、戦間期(二つの世界大戦の間)のヨーロッパ経済がグローバル化した時代の事件になるので、その世界情勢を知ることで面白さの幅が広がっていきます。
それらを理解するには、まず、19世紀ヨーロッパの国際秩序を知っておくと非常に面白くなります。
その出発点になるのが ウィーン体制です。
フランス、ナポレオン戦争とヨーロッパの大混乱

18世紀末、フランス革命によってヨーロッパの政治秩序は大きく揺らぎました。
革命政府は周辺国と戦争状態に入り、さらに「ナポレオン・ボナパルト」が権力を握ると、フランス軍はヨーロッパ各地に進出します。
この一連の戦争が「ナポレオン戦争」です。
ナポレオンはヨーロッパの王国や領土の配置を大きく変え、多くの国をフランスの影響下に置きました。
しかしナポレオンがロシア遠征(1812)が大失敗に終わったのをきっかけに、それまフランスの支配下にあったヨーロッパ諸国による連合軍(フランスと敵対していたイギリスの支援を受けた「対仏大同盟」)にナポレオンは敗れ(1814〜1815年)、混乱したヨーロッパの秩序を再建する必要が生まれます。
ウィーン会議と新しい国際秩序
1815年、オーストリアの首都でウィーン会議が開かれました。
主導したのは、イギリス、オーストリア帝国、ロシア帝国、プロイセン王国、フランスといった五大国です。
目的は明確でした。
ヨーロッパに再びナポレオンのような覇権国家を生まないこと。そのために採用された考え方が
いわゆる 勢力均衡(Balance of Power) です。
バランス・オブ・パワーとは
どの国も圧倒的に強くならないよう各国の力を均衡させる
これは、もし一国が強くなりすぎれば、他の国々が協力してそれを抑えること。
この国力の調整をすることによって戦争を防ごうというものです。
現代の「核保有による抑止力」に近い考え方かもしれません。
この仕組みは、五大国が定期的に会議を開いて問題を話し合う形で運用されました。
歴史ではこれを 「ヨーロッパ協調(Concert of Europe)」 と呼びます。

同盟は固定ではない
ウィーン体制の特徴は、同盟関係が固定されていないことです。
国力はそれぞれ国の体制や政策の違いによって発展の度合いが異なります。
そこで随時調整される必要性が生まれ、国々は状況に応じて協力相手を変えました。
王国、帝国体制の強国が、革命を抑えるために協力することもあれば、別の地域では利害が対立することもありました。
この体制が生んだ「長い平和」とドイツ帝国の誕生
ウィーン体制は、流動的な各国の力関係、利害関係から、完全に戦争を防いだわけではありませんが、ナポレオン戦争のようなヨーロッパ全体を巻き込む大戦争はしばらく起こりませんでした。
1815年から1914年までの約100年は、しばしば「ヨーロッパの長い19世紀」とも呼ばれます。
しかしこの均衡は、19世紀後半になると徐々に崩れていきます。特に決定的だったのが、1871年の「ドイツ帝国成立」です。
この新しい大国の登場によってヨーロッパの勢力均衡は大きく揺らぎ、やがて第一次世界大戦へとつながっていきます。

クリミア戦争(1853–1856)
クリミア戦争(1853–1856)は、ウィーン体制の外交が流動的だったことを示す代表的な事例です。
この戦争では、ロシア帝国に対して、イギリス・フランス・オスマン帝国が協力して戦いました。
この戦争は、国家利益によって同盟関係が変化するウィーン体制の特徴をよく示しており、同時に、列強間の協調関係が崩れ始め、国家利益に応じた柔軟な外交戦略が基本であったことを示しています。

第1次世界大戦(1914〜1918)前夜
クリミア戦争でロシア帝国から離反したオーストリア帝国はドイツ帝国と協調します。
そして、統一されたドイツ帝国の誕生と急速な軍事化に対抗するため、ロシア帝国は、クリミア戦争の敵国だったイギリス・フランスと同盟関係を結び、することになります。
このような流動的な同盟関係は秘密裏に行われることも多く、それがホームズ作品の時代背景とも関わってくるのです。

ミステリ作品との関係
このようなヨーロッパの外交関係は、コナン・ドイルやアガサ・クリスティの作品にも背景として現れます。外交文書の盗難、秘密条約、国際的な陰謀などは、実際のヨーロッパ外交の緊張を反映したものです。
ホームズやポワロの時代をより深く楽しむには、まず、 ウィーン体制から第一次世界大戦へ向かう流れ を知っておくと理解が一段と広がります。
ウィーン体制を崩した三つの戦争
| 戦争 | 期間 |
|---|---|
| クリミア戦争 | 1853年 – 1856年 |
| 普墺戦争 | 1866年(約7週間) |
| 普仏戦争 | 1870年 – 1871年 |
この三つを追うと、ホームズの時代のヨーロッパ外交がほぼ全部見えてくるので、それぞれまとめていきたい思います。
